第56話 黒き鋼の狼



 ⁂15



 ポニー・シンガーと錦花鶴祇にしきばなつるぎの間に、いったいどのようなえにしがあるのかは判らない。



 だがポニーは、錦花に尊敬以上の畏敬の念を抱いているのは確かだろう。



 そんな崇拝にも似た情に対して、弄う口調で錦花を罵ったローザ・リー・ストライクをポニーが恕免する訳がない。



 斯くしてポニーは怒気が迸る『ゲイン』も露に、ローザを看過できぬ奸悪とみなし、抹殺の対象にしたのだった。



 両者とも命を賭した殺し合いの鐘が鳴ってしまえば、どちらかの必滅は避けられない。



 その苛烈な虐殺の鐘を先に鳴らしたのは、説明するまでもなく抑えきれない激情に狂うポニーだった。




 怫然により、純白の膚をした艶麗たる麗しの面貌は、既に消え失せている。




 凛烈な猛吹雪の中、獲物を眼前に見据えて前後の見境を失い──歯牙を剥き出し、骨まで暴れ噛み砕く程の風狂と憤激で、双眸を血走らせた白狼の如き瞋恚しんいを孕んだ形相でポニーが嘯く。



 「──『フォーハンド・ライフル』」



 『意識連結コネクト』された想念が、天高く振り上げられた四メートルはある四本の黒き鋼の先端を五指の手から、銃身長が2000mm以上もある全長約2500mmの黒鉄くろがねの大型対戦車ライフルに形状を変化させた。




 まるでパントガンを彷彿とさせるような、威容を誇る銃である。


 否、銃と呼称するよりも砲と呼ぶに相応しい。




 一般的に銃の口径は最大でも12.7mmの50口径だ。


 中には15.24mmの60口径も存在するが、実用性は無きに等しい。


 銃としての機能を求めるなら、最大でも50口径が限界だろう。




 だが、ポニーが『ピース能力』で具象化させた銃の口径は──なんと50mm以上はあろうかという砲口のような、巨大口径の銃であった。



 精密な形状ではないが、黒く無骨なブローニングM2重機関銃や、マクミランTAC-50に酷似している。



 夜陰の中で黒鉄の凶銃の形状を、つまびらかに判然とさせる事はできないが、紛れもなく絶大な殺傷力を秘めている大型対戦車ライフルなのは確かだ。




 銃弾の嵩は20mm口径弾である20×138mmB弾の三倍以上はある。




 ポニーのイメージでは無く、実際に存在するなら400グラムを超える、恐ろしく獰猛な獣弾じゅうだんだ。



 もし、そんな銃弾が一発でも命中すれば、絶命は決して免れない。



 顔面を撃ち穿てば首から上が丸々吹き飛び、血飛沫を撒き散らし生前の面影を一片も残さない程、木っ端微塵に深紅の霧とともに頭蓋を粉状に粉砕するだろう。




 しかし──ここで疑問が残る。




 四本の腕が、総重量400キログラムを超える凶銃に一瞬で変形させたポニーは、その重量による重力の洗礼を受けていない。



 いくら肉体を鍛えているポニーといえど、総重量400キログラムを超えては、下肢で己の自重を支える事は皆無である。



 総身は押し潰され、あまつさえ自身の能力によるポニーの攻撃など、可能の余地すらない。




 だがポニーは、対峙するローザを眼前に据えて、憤怒を湛えた双眸で佇立していた。



 そもそもポニーが具象化させた大型対戦車ライフルは、元々が彼女自身のイメージである。



 イメージには物理学が介入できる重量など、存在しないのだ。




 そして、ポニーがイメージした虐殺兵器は──ローザだけを標的とした、禍々しい黒き鋼の銃器として……今まさに銃口から凶弾が狼狂の雄叫びの如く、吼えようとしていた。

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