第63話 四獣四鬼


 ⁂22



 四獣四鬼しじゅうしき────


 それはガルズと呼ばれる星の中でローザが所属している、最高指導者シャークール率いる革命軍、Nox・Fangノックスファング内の選ばれし八名の大精鋭であり大英傑なのだ。


 たった一人で数千──数万の軍勢を相手にできる一騎当千ならぬ、一騎当万とも言われている、地獄そのものなのである。



 なんとローザは、その四獣四鬼の中の一角を担っているのだ。


 彼女の異名は『夜霧の隠形鬼』。


 なぜそのような異名が冠せられたかは、ローザ・リー・ストライクの異能にある。


 彼女のピース能力である【クリムゾン・ジャイラー】の異能とは──空間型であり、『キャッチ』という言とともに、彼女を基点として半径200メートルの深紅の帷が発現する。


 そして『リリース』という発言で、空間が消滅し、能力を一時的に解除する。



 そこまでは、今現在で解っている情報だ。


 そして、最も重要なのが、この深紅の帷の中にいるものの動きを己の総身の神経が如く、感知できることである。


 もし、帷内の誰かが呼吸をすれば、その呼吸のみならず心音心拍まで感知し、瞬きすら、すぐに感知してしまう。


 それは、深海が如き暗黒に包まれた空間内でも有効である。


 動く物体ならば、瞬時に感知し──その軌道を読み、どこへ向かっているのか手に取るように解るのだ。



 言うなれば、最強の防御特化型レーダー能力である──と、言いたいところだが、これだけでは、単に相手の居場所や所作をすぐさま感知できるだけの、ただのソナーに過ぎない。


 ではなぜ、最強の防御特化なのか──それは、彼女のもう一つの異能である『ボックス』にある。


 以前、種蛇島たねだしまで見せた、神子蛇灰玄みこだかいげんの絶命必死の攻撃から身を守った『レッド・ボックス』が、最たる例であろう。


 あれは本来、自分を守るための『ボックス』なのだ。


 相手の居場所や所作を瞬時に感知する能力──自分の身を守る能力。


 だが、それだけではない、彼女は研鑽につぐ研鑽で、なんと自分の身を守るだけの『ボックス』能力を超破壊的攻撃力を誇る異能にし、自身の能力を極限まで昇華させたのだ。


 そして、誰が言うまでもなく、気がつくとローザは──四獣四鬼の一角を担い『夜霧の隠形鬼』という異名が付けられていた。



 そんな相手だとは露知らぬポニー・シンガーを見て、自身との力量の差があり過ぎるのをローザは肚裡でほくそ笑んでいた。


 まるで、小学生がカブトムシとクワガタの喧嘩を傍目で観察し、楽しむように。


 そう──ローザにとってポニーは、この上ない、自身の掌の上で滑稽に踊る小さな猿のようなものであり──退屈凌ぎのオモチャでもあった。



 もし仮に、この戦いでローザが10パーセントでも本気を出していたならば、おそらくポニーは5秒とて耐えきれず絶命していただろう……。


 それだけの力量の差があったのだ。


 なので、敢えてローザ自身は様子見に徹している体を見せ──その実、彼女は踊り狂うポニーを見て楽しんでいたのだった。



 しかし、それも幕引きに近い。


 なぜならば、ローザはポニー・シンガーのありったけの大技グランアルテを見て、辟易していたからだ。


 もう少し、踊れる奴だと思っていたが──これが奴の限界か。


 そう思いながら、森林公園内に炎炎の地獄を創ったポニーを尻目に、地獄そのものであるローザ・リー・ストライクは、自身が具象させた『レッド・ボックス』内で、タバコの喫味を口の中で転がして、紫煙を燻らしていた。


 大地を焦がす煙炎の中で……


 真っ白な煙の視界の中で……


 微かに煙の中から覗かせ、悠々とタバコを吸っているローザを見て、ポニーは怒りに身を任せて叫んだ。


 「主よぉぉぉ!! 何故なのですかぁぁぁ!!」


 「あぁ〜、もうウッセーな。さっきからよぉ。オメーはいるはずもない神に縋って祈ることしかできねぇモンキーかよ」


 ローザの煽り文句に対しポニーシンガーが怒張も露わに怒号で叫ぶ。


 「黙れぇ! 主は汝の敵を愛せと仰った! だが主は、眼前にいる悪魔を愛せとは仰っていない! このデビルフェイスが!!」


 「デビルフェイスねぇ……」


 そういうとローザは、やおらタバコの煙を吐き出しながら続ける。



 「オメーを最初に見てから、ずっと思ってたんだ。オメーの青い目。オメーの金髪。オメーの色白の肌。それがずっと気に食わなかった。まるでマギア・ヘイズの連中を見てるみたいでな。あいつらはアタイらのことをアスファロイドだの平黄人へいおうじんだの言ってバカにして見下してきやがる。自分たちニウェウスロイドが、世界に選ばれた民だのほざいてよぉ。ドープにくたばれって奴だッ!」



 (「返せ……」)



 ローザは吐き捨てるように嘯くと、吸っていたタバコを地面に落とし、自身が履いているブーツでタバコを踏んでいる。


 ふと、ローザはポニーから視線を変えて、別の場所を見た。


 「まぁ確認するべくもねぇって奴だがよ」


 ローザが確認したのは、この森林公園内に入ってきて、すぐに九条鏡佑くじょうきょうすけ黒宮愛くろみやあいに繰り出した──と言うべきか、保護のため自身の防御能力である『ボックス』に傷がついているか否かだった。


 深紅の帷の中から少し離れた場所に設置した、ローザの『ボックス』。


 つまり自分の双眸で一瞥しないことには、確認のしようがない。


 然りとて、ローザの『ボックス』内にいる両名は無傷だし、『ボックス』にも傷ひとつない。


 これだけの惨劇があったにも関わらずだ。



 (「返せ……返せ……」)



 それに九条鏡佑は知っている。この『ボックス』に触れると感電してしまうと言うことを。


 以前、種蛇島で死にかけた時に、ローザに閉じ込められた『ボックス』と同じだったからだ。


 見た目は半透明の、プラスチックで作られた四角形の箱だが、その箱からは決して出られない。


 あの時は、なぜか臥龍がりょうリンの運──ではなく悪運に助けられ、ローザの『ボックス』内から脱出できたが、今は無理だ。


 両名は、ただじっと、目の前の大惨事を見ていることしかできない。


 さらにローザは、やおら九条と黒宮の方へ足を運び、両名に語りかけた。



 「いよぉ! な〜にボーっと突っ立ってんだよ。最高の席で最高のショーを見せてやったのに。なんでアタイが『レッド・ボックス』じゃなくて『クリア・ボックス』にしてやったのかわかんだろ? よぉ〜く、このショーを拝める為だ。入場料はマグスキッドのピースの黒石だ。オメーも知ってんだろ? ピース能力者が死ねば、黒石がどうなるかって。つか、そこのマグソガールはついでに連れてきたんだがよ。ほら、さっさとアタイに殺されてピースの黒石を返しやがれ」



 (「俺の…体を…」)


 ローザの言に冷や汗が止まらない九条であったが、同時に、さっきから頭の中で聴こえる声に混乱していた。


 その声の声色は、自身のピース能力である【リザルト・キャンセラー】の声では無い。


 もし【リザルト・キャンセラー】なら、自分と同じ声音なのですぐに解る──が、この声は青年ではなく、円熟し落ち着いた優しく太い声音だった。


 九条鏡佑は、ローザに対する恐怖と、理解できない脳内で聴こえる不可思議な声の両方に板挟みにあい、混乱の絶頂を迎えている。



 直後、雷が如く轟々とした怒声が三名の鼓膜に響きわたる。



 「待てぇぇぇぇ!! 悪魔ァァァッ!! まだ終わっていない!! 主に誓った! 神に誓った! 貴様を撃滅せんと!」


 それは息も絶え絶えになった、ポニーの声だった。


 ありったけの空元気で搾り出した怒声だったのだろう──言うなり息を切らしている。


 その姿を見るなり、ローザはポニーを見遣り嘆息して嘯く。



 「呆れたぜ。こっち側の世界にも、マギア協会が広めてるクソの役にも立たねぇ、ふざけたマギアの教えみてえなもんがあるとはな。だがよお。そんな主だの神だのってのは、全部ワックな嘘っぱちだぜ? 少なくとも『真実しんじつ星書せいしょ』には、そう書いてある。つっても、この話しはシャークールの旦那の受け売りだけどな。アタイは本なんて読むヒマがあったら、美味い酒飲んでタバコ吸いながら、ムカつく野郎をドープにブッ倒すだけだ」


 さらにローザはポニーに向けて続けて嘯く。



 「オメーに良いこと教えてやんぜ。これが本当の神への祈りだ──えっと、何だっけか──あぁ〜そうそう。犬のクソ以下の聖マギア様に誓うでごぜーやす。この身も心も偽りなきドープなライムで全てを捧げ、唯一のマグソ神として祈り讃えるでごぜーますです、バーラフ。ってか、プハハハハハ!」



 (「俺の……体を……返せ……」)



 ローザはひとしきり笑ったところで、声量を落とし真顔で嘯き始めた。



 「しかしまぁ、人間ってのは神様が好きだよな。マギア協会じゃ、マギアを神様だとかぬかしてやがんし。シャークールの旦那が持ってる『真実の星書』には神様はシュグスとゼイデンだって書いてあんし。だが言っとく。この世で神なんざ当てになんねーし、信用できねーし、存在もしねぇ。アタイが唯一信じるもんは、神じゃなく自分自身の力と能力さ。神頼みしたところで、神は応えるどころか、どこに向かって進むかの答えもださねぇ。ましてやヒントすらも出さねぇで誰も救わねぇんだよ。だが力は何もしねぇ神よりも信用できる。神は誰も守らねぇが、力さえあれば……守りてぇもんを守れたんだからよぉ!」


 そして──やおら屈伸をすると、今度は自分の番だと言わんばかりの、攻撃の体制にローザは入った。



 「アタイがオメーに長話したのは、最後に勘違いしたオメーのオツムのネジを、締め直してやるためだったんだぜ? 感謝しろよな! さてと──無駄話もこれで終わりだ。オメーは言葉よりも痛みが好きってツラだしな。そんじゃ行くぜ! デッドダンスの時間だ! ドープにくたばりやが──」


 「「二人とも、そこまでや!!」」



 二人の野太い男の声が、無惨な戦場跡地のような真夜中の森林公園内に響き渡った。


 その二人の声の主は、よくローザと酒を飲み交わしている、自分よりも上官だが兄弟のように仲がいい、副師団長のシュセロ・クアン・シュガーと──ポニーが神のように敬愛する会長様こと、朱拳会しゅげんかい会長の錦花鶴祇にしきばなつるぎだった。


 「会長……様……ご無事だったのですね……」



 錦花の安否を確認するやいなや、ポニーの総身から『ゲイン』が薄れゆく。


 そして、ポニーがローザを一瞥し、すぐに錦花の方を向くと、去り際に──また感情の無い機械のような口調で語った。


 「これでもう……デビルフェ──貴方とは、もう金輪際、お会いすることはないでしょう。『リロード・スタイル』」


 ポニーが言うなり、紺碧色に輝く修道女姿から、瞬時に普段のタイトな上下純白のスーツ姿に戻ると──やおら錦花の方へ歩いていった。



 (「返せ……返せ……返せ……返せ……」)



 斯くして、この自然溢れる広大な森林公園は埋み火残る、戦場跡地のようになっているが、激戦はこれで終わった──かのように見えた。



 だが誰も知らない──今までの死闘が、真の死闘の合図であったことを……。


 今までの激戦が、ただのウォーミングアップであったことを……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る