第66話 紅蓮なる地獄の監獄主


 ⁂25



 シュセロの猛襲は以前止まらない。


 その総身に纏う瑠璃色の『ゲイン』は、最早──纏うというよりも、身体中から高らかに聳え立つように、迸っている。


 「おどれ! はよ沈めや!」


 数分にも及ぶ連撃の大嵐!


 百戦錬磨のシュセロの『パーフェクト・ベア』。


 その威力は想像を絶し、今までの闘いの中で、この形態での一撃を防いだ者などいない……故に、シュセロにとっては、一見ただの打撃技だが、一撃必殺の攻撃を、よもや数千回打ち込んだにも関わらず、涼しい表情で腕を組み、妖しく微笑し続けている超越者に対し、闘いの中で初めて汗をかいていたことに当の本人も気が付かず、連撃を続けている。


 まさかここまでの相手だとは……と、シュセロは少し焦っていた。



 「どうした? 先の大言壮語は。もっと俺を愉しませろ」


 今までにない、初めての苦戦の中で自身の汗に気がついたのは、今の超越者の言葉を聞いてからだった。


 「準備できたぜシュセにい! 跳べ!」


 「よっしゃ! 待っとったでローザ!」


 瑠璃色に輝く『ゲイン』を滾らせるローザに言われた通り、シュセロは高らかに跳ん──いや、それは跳ぶというよりも翔ぶに近い。


 上空1000メートル近くの大ジャンプは、飛翔と言っても過言では無い。


 「さっきのお返しだぜ白銀野郎! 『グラビティー・ボックス』!」


 今度は、どのようなアルテ──いや、超越者にとっては、シュセロたち四人の技など、サーカスの曲芸に近いのだろう。


 そして、ローザの技が炸裂し、隕石──ではなくシュセロが隕石のように降ってきた。



 ローザの『グラビティー・ボックス』は、ボックス内の重力を数十倍にして、敵の動きを封じる技である。


 先に超越者から受けた『コズミック・グラビティー』ほどの重力は無いが、これで充分なのである。


 上空1000メートルから急降下による蹴りに加え、ローザの『グラビティー・ボックス』により重力が嵩上げされたシュセロの蹴りに、耐えられるわけがない。


 まさに、幾たびの戦場で、共に戦ってきた連携技である。



 「よかろう。どれほどのものか、試してやる」


 「調子こくなや! 今までの攻撃に比べたら段違いやで!」


 瞬間、空から爆弾が降ってきたかと思うほどの、衝撃波と、雷鳴が如き轟音が真夜中の森林公園に響いた。


 それは、シュセロとローザの連携による特大一撃の蹴りである。


 その威力を証明するかのように──大地には300メートルとも400メートルともいえるほどの、クレーターと呼ぶべきなのか理解の範疇を超えた、巨大な大穴ができた。


 その大穴だけでも、充分に、シュセロとローザの連携技の凄まじさが垣間み──れなかった。


 確かに、この大技グランアルテは、今までの闘いの中でも数回しか使わなかった。


 その意味は、これほどまでの大技を使わなくてはいけない、強敵がいなかったことに等しい。


 だが──巨大な大穴の真ん中で、擦り傷一つなく、浮いている人物が一人いた……。 



 超越者である。


 しかし、背中の白銀の羽で飛んでいるわけではない。


 ただ佇立するかのように、浮いているのだ。



 「おいおい──勘弁しろよな白銀野郎!」


 「汝にも俺と似た類の技が使えるようだが、実に粗末。まさに塵にひとしき技なり」


 ローザは超越者の言葉に怒りを抑えられなかった。


 「だったらよぉ! さっきのオメーの技、またアタイに食らわせてみろよ!」


 「先の言を撤回しなければいけないが、そこまで死に急ぎたいならよかろう。愚かで哀れな人の子よ潰れろ。『コズミック・グラビティー』」


 だがローザは笑っていた。


 悪魔的な表情で笑うローザは高らかに吼えた。


 「このバァーーーーカ!! 『インパクト・ボックス』!」


 なんとローザは、重力の非情なる洗礼を受けなかった。


 「そのままそっくりお返しすんぜ! オメーの技で、オメーが死ね!『インパクト・ボックス』」


 「ん──グッ。カカカ! いいぞ面白い。人の子よ。今の興は実に愉快であったぞ」


 呵々大笑しながら、自身の重力の洗礼を受けても、未だに腕組みをやめずに、悠々と微笑しながら攻撃を受け続ける姿勢を変えない超越者。


 「マグソ白銀野郎が……! やっぱ自分自身の技じゃ……死なねぇか……!」


 この『インパクト・ボックス』の技は、至極単純で、相手の攻撃を吸収し、そのまま吸収した攻撃を相手に跳ね返す技である。


 つまり、超越者の『コズミック・グラビティー』の技をそのまま返したのだ。



 しかし、この技にはデメリットもある。


 何でも吸収し、跳ね返すことはできても、自身の『ゲイン』以上の技の場合、相当の負荷が自分にもかかるという、デメリットだ。


 それはローザ自身の肉体が、ローザに伝えていた。


 「はぁ……はぁ……上手くいくと、少しは思ったんだが……無傷かよ……」


 息を切らしながら吐き捨てた言葉だったが、ローザにはまだ、余力がある。


 先のポニーとの死闘で、ほとんど『ゲイン』を消費していなかったからだ。


 ローザは瞬時に──切らした自身の息を整えると、再び攻撃を繰り出した。



 「外からじゃダメってんなら、中からだったらおしまいだろ! 『アトミック・ボックス』!」



 豪語するローザに期待を持つ超越者。


 そして、誰の目にも見えないが、それは超越者だけに視えた。


 無数の目視できない、原子レベルまで小さくなった『ボックス』。


 それが、超越者の口や鼻や耳といった、体内に入り込むことができる、穴という穴に一直線で向かっていった。


 超越者は微笑しながら、その全ての『ボックス』を自身の体内に取り込み、平らげた。


 「こいつもオマケだ! 『ビッグバン・ボックス』!」



 と、同時に、超越者の肉体は内側から粉々に爆発し、辺り一面に散らばる肉片を『ビッグバン・ボックス』で外から灰すら残さぬ大爆発が襲った。



 『アトミック・ボックス』は原子レベルの超小型爆弾が体内で大爆発し、内側から爆散させる技であり──『ビッグバン・ボックス』は小型核爆弾に匹敵する、暴走した熱量で大爆発する、どちらもローザの大技である。



 「ザマァみやがれ、この白銀野──ッ!?」



 確かに内側から、爆散させ、外側からも爆散させたのは、誰もが見ていた。


 超越者の姿は、超爆発の白煙の中で木っ端微塵になっている──はずだった。


 が、現状は、無傷の超越者が、シュセロの蹴りでできた、大穴の真ん中で浮いている。


 「冗談はやめろっての……」


 一体なにが起こったのか?


 それを一から説明するなら、確かに超越者の肉体は粉々になった──だが、粉々になった肉体は──瞬間、目にも止まらぬ疾さで、元の形状に再生し、ローザの『ビッグバン・ボックス』も超越者には虚しく、ダメージを与えることができなかった。


 続けて述べるなら、纏っていた衣服も、自身の肉体のように、粉々になっていたのに、再生していたのだ。



 ただ白煙だけが残り、儚げに虚空を漂う。


 「うむ、よき。人の子よ、もっと踊ってみせよ」


 「さっきから……上から目線で……言いやがって……ムカつく野郎だ」


 ローザの気持ちも解るが、ローザ自身、敵わない相手だとも解っていた──自分一人だったならば。


 そう、ローザにはまだ、奥の手があり、それを隠している。


 さらに言えば、ローザのピース・アニマとの連携技も隠している。


 この地獄そのものである、地獄の監獄主たるローザ・リー・ストライクはそれらを理解している。

 



 問題なのは、シュセロ同様に思考している、ポニーと大堂庵仙豪だいどうあんせっぱとの四人連携の大技が出せるか、否かである。



 しかし、シュセロ同様に、野生の獣並みの直感を持つローザは、一抹の不安と焦りはあったが──自分たちが全滅する未来など、想定していない。


 ローザは大きく息を吸い込み、大きく吐き出すと──失った『ゲイン』の回復に集中した。


 これから繰り出す、とっておきの大技のために……。


 そして──シュセロと自身の『ゲイン』の回復のために数秒でも、残りの二人に時間を稼いでもらわないと困るのだが──その不安もない。


 疲弊しきったポニーはさておき、自分と同様の四獣四鬼しじゅうしきに匹敵するほどの、迸る『ゲイン』の持ち主である仙豪なら、数分の時間を稼ぐことができるであろう。



 ローザはそう胸中で思っていた──自身の強さの思い上がりにも近い感情に、歯噛みしながら。


 眼前に佇立するように、浮いている超越者は、肩慣らしの相手が──これほどの猛者たちであることに歓喜するかのように、沈静と腕を組み、眼光は鋭いまま微笑していた。

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