第68話 漆黒の大怪鳥



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 シュセロの思惑が上手くいかず、激怒するシュセロの傍らに、一人だけ、静かにほくそ笑んでいる女がいた。


 ポニーである。


 その表情は、闘いに心酔する死の女神のように、艶然と妖しい笑みを湛えていた。


 ポニーは自身に言い聞かせるように、ゆっくりと呟く。


 「もっと、もっと、もっと──より強く、より破壊つよく。より大きく、よりおおきく。より疾く、よりはやく。『フォーハンド・ホーネット』……!」


 ポニーの言で具象されたのは四機の判然としない機影だった。



 それは濃厚な瀝青れきせいの湖に浸かったかと思わんばかりの、深淵の闇より尚も暗き──漆黒に染まりし、虚空を疾駆する全長70メートルの巨大な四機の影────



 現在ポニーが持てるだけの『ゲイン』を、最大限消費し具象化させた、大空を翔る破壊と撃滅だけを目的とした、魔獣の象徴────



 その機影の正体はまさに今、ポニーが具象した、夜に溶け込み同化してしまいそうなほど、黒々と塗りあげられた漆黒に色づく四機のホーネットであった────



 その黒々とした見た目は、ホーネットというよりかは、最高速度がマッハ3以上という驚異の偵察機SR-71、通称ブラックバードを彷彿とさせるような形状である。


 まさに、その姿は天を翔る漆黒の大怪鳥だった。



 この能力ちからならば倒せる。


 ポニーはそう確信し、歪に頬を緩め、僥倖のただなかで微笑した。


 その巨大な姿もさることながら、具象された機体はなんとマッハ6で翔びまわり、秒速は実に約2041メートル以上にも達する


 それだけの加速がもたらす熱量は──異常なまでの衝撃波と、加速がもたらす蓄積された熱が高熱線となり、まるでレーザー光線のような熱線を相手に与えることが可能となる。


 熱線の威力は衝撃波の比ではないが、その衝撃波も破壊力で言えば尋常では無い。


 まるで両面にノコギリのような刃がついた、鋭利な刃物が鼓膜を突き刺し、脳漿を掻き回し破裂させるほどのダメージを与える。



 さらに──当然ではあるが、具象させた機体なので、アフターバーナー無しで、常に推力を自在にコントロールできる。


 その推力がもたらすパワーは、なんと上空5万フィートまで上昇することが可能なのであった。


 そして奇影なる漆黒の大怪鳥が、超越者に牙を向く。


 「『フォーハンド・ショックウェーブ』……!」


 ポニーの言とともに縦横無尽に飛行しながら、超越者の真横をすり抜ける時の衝撃波は常軌を逸していた。


 その衝撃波は──まさに堕天せし天使達の合唱団が虚空で歌うようであり…………


 しかしながら、それは何一つとして統率されていなく──地獄の罪人の悲鳴よりも尚、悍ましく心身が凍りつき鼓膜を引き裂かんばかりの、堕天使たちが歌い奏でる叫声であった。



 「ほほう、中々に心地よき音色だ。汝には期待していなかったが、良きに計らい存分に曲芸を披露せよ。俺が許す、さぁもっと愉しませろ」



 超越者の余裕極まりない発言と、尋常ではない衝撃波に何ひとつ動じない姿を見て、よもやこれだけの力量の差がある相手だとは──と、感じ。ポニーはやおら歯噛みする。


 もしこれが、対ローザであるならば、ダメージを与えられていたのでは? という一抹の希望を打ち消すように、超越者は腕を組み続け、ただ微笑していた。



 「どうした人の子よ。よもやこれで終わりではなかろう?」



 超越者の煽りに対して、ポニーもまた微笑し返す。


 まだ、本当の攻撃はこれからだと言うように、静かに笑みをこぼし──そして言い放った。


 「これでお終いですわ。『フォーハンド・ヒートレイズ』!」


 それは完全に可視化できる一点集中の高密度の熱量を帯びた、触れれば即座に爆発的熱量で溶解してしまう超熱線であった。


 もし、この超熱線を大地に放てば、瞬時に大爆発が起き、大地はマグマのように超高熱で溶解してしまう……。



 そして、この技を選んだ理由として、バルカン砲やミサイルといった物理技が無効であるならば、抽象的なレーザービームを食らわせればいいだけと、ポニーは考えていたからだ。


 しかし、具象型のポニーが、なにゆえ抽象型のレーザービームを可能としたのか?


 それは、マッハ6で飛行する際に生じる超高音の熱量を蓄積し、放出したからである。


 この技を見て最初に言葉を発したのは、超越者ではなく、ローザだった。


 「おいこらサグフェイス! そんなドープな大技グランアルテがあるなら、最初から使いやがれ!」


 然れど、ローザの言葉はポニーには届かなかった。


 否、届いてはいたが、闘いに夢中になり過ぎていて、ポニーの脳内には届かなかったのだ。


 「うむ、うむ。よき。体が少しずつ解れてきたぞ。その曲芸、褒めて遣わす。さて、肩慣らしも……そろそろよかろう。貴様らの曲芸を見るのも、流石に興が醒めてしまったからな」


 超越者は、腕をいまだに組んではいるものの、潮時であるとばかりに、含みのある微笑が消えた。


 だが、自身の頬に擦過傷とは言え、些かながらもダメージを与えたシュセロの攻撃を、もう少し受けてみたい感情はあったが、先の言の通り、超越者は肩慣らしにシュセロ達の攻撃を受けることに対し、飽いていたからだ。


 ポニーは次なる攻撃を仕掛ける為に、上空5万フィートまで急上昇した──が、その攻撃が超越者に届くことはなかった。


 なぜならば、攻撃を仕掛ける前に、超越者に阻まれたからである。


 「羽虫の足掻きは、もう充分だ。堕ちて散れ。『コズミック・ハンド』」


 それは、ポニーの【フォーハンド・スプラッター】に酷似していたが、その上肢の長さと威力が桁外れに違う──そして疾さも……。


 四本の背中から生え伸びた上肢は、なんと上空5万フィートの、四機のポニーが具象した戦闘機を瞬時に捕えた。


 5万フィートと言えば、約15キロメートルである。


 それほどまでの距離を一瞬で捕え──刹那の間も無く地面に叩きつけた。


 「グッ……ハッ……!」


 地面に叩きつけられる瞬間、ポニーは具象した『フォーハンド・ホーネット』を解除し、自身の背中から生えた四本の上肢で、最大限の受け身を取ったが……そのダメージは絶大であった。


 当たり前の話である。


 上空5万フィートから、一瞬で地面に叩きつけられる衝撃と気圧の猛襲には耐えきれない。


 ポニーは双眸と口、耳、鼻から血飛沫を撒き散らした。


 「ローザ!」


 「解ってんよシュセにい! 『ヒーリング・ボックス』!」



 もしシュセロの言があと1秒でも遅かったら、ポニーは絶命していただろう。


 ポニーはローザの光り輝く『ヒーリング・ボックス』内で一命を取り留めた。



 殆ど機能しなくなった、押し潰れた臓器と脳漿──


 粉々に粉砕された総身のあらゆる骨格──


 肉体に流れる沸騰した血液が、七竅から溢れでる鮮血──


 損傷し動かなくなった、総身をつなげる為の神経と血管──



 それらを、間一髪のところで、回復させた。


 然りとて、回復と言っても、全回復した訳ではない。


 あくまで絶命を免れる為の応急処置に過ぎない。


 あとはポニー自身の生命力次第ということになるが、ローザの能力は他のピース能力者と比肩できるものではない。


 まさに四獣四鬼しじゅうしきと呼ばれるに相応しい、超回復能力なのだ。


 すなわち、ポニーの回復力がいかに非力であったとて、絶命することは、万に一つもありえない。



 「呵呵、面白い。殺すつもりで叩き堕としてやったのだがな。まだ足掻き続けるか、塵共よ──よかろう、ならば足掻いて足掻いて、その先に待つ絶望の中、己がいかに無力な塵であるかを識れ」



 超越者は、やおらシュセロとローザを見遣る。


 と、同時に。二人は冷や汗混じりに、臨戦体制の構えに入った。


 しかし、先に超越者が言っていた通り──この後すぐに、二人には今まで味わったことが無い、喩えようもない絶望が待っていたのだった……。

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