第62話 地獄を創りしもの


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 ポニー・シンガーの絶叫とともに、自身の異能力である背中に生えた、身の丈の四倍以上はあろうかという、四つ手の漆黒なる鋼の上肢の先端が、銃口から戦艦並みの砲身に変貌した。


 最早、先ほどまでの銃撃戦が、ただの小競り合いとさえ思えてしまう。


 何故ならば、その異形極まる巨大な砲身と砲門の長さと口径である。


 グレードアップしたポニーの異能力である四つ手の身の丈は、倍になっていたのだ。


 つまり、今まで身の丈の二倍ほどの四つ手の長さが四倍になったのだ。


 まさに大戦争でも起こさんばかりの砲門から繰り出される砲筒は、想像を絶する運動量と熱量であった。



 変貌した四つ手の上肢の砲門から繰り出されるそれらは、森林公園を焼け野原にせんばかりの攻撃力を誇る。



 レールガンは大地を溶かし──徹甲弾は木々を粉砕し──焼夷弾は炎炎の中で森林公園内を蹂躙し──アハト・アハトは広大な大地を抉り散らかした。



 これだけの大技グランアルテを繰り出されては、流石のローザも無傷では……済んだのだ。


 驚くことにローザの総身には、ごく僅かな擦過傷すら無い。


 それに気がついたのは、ポニーの尋常ならざる大技で舞い上がった大量の砂塵が薄れた後だった。



 ポニー自身は、自分が現在持てるありったけの武力を投入したので、舌舐めずりをしながら、消滅したローザを確認するところであった──のだが。


 ポニーは、またしても無傷で悠々とタバコを燻らすローザを見て、多少の落胆と大量の憤怒が肚裡を埋め尽くし、鬼面の表情で歯噛みした。



 何故だ……何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だッ!!



 ポニーは戦闘において、混乱することが死に直結することを理解はしていた──が、ここまでの撃滅を無傷で許すなどあり得ない。


 さしもの百戦錬磨のポニーにも、この現実は受け入れられず、初めて戦闘の中で、冷や汗をかいた。



 ポニー・シンガーにとって生まれて初めての経験は、あまりに衝撃的過ぎた。


 ローザという大敵を前に、いったい……ローザの能力とはなんなのかという疑問による考察は、明後日の方角に向かい、只々──混乱だけが脳漿の中で迸っていた……。


 ならばいっそ……!

 土壇場で思いついたそれは、禁忌にも近い発想だった。


 その発想とは──この森林公園全土を丸ごと呑み込む大破壊をすればいい……という発想だった。



 当然、そんな大それたことをすれば、目立つ行為は控えろという、錦花鶴祇にしきばなつるぎの命令に違反することになる。


 誰よりも敬愛する会長様の意を無視して暴走してしまう結果となる。


 然りとて──今のポニー・シンガーには、そんなことを考える理性すらなかった。


 眼前の、自分の命よりも大事な、会長様を侮辱した女を鏖殺するまで止まらない──歯車が狂った殺戮機械となってしまったのだ。



 そして、ポニーは決断する。


 この森林公園を破壊し尽くせば、ローザを絶命させることができる。



 ポニーの思考は速かった。

 混乱した思考が決断すると同時に、攻撃の姿勢に入ったのだ。


 そして、やおら語り出す。

 神への敬虔なる凶々しい祈りを──



 「慈悲深き聖母マリア様、お許し下さい。今からわたくしの目の前にいる、人型の悪魔を撃滅することを。腐敗の限りを尽くした醜き悪鬼を撃滅することを。正しき聖者の聲は叡智を告げる──正しき聖者の聲は正義を語る──」


 そして、ポニー・シンガーは先の絶叫よりも、大きく哀しい声で言い放つ。



 「全ての善であり神威に輝く主に誓う! その御力を私に! 主よ、聖らに燃ゆる善なる大炎の力を私にお与え下さい!! 全てを燃え尽くす善なる炎を今ここに!! 『フォーハンド・ネイルガン』!! 主よ、憐れみ給え、憐れみ給え、憐れみ給え──キリエ・エレイソン!!」


 その大技はまさに禁忌としか言いようがない。

 否、大技というよりも荒技に近い。


 四つ手の先から放たれたのは、長さ5メートルほどの巨大な釘だった。


 その釘が、幾千と地面に叩きつけられ突き刺さっていく。


 先までのポニーの大技にしては、あまりに単純な技である。


 むしろ先ほどまでの大技の方が目立つほどの、何の変哲もない巨大な釘を放つ単調な技だった。


 果たして、この猟奇なる攻撃の真意とは……?



 「悪魔よ……え爆ぜろ……『点火イグニッション』……!」



 死霊に取り憑かれた者のように、頬を歪に揺らめかせた笑みで、やおら言い放った────


 直後、ポニーは右手の親指と中指を押し合わせ、勢いよく二本の指を滑らせると──パチンッ! という指打音しだおんが、真夜中の破壊され無惨な光景になっている森林公園内に鳴り響いた……。


 すると──指打音とともに、先に放たれた5メートルほどの幾千の巨大な釘たちが、真の正体を曝け出したのだ。


 それは釘ではなく、釘の形をした大型爆弾だったのだッ!


 そして──喩え用も無い、一斉爆破の無情が襲いかかる……。



 大いなる痛苦と呵責の深淵である地獄が存在するならば──まさに今、ここが、地獄である。


 悪鬼群がる伏魔殿が存在するならば──まさに今、ここが、伏魔殿である。


 驚懼が犇めく悍ましい万魔殿が存在するならば──まさに今、ここが、万魔殿である。


 その爆発の脅威は、威力にして0.68メトリックトン。


 つまり、0.68TNT換算トンの悪魔の軍勢が──死を呼ぶ呪われた戦場で、絶望のラッパを吹きながら、怒涛の勢いで押し寄せてきたのだ。


 その悪魔の大軍勢が、どれほど常軌を逸しているのかと問うならば──眼前で680キログラムのダイナマイトが、一斉に爆発したと答えれば、その尋常ならざる破壊力が理解できよう。


 喩えば、破壊力で説明するなら、1キログラムのダイナマイトさえ、鉄筋コンクリートの建造物に痛々しい痕を残し、周辺の無機物も破壊に巻き込まれ、ただでは済まない。


 ましてや、木造家屋であるならば、跡形もなく吹き飛んでいる。



 では──これが1キログラムではなく、680キログラムならば、どうなるか……。


 破壊力だけならば、およそ33階建ての高層ビルを、こともなげに破壊し尽くし、数秒で爆風とともに更地にしてしまうのだ。



 まさに天をも裂けよとばかりの荒れ狂う暴狂────


 まさに大地も穿てとばかりの荒れ狂う狂暴────



 果たしてこれが、戦闘と言えるのだろうか?



 現在、起こっていることは、酸鼻を極める国家間同士の大規模な戦争ではない。


 二人の女性──二人の人間の争いなのだ。


 しかしながら、この争いは激化し、剣を交えるでもなく──矛を交えるでもなく──ましてや、銃撃戦ですら無くなってしまった。


 あり得ないほどの一方的な戦力。


 そして、一方的な破壊力が大口を開けて、今まさにローザを呑み込まんとしている。



 然りとて、この悪魔の大軍勢の真の恐ろしさは、途方もない爆発による破壊力だけではなかった。


 むしろ後続に控えている破壊の光景こそが、まさに地獄と呼ぶに相応しいだろう。



 まず──巨大な絨毯爆撃のように、路面が轟々たる地響きを伴い、爆破し爆燃に包まれた。


 さらに、その直後、この悲惨な現状を超える事態が発生する。



 爆破は衰えるどころか、熱を急激に吸収するかの如く勢いを増して、爆轟となり──その燃焼から熱膨張は音速を越え、衝撃波が辺り一面に迸ったのだ。


 一瞬にして、平和を謳う森林公園は、戦火の渦の大火災の体を成した。


 まさに人間が巻き起こす、残忍で凄絶な戦争を想起させる程の、恐炎と恐煙が躍る。


 この爆轟に比べれば、昨夜の廃工場での爆発など、遊園地のアトラクションのようなものだ。



 爆轟による衝撃波は、路面の砂利舗装された地面を埃のように、軽く吹き飛ばすのみならず──舗装された地面は、地中深くまで曝されたクレーター状になり、周囲の無数なる巨木は爆風の風圧で、全て枯れ枝のようになり、撓り折れた。


 辺り一面は強大な熱量を帯び──放出される爆煙が累々と立ち込め、外気を支配している。


 空気が高密度に熱せられ、上昇気流から生まれた火球が、天高く屹立するようにキノコ雲となって──虚空を覆い、肺を焦がすほどの高温のガスが充満する。


 数十センチ前方すら見えない、真っ白な絶望の中──まるで、敢えて自分の居場所を教えるかのように、高らかに鳴り響く霧笛を連想させる音が闇夜を疾る……。



 地獄────まさに業火が荒び狂う地獄の景色たるそれが、眼前に佇む。



 然れど、ポニー・シンガーは知らない。


 ポニー・シンガーはローザ・リー・ストライクという人物を知らない。



 ポニー・シンガーは地獄を創り出したが……ローザ・リー・ストライクは、地獄そのものである……ということを……。

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