第57話 凶銃が吼えれば凶刃が閃く
⁂16
遂に晒したポニー・シンガーの『ピース能力』。
それは自らが具象化させた四本の怪異の腕を、実体のある銃弾が装填された四挺の銃器に変化させる『
その能力が現今、間髪を容れず強襲せんとして黒鉄の銃口をローザ・リー・ストライクに向け、柳眉を逆立てながらポニーは対峙する虐殺対象を睨み眇め、直ぐ様──抹殺し絶命せしめようと身構えている。
────瞬間。
黒鉄のライフルが四挺合わせて、毎秒2400発の
人が使用するライフルの平均ジュールが3000から4000ジュールなのだから、ポニーが具象化させた黒き鋼のライフルが怪異を超える怪物級の得物であるのは明白だ。
そんな人間が扱えない重火器の銃口を、ポニーはローザに向け、撃ち放った。
…………はずだった。
ライフルは本来、狙いを絞り相手を確実に狙撃し仕留める為の銃器だ。
しかしポニーは、子供が玩具のモデルガンで遊んでいる時のように、充分な狙いも定めず、弾帯さえ装着されていない黒き鋼のライフルから、マシンガンの如く杜撰な弾丸の乱射をローザに仕掛けている。
下手な鉄砲も数撃てば当たるという戦術なのだろうか……。
だとしても、この闇雲な一斉射撃は粗慢に過ぎる。
先に小柄な黒人の眉間を過たず、早撃ちし絶命せしめた華麗なる銃さばきの手練を魅せたポニーからは、微塵も想像できない程の、粗末極まりない射撃である。
傍目からは、ローザの姿が目視できていないかのように、初めて銃を撃つ素人が射撃しているとしか見えない。
いや──素人でも、ここまで酷く雑な射撃はしないであろう。
真にポニーの逆鱗は、戦術すらも忘れさせ思案も放棄した、殺意に塗れし忘我の獣に成り果ててしまったのか否か。
しかし、ポニーの思考は冷静そのものだった。
だが……冷然とローザを据えて、毅然と無秩序に射出された弾雨はローザに擦過傷すら残さず、闇の中に呑まれていった。
ならば、ローザが自身の『ピース能力』を発動させて、ポニーの凶弾を避けたのか?
答えは否である。
なぜなら、ローザの総身からは『ゲイン』の輝きが全く無いからだ。
未だにローザは、『もう一人』の自分である【クリムゾン・ジェイラー】を発動させていない状態だった。
ローザ本人はいつでも、能力を発動させる準備はできていた。
のだが──ローザは余りにポニーの乱雑過ぎる銃撃に嘆息し、戦術を変えた。
その理由は至極単純。
ポニーの凶弾は、ローザを狙っているにも拘らず、その全てが信号弾かと思える程に彼女の頭上を越えて、遥か上空の闇に染まる凌雲の彼方を飛び去るかのように、撃ち放たれたからだ。
銃弾を射出する際の反動など皆無のポニーが何を意図して、このような無意味な行動をしているのか判じることはできないが、ローザにとっては無駄な『ゲイン』を消費しない好機なのは確かだろう。
即座に能力を発動させて相手に自分の戦術を晒すよりも、このまま一気に間合いを詰めてローザの『ピース・アニマ』である『ディバラス』で、
なにより、ローザが常日頃からアネゴと呼び慕う、師団長のシェルル・ティサン・ティッペから衆目に晒すような表立った行動はするなと、再三にわたって釘を刺されているからだった。
なのでローザにとって──最も効率よく、最も無駄がなく、最も目立たない、最良の戦術がそれだったのである。
しかしながら、その戦術とは別に、ローザの肚裡は興醒めし落胆に満たされていた。
ローザ本人は焦燥による鬱憤晴らしで、ひと暴れする絶好の機会だったのだが拍子抜けもいいところだ。
ポニーの能力である得物と『ゲイン』を値踏みし不足ない対者と認め、手落ちなくローザも十全の構えを以てして、激甚の鉄火肌で挑んできた猛敵のポニーに臨むはずだった。
それが蓋を開けてみれば……奇を
やおらポケット内から忍ばせておいた、煙草とジッポーライターを取り出すと、ローザは不機嫌な表情も露に煙草を咥えた。
ジッポーライターで咥えた煙草に火を点けて、ローザは胸臆の不興を吐き出すように紫煙を燻らせる。
そして──
ローザは煙草を咥えたまま、即座にこの茶番劇の幕を下ろすため、『ディバラス』でポニーを斬り捨てる構えに入った。
鍛え抜かれた下肢に力を入れて、ポニーを両断せしめようと互いの距離を縮めるローザ。
が、その時。
遥か上空の夜雲の中に呑まれていった弾丸の大雨粒たちは、意思でもあるのかと思わざるを得なかった……。
耳を劈く程の乱撃で射出された凶弾の雨が、自然界の物理法則である運動量を無視し、一直線に進むはずの弾道は、あらぬ動きを見せたからだ。
なんと──銃弾が大きく軌道を変えて、円弧のような曲線を描き畝ったのだった。
全ての法則を置き去りにした軌道が、衰えることを識らない初活力で闇夜の上空から急降下し目指す最終地点はローザである。
まるで燕が空中にて高速で反転し翻るように、一斉射撃された数え切れない凶弾の大雨粒が湿った夜空の中から再び現れ、鋼の牙を剥き出しローザを狙う。
これこそが、ポニーの能力の
ひとたびポニーが標的として認識した相手に具象化させた銃弾を射出したならば、ポニー自身が能力解除をしない限り、標的になった対象に凶弾が食らい貫くまで自動追尾し続けるのだ。
故に、狙いを絞る必要もなく──ましてや標的を見失っても、何処までも敵を追いつめる能力。
その上空の異変を誰よりも先んじて即座に察知したローザは、総身に迸る程の剣呑な『ゲイン』を纏い、迎え撃つ態勢を取った。
ポニー同様に、殺意が籠る瑠璃色の煌めく『ゲイン』を帯びたローザは、身の丈が倍以上になったような威圧感を湛え、沸々と研ぎ出された剃刀を想わせる鋭気を滾らせている。
燃え立つような激しい『ゲイン』の光輝は、ローザの生命力と戦闘力を誰が語るまでもなく誇示していた。
清澄な闘志や闘気と呼ぶには大きく異なった、毒牙の念が溢れる禍々しい『ゲイン』を帯びながらローザはやおら嘯く。
「──『ウインドミル』ッ!」
ローザの血気が漲る言霊は、自身の『ピース・アニマ』との
一刹那──夜空の闇の中から命を狙い襲ってくるポニーの凶弾に向かって、ローザの左腕に巻かれた鎖が凶刃に変幻し閃く。
無数とも思える幾千本の紙の鞭のように、何処までも薄く引き延ばされた鋭利な刃となりし『ディバラス』が凶刃を剥き出し、ポニーが上空に撃ち放ち急降下してくる凶弾豪雨を、中天で巨大な渦を巻くかの如く大旋回させながら全て真っ二つにローザの凶刃が凶弾を斬り裂いていく。
ローザの心臓を正鵠として過たず射出された凶弾の大雨粒たちは、一斬のもとに両断されると同時に──地に落ちるでもなく、『ゲイン』の残滓とともに黒き霧となり虚空に舞い消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます