第76話 魔法の言葉は、ボロンだボロン



 *4



 「アグニ氏! アグニ氏! ところで、なぜ二人はこんな小動物の死骸だらけの公園で、逢い引きなどしているのだ!?」


 「おい鰐ヶ淵……こんな場所で逢い引きするヤツなんていねーよ! それに、僕と心絵は、そんな逢い引きするような関係じゃないぞ!」


 「そうだったのか! すまない訂正しよう! 何で二人は、こんな場所で粗挽きしているのだ!?」


 「それ、訂正になって無いわよアミリ」


 言って、心絵は鰐ヶ淵に対し──懇切丁寧に事情を説明した。


 傍から見ると、まるでお姉ちゃんと、妹みたいだな。


 実に微笑ましい姿だ。


 それに引き替え僕の弟ときたら──多分、今の現状を説明する前に、『ウゼーんだよ』と言われて、どこかに消えてしまうだろうな……。



 そう考えると、鰐ヶ淵ってピュアな性格なんだろうな。


 ピュアな性格のBL好き……ま、まあ他人の趣味嗜好を否定したり、バカにしたりしてはいけないな。


 否定もバカにもしていないけれども。


 強いて言えば、少しドン引きした程度か。


 つーか、ドン引きしてる時点で少しじゃねーじゃん!



 「うむむ! なるほどな! よし! ではワタシもその事件に美食ではあるが協力しよう! ん!? おっと間違えた! 訂正しよう! 美玉ではあるが協力しようではないか!」


 「だからそれ、訂正になって無いわよアミリ。この場合は微力って言うの。覚えておきなさい」


 「うむ! 解ったぞアグニ氏! いや〜それにしてもアグニ氏は物知りだな〜!」


 いやいや、お前が物を知らな過ぎるだけだろ……心絵と同い年ぐらいに見えるのに。


 てか、本音を言うと、何で僕までこの事件を解決させる一人にされているんだ?


 僕はただ眼科に行っただけなのに……天丼は美味かったけどさ。



 まあここは、このアホアホ陰陽師コンビに任せて、僕は手伝っている振りだけして帰るか。


 「なあ。一つ提案があるんだけど。三人一緒に行動するよりも、街羽市内の公園はたくさんあるから、皆でバラバラに行動するのはどうかな?」


 「あら。アナタにしては良い考えね。確かに三人一緒に行動するよりも、そっちの方が、理に適ってるわね」


 「うむ! ワタシも鏡佑氏の提案に賛成だぞ!」


 いよっし! まんまと僕の作戦にハマったぞ。


 そしてこのまま、探すフリをして、僕は家に帰るだけだ。



 「それじゃあ、僕はもう一回、警察署の周辺の公園に行ってみるから、各自で公園の小動物の死骸について何か解ったら連絡してくれ」



 そう言って、三人で携帯電話の番号を交換し合った。


 はぁ……。


 僕の携帯の電話帳に新たに変人が二名追加されてしまった。


 そして、僕たち三人は別行動をすることになった。


 と言うか、行動するのは心絵と鰐ヶ淵だけだが。


 しっかし、暑い。

 本当に暑い。


 ちょっとコンビニに寄って、ジュースとアイスでも買って帰るか。


 ただねぇ、忠野公園から僕の家まで結構長いし、近所にコンビニもないんだよな。


 うーむ……あっ! そうだ走ればいいん。


 少し走っただけで時速60キロぐらい──いや、だめだ。


 こんな周りに人がいる中で、そんなスピードで走ったら最悪通報されてしまうぞ。


 ここは徒歩で帰路に向かうしかなさそうだ。



 15分ぐらい経っただろうか。


 やっとコンビニを発見したぞ。


 まだ家まで残り10分ぐらいはあるが……。


 仕方ない、アイスは溶けてしまうので、ジュースだけ買って帰ると──んん?


 僕の癖で、いつもコンビニに入ると、まずエロ本コーナーをチェックするのだが、とんでもないものを発見してしまった。


 こ、このエロ本は!


 このエロ本こそ、僕が長年追い求めてきた究極のお尻!


 曲線美よーし!

 弾力感よーし!

 重肉感よーし!


 す、凄いぞこれ!


 写真で見ているだけなのに、手に取るようだ。


 肉質を見るだけで伝わってくるこれは、まさに視感尻しかんじりだ!(これは僕の造語である)


 しかし表紙はお尻しか写っていないぞ。


 これはもう、裏面がどうなっているのか、確かめるしかないな。


 ぬ、ぬおおお! 白人!? 外国人!? 洋物だと!?


 そうか、やっと解った。


 僕はずっと、東洋のお尻しか見てこなかったから、気が付かなかったのだ。


 どうりで、探しても探しても、理想のお尻に出会えないわけだ。


 何故ならば──僕が求めていたお尻は欧米にあったのだから。


 まさか、こんな場所で運命の出会いをするなんて。


 ずっと近くにあったのに、気が付かなかった自分が愚かとしか思えない。


 木を見て森を見ずとは、まさにこのことだな。



 よし! よし! これはもう買うしかない。


 ジュースよりもエロ本だ!


 んなっ! せっ1600円だと!?


 さすが欧米だ、値段も一回り高いというわけか。


 しか〜し、眼科に行く時に5000円も持って出かけていたのだ。


 そしてゆっくり自分の財布を見ると──せっ1400円だと!?


 くっ! 診察代だけなら、お釣りが来たのに、ドライアイ用の目薬は高いんだよな……。


 はぁ……天国から一気に地獄に落とされた気分だ。



 「嗚呼……儚い夢だったなぁ……。諦めて……ジュースだけ買って帰るか……」


 『しかし……そのエロ本……今買わなければ……もう二度と手に入らなくなるかもしれない……』


 「そうなんだよな……エロ本は一期一会だから、今度買おうと思っても、誰かが買っていたりするんだよな……」


 『そう……だから今しかない……運命の出会いは二度と訪れないのだ……』


 「とは言ってもなぁ……お金が足りないから、盗むわけにも行かないし、200円とはいえ、生活費を崩すわけにもいかないんだよな……一瞬の色欲に踊らされて散財はできないし……どうしたものか……」


 『だったら答えは……簡単ではないか……今この場で済ませてしまえば良いのだ……そうだ……チャックを開けてボロンしよう……』


 「いやいやボロンは流石にまずいぞ……。そうだ、京都行こう。みたいな軽い気持ちでボロンしたら、公開処刑になってしまう……」


 『しかし……この溢れ出る欲情を鎮めるには……もうボロンしかないではないか……』


 「うーん。だが一時の快楽の為に、人生を棒に振って両手が後ろに回るなんてことは、避けなくてはならないぞ……まだ大事な純潔を残したままだし。何とかしてボロン以外の解決策を考えなくては」


 『いやいやいや……もうボロンしか選択肢はないではないか……それに、生きていれば必ず童貞が捨てられる訳ではないのだ……もう残された答えはボロンしかないのだ……さぁ早く……ボロンだボロン……周りをよく見るのだ……客は誰もいないではないか……今しかない……そう今しかないのだ……今すぐチャンスという名のチャックを全開にして……ボロンするのだ……さぁさぁ早く早く……ボロンだボロン……ボロンだボロン……ボロンだボロン……』


 「いやいやいや、だからボロンだボロンはまずいって……。ボロンだボロンは危険すぎるって。そもそもボロンをする行為について、客がいるとか、いないとかで判断するのはおかしくないか? 公共の場でボロンするなんて、簡単に言うようだが……よくよく考えたら犯罪ではないか。そんなの、人間を辞めなくては出来ないことだぞ……。それに生きていれば、1回ぐらいは純潔を捧げるチャンスが僕にも訪れるはずだ……」


 『いやいやいやいや……いつかは出会いが訪れるなどと言うのは、幻想に過ぎないのだ……自分から行動もできない者に未来などない……どうせ生きていても未来などないのだから、いっそ……ここでぶちまけてしまえ……そうだ……ぶちまけるのだ……チャックを開けて……その中から未来の無いモノを……出せ……出せ……出せ……出せ……今ぶちまけるのだ鏡佑氏……ボロンだボロン……ボロンだボロン……』


 「いやいやいやいや。未来が無いっておかしいだろ。しかも、ここで出したら一貫の終わりだ。誰もいなかったから、ぶちまけたなんて言い訳にならないぞ。ニュースになって僕は死ぬまで恥辱にまみれた少年Aになってしま……ん? おいちょっと待て……鏡佑氏ってなんだ?」


 僕がすぐさま後ろを振りむくと、お菓子コーナーの隅から顔だけ覗かせている、艶然とした笑みの鰐ヶ淵がいた。


 と言うか隠れていた。


 「お前か鰐ヶ淵! 僕の頭に洗脳みたいなナレーションを吹き込んでたヤツは! 何がボロンだボロンだよ! ふざけんな!」


 「フッ! どうやら見つかってしまったようだな! ではさらばだ鏡佑氏! ドロンだドロン!」


 「おいちょっと待て鰐ヶ淵!」


 僕は咄嗟に、逃げようとする鰐ヶ淵の左手の手首を掴んだ。


 「ぬ、ぬああ! なんて力なんだ鏡佑氏! 腕相撲勝負なら、あのリコ殿にも負けたことが無いのに……!」


 「あっ、ごめん! つい少しだけ力が入っちゃった」



 てか、マジで強くなったんだな僕は。


 あの脳筋バカの鰐ヶ淵が、本気で痛そうな声を出していたし。


 後で、ジュースの一本でも奢ってやるか。

 だが、そんなことよりもだ──



 「おい鰐ヶ淵。なんでお前がこんなとこにいるんだよ。確か僕と逆側の方に向かったはずじゃなかったか?」


 「何を言うのだ! ワタシはとんでもないオーラを感じたから、飛んできたのだ! そしたら、なんと──ピンクの物体を見つけた!」


 「ピンクの物体って何だ?」


 僕は鰐ヶ淵に無言で指を差された。


 「何だ、とんでもないオーラって僕のことか……っておい! 人を色欲の塊みたいに言うな! と言うか人を指で差すな!」


 「指差し確認は道を歩く時の基本だろ! それに貫通事故にでもなったら大変だからな!」


 「それを言うなら貫通事故じゃなくて、交通事故だろ」


 「いや、貫通事故で間違いないぞ!」


 そして、またしても鰐ヶ淵は無言で、僕のズボンのチャックを指差した。


 「どこを指差してんだ! そんなとこ貫通しねーよ!」



 「分からないではないか! 絶頂が勢い余って、万が一ということもある!」


 「そんな万が一があるわけないだろ! と言うか、僕のチャックをまじまじと見るな! 万が一でも、億が一でも貫通しねーよ!」


 「兆が一ならありえるかもしれない!」


 「あり得るわけねーだろ!」


 そういうと、鰐ヶ淵はさも不思議そうな表情で僕を見てきた。



 「そうだろうか!? だって鏡佑氏は、250兆分の1の確率なのだから有り得る話だろ!」


 「その確率は一体なんだ?」


 「鏡佑氏が鏡佑氏である確率だ!」


 「え? 意味が解らないんだけど」


 「壮絶な戦いの中で、勇敢に唯一生き残った戦士という意味だ! まさに鏡佑氏は奇跡的な英雄だな!」


 「は? お前は何を言っているんだ?」


 「ここまで言っても解らないのか!? あっ! 解ったぞ! 鏡佑氏はワザと解らないフリをしているな!?」


 「いや。本当にわからないんだけど……」


 「解ったぞ! 鏡佑氏はワタシの口から言わせたいのだな!? 流石は攻めの達人! 敢えて知らないそぶりで、ワタシに言葉のロウソクを垂らすとは!」


 「人を鞭を振るう女王様みたいに言うな! と言うか早く教えろよ!」


 「仕方あるまい! そこまで言うなら敢えて言おう! つまりコウノトリさんが鏡佑氏を運んでくる確率だ!」


 「その確率かよ!」


 こいつ、脳ミソが全部筋肉だと思っていたが、そっち方面の知識は意外とあるんだな。


 まぁ、知ったところで、何の得にもならない知識だが。

 それに何の徳も積めない会話だ。



 「鏡佑氏! 鏡佑氏! 良いことを教えてやろう! こんな場所よりも、もっと面白い場所があるぞ!」


 「……なんか嫌な予感がする」


 「本当に素晴らしい場所だぞ! まさに桃源郷と言ってもいいな! 鏡佑氏が買おうか迷っている、その肉本よりも百倍凄いモノがたくさんあるぞ!」


 「エロ本を肉本って言うなよ!」


 エロ本という言葉も問題がありそうだが……。



 「それでどうするのだ!? 来るのか!? よし行こう!」


 「ちょっと待てよ! 勝手に決めるな! 質問したんだから、僕の意見を聞けよ」


 「鏡佑氏! 鏡佑氏! 真の桃源郷なのだぞ! 行くしかないだろ!」


 「本当に……桃源郷なのか?」


 「もちろんだ! ワタシは嘘などつかない!」


 まぁ……こいつは変態だが、人を騙すような嘘をつくタイプではないし、信じてみるか……。



 「じゃあ、少し見に行くだけだからな」


 「よし決まりだな! では行くぞ! 『波動脚煌はどうきゃっこう』!」


 鰐ヶ淵は、地面を思いっきり踏み、ジャンプすると──なんと飛んだ。


 比喩表現ではなく、本当に空高く飛んでいる。


 僕は鰐ヶ淵の右手を握り、一緒に飛んだ。


 その飛んだ先は、街羽市駅内から少しだけ離れた、寂れた5階建てのビルだった。


 「このビルの5階だ! 準備はいいか!?」


 「お、おう」



 そして5階までエレベーターで行き、エレベーターの扉が開くと──



 「…………ってここ! BL専門店じゃねーか!」


 「鏡佑氏! 鏡佑氏! さぁ! 好きなモノを選べ!」


 「選べるかあああ!」

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