第58話 深紅の帷


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 湿った空気に晒された月夜の光が照らすはずの夜空は、ローザの『ウィンドミル』によって切り刻まれたポニー・シンガーが撃ち放った凶弾の漆黒の霧が夜空を染め、はかなげな街灯が無ければ暗黒に満ちていただろう。


 しかし、ポニーは全く焦りを見せていない。

 やおらポニーが歯牙を剥き出した笑みを見せると、驚くことにローザが両断したはずの凶弾が元の形状になり、再びローザを襲ったのだ。


 これはポニーの凶弾が実弾では無く『ゲイン』によって具象されたからに他ならない。


 さらに加えるなら、ポニーは凶弾を撃ち続けているので、その禍々しい凶弾の数は実におびただしく、見る見る将棋盤しょうぎばんの目を倍々するよりも多きこと、幾千万に達した。


 すなわちローザの大技グランアルテである『ウィンドミル』でもさばき切ることが困難になってしまったのだ。


 だが、ローザもポニーと同じく、冷や汗を一つも浮かべず、焦りの表情など微塵も無い。

 それどころか、薄っすらと邪悪な笑みすら覗かせている。


 「おい出番だぜ。【クリムゾン・ジェイラー】──『キャッチ』」


 やおらローザの言とともに、ローザ・リー・ストライクは『もう一人である』自我の無意識内に存在する異能力を『意識連結コネクト』させ解放した。


 その言で瞬時に解放された異能力は、ローザを起点として発動をする。

 【クリムゾン・ジェイラー】の能力は未だ判然としないが、空間型くうかんがたであることは『ピース能力者』であるなら誰でも理解できる。


 何故なら、発動された能力がローザを起点として突如、深紅しんくベールが拡がり、天空、地面、地中の全てを含めて半径200メートルの円形に拡張したからに他ならない。


 しかし、当然であるが非能力者には、その深紅の帷を視認することはできず、さらに空間と言っても空間内に封じ込めることは出来ないので、ローザの『ピース能力』である『空間型』の【クリムゾン・ジェイラー】が発動しても、出入りは自由である。


 つまり、ただ一つ言えることは、非能力者である一般人には、何が起きたのか全く理解出来ないということだ。


 しかしながら、『ピース能力者』には、はっきりと深紅の帷が視えている。


 これらを察するに、ポニーの肚裡とりは明白だ。

 ローザの『空間型』の能力は一体どんな異能なのか?


 自分の異能力である【フォーハンド・スプラッター】との相性は、どちらが優位なのか?


 ポニーはローザの能力をつぶさに観察する為、攻めから守りの体勢に数瞬だが割かれる事となった。

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