第70話 最強になる代償は信用を失うことである──って、なんでそうなるの!



 *29



 気絶して目覚めた俺は心絵こころえに、現状を全て話した。


 まだ頭の中がフラフラするが、気絶する前の、心絵に中華料理を奢らせられる羽目になって、その後に黒宮くろみやならぬ、謎の美少女に出会い、真夜中の森林公園での悲惨な激戦など、数々を──


 「ふーん……、今言ったことを全部信じろっていうのね? アナタは。その前に何で自分のことを『僕』じゃなくて『俺』だなんて言っているの? もしかして少しでも強いアピールをしたいのかしら?」


 な? 僕? 俺は自分のことを僕だなんて卑下するとまでは言わないが、そんなこと──あれ? 言っていたのか? あああ! もう訳が解らないぞ。


 いや……でも何となく、ぼやけた記憶だが、確かに心絵が言う通り、俺は自分のことを僕と言っていたような──そうだ、思い出した。自分のことを僕と言っていたな……何で急に自分のことを俺だなんて言ったんだ?



 「お取り込み中、すまへんけども。一つだけ確認させてくれや。キョースケちゃん、堪忍やで」


 シュセロが言うなり、僕は顔面を殴られた。

 いやいや何でだよ!

 母親にも殴られたことないのに!


 しかもシュセロは半裸であった。


 背中には大きなクジャクが、羽を広げている刺青が彫られている。


 シュセロも錦花にしきばなさん同様にヤクザなのだろうか?


 つーか、そんなことよりも。


 いきなり殴られて僕は吹っ飛んだ。


 痛っ──たくない!?


 「あれ? かなり吹っ飛んだから、全力のパンチのはずなのに、痛くも何ともない……」


 「やっぱりのう。キョースケちゃんを試すために全力で殴ったのに、痛くないやろ? その理由はキョースケちゃんの『ゲイン』やで。よ〜く自分の体を見てみい」


 言われるがまま、僕は自分の体を凝視すると、意識もしていないのに、体中から見たこともない程の、溢れんばかりの『ゲイン』が漲っていた。


 「な、何じゃこりゃああああああ!」


 僕は叫んだ。


 さながら太陽にほえるジーパンが似合う刑事のように(このネタは2回目だ)


 「急に殴ってすまんかったのう。せやけど、どうしても今のキョースケちゃんを知りたくて殴ったんや。これはキョースケちゃんを俺が信用してるからなんやで」


 え?

 何?

 信用してるの?

 だったら何で殴ったの?


 「うーん。事情はよく解らないけれど。その……殴った理由を教えて欲しいんですけど」


 「かしこまった言い方せんでええんやで。敬語なんてやめーや」


 「あ、うん。解った。じゃあ改めて訊くけど……何でシュセロは、僕のことを殴ったの?」


 僕がシュセロに訊くと、僕が急に気絶した後のことを全部話してくれた。

 自分のことを超越者だなんて言っていたことも……なんか中二病みたいで恥ずかしい。


 超越者ってあれだろ?


 ゲームとか漫画に出てくる、神様のことだろ?


 恥ずかしい……穴があったら──いや、目の前は穴だらけだが、穴があったら入りたい。


 しかし、この溢れんばり──というか、もう完全に溢れてるかんじだけど、この『ゲイン』もさることながら……


 僕が、あのローザとポニーを一瞬で倒し、瀕死状態にさせたなんて。


 これはまずい、非常にまずいぞ。


 日本一の極道のトップの秘書さん?


 みたいなポニーを瀕死状態にさせたってことは、錦花さんから、相当──恨まれてるってことじゃん!


 しかも、ローザまで瀕死状態にさせたってことは、あの極悪非道軍団からも恨まれることになるってことじゃん!


 でもさ、僕も被害者だぜ?


 だって僕が気絶している時に、そんなことがあったんだから、僕がやりたくて、そんなえげつない事をする訳がないじゃないか!


 でもなぁ……錦花さんとも、シュセロとも、長い付き合いじゃないし(て言うか、今日出会ったばっかだ)


 そんな信頼関係も無い僕が、必死に説明しても理解してくれないだろうな……。


 なんか、シュセロも言葉とは裏腹に半信半疑みたいなかんじだし。


 僕の近くで横たわっている瀕死のポニーに、錦花さんは、必死に声を掛け続けているし……うう……何なんだよ……。


 「キョースケちゃん。一つだけ訊きたいことがあんねんけど、今、臨戦体制に入っとるんか?」


 シュセロの言ってる意味が解らなかった。


 臨戦体制ってあれだよな?


 今すぐ攻撃できる準備が整ってるってことだよな?


 「いや……臨戦体勢なんて入ってないよ。今は早く家に帰って深夜アニメ──っじゃなくて、眠りたい気分かな」


 おっといけない、本音が漏れ──いや、もう深夜アニメって言ってる時点で、完全に本音を言ってしまっているが……。


 「そうか……キョースケちゃん。『ゲイン』っちゅうもんは、ピース能力者になると、普段から溢れとる。せやけど、それは薄っすらとや。今のキョースケちゃんの『ゲイン』は、普段の『ゲイン』とちゃう」


 「ちゃうって、どう言う意味?」


 「ええか? 今のキョースケちゃんはリラックスしとる。せやったら、『ゲイン』が見えても、薄っすらと蒼白く見えるだけや。しかしや、今のキョースケちゃんの『ゲイン』は異常なほど蒼白くて、突き刺さるほど強烈な『ゲイン』を放っとる。それは臨戦体勢時の『ゲイン』の輝きやで」


 半裸でボロボロの傷だらけになったシュセロが、あの、おちゃらけた雰囲気とは一変して、真顔で説明してきた。


 ちなみに、さっきシュセロから聞いた話の中で、なんとシュセロはローザよりも格上なのだそうだ。


 そんなシュセロを、ここまでズタボロにさせるなんて──気絶していた時の僕は、一体なにをしたんだ?


 それに僕も、一つだけ訊きたいことがあったので確認してみた。


 「あ、あのさぁ。僕の『ゲイン』のことだけど──今はリラックスしている状態で、この『ゲイン』はどれぐらい凄いの?」


 「俺の倍。いや、数倍っちゅうところやな。これが臨戦体勢に入ったらと思うと、想像するだけでゾッとするで、ほんまに」


 ま、マジかああああああああああああ!?


 と言うことは、何か?


 ローザよりも強いシュセロに、リラックス状態の僕は格上ってことか?


 ち、ち、チートきたこれ!


 って! 浮かれてる場合じゃないぞ。


 「錦花さん……あの……ポニーさんのことなんですけど……酷いことをしてしまい、すいませんでした……」


 「ん? あぁ、そのことやったら、もうええ。それに今は昼に見た時の鏡佑きょうすけみたいやからな」


 う、うん。なんか許して──貰えたのか?


 その前に……『今は』って何?


 本当に僕が気絶していた時に何があったの?


 教えて偉い人おおおおおおおお!!



 嗚呼……でも絶対に、錦花さん怒ってるだろうな。


 せっかく、日本一の極道と知り合いになって、信頼関係が築けたら、僕はどこの危ない街でも、時間を気にせずに歩けると思ったのに……。


 ヤバいよ。

 マジでヤバいって!


 まさか日本一の極道と信頼関係を持つどころか、日本一の極道から信用を失い、敵に回すことになってしまうなんて。


 あとで灰玄かいげんに──土下座はしたくないが、下げたくない頭を下げて、錦花さんに、事情を説明してもらい、許してもらわないと。


 はぁ……何でこんなことに……。



 「キョースケちゃん。なんか、えらい落ち込んどるとこすまんが──俺が許しても『Nox・Fangノックスファング』内の幹部のローザを瀕死状態にさせたっちゅうことは、キョースケちゃんも灰玄と同様に師団内で最重要危険人物扱いになるっちゅうことは、伝えておくで」


 「は? 何で? 何でそうなるの?」


 「そりゃ、うちの師団の鉄の掟やからな。せやけど俺はキョースケちゃんと仲良くできる思っとったんやで」


 「思っとったんやで? それってもしかして──もしかしなくても、もう仲良くできないってこと?」


 「それは、今後の師団内での会議次第やな……」


 「いやいや! ちょっと待ってちょっと待ってお兄さん! あ、いやシュセロさん! 僕は皆に危害を加えようなんて思ったこともないし、今までも、これからも平和主義者なんだよ。解ってくれえええ!」


 「すまんのう。俺も何とかしてやりたいんやけど、一度失った信用っちゅうんは、その場だけの言葉だけで元に戻らへんのや」


 おいおいおいおい!

 だから何でそうなるの!


 しかも、灰玄と同じ最重要危険人物ってことは、種蛇島たねだしまでローザが灰玄を殺しに来た時みたいに──僕もいつも命を狙われるってことじゃねーか!


 ふっざけんなぁーーーー!!


 どこぞのチートやら最強やらのラノベ小説は、そんな危険を冒してまで強くなってないぞ!


 何で僕だけゲームの縛りプレイみたいに、危険な条件付きでチートになってるんだ!


 僕が敵にまわしたくない錦花さんや、ローザや、その仲間たちまで敵になってんじゃん!


 有り得なくね?


 しかも、ポニーも意識を取り戻したら、きっと僕のことを敵視してくるだろうな……。


 「ほんじゃ、俺とツルギちゃんとポニーちゃんは帰るさかい、後のことは任せたで」


 そして、三人は真夜中の森林公園の闇の中に消えていったのであった。


 つーか、何でだよ〜!

 この爆心地を創ったのは僕じゃないのに、なんか、それも押し付けられてるし。


 冗談じゃないっつーの!

 僕は何でも屋じゃないっつーの!

 しかも気絶していて意識がなかったんだから、そこんとこ察してくれっつーの!


 僕が心の中で大声で叫んでいると、心絵が怪訝な表情をしながら僕を見て言った。


 「ところで、アナタの『思念気しねんき』はさておき、向こうで佇んでいる女子は一体どこの誰なのかしら?」


 その言葉の声音には、ほんの少し苛立ちのようなものも感じたが、僕は続けた。


 「えっと、心絵と昼食を食べた後に、なんか偶然知り合って、向こうは僕のことを知っているみたいだけど──僕は全く知らないんだ」


 当然と言えば当然だが、夜の神社で不良に絡まれて、僕が地面に寝ている時に、黒宮が現れ、偶然にも、純白の御パンティー様を崇めたことは黙っておいた。


 てか、そんなことまで言ったらただの変態じゃねーか!


 「へぇ〜、偶然ねぇ……」


 言って、心絵はなんと黒宮の方に近づくや否や──何と黒宮の胸を揉んだ。


 「きゃあッ!」


 こ、こいつ!

 なんて羨ましい……っじゃなくて、なんて破廉恥なことを!


 許すまじ!


 僕だって、もし同性なら──って、あれ? 違う違うそういうことじゃない。


 「おい心絵! いきなり何やってんだよ!」


 「もしかして、アナタ……何も気が付かなかったの?」


 「気が付かなかったってなにが?」


 「ほら。女子のアナタは後ろを向いて」


 心絵は言うなり、黒宮を反対側に向けて、その背中を僕に見せてきた。


 その背中には、刃渡り10センチほどの包丁で刺されたよう痕が、セーラー服を貫通し刻まれている。


 だが驚くのは、その後だった。


 心絵が黒宮のセーラー服をめくり上げると──黒宮の背中は鮮血に染まっていたのだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る