第61話 激戦の火蓋
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ついに切って落とされた沸々と湧き上がる、怒念の火蓋。
だがここで最初に述べることがある。
それは六種類の能力タイプの中で空間型だけ、多少の縛りがあることだ。
まず空間発動に対して、空間型能力者個別の『スペース・ワード』を言葉として発しなくてはならないことである。
そして、たとえ空間能力が発動されても、対峙する敵が自身の空間内にいなければ、能力を発動しても意味がないことだ。
この二点を上げると、空間型能力はデメリットが多い能力に思われるが、そうではない。
先にも述べた通り、空間型は他の能力と比べ縛りが多い。その代わり、もし相手が自分の空間内にいれば、絶大な能力を発揮できるのだ。
つまりハイリスク・ハイリターンな能力と言えよう。
そして、未だローザ・リー・ストライクの空間型能力である【クリムゾン・ジェイラー】の空間内に入ってしまったポニー・シンガーは気が付かない。
自分がローザの空間型能力の蜘蛛の糸に搦め捕られてしまったことに……。
ならば、ポニーの劣勢が覆ることはないのか?
その真意は判らないが、ポニーはここにきて、大きな進化を遂げた。
ピース能力者が最初に能力を手に入れた『
ピース能力者のグレードアップ条件については、未だに判然としていないが──自分よりも高位能力者と対峙することでグレードアップするのではないかと言われている。
そして、それは見た目にも変化が生じた。
『もう一人』の自分であるポニーの【フォーハンド・スプラッター】が、ポニー語りかけたのは【「レクイエム・スタイルと言え」】である。
ポニーは、その言に何の躊躇いもなく、レクイエム・スタイルと言い放った。
と、同時に先までのカウガール姿から一変し、纏っていた衣服が、紺碧色の修道女姿に変貌し、首から大人の掌ほどの大きさの、黄金の十字架を胸元にさげている。
修道女の女性用頭巾であるウィンプルの横からは、太ももまで届く、一つ結びの金色に輝く、三つ編みの長髪を覗かせている。
普通、修道女と言えば漆黒の衣服を連想させるが、今大事なのは、そこではない。
彼女が、この激戦の土壇場でグレードアップしたのは奇跡に近い。
なぜならば『インファント』と『ファースト・グレード』では、生命の源たる『ゲイン』の総量や、その『ゲイン』により繰り出される
身の丈の二倍はあろうかと言わんばかりの、蒼白い瑠璃色に揺らめき輝きながら、総身から活力が漲り、今にも突風のように迸りそうな自身の『ゲイン』にポニーは、自分でも気づかぬうちに胸中だけでほくそ笑んでいたはずが、揺蕩う瘴気のようにローザを見据えて──やおら嗤っていた。
瞬間、ローザもポニーの変化をすぐさま確認したが、様子見に徹し、何も攻撃はしない。
代わりにローザが荒れ狂う波濤のように、
ついさっきローザに安売りしても無駄だと言われたが、安売りに近いほどの技を繰り出し続ける。
しかし先までよりも進化した技は安くはなかった。
いと高き──いと強き──いと疾き──いと重い。
そんな技がゲリラ豪雨のようにローザを襲う。
「『フィーハンド・ライフル』ッ! 『フォーハンド・マシンガン』ッ! 『フォーハンド・ショットガン』ッ! 『フォーハンド・デザートイーグル』!」
もはやそれらは撃鉄の音などではない──雷が如く轟音で放たれた魔弾の、一発一発の威力の底が見えない。
それら魔銃から解放された魔弾が、ローザを襲う。
数千──数万──数十万──数百万の『ゲイン』によって具象されし特大の真鍮玉の大嵐が弧を描くように
その直線と曲線がローザという照準を捕捉し、魔弾の線は結び合い、ローザという魔点を目掛けて喰らいつく!
然りとて、それら全ての魔弾は、まるで逸れ矢の如く一発たりともローザには命中しなかった……
しかし魔弾は過たず、その全弾がローザという魔点の位置に命中し、砂利舗装された地面を叩きつけ、砂煙が舞い上がっている。
ならば何故ローザに命中しなかったのか?
よく見るとローザの周辺は半径30メートル程のクレーターのようになっているが、ローザの足元だけが平地になっている。
その地面を抉った深さは50メートル弱──もう説明する言葉などいらない、どれだけポニー・シンガーが撃ち放った魔弾が強力無比だったのかを、誰が言うまでもなく異常なまでのクレーターが物語っていたからだ。
つまり──尋常ならざる光景ではあるが、50メートル弱の巨大な穴のクレーターの中心点にローザが佇立している。
とにかく、一歩前に出れば、大穴に落ちてしまうほど大きな半径30メートル、深さ50メートル弱のクレーターの中心点にある小さな平地の上にローザは静かに佇立している。
しかしながら、ローザは魔弾が自分に当たる前に、飛び退ることさえしていない。
ましてや、擦過の一つも与えることが能わなかった異常な事実……
何故なのだ? いったい何が起こった?
そんな胸中のポニーを嘲笑うかのように、ローザは魔点から数メートル離れた場所まで、自身の武器である『ピース・アニマ』の『ディバラス』を、太い長槍状にして、棒高跳びのように、ポニーが破壊の限りを尽くした儚げなクレーターから悠々と跳ぶと、魔点から40メートルほど離れた場所から従容たる姿でタバコを燻らしていた。
風に運ばれ鼻腔を刺激する紫煙に、神経がヒリヒリと火傷をしたように苛立ちながらも、すぐさまポニー・シンガーは顧みる。
ポニー・シンガーを見下げ、そやすような面持ちのローザ・リー・ストライク。
勿怪の幸いに歓喜するかのような余裕の顔つきは、ポニーの焦燥感を煽り立てた。
何故なら、これだけの激しい一方的な暴力に対して、全くの無傷のローザを見て、ポニーは肚裡で、何が起こったのか解らないが、確実に今の現状を鑑みるに、優勢なのはローザだと確信したくはないが、確信せざるを得ないからだった。
自身の慢心もあったかもしれない。だが、ポニー・シンガーなる美しき殺戮機械は、ピース能力者に目醒めてから、ただの一度も一敗地に塗れたことがなく、いかなる戦場も自分が思うがままに、破壊の限りを尽くしてきたにもかかわらず、まさかこれほどまでに自身の自負心を粉々に打ち砕かれ──怒涛の如く押し寄せる屈辱を感じるなど、夢にも思わなかった。
然りとて、ポニーもローザと同じく百戦錬磨の女傑である。
すぐさま悔しさの思考から、どのようにして眼前のローザを絶命させるか脳内で考える。
だが──この一連の異変に数々の戦場と修羅場をくぐってきたポニーは、脳内よりも先に自身の肉体が無意識に感じ取った。
そして、その無意識は意識に移り、脳内で思考を瞬時に始める。
まず考えられるのは、自分が具象した魔弾が命中する瞬間に移動した。
それも動体視力では決して追えない、視野から一刹那で消える程の疾さなのだと、ポニー・シンガーの肉体が己の脳漿に伝える。
さらに加えるなら……ローザは自分の攻撃が命中する前から、どこに命中するのか解っていたとしか、考えられない……。
そんな思考を巡らす中で、斯くしてポニー・シンガーの必中の数百万の魔弾は徒花と散った。
果たして、ローザには自信の魔弾は全て無効であるのか?
で、あるならば、いったい……どのような攻撃がローザに対して有効であり、絶命に至らしめるのか?
このままでは、その混乱にも似た思考の只中で、自身の勝利を確信していたポニー・シンガーにとって、露の間とは言え──第二の次なる一手を遅らせ、攻守を反転するに充分な時をローザに与えてしまう……
脳内をリセットして、絶対ローザに反撃の余地を与えてはいけない。
未だローザの能力が判然としないのであれば、能力を使わせる前に絶命させる。
一瞬たりとも気を抜くことなどできないのだ。
死闘の中で、自身の慢心と未熟さに省みる猶予など無いのだ。
相剋の最中において、瞬き一つ許されぬ時に、悠長に自らの失敗に思考など割くことは、そのまま死に直結するとポニー・シンガーは熟知しているからだ。
しかしながら、ポニーはローザとの交戦で初めて学んだ。
全てを灰にする強力な技でも倒せぬ相手が、この世に存在するのだと。
ポニーは決して、ただの戦闘狂ではない。
ローザと同じく、闘いの中で、自分に何が必要で──相手には何が有効なのか?
それらを補い相手を絶命させるには、何が必須なのか?
それを、すぐさま戦闘中に思考することができる、優れた猛者なのである。
そして…………ポニー・シンガーの思考は決断した。
灰にするほどの力が駄目ならば────灰すら残さず消してしまえばいいと……!
そう決めた瞬間──ポニー・シンガーは胸中で豪傑笑いが止まらない中で、全てを破壊し殲滅する
「主よ、この悪魔を滅ぼす力を
その叫声は凄まじく──真夜中の森林公園内に轟き──これから始まる地獄の激戦が、真の意味で巻き起こる合図であった。
そして……未だ判然としないローザの能力とは、どのような異能なのか…………
その胸騒ぎにも似た謎が孕むなか、このポニー・シンガーのありったけの絶叫は、肚裡の懸念を断ち切るためでもあった……。
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