第59話 捕食者の目論見


 ⁂18



 ポニー・シンガーが数瞬とはいえ、守りの体勢に入り、ローザ・リー・ストライクの能力を観察しなくてはいけない時も──先に放たれた幾千万のポニーの凶弾は過たず、今まさに飢えた狼が獲物を喰い裂かんが如くローザに向かって一斉に向かっている。


 「いいもん見せてやんよサグフェイス!『ウィンドミル』ッ!」


 再び繰り出されたローザの大技グランアルテ


 しかし、その技は先ほどよりも、少し様相が違った。

 先に放たれた同じ大技ではあるが、中天を大旋回はしているものの、無秩序な動作ではない。


 過たずローザに向かった凶弾は、本来なら、『ウィンドミル』で粉微塵に出来よう。


 しかしながら、流石のローザも幾千万のポニーの凶弾を捌くことは能わない。


 ましてや、狙いがはきとしているならば、なおさらだ。


 そして、凶弾はローザを蜂の巣に──しなかった。


 厳密に言えば出来なかったのである。


 ローザの『ウィンドミル』の凶刃は、どこからローザを襲ってくるのか、最初から予測していたかのように、真夜中の中天で閃きながら、過たずに全てを切り裂いた。


 果たして、この一連の流れは偶然だったのか必然だったのか……ポニーは歯噛みしながら思案した。


 そのポニーの焦燥感を煽り立てるように、やおらローザが人を小馬鹿にする笑みを湛えて嘯く。


 「いくら鉛のバーガーを安売りしたって無駄だぜ。所詮オメーは弾ぁブッ放すだけのワックなジャンク能力なんだからよぉ。ちゃんと身の程を弁えろよな、このサグフェイスが」


 その陳腐ちんぷなローザの煽り文句に対し、一瞬だがポニーは怒張も顕に鬼面の形相を見せた。


 が、すぐに一呼吸を入れると、再度ローザの一連の流れを考察し──ようとしたところで、またもローザが嘯く。


 それは煽り文句ではなく、ローザのかんばせも口調も、何か大事なことを伝えるかのように、落ち着きを払っている。


 「なぁサグフェイス。一つ提案何だが、こんな一目につく場所で大暴れするよりも、一目につかない場所でらねえか? それに、ここは邪魔なもんが多すぎんだよ。辺りに何もねぇ、だだっ広い場所があんだけどよぉ、そこでり会うってのはどうだ?」


 思いもよらないローザの提案に、青天の霹靂もさることながらポニーは思案する。


 確かに、自分は懸賞金がかけられたお尋ね者である。

 尚且つ第二の命を与えてくれた日本のヤクザの大元締め、朱拳会しゅげんかい会長の錦花鶴祇にしきばなつるぎから、目立つ行動はするなと、口を酸っぱくして再三言われている。


 このローザの提案はポニーにとっても都合が良い。


 さらに付け加えるなら、ローザ自身も、その気性の荒い性格から、『Nox・Fangノックスファング』の師団長であるシェルル・ティサン・ティッぺから幾度となく一目につく行動は控えろと注意されてきたからに他ならない。


 つまり、この時、驚くことに二人の凶者の考えが合致したのである。


 ポニーはそのローザの提案に対し、一言も発さず、やおら肯定の意味で頷いた。


 これには流石のローザも肚裡で、げに驚愕を隠せなかった。

 ローザにとってはポニーが承諾しなくても、無理矢理『ピース・アニマ』である『ロックス』を使用して、ローザが向かおうとしていた場所に引きり込む算段であったからだ。


 斯くしてローザとポニーは街羽まちば市駅近郊から離れ、お互いが死闘を演じるに相応しい舞台へ移動することとなった。


 そしてローザは『リリース』という言を発すると、今まであった半径200メートルの深紅の帷が突如として消滅したのだ。


 ポニーがこの現象について思案を巡らす前に、すでにローザは新たなる激戦地に向かうための準備をしていた。


 ローザはやおらホットパンツのジーンズのポケットから、野球ボール大の半透明の球体である『ロックス』を取り出すと、それを地面に放り投げ、眼球から視力を奪うほどの閃光が当たり一面を呑み込む。


 その閃光の先にはローザの目論見であった、自身に都合の良い場所が待ち構えている。


 そして、ローザは『ロックス』で九条鏡佑くじょうきょうすけ黒宮愛くろみやあいも激戦地に招き入れた。


 何故、九条鏡佑だけではなく黒宮愛も連れて行ったのかは判然としないが、『ロックス』の閃光の中でローザは静かに、自身の焦燥をこれでもかと言わんばかりにポニーにぶつけ、絶命させることが出来ると思い、静かにほくそ笑んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る