第64話 森羅万象の超越者
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ローザとポニーの死闘は、二人の男──シュセロ・クアン・シュガーと
しかし、未だ埋み火に満ちた大地の森林公園内で、一人の女が激怒している。
その女はローザ・リー・ストライクであった。
激怒している意は明白である。
これから大暴れしようと準備をし、いざ暴れようとした瞬間に──既のところで強引に止められたからに他ならない。
言うなれば、子供が今から遊ぼうとしていたオモチャを、急に取り上げられたことに等しい。
「おいシュセ
その言にシュセロは毅然と言い放つ。
「おどれが暴れたら、そこの嬢ちゃんが死んでまうやろが。ええか? その嬢ちゃんはツルギちゃんにとって大事な兄弟なんや、そんでもってツルギちゃんは俺の大事なダチ──つまり兄弟になったんや。せやから──俺はおどれから、ツルギちゃんの大事な兄弟の嬢ちゃんを守る為に止めたっちゅうわけや。暴れたい気持ちも解るが我慢せいローザ!」
話の内容を聞いたローザは、さらに激怒した。
まさに憤懣やる方ない表情でローザは怒鳴り散らした。
「ふっざけんじゃねぇ!! あのサグフェイスが暴れてる時に、アタイはずっと暴れたい気持ちを我慢してたんだ! 何でアタイの時だけ止めんだよ! シュセ兄の気持ちも解んが、アタイのこの気持ちは何処にぶつけりゃいいんだ!?」
肩を怒らせ怒鳴るローザに、シュセロは静かに歎息してから、ドスの利いた鬼気とした声色で、ローザに言い聞かせる。
「おいローザ。おどれの気持ちも充分に理解できる。せやけども、さっき言った通り我慢せいっちゅうとるんや。これは命令や。それとも──
シュセロの言葉を聞いて、ローザは黙り込んでしまった。
なぜならば、ローザは
いかにローザが強くとも、それは人間レベルでの話しである。
人間が化け物レベルの超人に敵うわけないと、ローザは身に染みて理解しているのだ。
「わぁったよ。我慢すんよ」
舌打ちをしてシュセロの言に従ったローザに、シュセロはさらに続けた。
「ほんでもって。おどれが『ボックス』で閉じ込めた、二人も解放したったれや」
「だぁ! もうわぁったよ! 『リリース』!」
ローザの言と同時に、
そして、やおら解放された両名に歩み寄っていくシュセロ。
(「俺の……体を……返せ……」)
「二人とも怖い思いさせた、すまんかったのう。ローザのドアホに変わって、俺が謝る。堪忍したってや」
シュセロの優しい声音の言に二人とも会釈をして、分かりましたと言った。
「せや。タルマから聞いたで学生ちゃん。おどれピース能力者になったんやってな? 今度どんな能力か教えたってくれや。おう、せやせや。その前に名前を訊いとかなアカンな」
「あっ、えっと。九条鏡佑です……」
「クジョー・キョースケか──せやったら……キョースケちゃんやな。キヒヒヒ!」
何とも人を食ったような人物である。
しかし、九条の脳裏では馴れ馴れしく剽げた性格よりも、このシュセロとい
う男の見た目に、関心があった。
この見た目が、30代後半ぐらいの、痩身だがよく見ると筋肉質で、身長が180センチ強もある男。
さらに髪型は一瞥するとテクノカットのように見えるが、よく見ると、かなり刈り上げているツーブロックにした髪を、オールバックにしている。
だが関心があったのは、髪型ではない。
その双眸にあった。
シュセロの双眸の瞳孔は真っ白なのだ。
つまり、何も見えない視力を失った全盲なのであった。
それを隠すための、サングラスも掛けずに、平然としている姿に関心が向いていた。
さらに付け加えるなら、左の首に、鎖で巻かれたハートマークの刺青と服装にある。
身の丈180センチ強の半裸の上から、蛇柄の黒いレザースーツを着ていて、下半身はタイトな蛇柄の黒いレザーパンツを穿いている──靴も黒い先の尖った蛇柄の細長い黒い革靴を履いている。
それに、なぜか左手だけ黒い蛇柄の革手袋をはめていた。
その全身が──漆黒の蛇柄を纏った衣服に、九条は関心があった。
蛇柄マニアなのかと思わんばかりの異様な服装に対して。
(「俺の体を……返せ……返せ」)
さらに、先のローザとポニーの戦闘中に、脳内で聴こえる謎の声にも九条は混乱していた──が、何とか土壇場でシュセロに自身の命を救われ、ローザに殺されずに済んだことに安堵していた。
「ほれ。ここは危ないで。はよ家に帰りぃ」
九条はシュセロに急かされるように言われると、頷いて早くその場から去ろうとした。
だが、九条は気になっていた。
なぜシュセロと錦花が二人同時に登場したのか。
その理由は呆れてしまう内容だった。
単に偶然、二人が
何とも呆れた話しである。
「ほれほれ。キョースケちゃん達、早よう────」
(「俺の……体を……今すぐ返せ!!」)
「う、うわあああああああああああああああ!!」
突如、九条鏡佑はけたたましい雄叫びをあげ、諸手で自身の頭を押さえつけた。
その凄まじい雄叫びに、この場にいる誰もが一瞬、寒気を感じ九条鏡佑を見遣る。
悪寒にも似た寒気は、その後も続いていた。
強豪犇めく激戦地の中で、誰もが九条鏡佑を備に観察した。
なぜならば、雄叫びの後、九条鏡佑が変貌したからだ。
総身から白銀に揺らめく見たこともない、台風以上の激風を伴った『ゲイン』に近い何か──髪も白銀になり、声音も変わり、円熟した大人の──その場にいる全員を畏怖させる、まさに王の風格を持つ優しくも太い声。
さらに双眸は赫赫とした瞳孔になり、眼光は冷や汗が出るほどの鋭さになった。
極めつけは、背中から生えた白銀の双翼……。
人の姿をしているが、翼を生やした人などいない。
ましてや、その翼は九条鏡佑のピース能力でもない。
その場にいた誰もが、立ち尽くすしかなかった……。
なぜならば、全員が──変貌した九条鏡佑の総身から溢れ出す、雷轟と大嵐が激しく衝突しあうような、威圧感に耐えきれなかったからだ。
変貌した九条鏡佑は、やおら自身の掌を握り、そして握った掌をまた広げる動作を何度か繰り返すと、小さく呟いた。
「此度は目醒めるのが早かったな。然りとて──此度の肉は、げに貧弱だ。まぁ肉と精神に差異は無いようだが……まずは幾年、眠っていたのか識らなければな。【コズミック・フィールド】──なるほど、此度は随分と眠っていたようだ。言の葉の意することにも変化があるか……まずは言葉から順応しな──ん?」
その呟きに、全員が冷や汗を流しながら、耳を欹て──変貌した九条鏡佑を見遣り続けていた。
それに気がついた、九条鏡佑なる変貌したものは、やおら嘯く。
「
瞬間、その場にいた全員に、今まで味わったこともない圧力がのしかかり、誰しもが地面に両手と膝をつき、立っていることも、声を発することもできなくなった。
しかし、六怪の一角であるシュセロだけは違った。
立っていることはできずとも、何とか声を発することはできたのだ。
「おい……おどれ……! 何者や……さっきまでのキョースケちゃん……あらへんやろ……!」
シュセロの言に対し、変貌した九条鏡佑は静かに応える。
「
さらに、超越者と名乗る者は続けて言う。
「汝等が肉に宿しアニムスの欠片は全て俺のものだ。盗人たちよ、その罪は重いぞ。今すぐ俺に返し、死を以って罪を償え」
その時である──彼方より響き渡る男の声が、その場の全員に届いた。
「やぁっと見つけたぞぉぉぉ! この、人に化けたる妖怪がぁ! 儂の愛弟子である
その男は遥か彼方より、空中を飛んできたように現れた、行人包を被った僧兵であった。
見るからに、平安時代の武蔵坊弁慶のような姿で、見た目は年齢70代ほどの老人だが、何とも威勢のいい、身の丈が2メートルにも達するかという巨漢の男である。
さらに、手に持つ得物がまた卦体な槍であった。
普通の槍は穂の先に刃があるが、その逆である石突きにも穂先の刃があるのだ。
「今宵は囂しい夜だな。だが面白い。汝はアニムスの欠片を俺から盗んだ盗人ではないが、人の子にしては、ただならぬ『ゲイン』を宿している。よかろう、暫しの間、汝等にいとまをやるとしよう」
超越者が嘯くと、圧力が消失し、全員が地の底から攻め立てる猛襲から解放された。
「いや、待て、先の言は無しだ。この場に居る二つの塵は、俺から何も盗んではいない」
そう言うと、超越者は、黒宮と錦花を見遣った。
「そこな二つの塵は見ていろ。女の方は──なるほど──男の方は微かに『
超越者の発言とともに具象されたのは、ローザの『クリア・ボックス』に瓜二つの『ボックス』であった。
「お前たち塵は、そこでしっかと大人しくしておけ」
「ん? ん? 何じゃ? 儂は鎖の女妖怪を退治しに来ただけなんじゃが……この白銀なるものの『
「おい爺さん。おどれは何をしに、ここに来たんや?」
「むむ、貴様はそこの女妖怪の仲間か? よかろう、まとめて征伐してくれる」
「せやから! おどれは何しに来たん訊いとるんや!」
「無論、木陰理の里を襲撃し、みなを暴血鬼に変化させた鎖の女妖怪を退治し、木陰理の無念を晴らすためじゃ!」
ひとしきりシュセロと僧兵の会話が終わると、シュセロはローザを見遣り叱りつけた。
「こんドアホ! あれだけティッぺちゃんに、パープル・カプセルをやたらめったら使わんとけ言われたやろ! おどれはどこで、こん爺さんの言うとる里で使ったんや!?」
「んなことアタイに言われても知らねーよ! とにかく戦力不足でパープル・カプセルを使うだけ使っていいって、タルマが言ったから使ったんだよ!」
「あんのタルマのドアホがぁ! おおかたジェイトかスペイドに唆されたんやろうなぁ……無駄な被害者を出しよってからに! ホームに帰ったらティッぺちゃんと会議せなあかんなぁ……」
シュセロとローザの話の腰を折るように、僧兵が会話に割って入ってきた。
「おい鎖の女妖怪! では何か? 貴様は誰かの下知で、木陰理の里を襲撃したのか!?」
「んんん〜まぁ、そういうことになんだろうな。流れ的に言うと」
「何じゃと! では貴様は、下知さえあれば無辜の女、子供まで手にかけるのか!?」
「いや、アタイにだってポリシーはあんよ! 女はさておき────子供は殺さねぇな」
言うなり、ローザは『女』であるポニーを見遣ると、ポニーはそれに気づき眉間にしわを寄せ目を背けた。
「では、まず貴様に下知をした者を誅罰せねばな。木陰理の無念が浮かばれん! 早く貴様に下知した者を儂に教えるのじゃ!」
「いやいや、パープル・カプセルのことだって極秘情報なのに、そんなこと教え──」
「おい塵ども。汝等は今から俺の前で死ぬ定め。呪うなら弱き人の子に産まれし運命を、呪うがよい。 だが、まだ目醒めたばかりで、この肉にも慣れてはおらぬ。肩慣らしに、汝等の力を俺に魅せてみろ。言っておくが命尽きるまでだ。せいぜい励め塵どもよ──そして、俺の興を削ぐこと、能わぬことを識れ」
そう嘯くと、超越者は腕を組み、本当にこの場にいる猛者全員の攻撃を受けきる姿勢を見せた。
「なぁ爺さん。おどれ、見る限り、相当の『ゲイン』の持ち主やさかい、ここは一つ、そのコカゲリっちゅう奴のことは後にして──共闘せぇへんか? おどれも見れば解るやろ? 目の前の白銀野郎が異常な奴やってことが。な? この問題が片付いたら、俺が全部おどれの話し聞くさかい頼む」
言うなり、シュセロは僧兵に両手を合わせて、神頼みでもするかのように、頼みこんだ。
僧兵は長く貯えた顎鬚をボリボリ掻きながら、仕方ないと了承した。
一体なぜシュセロが、この僧兵に頼みこんだのかと言うと、その『ゲイン』の総量にあった。
一目見て、その溢れ出る『ゲイン』の総量は、なんとあの四獣四鬼にも匹敵するほどの猛者だったのだ。
そして、自身が敬愛する
「大事なお話の最中に割り込んでしまい失礼致します。
「おう! 当たり前やがな! おどれの話はツルギちゃんから、よう聞いとるで。ポニーちゃんっちゅうんやろ? つまりや、おどれと俺はツルギちゃんの兄弟やさかい、一緒に戦ったろうやないか────せやッ! 大事なこと忘れとったわ! 戦う前に、爺さんの名前を教えてくれへんか?」
「ん? 儂の名か。儂は『
「よっしゃ! なら今からおどれは、センゴーちゃんやな! そんじゃいっちょ行ったろか! 四対一やからって卑怯とかぬかすんやないで! 四獣四鬼と六怪の恐ろしさ、見せたるわ!」
そして──ローザ、シュセロ、ポニー、仙豪の四人対、九条鏡佑が変貌した、超越者との真の意味での戦いの火蓋が切られた。
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