第61話 激戦の火蓋


 ⁂20



 ついに切って落とされた沸々と湧き上がる、怒念の火蓋。


 だがここで最初に述べることがある。


 それは六種類の能力タイプの中で空間型だけ、多少の縛りがあることだ。


 まず空間発動に対して、空間型能力者個別の『スペース・ワード』を言葉として発しなくてはならないことである。


 そして、たとえ空間能力が発動されても、対峙する敵が自身の空間内にいなければ、能力を発動しても意味がないことだ。


 この二点を上げると、空間型能力はデメリットが多い能力に思われるが、そうではない。

 先にも述べた通り、空間型は他の能力と比べ縛りが多い。その代わり、もし相手が自分の空間内にいれば、絶大な能力を発揮できるのだ。


 つまりハイリスク・ハイリターンな能力と言えよう。


 そして、未だローザ・リー・ストライクの空間型能力である【クリムゾン・ジェイラー】の空間内に入ってしまったポニー・シンガーは気が付かない。


 自分がローザの空間型能力の蜘蛛の糸に搦め捕られてしまったことに……。


 ならば、ポニーの劣勢が覆ることはないのか?


 その真意は判らないが、ポニーはここにきて、大きな進化を遂げた。


 ピース能力者が最初に能力を手に入れた『目醒めし雛インファント』の状態から、自身のスキルが格上げされ『ファースト・グレード』になったのだ。


 ピース能力者のグレードアップ条件については、未だに判然としていないが──自分よりも高位能力者と対峙することでグレードアップするのではないかと言われている。


 そして、それは見た目にも変化が生じた。


 『もう一人』の自分であるポニーの【フォーハンド・スプラッター】が、ポニー語りかけたのは【「レクイエム・スタイルと言え」】である。


 ポニーは、その言に何の躊躇いもなく、レクイエム・スタイルと言い放った。


 と、同時に先までのカウガール姿から一変し、纏っていた衣服が、紺碧色の修道女姿に変貌し、首から大人の掌ほどの大きさの、黄金の十字架を胸元にさげている。


 修道女の女性用頭巾であるウィンプルの横からは、太ももまで届く、一つ結びの金色に輝く、三つ編みの長髪を覗かせている。


 普通、修道女と言えば漆黒の衣服を連想させるが、今大事なのは、そこではない。


 彼女が、この激戦の土壇場でグレードアップしたのは奇跡に近い。


 なぜならば『インファント』と『ファースト・グレード』では、生命の源たる『ゲイン』の総量や、その『ゲイン』により繰り出されるアルテに、雲泥の差があるからだ。


 身の丈の二倍はあろうかと言わんばかりの、蒼白い瑠璃色に揺らめき輝きながら、総身から活力が漲り、今にも突風のように迸りそうな自身の『ゲイン』にポニーは、自分でも気づかぬうちに胸中だけでほくそ笑んでいたはずが、揺蕩う瘴気のようにローザを見据えて──やおら嗤っていた。


 瞬間、ローザもポニーの変化をすぐさま確認したが、様子見に徹し、何も攻撃はしない。


 代わりにローザが荒れ狂う波濤のように、アルテを繰り出す。


 ついさっきローザに安売りしても無駄だと言われたが、安売りに近いほどの技を繰り出し続ける。


 しかし先までよりも進化した技は安くはなかった。



 いと高き──いと強き──いと疾き──いと重い。



 そんな技がゲリラ豪雨のようにローザを襲う。


 「『フィーハンド・ライフル』ッ! 『フォーハンド・マシンガン』ッ! 『フォーハンド・ショットガン』ッ! 『フォーハンド・デザートイーグル』!」


 もはやそれらは撃鉄の音などではない──雷が如く轟音で放たれた魔弾の、一発一発の威力の底が見えない。


 それら魔銃から解放された魔弾が、ローザを襲う。


 数千──数万──数十万──数百万の『ゲイン』によって具象されし特大の真鍮玉の大嵐が弧を描くように歪進わいしんする。


 その直線と曲線がローザという照準を捕捉し、魔弾の線は結び合い、ローザという魔点を目掛けて喰らいつく!


 然りとて、それら全ての魔弾は、まるで逸れ矢の如く一発たりともローザには命中しなかった……



 しかし魔弾は過たず、その全弾がローザという魔点の位置に命中し、砂利舗装された地面を叩きつけ、砂煙が舞い上がっている。



 ならば何故ローザに命中しなかったのか?


 よく見るとローザの周辺は半径30メートル程のクレーターのようになっているが、ローザの足元だけが平地になっている。


 その地面を抉った深さは50メートル弱──もう説明する言葉などいらない、どれだけポニー・シンガーが撃ち放った魔弾が強力無比だったのかを、誰が言うまでもなく異常なまでのクレーターが物語っていたからだ。


 つまり──尋常ならざる光景ではあるが、50メートル弱の巨大な穴のクレーターの中心点にローザが佇立している。


 とにかく、一歩前に出れば、大穴に落ちてしまうほど大きな半径30メートル、深さ50メートル弱のクレーターの中心点にある小さな平地の上にローザは静かに佇立している。


 しかしながら、ローザは魔弾が自分に当たる前に、飛び退ることさえしていない。


 ましてや、擦過の一つも与えることが能わなかった異常な事実……


 何故なのだ? いったい何が起こった?


 そんな胸中のポニーを嘲笑うかのように、ローザは魔点から数メートル離れた場所まで、自身の武器である『ピース・アニマ』の『ディバラス』を、太い長槍状にして、棒高跳びのように、ポニーが破壊の限りを尽くした儚げなクレーターから悠々と跳ぶと、魔点から40メートルほど離れた場所から従容たる姿でタバコを燻らしていた。


 風に運ばれ鼻腔を刺激する紫煙に、神経がヒリヒリと火傷をしたように苛立ちながらも、すぐさまポニー・シンガーは顧みる。


 ポニー・シンガーを見下げ、そやすような面持ちのローザ・リー・ストライク。


 勿怪の幸いに歓喜するかのような余裕の顔つきは、ポニーの焦燥感を煽り立てた。


 何故なら、これだけの激しい一方的な暴力に対して、全くの無傷のローザを見て、ポニーは肚裡で、何が起こったのか解らないが、確実に今の現状を鑑みるに、優勢なのはローザだと確信したくはないが、確信せざるを得ないからだった。


 自身の慢心もあったかもしれない。だが、ポニー・シンガーなる美しき殺戮機械は、ピース能力者に目醒めてから、ただの一度も一敗地に塗れたことがなく、いかなる戦場も自分が思うがままに、破壊の限りを尽くしてきたにもかかわらず、まさかこれほどまでに自身の自負心を粉々に打ち砕かれ──怒涛の如く押し寄せる屈辱を感じるなど、夢にも思わなかった。



 然りとて、ポニーもローザと同じく百戦錬磨の女傑である。


 すぐさま悔しさの思考から、どのようにして眼前のローザを絶命させるか脳内で考える。


 だが──この一連の異変に数々の戦場と修羅場をくぐってきたポニーは、脳内よりも先に自身の肉体が無意識に感じ取った。


 そして、その無意識は意識に移り、脳内で思考を瞬時に始める。


 まず考えられるのは、自分が具象した魔弾が命中する瞬間に移動した。


 それも動体視力では決して追えない、視野から一刹那で消える程の疾さなのだと、ポニー・シンガーの肉体が己の脳漿に伝える。


 さらに加えるなら……ローザは自分の攻撃が命中する前から、どこに命中するのか解っていたとしか、考えられない……。


 そんな思考を巡らす中で、斯くしてポニー・シンガーの必中の数百万の魔弾は徒花と散った。


 果たして、ローザには自信の魔弾は全て無効であるのか?

 で、あるならば、いったい……どのような攻撃がローザに対して有効であり、絶命に至らしめるのか?


 このままでは、その混乱にも似た思考の只中で、自身の勝利を確信していたポニー・シンガーにとって、露の間とは言え──第二の次なる一手を遅らせ、攻守を反転するに充分な時をローザに与えてしまう……


 脳内をリセットして、絶対ローザに反撃の余地を与えてはいけない。


 未だローザの能力が判然としないのであれば、能力を使わせる前に絶命させる。


 一瞬たりとも気を抜くことなどできないのだ。


 死闘の中で、自身の慢心と未熟さに省みる猶予など無いのだ。


 相剋の最中において、瞬き一つ許されぬ時に、悠長に自らの失敗に思考など割くことは、そのまま死に直結するとポニー・シンガーは熟知しているからだ。


 しかしながら、ポニーはローザとの交戦で初めて学んだ。


 全てを灰にする強力な技でも倒せぬ相手が、この世に存在するのだと。


 ポニーは決して、ただの戦闘狂ではない。


 ローザと同じく、闘いの中で、自分に何が必要で──相手には何が有効なのか?

 それらを補い相手を絶命させるには、何が必須なのか?


 それを、すぐさま戦闘中に思考することができる、優れた猛者なのである。




 そして…………ポニー・シンガーの思考は決断した。


 灰にするほどの力が駄目ならば────灰すら残さず消してしまえばいいと……!


 そう決めた瞬間──ポニー・シンガーは胸中で豪傑笑いが止まらない中で、全てを破壊し殲滅する大技グランアルテを、やおら胸で十字を切り静謐に深呼吸をしてから──怒号が如く鳴り響く声で言い放った。



 「主よ、この悪魔を滅ぼす力をわたくしにお与え下さい!! くたばれぇぇぇ!! デビル・フェイスゥゥゥ!! 『フォーハンド・レールガン』ッ! 『フォーハンド・アーマーピアシング・アミュニション』ッ! 『フォーハンド・インセンディアリー・ボム』ッ! 『フォーハンド・アハト・アハト』ッ! キリエ・エレイソン!!」



 その叫声は凄まじく──真夜中の森林公園内に轟き──これから始まる地獄の激戦が、真の意味で巻き起こる合図であった。


 そして……未だ判然としないローザの能力とは、どのような異能なのか…………


 

 その胸騒ぎにも似た謎が孕むなか、このポニー・シンガーのありったけの絶叫は、肚裡の懸念を断ち切るためでもあった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る