第75話 憎めないアホとBL好きに、悪いヤツはいない



 *3



 僕はパトカーに乗せられ警察署に着いた。


 何とも礼儀正しいことに、パトカーを運転していた婦警さんが、後部座席のドアを開けてくれた。


 僕は軽く婦警さんに会釈をして、車から降りた。


 なんか待遇がいいな──ん?


 よく見ると、心絵が僕のことを凝視していた……。


 「な、何だよ?」


 「アナタその金髪の髪の毛……もしかして、あの伝説のスーパー……」


 「違うから! これはただの遺伝だから!」


 「え? ああ、そう……」


 「何でそんなにガッカリしてんだよ。もしかして、僕がその伝説のスーパーなんちゃらだったら嬉しかったのか?」


 「ん……まぁ」


 おいおい肯定しやがったぞ。


 心絵よ、お前の精神年齢は一体いくつなんだ?


 と言うか、急いでたから、髪の毛を黒くするスプレーをしてくるのを、忘れたのか……。


 まあ、学校に行くわけじゃないから別にいいけれども。


 そして、僕と心絵は婦警さんに案内されるがまま、なんと署長室まで案内された。


 え? 一体……何が始まるの?


 恐る恐る、署長室の中に入ると、厳かな雰囲気の警察制服を着た、初老の男性がいた。


 うーむ、やはり警察署長ともなると、威厳があるな。


 「徳山とくやまさん。臥龍のおじさまから、警察署に行ってくれと頼まれたのだけど。いったい何の用事かしら?」


 「お、おい! 署長さんに向かってタメ口はヤバいだろ!」


 「ああ。いいからいいから、いつものことだよ。それよりもキミは心絵君の相棒か何かなのかい?」


 「いや、相棒とかじゃなくて、急に僕も来いって言われて──」


 話の途中で、署長さんは笑い始めた。


 「そうか。実に心絵君らしいな」


 どうやら、この署長さんも、心絵の常識はずれな性格を知っているようだ。


 タメ口に関しても怒っていなかったし。


 なんて心の広い人なんだ。


 心絵と臥龍も、少しはこの署長さんを見習え!



 「それで、何か大事な用件があるから、私を呼んだのよね? どんな用かしら?」


 だからお前は、その上から目線のタメ口をやめろ!


 人生の大先輩だぞ。


 「うむ。それなんだが──」


 かなり、長い話になってしまったので、要約すると、二つの事件を解決してもらいたいらしい。


 一つ目は、街羽市全域の公園で、小動物の死骸が無数に発見され、通報が相次いでいること。


 そして二つ目は、真夜中に大型ダンプカー並みの火の玉──と言うか、信じがたいが、体中が燃えている巨大な虎が、街羽市のいたる車道を疾走しているそうだ。


 一つ目は事件だが、二つ目は、何だかオカルト話にしか思えない。


 しかし通報があったのだから、警察も動くしかない。



 だが一向に犯人も見つからず、二つ目の事件に関しては、警察でも手を焼いている始末。


 そこで、陰陽師の心絵に依頼が来たと言うわけだ。


 ただ驚くことは、陰陽師が警察と裏で密接な関係があるとは。


 灰玄が以前、裏の陰陽師は荒事専門だとか何とか言っていたが──なるほど、大型ダンプカー並みの燃える虎の捕獲なんて、まさに荒事だもんな。


 「まぁ私の勘違いだとは思うが、この二つの事件に……関連性があるとは思えないが、心絵君に手伝ってもらいたい。いいかな?」


 「別にいいけれど署長さん。大事なことを忘れているわよ。まずは私をわざわざ招聘したのだから、天丼の20人前ぐらいは用意しなさい」


 「ああ! そうだったな。すっかり忘れていた、すぐに出前を取るよ。全部大盛りでいいんだよね?」


 「もちろん」


 何だよ、この会話のやり取りは。


 まるで、心絵が署長みたいじゃないか。


 そして、注文した天丼大盛り20人前を、心絵はペロリと平らげ──それじゃあ、行ってくるわよと言って、署長室を後にした。


 余談だが、署長さんは、気をつかって僕にも、天丼1人前を注文していてくれた。


 おかげで、夜中から何も食べていない胃袋が満たされた。


 なんて気前のいい署長さん何だろう。



 そして、僕と心絵は警察署を後にして、まずは小動物の死骸が多数目撃され通報されている忠野ただの公園に向かうことにした。


 「……」


 「何だよ心絵。さっきから黙り込んで」


 「小動物の死骸が多数……」


 「ん? 何か思い当たることでもあるのか?」


 「……死骸ばかりの市街」


 「は? 何言ってんだ?」


 「ここは笑うところでしょ。だからアナタは、髪の毛だけ金髪で、伝説の戦闘民族になれないのよ」


 「いや、なりたくないし。しかも全然笑えない──」


 うっ、またこいつ僕の腹を殴りやがった。


 前みたいに、痛くはないけれどね。


 「お前なあ。いくら頭に来たからって、すぐに人を殴るのは良くないぞ」


 「大丈夫よ。アナタだけだから」


 「いや、それ全然大丈夫じゃねーだろ!」



 言っているうちに、忠野公園に着いた。


 芹土間森林公園ほどではないが、この公園も負けず劣らず、街羽市内では、かなり大きい公園である。


 それに、署長さんから聞いたが、現在、芹土間公園は立ち入り禁止なのだそうだ。


 当たり前である。


 あれだけの爆心地と化した公園を、警察が放っておく訳がない。


 しっかし酷い光景だ。


 公園内は、猫の死骸ばかりだぞ。


 野良犬は日本では珍しいので、犬の死骸はないが、野良猫は日本各地にいるので、猫の死骸のオンパレード。


 ついでに、鳥もだ。


 カラスにスズメ、平和の象徴のハトまで死骸になって、無惨にも地面全体に放置してある。


 これじゃあ流石に通報されるよな。


 でも、これだけの夥しい量の数の死骸を、一人の人間がやったなんて考えられない。


 もしかして、複数人の犯行か?


 「確かに署長さんが言っていた通り、この数は異常ね。何が目的でこんな──あ、この『思念気』は……ちょっとアナタ。そこから離れた方が──」



 「アァァァァ! グゥゥゥゥ! ニィィィィ! 氏ィィィィィィ!」


 そして、その大声とともに、空から少女が降って、いや、飛んできた。


 少女が着地した場所は、半径3メートルほどのクレーター状になっている。



 「な、何だ? 何だ? 一体全体なにがおこった?」


 混乱している僕を無視して、空から飛んできた少女は心絵と──平然と話している。


 「いやぁ! 『波動脚煌はどうきゃっこう』でどこまで飛べるか、修行していたら、偶然にもアグニ氏を見つけて飛んできたのだ! ワハハハ!」


 よく見ると、ボーイッシュな黒髪のショートカットに、海に行くわけでもないのに、黄色いサーフパンツを穿いている。


 上着は、ノースリーブのジッパー付きの、エメラルドグリーンに近い色をした、パーカーを着ていて、インナーは、真っ白なハーフタンクトップを着ている。


 靴は、いかにもスポーツ選手と言わんばかりの、真っ白なスポーツ用のスニーカーを履いていた。


 見た目は、健康的に日焼けした美少女で身長は心絵と同じぐらいである。

 だが心絵とは対照的な小麦色の肌で、シミ一つない綺麗な素肌をしていて生き生きとした快活さな雰囲気を感じた。


 ま、まあ、『生き生き』と『快活』は似たような意味だから重言なのだが……。


 元気で明るい様が、とても印象的なので、語気を強める意味として生き生きと快活なのである。


 異論は認めない。


 僕が空から飛んできた、謎の少女を観察していると、その少女が僕の方にやってきた。



 「初めましてだな! 自己紹介させてくれ! ワタシの名前は鰐ヶ淵わにがふちアミリだ! 漢字は鰐の鰐に、ヶのヶに、淵の淵だ! アミリは片仮名でアミリだ! よろしくな!」


 「いやいや、よろしくなじゃなくて、その説明じゃ、本名のアミリしかわからないよ」


 「ん!? 上手く伝わらなかったか! ならもう一度言おう! 鰐の鰐に──」


 「もういいよ! アミリって呼ぶから、上の方はもういいよ」


 「ん!? 上の方はもういい!? それなら下が専門という意味か!?」


 「……は?」


 「いやいや! 隠さなくてもいいのだ! そうか下が専門か! ワタシは上も下も攻めも受けも、全て大丈夫だから安心してくれ!」


 「何が大丈夫なんだ? 何が安心なんだ?」


 「ところでアグニ氏よ! 彼はいったい誰なのだ!?」


 会話をぶつ切りにされた……と言うか、僕の質問を聞いていない。


 「ああ、コレ?」


 「コレって言うな」


 それはそうと、僕はアミリの上の名前が気になったので、心絵に訊いたら、地面に枝で鰐ヶ淵と書いてくれた。


 なるほどそういう漢字だったのか──と、その瞬間。また大声が聞こえた。


 「あっ! 解ったぞ! 新しいアグニ氏の奴隷だな!」


 「何でだよ!」


 「ピンポーン。大正解」


 「大正解じゃない! 大平懐だいへいかいだろ! なんで奴隷なんだよ! 僕をなんだと思ってるんだ! 失礼すぎるだろ!」


 僕の言葉に鰐ヶ淵は、キョトンとした目で、こちらを見ている。


 「ん!? ワタシもアグニ氏の奴隷だぞ!」


 「は? お前は奴隷の意味を理解しているのか?」


 「もちろんだ! 仲のいい親友という意味ではないか! アグニ氏から教えてもらったから間違いないぞ!」


 「おい心絵。お前はいったい何を教えているんだ?」


 「ちょっとした遊び心よ。心絵の遊び心よ」


 「黙れ! 遊びすぎだろ!」


 「ちなみにワタシはアグニ氏の記念すべき奴隷第一号だ!」


 「誇らしくいうな! 全然誇れないぞ!」


 「と言う訳だから、ワタシの奴隷になった記念にアナタはこれから、その中途半端に伸ばしてワックスをつけているのか、ただの寝癖なのか判らないアホ毛の髪型を、今すぐにモヒカンにして来なさい」


 「は? 何でそうなるんだよ」


 「ついでに、肌の色も絵の具で緑にしなさい。欲を言えばもっと背丈は小さい方がいいけれど、この際、我慢してあげるわ」


 「おい! 僕はどこの闘鶏みたいな名前をした惑星人なんだよ!」


 「可哀想に。母星が恋しい見たいね──アナタもいつかは、自分の惑星に帰れるといいわね」


 「自分の惑星ってなに? 帰るもなにも、僕は産まれてから一度だって地球から離れたことなんてないぞ。しかも地球が母星だ」


 「いやー! 実に愉快なアグニ氏の奴隷だな! 先ほどから笑いが止まらず、テンションが上がりっぱなしだぞ!」


 「て言うか! お前は登場してからずっと、声のボリュームがでかいんだよ。テンションが上がるのは構わないが、もう少し声のボリュームを下げて、小さくしてくれ」


 「そうか!? うん! 解った!」


 どうやら心絵と違い、鰐ヶ淵は話が通じる奴みたいだ。



 「■■■■■■これでいいか!?」


 「そうそう、それぐらい小さく──っておい! それ文字の大きさを小さくしただけだろ! 僕はお前の声のボリュームを小さくしろって言ってんの!」


 どうやら鰐ヶ淵も話が通じる奴ではないようだ……。



 「おっとそうだ! 名前をまだ聞いて無かったな!」


 「え? ああ僕の名前か、僕は九条──」


 「九条鏡佑だな! さっきアグニ氏から教えてもらったのだ! ワハハハ!」



 だったら訊くんじゃねーよ。

 と言うか、臥龍の時も似たようなことが──心絵の友人は変人ばかり……ん? こいつ確かさっき『波動脚煌』とか言ってたな。


 うわ、こいつも陰陽師かよ。


 一応訊いてみるか?


 「なあ鰐ヶ淵。お前もしかして、陰陽師なのか?」


 「無論だ! ワタシはアグニ氏と同じ『もくの流派』の陰陽師だ! しかし鏡佑氏は男なのに、小さなことで大騒ぎするのだな!」


 「この場合は男も女も関係ないぞ。お前は声がデカ過ぎて、耳の穴がキンキンして痛いんだよ」


 「穴がキンキンして痛い!? 驚いた! 鏡佑氏はツッコミが多いから攻めだと思ったが、受けだったのだな!?」


 「せめ? うけ? 何を言ってるんだ?」


 「解ってるくせに、鏡佑氏も勿体つける人だ!」


 「いやいや。マジで解らないぞ」


 「ワタシの口からそれを言わせるとは! まさか、鏡佑氏は両刀使いだったとはな!」


 「りょうとう? だから、お前はさっきから何を言ってるんだ?」


 「まあいい! そこまでワタシを攻めるなら敢えて言おう! ボーイズラブだ! BLだ!」


 「そっちの攻めと受けかよ! 言っとくけど、僕にはそっちの気はないからな!」


 「そっちの毛はない!? まさか鏡佑氏がワタシと同じだったとは! もう他人とは思えないぞ!」


 「お前は何を想像しているんだ?」


 そして、いつになったら、この不毛な会話は終わるんだろう?



 「またワタシを攻めるのか! いいだろう……! 鏡佑氏の攻めを受けきってやる!」


 「だから質問に答えろよ」


 「何という攻めだ! ワタシはもう、この凌辱に耐えきる自信がないぞ! 屈してしまいそうだ!」


 「だから答えろって言ってんの!」


 「いいだろう! 鏡佑氏がそこまで攻めるなら答えよう! 早い話が剃毛だ!」


 「は?」


 「くっ! 答えたのにまだ攻めるのか! 何という鬼畜! だが嫌いではない! まさか鏡佑氏が、ここまでの攻めを持ち合わせていたとは! 攻めの天才だな!」


 「だから意味が解らないぞ。テイモウって何だよ!」


 「もう限界だ! 倒れてしまいそうだ!」


 「だから教えろよ!」


 「解った! ワタシをここまで攻めて追い詰めたのは鏡佑氏が初めてだ! その攻めに敬意を表して答えよう! 下の毛を剃ることだ!」


 「そっちの毛かー!」


 ある意味で──本当に不毛な会話だった。


 しっかし……一体何だコイツは? 心絵以上に変人な陰陽師がいたなんて。


 つーか、どうして僕の周りには変人しかいねーんだよ!


 しかも最悪なことに、この超変人の陰陽師と知り合いになってしまった……。


 二人とも、喋らずに黙っていれば、凄く美人で可愛いのに。


 あまりにも……残念すぎる、二人組の陰陽師である……。

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