第34話 話しが長いと嫌われる
*17
僕は白衣を着た二人の男性に背を向け、猛スピードで上の階まで通じる、出入り口の階段までダッシュしたのだが……。
上の階まで通じる階段があった場所には、なぜだか鉄の壁があり、出入り口が
「なんだよ……これ……!」
「逃げようとしても駄目だよ。チミ達を逃がさない為に、ボキの『アイアン・ダスト』で出口はもう封じたからね。っぱ」
噓だろ……あいつ、いつの間に出入り口に、鉄の壁なんて
「どうして? って顔をしてるね。チミは気がつかなかったみたいだけど。ジェイトさんが暴れてる時に、周りの機械が壊れないようにボキの『アイアン・ダスト』で保護しておいたんだよ。まー、その出口に創った鉄の壁はオマケで創っただけなんだけど、念の為に創っておいて良かった良かった。っぱ」
僕と
周りをよく見ると、全てのスーパーコンピューターのような機械も、鉄で
あいつ……魔法使いか?
と言うか、全然良くねーよ!
ふざけんな……この二人なら簡単に逃げられると思ってたのに、こんな鉄の壁なんてどうすればいいんだよ。
「ホラキさん。今から『ブレット・ダスト』を使うので、先に『ホーム』に戻っていて下さい。っぱ」
「わわわ、分かりましたタルマさん。プシュー。ででで、では私はお先に戻っています。プシュー」
言って、『ほらき』と呼ばれている白衣を着た男性が、ローザやジェイトと同様に、自分の白衣の中から透明な野球ボールぐらいの大きさのシャボン玉を出すと、例の如くそのシャボン玉を割り。
いったい……あのシャボン玉はなんなのだろう……。
「さてと。それじゃあ、ここはエリートの中のエリートの中のエリートの中のエリートのボキが、【ゴールデン・ステーション】でチミ達を片付けてあげるよ。っぱ」
どんだけエリート連呼してるんだよ……こいつは。
ていうか、数瞬だがエリートの中にエリートが入っている姿を、想像してしまった。
ロシアの人形。
マトリョーシカである。
「まあ。チミ達に恨みは無いけれど、この場所を見られて帰す訳にもいかないし、ここで死んでもらうよ。人殺しなんて大嫌いだけど、チミ達が不法侵入したのが悪いんだよ。恨むなら、自分を恨んでくれ。『ブレット・ダスト』。っぱ」
言うなり『たるま』と呼ばれている、こいつの指先から、まるで消化器の煙のように、黒い
その黒い塵は、目の前が
「おーい! 心絵! どこに──」
その誰かとは決まっている。
心絵だ。
だが、黒い煙幕の中を高く飛んでいる最中に、何かが僕と心絵を狙って襲いかかって来るのが分かった。
心絵は、それらを銀色に輝かせた手で、払いのけている。
そして、何が襲いかかって来ているのかは、分からないが。
心絵が手で払いのけている最中、ずっと
僕がその、襲いかかって来るなにかを、はっきり
なんと、黒い煙幕の中から、
もし──心絵が僕の首を掴んでジャンプしなければ、きっと今頃……僕は、あの小さな黒い弾丸のようなモノで
「あの黒い煙幕が邪魔ね。『
僕の首を掴んだまま、天井高くまで飛んだ心絵は、黒い煙幕に向けて、自分の
心絵の掌から、突風が巻き起こり、それは巨大な
天井から見下ろした先では、『たるま』と呼ばれている男性が慌てている。
と言うか──竜巻を掌から出すなんて……。
「うわああああ! 嫌な予感はしてたけど、あいつ『
僕が心絵に首を掴まれたまま、コンクリートの床に着地すると。
必死になって、『たるま』と呼ばれている男性が、白衣のポケットに手を突っ込んで、何かを探している。
あいつ、何やってるんだ?
「無い無い無い! もしかして、あいつが風の能力を使った時に一緒に飛ばされたのか!? 困ったぞ……『ロックス』が無かったら──ってええええ! 【ピースの
さっきから、一人でなに騒いでるんだ?
────んん?
僕のスニーカーの下から、変な感触がする。
それを確かめようと、僕は少しだけ脚を上げてみると──小さな黒いビー玉を踏んでいた。
それに、スニーカーの近くには、ローザやジェイトが使っていた、透明なシャボン玉のような物も落ちている。
「なんだこれ?」
「うわああああ! チミぃぃぃぃ! それは【ピースの黒石】だ! しかも『ロックス』もある! 早くその二つをボキに返せ! っぱ!」
返せと言われて、『はい分かりました』。
なんて言うと思ったら、大間違いである。
そう、つまりこの、よく分からない黒いビー玉と透明のシャボン玉は、あいつにとって重要な物なのだろう。
だったら、ここは交換条件を出すしかない。
「これが、そんなに欲しいのか?」
「欲しい! と言うか、それは最初からボキの物だ! 早く返せ! っぱ!」
「分かった。じゃあ返す代わりに、お前が創った鉄の壁を消すんだ」
「駄目だ……。それはできない。っぱ」
「じゃあ、これはお前には渡さないぞ」
「分かった分かった! 消せばいいんだろ! っぱ」
言って、『たるま』と呼ばれている男性の指先に、鉄のようなキラキラした塵が吸収されていく。
まるで掃除機だ。
「鉄の壁は消したぞ! さあ早くそれを返せ! っぱ!」
僕は確認の為に、出入り口の方を見ると、鉄の壁は綺麗さっぱり消えていた。
でも、僕には、まだこいつに
この黒いビー玉と、透明のシャボン玉は、それを訊くまで返さない。
「この二つを、お前に返す前に、訊くことがある。お前が僕の質問に答えなかったら、返してやらないぞ」
「──なに? 質問ってなんだ? その前にボキを、お前と言うのはやめろ! ボキの名前はタルマ・ヤオ・カルマだ! っぱ!」
顔を
お前と言われたのが、相当頭にきているのだろう。
色白の肌だから、余計に
ていうか──日本人だと思ったが、タルマ・ヤオ・カルマって明らかに外国人みたいな名前だ。
見た目は
まあ、漢字名だと思った『たるま』は。
外国人名のような、横文字のタルマだったのか。
「おいチミ! 質問ってなんのことだ! 答えてやるからさっさと言え! っぱ!」
「あっ。そうだった。おいタルマ。こんな非人道的なことをして、いったいここで何をやっているのか答えろ」
「ここは『パープル・カプセル』の製造場所だ。さあ、答えたんだから早く返せ。っぱ」
「────『パープル・カプセル』ってなに?」
「まあ、説明してもチミには分からないと思うが。こっち『側の世界』にある粗悪な
「せき──え? なに?」
「赤色骨髄内アミノ酸阻害薬だ! チミは一回で、こんな簡単な単語も覚えられ無いのか? チミは馬鹿の中の馬鹿の中の馬鹿の中の馬鹿だな! っぱ!」
四連続エリートコンボの次は、四連続馬鹿コンボかよ。
ふざけたこと言いやがって!
────あれ?
ちょっと待てよ……【パープル】って、確かあの教会でローザが引き連れて来たゾンビ達も、同じ名前だったが……。
訊いてみるか。
「なあ。そのカプセルを飲むと、ゾンビになるのか?」
「ゾンビ? あー。あの弱いモンスターのことか。確かに見た目は似てるけど、【パープル】の方が力は強いし、それに人工的に薬で造ったモンスターだから、ちゃんと命令も聞く。あんなゾンビなんかと一緒にしないでくれ。っぱ」
自慢気に言うタルマを見て、何だか腹が立ってきた。
なぜなら、このタルマが作った薬の
あの教会で見た謎のゾンビ達は、こいつの薬で人間の姿から、あんな姿にされてしまったと思うと、やはり──こいつもジェイトと同じく、人間を人間とも思っていない酷い奴に見えて来た。
「おいタルマ。自慢気に話してるが、お前のやってることは、人を怪物に変える悪魔の薬を作ってるだけだぞ」
「悪魔の薬か……。だったら、より悪魔的なのは、こっち『側の世界』の薬だよ。それにボキは、好きでこんな薬を作ったわけじゃない。そうだな……チミは薬に対して無知なようだから、少し教えてあげよう。こっち『側の世界』の向精神薬は、まだまだ発展途上で人間を薬漬けにして、脳を騙す作用しかない。ボキに言わせれば、あんなのは
はあ……やっと長い話しが──
「だが『パープル・カプセル』は──」
「ちょっと待って! まだ話し続くの?」
「当たり前だろ! ここからが重要なんだよ。今度は『パープル・カプセル』の説明だ。チミが質問して来たんだから、最後まで聞くんだ。っぱ」
「は、はあ……」
まいったぞ……こう言う学者タイプの人間は、一度スイッチが入ると、全部話し終わるまで止まらないんだよな……。
いや、この場合は、悪い例と言うべきだろう。
「先に言っておくけど、この『パープル・カプセル』はボキが作った薬だけど、好きで作った訳じゃ無いってことだけは忘れるなよ。ボキもローザさんと同じで【パープル】反対派なんだからな! っぱ!」
「じゃあ……何で作ったの?」
「ボキにも色々と事情があるんだよ! っぱ!」
「分かった分かった! 分かったから──短めで説明してくれ」
「わがままな奴だなチミは。質問に答えろって言ったり、短めで説明しろって言ったり。まあいいよ。短めで説明してあげよう。『パープル・カプセル』とは人間を強力な生きた怪人にさせる。もっとも、【パープル】は怪人と言うよりも、怪物と言った方が適切だろう。そして、その怪物は死も恐れない
話し長ッ!
短めでって言ったのに長過ぎるだろ。
校長先生の朝礼の無駄話しより長いよ。
後半の方は、もう何を言っていたのか思い出せないぞ。
しかも、話している時に、やたら身振り手振りが多い奴だな。
海外映画によく出て来る学校の先生が、生徒に授業をしている風な感じである。
「と言うかチミ──」
タルマが自分の人差し指を伸ばして、その指を僕に向けてきた。
おいおい……まだ長い話しが続くのかよ……。
「──さっきチミは、ボキのことを非人道的だと言ったけれど、ボキは違う。非人道的なのはホラキさんだ。ボキは
…………僕に必要なのは『パープル・カプセル』では無く頭痛薬だ。
タルマの話しを聞いてると、頭が痛くなってくる。
話しが無駄に長いからだ。
ていうか、臥龍もそうだが、どうして学者タイプの人間は敬語に対して
でも、まあ、こいつは【パープル】とか言う、ゾンビになってしまう『パープル・カプセル』を、僕に使うのは『酷いこと』。
と、言っていたから、もしかして悪い奴じゃ無いのかもしれない。
まだ確定はできないが。
しかし、タルマの話しを聞いてると、『好きでやってる訳じゃ無い』とも言っていたから。
誰かに命令されて、やっているのだろうか。
だとしても……こいつが危ない事をしているのも事実だし……。
どうしたものか。
まあ、とりあえず、この黒いビー玉と透明のシャボン玉を拾ってから、返すかどうかを考えてみよう。
透明なシャボン玉は、僕から少し離れた場所にあるから、まずは黒いビー玉から拾うか。
「あああああああ! チミぃぃぃぃ! 【ピースの黒石】を素手で
ん?
タルマの奴──なに騒いでるんだ?
「ってええええええ! なんじゃこりゃあああああ!?」
僕が黒いビー玉を拾ったら……その黒いビー玉が僕の掌の中に……ズブズブと入っている!
「ちょっと何だよこれ! 黒いビー玉が掌の中に入ってる! おいタルマ! 頼むからこれ取ってくれ!」
「何をやってるんだチミは! 素手で触ったら【ピースの黒石】がチミと
「おいいいいい! 何が融合だ! そう言う大事なことは先に言え! どうすんだよこれ! 入ってる入ってる! どんどん入ってるぞ! 取って取って!」
「まだ間に合うかもしれない! 頑張って引っこ抜け! 頑張るんだ! っぱ!」
「頑張って引っこ抜けって言っても、全然取れないぞ! おい心絵! お前の怪力で取ってくれ! 頼むうううう!」
「────嫌よ」
「──え? 何で?」
「気持ち悪いから」
「気持ち悪いからじゃねーんだよ! 一番気持ち悪いと思ってるのは僕だ! あっ……! うわあああああ! 完全に入っちゃったじゃないか!」
ヤバいぞ……!
黒いビー玉が体の中に入ってしまった!
ああ……どうしよう……どうしよう!
これって、やっぱり……手術とかで取るのか?
手を切断するなんて医者に言われたら、
そうだ!
タルマだったら何か知ってるかもしれないぞ!
「なあタルマ──さん。この黒いビー玉の取り方とか……知ってます?」
「ああ。知ってるよ。っぱ」
良かった……!
いや、良く無い!
問題は、取り方なのだ。
手を切断するのだけは嫌だ!
「あの……ちなみに。その取り方って、手を切断したりするんですか……?」
「いや。そんな面倒な事はしないよ。簡単に取れる。っぱ」
マジでか!?
助かった……!
早く体の中に入ってしまった、黒いビー玉を取ってもらう為に、僕はタルマの方まで走って行った。
「あの、体に入った黒いビー玉を早く取って下さい。あっ、所で。どうやって簡単に取るんですか?」
「チミが死ねば簡単に取れる。っぱ」
「──は? 言ってる意味が分からないぞ!」
「だから。【ピースの黒石】は肉体と融合してしまうと、融合した者が死なない限り取れないんだよ。でも大丈夫だ。ボキは数秒でチミを殺す能力を持ってるから。でも頼むから、ボキを恨まないでくれよ。チミが取れって言ったんだからね。『カッパー・ダスト』。っぱ」
「おいちょっと待て! お前なに言って──」
僕の言葉も聞かずに、タルマは指先から
ッ!?
なんだこれ……
息ができない……
それに……
体の中を……
痛くて苦しい……
「まずい! 油断してた!」
音も
それは心絵の声だった……。
僕の方に心絵が走って来るのが……ぼんやりと見えた……。
もう……目の前も……よく見えない……。
駄目だ……目の前が真っ暗で……何も聞こえなくて……意……識……が…………。
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