第67話 すべてを凍てつかせる流派



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 大堂庵仙豪だいどうあんせんごうはシュセロとローザの闘いを見守りながら、長く貯えた自身の顎鬚をボリボリと掻き、物思いに耽っていた。


 (うーむ……儂の勘違いか? あの白銀の者……おかしい。あの顔、あの背丈、似すぎておる)


 仙豪が物思いに耽って佇立していると、シュセロが早くお前も闘えと言わんばかりに、急かしてきた。


 「おいセンゴーちゃん! 何しとるんや!? はよ、おどれも援護せい! 約束したやろ!」


 「う、うむ。あいわかった! 『呪氷塊じゅひょうかい』!」


 その瞬間──誰もが目を疑う光景に、その場にいた全員が空中を見た。


 なぜならば仙豪が言い放った後、上空に半径100メートルほどの氷塊が突如として出現し、その氷塊が猛スピードで、九条鏡佑くじょうきょうすけが変貌した、超越者に向かって襲いかかったからだ。


 さらに、その巨大な氷塊を自在に操る姿は、まさに激レアと呼ばれし、100万人に一人の確率と言われるほどの、抽象型のピース能力タイプに酷似している。


 ここで具象型と抽象型の大きな違いを説明するなら、具象型は人間が造ったものを具象することはできても、万物の自然現象までは具象できない。


 対して、抽象型は、万物の自然現象を思いのまま操れる。


 この違いは大きい。


 いくら人間が様々な兵器を作ろうが、大自然の自然現象には太刀打ちできないからだ。


 そして──仙豪は今、皆の前で、抽象型のピース能力に酷似している技を軽々と繰り出した。


 そう、この大堂庵仙豪と名乗る陰陽師の『すいの流派』は、あらゆる自然界の冷気を自在に操る呪詛思念じゅそしねんを使う流派なのである。


 勝った! と、シュセロは胸中で強く叫んだ。


 なんたって、あの抽象型の能力に近い技を軽々と使う仙豪を見て、これなば勝てると、ほくそ笑まずには、いられなかったからである。


 「ふむ。やはり塵とは言え、この人の子達は面白い『コズミック・ウォール』」


 腕を組み、微笑しながら──やおら超越者は言い放った


 と、同時に。巨大な氷塊が超越者に当たった瞬間、ガラスの瓶が勢いよく弾けるように……その巨大な氷塊は粉々になり、真夜中とはいえ真夏の夜の温度に耐えきれず、ポタポタと水滴を中空で垂らし、シュセロたちの頭上だけ雨が降っているかと思わんばかりであった。


 「褒めて遣わすぞ、人の子よ。よもや、この俺に『コズミック・ウォール』まで使わすとはな」


 超越者は天晴れと言わんばかりの微笑を湛え、実に満足気である。


 仙豪以外の者たちが、今の巨大氷塊ですら、全く歯が立たなく落胆する一方で、仙豪だけは、やはり物思いに耽っていた。


 それは遠き過去の記憶を遡っていたのだ。


 (やはり、あの白銀の姿にも見覚えがある。それに小手調べで軽い『呪氷塊』をいとも容易く……いや、だが、突然消えたとはいえ、あれは明治初期……。もし生きておったなら儂と同じく老けているはず……)


 「どうした? 老耄おいぼれ。先の攻撃が効かずと識り。心が頽れたか?」


 「否。そうではない。貴様、よもやと思うが──九条鏡佑ではあるまいな?」


 「ん? それは、今の俺から、肉と精神を奪いし、この肉の形あるものを申しているのか? で、あるならば。確かに、この盗人の名前は九条鏡佑だな」


 「やはりか、あの大嵐の中で、忽然と姿を消したかと思って──いや、儂はてっきり死んだものかと──」


 「さきほどから、何をぶつくさと申しておる、老耄が。早く俺を愉しませろ」


 「先の『呪氷塊』はまだまだ小手調べにすぎん。じゃが貴様が鏡佑と判った以上、これ以上は手出しできん」


 「ほう。何故か?」


 「それは、言わずもがな。儂の親たる雪刃せっぱ様の弟弟子。つまり、兄弟子である儂にとっては、貴様は弟と同義。つまり兄弟。つまり親子だからじゃ!」


 その言を聞いて、超越者は鼻を鳴らし、いかにも不機嫌で、憤懣やるかたないといった口調で続けた。


 「それは何か? 汝は見た目だけが兄弟に似ている、この盗人には、危害を加えたくないと申すか?」


 「いかにも。貴様の中身がどうであれ。弟には出だしできぬ。それに、儂は理性を失った弟──つまり白銀の『思念気しねんき』に染まりし貴様も、その声も知っておる!」


 「なんとも愚かな話よ、この腑抜けが。貴様の識るものは、見た目だけが似ている、ただの肉人形であるぞ」


 「ならば、儂が今から去る前に、最後の手向として、貴様が本当の鏡佑か見極めてやろう。『呪霜害じゅそうがい』!」


 言うなり、大地が瞬時に凍ったかと思いきや──超越者も氷づけとなった。


 「いよっしゃ! なんやセンゴーちゃん。やっぱり強いやんけ。それに、そない大技持っとったら、最初から使ってくれや!」


 喜ぶシュセロに仙豪は毅然として語る。


 「いや、お主。あやつをよく見ておけ。こんな小技で命朽ち果て、事切れるはずが無かろうが。儂の弟弟子じゃぞ」


 「な〜に言うとんねん。げんに目の前の白銀野郎は氷ずけに──」


 シュセロが話し終わる前に、超越者は氷づけになった総身から解放されていた。


 まるで、氷の衣服を纏っていたのを、脱ぎ捨てるように……。


 「な、なんやて……あいつ、どないなっとんのや? こんだけの攻撃を食らって、余裕こいて笑っとるなんて……ほんまもんの化けもんやないかい……」


 「今の曲芸、何か懐かしいような……いや、まぁ別によいことよ。おい、そこな曲芸師。まだまだ先があるのであろう? 早く愉快な曲芸を俺に見せよ」


 「やはりな。あれは本物の鏡佑じゃ。では、儂は出直すとする。愛すべき兄弟をこの手に掛けて殺してしもうたら、雪刃様にも妹弟子にも顔向けできぬからな。ではさらばじゃ。『波動幻歩はどうげんほ』!」


 仙豪は悲し気な表情で、空中に不可視の地面でもあるかのように──なにもない空中を脚で踏みつけ跳びながら、闇夜に消えた。


 それを見て一番激怒したのは、超越者ではなくシュセロだった。



 「はぁああああ!? なんでそうなるんや! あん爺さん覚えとれよ! 今度会った時はグシャグシャにしたるさかい!」


 そして、シュセロの思惑である、四人同時の連携技が出来なくなってしまったことに、憤慨しながら──やおらポニーを見遣る



 やはり疲れ切っていた。


 あれだけの戦闘の直後である──満身創痍の状態では、『ゲイン』の回復にも時間がかかるのだ。


 しかし、シュセロはポニーという人物を知らない。


 ポニーにとって、自分の命よりも大事な錦花鶴祇にしきばなつるぎを侮辱した超越者に対する怒りと、先の戦闘でローザに敵わなかった、弱い自分への怒りの沸点が頂点に達した時の、火事場の馬鹿力を──


 そう、ポニーは解っている


 いや、解ったという方が正しいだろう。



 自分の攻撃が悉く効かないローザを、赤子同然に扱う超越者に対して、今までどうりの戦闘では決して勝ち目がないことを。


 そして、怒りの度を超えた、今まさに火事場の馬鹿力を解放せんとするポニーは、今までの攻撃とは全く違う攻撃を模索しながら……何と、この土壇場で思いついたのである。


 (これならば勝てる……!)


 ポニーは胸中でそう直感すると。


 傷ついて今にも倒れそうな、白きはぐれ狼のようではあったが、その眼光は死んでおらず、やおら歯牙を剥き出し笑っていた。


 妖艶ながら近づけば即、噛み殺す白き狂狼のように──

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