第76話 魔法の言葉は、ボロンだボロン
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「アグニ氏! アグニ氏! ところで、なぜ二人はこんな小動物の死骸だらけの公園で、逢い引きなどしているのだ!?」
「おい鰐ヶ淵……こんな場所で逢い引きするヤツなんていねーよ! それに、僕と心絵は、そんな逢い引きするような関係じゃないぞ!」
「そうだったのか! すまない訂正しよう! 何で二人は、こんな場所で粗挽きしているのだ!?」
「それ、訂正になって無いわよアミリ」
言って、心絵は鰐ヶ淵に対し──懇切丁寧に事情を説明した。
傍から見ると、まるでお姉ちゃんと、妹みたいだな。
実に微笑ましい姿だ。
それに引き替え僕の弟ときたら──多分、今の現状を説明する前に、『ウゼーんだよ』と言われて、どこかに消えてしまうだろうな……。
そう考えると、鰐ヶ淵ってピュアな性格なんだろうな。
ピュアな性格のBL好き……ま、まあ他人の趣味嗜好を否定したり、バカにしたりしてはいけないな。
否定もバカにもしていないけれども。
強いて言えば、少しドン引きした程度か。
つーか、ドン引きしてる時点で少しじゃねーじゃん!
「うむむ! なるほどな! よし! ではワタシもその事件に美食ではあるが協力しよう! ん!? おっと間違えた! 訂正しよう! 美玉ではあるが協力しようではないか!」
「だからそれ、訂正になって無いわよアミリ。この場合は微力って言うの。覚えておきなさい」
「うむ! 解ったぞアグニ氏! いや〜それにしてもアグニ氏は物知りだな〜!」
いやいや、お前が物を知らな過ぎるだけだろ……心絵と同い年ぐらいに見えるのに。
てか、本音を言うと、何で僕までこの事件を解決させる一人にされているんだ?
僕はただ眼科に行っただけなのに……天丼は美味かったけどさ。
まあここは、このアホアホ陰陽師コンビに任せて、僕は手伝っている振りだけして帰るか。
「なあ。一つ提案があるんだけど。三人一緒に行動するよりも、街羽市内の公園はたくさんあるから、皆でバラバラに行動するのはどうかな?」
「あら。アナタにしては良い考えね。確かに三人一緒に行動するよりも、そっちの方が、理に適ってるわね」
「うむ! ワタシも鏡佑氏の提案に賛成だぞ!」
いよっし! まんまと僕の作戦にハマったぞ。
そしてこのまま、探すフリをして、僕は家に帰るだけだ。
「それじゃあ、僕はもう一回、警察署の周辺の公園に行ってみるから、各自で公園の小動物の死骸について何か解ったら連絡してくれ」
そう言って、三人で携帯電話の番号を交換し合った。
はぁ……。
僕の携帯の電話帳に新たに変人が二名追加されてしまった。
そして、僕たち三人は別行動をすることになった。
と言うか、行動するのは心絵と鰐ヶ淵だけだが。
しっかし、暑い。
本当に暑い。
ちょっとコンビニに寄って、ジュースとアイスでも買って帰るか。
ただねぇ、忠野公園から僕の家まで結構長いし、近所にコンビニもないんだよな。
うーむ……あっ! そうだ走ればいいん。
少し走っただけで時速60キロぐらい──いや、だめだ。
こんな周りに人がいる中で、そんなスピードで走ったら最悪通報されてしまうぞ。
ここは徒歩で帰路に向かうしかなさそうだ。
15分ぐらい経っただろうか。
やっとコンビニを発見したぞ。
まだ家まで残り10分ぐらいはあるが……。
仕方ない、アイスは溶けてしまうので、ジュースだけ買って帰ると──んん?
僕の癖で、いつもコンビニに入ると、まずエロ本コーナーをチェックするのだが、とんでもないものを発見してしまった。
こ、このエロ本は!
このエロ本こそ、僕が長年追い求めてきた究極のお尻!
曲線美よーし!
弾力感よーし!
重肉感よーし!
す、凄いぞこれ!
写真で見ているだけなのに、手に取るようだ。
肉質を見るだけで伝わってくるこれは、まさに
しかし表紙はお尻しか写っていないぞ。
これはもう、裏面がどうなっているのか、確かめるしかないな。
ぬ、ぬおおお! 白人!? 外国人!? 洋物だと!?
そうか、やっと解った。
僕はずっと、東洋のお尻しか見てこなかったから、気が付かなかったのだ。
どうりで、探しても探しても、理想のお尻に出会えないわけだ。
何故ならば──僕が求めていたお尻は欧米にあったのだから。
まさか、こんな場所で運命の出会いをするなんて。
ずっと近くにあったのに、気が付かなかった自分が愚かとしか思えない。
木を見て森を見ずとは、まさにこのことだな。
よし! よし! これはもう買うしかない。
ジュースよりもエロ本だ!
んなっ! せっ1600円だと!?
さすが欧米だ、値段も一回り高いというわけか。
しか〜し、眼科に行く時に5000円も持って出かけていたのだ。
そしてゆっくり自分の財布を見ると──せっ1400円だと!?
くっ! 診察代だけなら、お釣りが来たのに、ドライアイ用の目薬は高いんだよな……。
はぁ……天国から一気に地獄に落とされた気分だ。
「嗚呼……儚い夢だったなぁ……。諦めて……ジュースだけ買って帰るか……」
『しかし……そのエロ本……今買わなければ……もう二度と手に入らなくなるかもしれない……』
「そうなんだよな……エロ本は一期一会だから、今度買おうと思っても、誰かが買っていたりするんだよな……」
『そう……だから今しかない……運命の出会いは二度と訪れないのだ……』
「とは言ってもなぁ……お金が足りないから、盗むわけにも行かないし、200円とはいえ、生活費を崩すわけにもいかないんだよな……一瞬の色欲に踊らされて散財はできないし……どうしたものか……」
『だったら答えは……簡単ではないか……今この場で済ませてしまえば良いのだ……そうだ……チャックを開けてボロンしよう……』
「いやいやボロンは流石にまずいぞ……。そうだ、京都行こう。みたいな軽い気持ちでボロンしたら、公開処刑になってしまう……」
『しかし……この溢れ出る欲情を鎮めるには……もうボロンしかないではないか……』
「うーん。だが一時の快楽の為に、人生を棒に振って両手が後ろに回るなんてことは、避けなくてはならないぞ……まだ大事な純潔を残したままだし。何とかしてボロン以外の解決策を考えなくては」
『いやいやいや……もうボロンしか選択肢はないではないか……それに、生きていれば必ず童貞が捨てられる訳ではないのだ……もう残された答えはボロンしかないのだ……さぁ早く……ボロンだボロン……周りをよく見るのだ……客は誰もいないではないか……今しかない……そう今しかないのだ……今すぐチャンスという名のチャックを全開にして……ボロンするのだ……さぁさぁ早く早く……ボロンだボロン……ボロンだボロン……ボロンだボロン……』
「いやいやいや、だからボロンだボロンはまずいって……。ボロンだボロンは危険すぎるって。そもそもボロンをする行為について、客がいるとか、いないとかで判断するのはおかしくないか? 公共の場でボロンするなんて、簡単に言うようだが……よくよく考えたら犯罪ではないか。そんなの、人間を辞めなくては出来ないことだぞ……。それに生きていれば、1回ぐらいは純潔を捧げるチャンスが僕にも訪れるはずだ……」
『いやいやいやいや……いつかは出会いが訪れるなどと言うのは、幻想に過ぎないのだ……自分から行動もできない者に未来などない……どうせ生きていても未来などないのだから、いっそ……ここでぶちまけてしまえ……そうだ……ぶちまけるのだ……チャックを開けて……その中から未来の無いモノを……出せ……出せ……出せ……出せ……今ぶちまけるのだ鏡佑氏……ボロンだボロン……ボロンだボロン……』
「いやいやいやいや。未来が無いっておかしいだろ。しかも、ここで出したら一貫の終わりだ。誰もいなかったから、ぶちまけたなんて言い訳にならないぞ。ニュースになって僕は死ぬまで恥辱にまみれた少年Aになってしま……ん? おいちょっと待て……鏡佑氏ってなんだ?」
僕がすぐさま後ろを振りむくと、お菓子コーナーの隅から顔だけ覗かせている、艶然とした笑みの鰐ヶ淵がいた。
と言うか隠れていた。
「お前か鰐ヶ淵! 僕の頭に洗脳みたいなナレーションを吹き込んでたヤツは! 何がボロンだボロンだよ! ふざけんな!」
「フッ! どうやら見つかってしまったようだな! ではさらばだ鏡佑氏! ドロンだドロン!」
「おいちょっと待て鰐ヶ淵!」
僕は咄嗟に、逃げようとする鰐ヶ淵の左手の手首を掴んだ。
「ぬ、ぬああ! なんて力なんだ鏡佑氏! 腕相撲勝負なら、あのリコ殿にも負けたことが無いのに……!」
「あっ、ごめん! つい少しだけ力が入っちゃった」
てか、マジで強くなったんだな僕は。
あの脳筋バカの鰐ヶ淵が、本気で痛そうな声を出していたし。
後で、ジュースの一本でも奢ってやるか。
だが、そんなことよりもだ──
「おい鰐ヶ淵。なんでお前がこんなとこにいるんだよ。確か僕と逆側の方に向かったはずじゃなかったか?」
「何を言うのだ! ワタシはとんでもないオーラを感じたから、飛んできたのだ! そしたら、なんと──ピンクの物体を見つけた!」
「ピンクの物体って何だ?」
僕は鰐ヶ淵に無言で指を差された。
「何だ、とんでもないオーラって僕のことか……っておい! 人を色欲の塊みたいに言うな! と言うか人を指で差すな!」
「指差し確認は道を歩く時の基本だろ! それに貫通事故にでもなったら大変だからな!」
「それを言うなら貫通事故じゃなくて、交通事故だろ」
「いや、貫通事故で間違いないぞ!」
そして、またしても鰐ヶ淵は無言で、僕のズボンのチャックを指差した。
「どこを指差してんだ! そんなとこ貫通しねーよ!」
「分からないではないか! 絶頂が勢い余って、万が一ということもある!」
「そんな万が一があるわけないだろ! と言うか、僕のチャックをまじまじと見るな! 万が一でも、億が一でも貫通しねーよ!」
「兆が一ならありえるかもしれない!」
「あり得るわけねーだろ!」
そういうと、鰐ヶ淵はさも不思議そうな表情で僕を見てきた。
「そうだろうか!? だって鏡佑氏は、250兆分の1の確率なのだから有り得る話だろ!」
「その確率は一体なんだ?」
「鏡佑氏が鏡佑氏である確率だ!」
「え? 意味が解らないんだけど」
「壮絶な戦いの中で、勇敢に唯一生き残った戦士という意味だ! まさに鏡佑氏は奇跡的な英雄だな!」
「は? お前は何を言っているんだ?」
「ここまで言っても解らないのか!? あっ! 解ったぞ! 鏡佑氏はワザと解らないフリをしているな!?」
「いや。本当にわからないんだけど……」
「解ったぞ! 鏡佑氏はワタシの口から言わせたいのだな!? 流石は攻めの達人! 敢えて知らないそぶりで、ワタシに言葉のロウソクを垂らすとは!」
「人を鞭を振るう女王様みたいに言うな! と言うか早く教えろよ!」
「仕方あるまい! そこまで言うなら敢えて言おう! つまりコウノトリさんが鏡佑氏を運んでくる確率だ!」
「その確率かよ!」
こいつ、脳ミソが全部筋肉だと思っていたが、そっち方面の知識は意外とあるんだな。
まぁ、知ったところで、何の得にもならない知識だが。
それに何の徳も積めない会話だ。
「鏡佑氏! 鏡佑氏! 良いことを教えてやろう! こんな場所よりも、もっと面白い場所があるぞ!」
「……なんか嫌な予感がする」
「本当に素晴らしい場所だぞ! まさに桃源郷と言ってもいいな! 鏡佑氏が買おうか迷っている、その肉本よりも百倍凄いモノがたくさんあるぞ!」
「エロ本を肉本って言うなよ!」
エロ本という言葉も問題がありそうだが……。
「それでどうするのだ!? 来るのか!? よし行こう!」
「ちょっと待てよ! 勝手に決めるな! 質問したんだから、僕の意見を聞けよ」
「鏡佑氏! 鏡佑氏! 真の桃源郷なのだぞ! 行くしかないだろ!」
「本当に……桃源郷なのか?」
「もちろんだ! ワタシは嘘などつかない!」
まぁ……こいつは変態だが、人を騙すような嘘をつくタイプではないし、信じてみるか……。
「じゃあ、少し見に行くだけだからな」
「よし決まりだな! では行くぞ! 『
鰐ヶ淵は、地面を思いっきり踏み、ジャンプすると──なんと飛んだ。
比喩表現ではなく、本当に空高く飛んでいる。
僕は鰐ヶ淵の右手を握り、一緒に飛んだ。
その飛んだ先は、街羽市駅内から少しだけ離れた、寂れた5階建てのビルだった。
「このビルの5階だ! 準備はいいか!?」
「お、おう」
そして5階までエレベーターで行き、エレベーターの扉が開くと──
「…………ってここ! BL専門店じゃねーか!」
「鏡佑氏! 鏡佑氏! さぁ! 好きなモノを選べ!」
「選べるかあああ!」
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