第63話 四獣四鬼
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それはガルズと呼ばれる星の中でローザが所属している、最高指導者シャークール率いる革命軍、
たった一人で数千──数万の軍勢を相手にできる一騎当千ならぬ、一騎当万とも言われている、地獄そのものなのである。
なんとローザは、その四獣四鬼の中の一角を担っているのだ。
彼女の異名は『夜霧の隠形鬼』。
なぜそのような異名が冠せられたかは、ローザ・リー・ストライクの異能にある。
彼女のピース能力である【クリムゾン・ジャイラー】の異能とは──空間型であり、『キャッチ』という言とともに、彼女を基点として半径200メートルの深紅の帷が発現する。
そして『リリース』という発言で、空間が消滅し、能力を一時的に解除する。
そこまでは、今現在で解っている情報だ。
そして、最も重要なのが、この深紅の帷の中にいるものの動きを己の総身の神経が如く、感知できることである。
もし、帷内の誰かが呼吸をすれば、その呼吸のみならず心音心拍まで感知し、瞬きすら、すぐに感知してしまう。
それは、深海が如き暗黒に包まれた空間内でも有効である。
動く物体ならば、瞬時に感知し──その軌道を読み、どこへ向かっているのか手に取るように解るのだ。
言うなれば、最強の防御特化型レーダー能力である──と、言いたいところだが、これだけでは、単に相手の居場所や所作をすぐさま感知できるだけの、ただのソナーに過ぎない。
ではなぜ、最強の防御特化なのか──それは、彼女のもう一つの異能である『ボックス』にある。
以前、
あれは本来、自分を守るための『ボックス』なのだ。
相手の居場所や所作を瞬時に感知する能力──自分の身を守る能力。
だが、それだけではない、彼女は研鑽につぐ研鑽で、なんと自分の身を守るだけの『ボックス』能力を超破壊的攻撃力を誇る異能にし、自身の能力を極限まで昇華させたのだ。
そして、誰が言うまでもなく、気がつくとローザは──四獣四鬼の一角を担い『夜霧の隠形鬼』という異名が付けられていた。
そんな相手だとは露知らぬポニー・シンガーを見て、自身との力量の差があり過ぎるのをローザは肚裡でほくそ笑んでいた。
まるで、小学生がカブトムシとクワガタの喧嘩を傍目で観察し、楽しむように。
そう──ローザにとってポニーは、この上ない、自身の掌の上で滑稽に踊る小さな猿のようなものであり──退屈凌ぎのオモチャでもあった。
もし仮に、この戦いでローザが10パーセントでも本気を出していたならば、おそらくポニーは5秒とて耐えきれず絶命していただろう……。
それだけの力量の差があったのだ。
なので、敢えてローザ自身は様子見に徹している体を見せ──その実、彼女は踊り狂うポニーを見て楽しんでいたのだった。
しかし、それも幕引きに近い。
なぜならば、ローザはポニー・シンガーのありったけの
もう少し、踊れる奴だと思っていたが──これが奴の限界か。
そう思いながら、森林公園内に炎炎の地獄を創ったポニーを尻目に、地獄そのものであるローザ・リー・ストライクは、自身が具象させた『レッド・ボックス』内で、タバコの喫味を口の中で転がして、紫煙を燻らしていた。
大地を焦がす煙炎の中で……
真っ白な煙の視界の中で……
微かに煙の中から覗かせ、悠々とタバコを吸っているローザを見て、ポニーは怒りに身を任せて叫んだ。
「主よぉぉぉ!! 何故なのですかぁぁぁ!!」
「あぁ〜、もうウッセーな。さっきからよぉ。オメーはいるはずもない神に縋って祈ることしかできねぇモンキーかよ」
ローザの煽り文句に対しポニーシンガーが怒張も露わに怒号で叫ぶ。
「黙れぇ! 主は汝の敵を愛せと仰った! だが主は、眼前にいる悪魔を愛せとは仰っていない! このデビルフェイスが!!」
「デビルフェイスねぇ……」
そういうとローザは、やおらタバコの煙を吐き出しながら続ける。
「オメーを最初に見てから、ずっと思ってたんだ。オメーの青い目。オメーの金髪。オメーの色白の肌。それがずっと気に食わなかった。まるでマギア・ヘイズの連中を見てるみたいでな。あいつらはアタイらのことをアスファロイドだの
(「返せ……」)
ローザは吐き捨てるように嘯くと、吸っていたタバコを地面に落とし、自身が履いているブーツでタバコを踏んでいる。
ふと、ローザはポニーから視線を変えて、別の場所を見た。
「まぁ確認するべくもねぇって奴だがよ」
ローザが確認したのは、この森林公園内に入ってきて、すぐに
深紅の帷の中から少し離れた場所に設置した、ローザの『ボックス』。
つまり自分の双眸で一瞥しないことには、確認のしようがない。
然りとて、ローザの『ボックス』内にいる両名は無傷だし、『ボックス』にも傷ひとつない。
これだけの惨劇があったにも関わらずだ。
(「返せ……返せ……」)
それに九条鏡佑は知っている。この『ボックス』に触れると感電してしまうと言うことを。
以前、種蛇島で死にかけた時に、ローザに閉じ込められた『ボックス』と同じだったからだ。
見た目は半透明の、プラスチックで作られた四角形の箱だが、その箱からは決して出られない。
あの時は、なぜか
両名は、ただじっと、目の前の大惨事を見ていることしかできない。
さらにローザは、やおら九条と黒宮の方へ足を運び、両名に語りかけた。
「いよぉ! な〜にボーっと突っ立ってんだよ。最高の席で最高のショーを見せてやったのに。なんでアタイが『レッド・ボックス』じゃなくて『クリア・ボックス』にしてやったのかわかんだろ? よぉ〜く、このショーを拝める為だ。入場料はマグスキッドのピースの黒石だ。オメーも知ってんだろ? ピース能力者が死ねば、黒石がどうなるかって。つか、そこのマグソガールはついでに連れてきたんだがよ。ほら、さっさとアタイに殺されてピースの黒石を返しやがれ」
(「俺の…体を…」)
ローザの言に冷や汗が止まらない九条であったが、同時に、さっきから頭の中で聴こえる声に混乱していた。
その声の声色は、自身のピース能力である【リザルト・キャンセラー】の声では無い。
もし【リザルト・キャンセラー】なら、自分と同じ声音なのですぐに解る──が、この声は青年ではなく、円熟し落ち着いた優しく太い声音だった。
九条鏡佑は、ローザに対する恐怖と、理解できない脳内で聴こえる不可思議な声の両方に板挟みにあい、混乱の絶頂を迎えている。
直後、雷が如く轟々とした怒声が三名の鼓膜に響きわたる。
「待てぇぇぇぇ!! 悪魔ァァァッ!! まだ終わっていない!! 主に誓った! 神に誓った! 貴様を撃滅せんと!」
それは息も絶え絶えになった、ポニーの声だった。
ありったけの空元気で搾り出した怒声だったのだろう──言うなり息を切らしている。
その姿を見るなり、ローザはポニーを見遣り嘆息して嘯く。
「呆れたぜ。こっち側の世界にも、マギア協会が広めてるクソの役にも立たねぇ、ふざけたマギアの教えみてえなもんがあるとはな。だがよお。そんな主だの神だのってのは、全部ワックな嘘っぱちだぜ? 少なくとも『
さらにローザはポニーに向けて続けて嘯く。
「オメーに良いこと教えてやんぜ。これが本当の神への祈りだ──えっと、何だっけか──あぁ〜そうそう。犬のクソ以下の聖マギア様に誓うでごぜーやす。この身も心も偽りなきドープなライムで全てを捧げ、唯一のマグソ神として祈り讃えるでごぜーますです、バーラフ。ってか、プハハハハハ!」
(「俺の……体を……返せ……」)
ローザはひとしきり笑ったところで、声量を落とし真顔で嘯き始めた。
「しかしまぁ、人間ってのは神様が好きだよな。マギア協会じゃ、マギアを神様だとかぬかしてやがんし。シャークールの旦那が持ってる『真実の星書』には神様はシュグスとゼイデンだって書いてあんし。だが言っとく。この世で神なんざ当てになんねーし、信用できねーし、存在もしねぇ。アタイが唯一信じるもんは、神じゃなく自分自身の力と能力さ。神頼みしたところで、神は応えるどころか、どこに向かって進むかの答えもださねぇ。ましてやヒントすらも出さねぇで誰も救わねぇんだよ。だが力は何もしねぇ神よりも信用できる。神は誰も守らねぇが、力さえあれば……守りてぇもんを守れたんだからよぉ!」
そして──やおら屈伸をすると、今度は自分の番だと言わんばかりの、攻撃の体制にローザは入った。
「アタイがオメーに長話したのは、最後に勘違いしたオメーのオツムのネジを、締め直してやるためだったんだぜ? 感謝しろよな! さてと──無駄話もこれで終わりだ。オメーは言葉よりも痛みが好きってツラだしな。そんじゃ行くぜ! デッドダンスの時間だ! ドープにくたばりやが──」
「「二人とも、そこまでや!!」」
二人の野太い男の声が、無惨な戦場跡地のような真夜中の森林公園内に響き渡った。
その二人の声の主は、よくローザと酒を飲み交わしている、自分よりも上官だが兄弟のように仲がいい、副師団長のシュセロ・クアン・シュガーと──ポニーが神のように敬愛する会長様こと、
「会長……様……ご無事だったのですね……」
錦花の安否を確認するやいなや、ポニーの総身から『ゲイン』が薄れゆく。
そして、ポニーがローザを一瞥し、すぐに錦花の方を向くと、去り際に──また感情の無い機械のような口調で語った。
「これでもう……デビルフェ──貴方とは、もう金輪際、お会いすることはないでしょう。『リロード・スタイル』」
ポニーが言うなり、紺碧色に輝く修道女姿から、瞬時に普段のタイトな上下純白のスーツ姿に戻ると──やおら錦花の方へ歩いていった。
(「返せ……返せ……返せ……返せ……」)
斯くして、この自然溢れる広大な森林公園は埋み火残る、戦場跡地のようになっているが、激戦はこれで終わった──かのように見えた。
だが誰も知らない──今までの死闘が、真の死闘の合図であったことを……。
今までの激戦が、ただのウォーミングアップであったことを……。
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