第26話『黄金の青盤脈』

 アザレス・雨寺の壮大な語りに、一区切りがついた。



「——そういうわけで私は、叔父様から原子力潜水艦を、キム兄妹からはミサイルを、そして小池都知事伝手づてに人工降雨技術を手に入れたの。これで、私がついさっきまで、砂の島サンド・アイランドに雨が降らないようにここから西へ四十五キロメートルほど行ったあたりで人工降雨ミサイルを飛ばしていたのと、そこの獅子ヶ鼻ししがはなの灯台前まではソマリアの海賊たちに送ってもらったのを……信じてもらえるかしら?」

 アザレスは、大きな目で、新川元気あらかわもときを、真っ直ぐ見つめ続けている。


「なるほど……。ほらチーフ、アズさんは、孤独に頑張ってたんだよ、日本の平和のために!」

 アランが、隣に座る新川の両肩を掴み、グイングインと揺り動かす。


 新川は、アザレスの長話を聞いてはいたようだが、どこかうつろで……


「そうかい。荒唐無稽こうとうむけい極まりない言い訳だね……」

 と、目も合わさず、そっけなく返すのみ。


「そっか…………信じて、くれないんだっ……」

 アザレスは、グスリ、と鼻水をすすをしつつ、両手のひらで顔を覆い隠す。


 すると突如とつじょ、新川の目の色が変わる。


「もう一度……呼んでくれないか?」

 新川はやっとアザレスと目を合わせ、そう言った。 


「えっ……元気もとき、さん?」

 アザレスは、やや戸惑いつつも、言われた通り、新川の名を呼ぶ。


「うん、いい! そうだ、僕は新川元気! やっぱり、名前を呼んでもらえるのは、いいなぁ!」

 新川は、やけに叫ぶ。


 何かが、新川にを取り戻させたようだ。


「何? チーフ、なんだか急にに落ちた感じ?」

 アランは、大の大人の情緒の不安定に、少々あきれ顔。


 そこで新川は、おもむろに胸ポケットをいじくりだし……


 なんと、アランに初めて会った時にもらった金塊きんかいを取り出した。


「一応、念のために、君が本当にアザレスさんなのか、証明できる何かがほしい。この金塊の、ジェニュイン・ゴールドの印のようにね」


「まぁ、まだ疑っているのね……。あっ! それなら!」

 アザレスは、左耳の耳飾りを外す。


 砂金の、粒だ。


「私も、『も・と・き』さんと同じで、アランくんに金をもらったのよ。ね、アランくん?」


 それを聞いた新川は、とんでもない早口で、

「なっ、何ぃ!? アランくん、それは確かに君がアザレスさんに渡したものかい?」

 と、今度は打って変わって、新川がアランの肩を激しく揺さぶる。


「うん、そう! 間違いなく! そうだね! 僕からのアズさんへの、純金のアクセサリーのプレゼントっ!!」

 

 嫌味っぽいアランに対し……


「くっ……。わかった、それなら信じよう」

 

 と、新川は、どこか悔しそうである。


「じゃあこれで……味方は二人増えたことだし、そろそろ私、行くわね?」

 アザレスは、立ち上がり、パトリシアのダボダボの服で、去ろうとする。


 すると新川も立ち上がって、

「えっ、ちょっとちょっと、どうしてだい? ここを隠れ家にすれば、いいんじゃないのか? アランくん、いいよね?」

 と、大慌てで制止を試みる。

 

 一方アランは、どうやら一足先にアザレスの決心を受け入れているようで、彼女が出ていくのを止める素ぶりは見せない。


「これ以上ここにいたら、二人に迷惑かけちゃうから。自分からここに来ておいてこんなこと言うのも変だけど、私をかくまうことのリスクは承知のはず。どうか、止めないでほしい」

 と、アザレスに、迷いはないようだ。


「わ、わかったよ。でも、この先行くあてはあるのかい?」

「心配しないで。私には、そう多くはないけれど、心強い仲間がいる。なんとかするわ」

「なんとかするって、正気かい?」

「ええ、正気よ、『も・と・き』さん」

「そ、そうか。ならせめて、幸運を、祈るよ」

「ありがとう。じゃあ、行くわ。アランくんも、ありがとうね?」


 アザレスは、アランに向かってウインクする。


「うん、アズさん気をつけてね。もしもの時は、チーフと一緒に、駆けつけるから!」

「あら、どこかの誰かさんよりもかっこいいこと、言ってくれるのね」

「えへへ」

「じゃあ、ね」


 アザレスはついに、行ってしまった。




「アランくん……まさか僕の知らないうちに、アザレスさんにプレゼントをしていたとはね……やるなぁ」

 新川は、ボソボソとそうつぶやく。


「うん。そだよー。の夏にね。たまたま獅子ヶ鼻の灯台前で会ってたんだよ。あ、嫉妬しっとしないでね?」

 と、アランは、口元にニヤつきが止まらない。


「嫉妬なんてする…………するさぁああああ!!!! 去年の夏ぅ!? けしからん!」




△△△




__砂の島サンド・アイランドにて__


 パピルスの手帳を偽造し、神官たちをあざむいた罪で、金鉱山送りとなったパトリシア。彼女は右も左もわからず、たまたま出会でくわした太鼓腹の男から鉱山労働の指南を受ける。すると目の前にはなんと、海上保安庁第九管区海上保安本部の折茂猿ノ助おりも さるのすけ和多島希江わたしま きえ、次長の伊那久鳴尾いなきゅう なるおの三人がいた。


 ムチっとした青エプロンの英国人主婦、同じくムチっとした太鼓腹の鉱山労働者、酷く現代的な濃紺のうこんの制服を着た海上保安官たちの、異色の邂逅かいこう……


「えーっと、お三方は、どちら様? 服装からして……お巡りさんのたぐいかしら?」

 パトリシアは、やや困惑しつつ、尋ねる。


「ああ、俺たち、海上保安官なんです。俺は次長の伊那久いなきゅうと言いまして、そっちが部下の和多島わたしま折茂おりもです」

 伊那久鳴尾いなきゅう なるおが、砂埃と汗まみれの二人を紹介する。


「なるほど、海上保安官! 確かに言われてみれば、雨寺あまてらさんが着ていたのと同じようなデザインの服装をしてらっしゃるもの」

「雨寺? 今、雨寺って言いました? もしかして……あいつのことか!」

「ええ。雨寺さんがどうかしたの? 海上保安庁で佐官を務めてらっしゃるエジプトハーフ女性のアザレス・雨寺さん。前に彼女がうちに来た時は、非常に好印象でしたけど?」

「うちに来ただぁ!? あの、雨寺がですか?」

「ええ、訪ねてきたわよ? 異常現象の調査だとか何かで」

「異常現象!? それは聞き捨てならないな。やっぱりあいつ、どこか胡散臭いんだ。実は俺、岸田首相からあいつの本性を暴くように命を受けて——」


「ちょちょちょちょっーと、次長!? それは内密にって話じゃ……」

 和多島が、慌てて制止する。 


「おーっと、そうだったな。今のは聞かなかったことにしてください、ご婦人」

「岸田首相? 何のことかしら? まぁ、いいわ。そういえば私、名乗っていなかったわね、失礼。私は、前国まえぐにパトリシア。気軽にパトリシアって呼んでちょうだい」

「パトリシアさん、か。英語圏の方?」

「ええ。由緒ゆいしょ正しき英国の生まれですわよ」


 海上保安官と英国人女性のアイスブレークが展開される中……


【あのー、俺っちも……】

  と、太鼓腹の男が、申し訳なさそうに話に割って入る。


「なんだ、太鼓腹。何を言っているかわからんが、何が言いたい?」

 伊那久いなきゅうは、古代エジプトの言葉で話かけてくる太鼓腹の男に対し、あしらうように返答する。


【えっと、俺っちも自己紹介してもいいかな? 俺っちの名前はソダーユだ。みんなは俺っちのこと、『太鼓腹』って呼んでるみたいだけど……】

「おい、和多島わたしま折茂おりも、こいつは一体何と言っているんだ? ここに迷い込んで、もう半年も経つが、ここで話されている言語は、ちっとも理解できるようにならない」


「次長、私にもわからないです」

「同じく。希江きえちゃんにもわからなかったら、自分になんか尚更なおさらわかるわけないです」

 二人の部下は、両手のひらを仰向けにくっと上げ、さっぱりだ、という表情。


「ああ、わからないの? 自己紹介してるわ、この人。『ソダーユ』さんというらしいわ。名前で呼ばれず、太鼓腹って呼ばれることをなげいてもいるみたい」


 パトリシアは、三人のために、太鼓腹の男の言葉を見事に通訳してやった。


「え!? パトリシアさん、あなたその太鼓腹の言ってることが、わかるんですか?」

 伊那久いなきゅうは、目を丸くして、問う。


「ええ、もちろん、私、こう見えても元女男爵ですから! 古代エジプト語も、教養のうちです」

 パトリシアは腰に手を当てそう言い放ち、誇らしげである。


「それは、とんでもない朗報だ! おいお前ら、俺たち、ここから出られるかもしれないぞ? 観光ガイド、いや、救世主を見つけたぞっ!!!」

 伊那久いなきゅうは、ひどく興奮する。


「本当!? ついに、この汗臭い鉱山とおさらばできる!? 日本に戻ったら、そうだなぁ……これでもかってほど大きなケーキを食べたいわ! ケーキの中を、モグラみたいにかき分けるようにして穴を掘って、スポンジとクリームをたらふく頬張るの!」

 和多島わたしまが、両手の指を絡めて手を組み、子供じみた夢を語る。


希江きえちゃん、ここで働くあまりがついてるって。職業病だよ、もはや。でも僕も……ブイヤベースの海に沈みたい気分!」

 折茂おりもも、和多島わたしまならう。


「パトリシアさん、このわけのわからん黄金の島のことを教えてくれ! 頼む! 俺たち、見ての通り、帰りたくて仕方ないんだ! 半年前、俺たちの乗っていたヘリ、スーパーピューマは突如墜落。他にも仲間はいたんだが、俺たち三人以外は、どういうわけか、この島が見えないとか言っていた。だから仕方なく三人だけで、ここに上陸した。みんながどうなったかは……考えたくもない! お願いだ、助けてくれ!!!」

 伊那久いなきゅうは膝をつき、会って間もない英国人に懇願する。


「えっと、でも私もまだ、ここに来たばっかりだから、右み左もわからなくて……」

 困ったパトリシア。


「だから! そこのを使うんです! あいつにこの世界のことを聞いて、通訳をしてくれればいいんです!」

 伊那久いなきゅうは、太鼓腹の男を指差す。


 本人は、きょとんとしている。


「あーっ、そういうことね。【じゃあ、太鼓腹のソダーユさん、元女男爵の私に、ここのこと、色々と教えてもらえるかしら?】」

【もちろん、俺っちに任せて!】


 パトリシアによる、日本語ー古代エジプト後の同時通訳が始まった。


「ありがとう。じゃあまず……一番気になるところから。【この島は……一体、何なの?】」

【現世と冥界の狭間はざまだよ】

「現世と冥界の、狭間? 【『狭間』って、どういう意味かしら?】」

【えーっと、まず大前提なんだけど、俺っちたちエジプトの民は、現世で亡くなると、死後の世界、冥界で復活して、永遠の生を受けると信じている。そのことは知ってる?】

「【ええ、もちろん】古代エジプト人は、現世、この世で亡くなると、冥界、あの世で復活する。そして、冥界では永遠の生命を受ける。【でも、私は自分で自分のことをエジプトに詳しいほうだと自負しているけれど、『狭間』っていうのは、初めて聞いたわ】」

【うんうん、そうだよね。狭間っていうのは…………現世で『耐え難い辛さ』を経験した人たちが、迷い込むところなんだ】

「【ふむふむ】現世と冥界の狭間の世界っていうのは、現世で『耐え難い辛さ』を経験した人たちが迷い込むところなのね。【狭間、かぁ。でもそれって、冥界と何か違いがあるわけ? 死後の世界ってことには変わりない気もするけれど……」

【それが、全然違うみたいなんだ。現世と冥界では、同じように、辛いことが起きる。でも、この狭間の世界には、辛いことは、一切ないんだ。現世で辛いことをたくさん経験した人々が、冥界で復活してもまた同じ辛い思いをするのかと、怖くなって全てを拒絶したら……現世で亡くなって冥界へ向かう途中、道を外れて、ここに辿り着く。他のみんなにも聞いたらわかるけど、みんな同じような気持ちで、ここに来ているよ】

「現世でも冥界でも、生きることには辛さが伴う。でも狭間の世界では、それが一切ない。そして死後、望めば狭間の世界に来られる、という仕組み。そんな抜け道のような選択肢があったなんて……知らなかったわ。【狭間の世界は特別ってことね。ちなみに、どうしてここでは辛いことがないと言い切れるのかしら?】」

【何せここは特別な場所。ここではただ、のほほんと気楽に過ごせばいい。衣食住も保証されているし、運動がてら金鉱山の仕事を適当にやっていれば、リッチー様にも、冥界の王オシリスにも、怒られる心配はない。この上なく、自由なんだ】

「狭間の世界には仕事もたくさんあるし、衣食住には困らない、か。【神官様も、オシリス神も、たいそう寛大かんだいね】」

【そりゃあもう、寛大も寛大だよ。だって、そういうあんたも、大胆にも身分を偽って、ここに連れてこられたんだろう? 高級神官のフリをするなんて前代未聞ぜんだいみもん、現世か冥界だったら……良くてもむち打ちの刑じゃないかな?】

「確かに、身分を偽った割には好待遇、ね。【ちなみに、ちょっと気になったんだけど……この世界では、命は永遠なの?】」

【それが実は……わからないんだ。でも少なくとも俺っちの知ってる限りでは、ここにきた人はみんな老けることもなく、何千年も生き続けてるよ。ついでに言うと、ここでは新しい命は、生まれない】

「へぇ現状、ここで暮らす人たちは、不老不死なのね。【えっと、それだといずれ……土地が足りなくなりそうだけど、大丈夫なのかしら?】」

【ちょっと人口密度は上がってきた感じはするけれど、まぁ、にぎやかで、楽しいよ?】

「そっか。【まぁ、不自由してないのなら、いいんじゃないかしら? この世界のこと、まだまだ謎も多いけど……かなり理解できたわ。そうだ、ソダーユさん、あなたからも私に聞きたいことがあったら、何でも聞いてちょうだいね?】」

【あぁ、じゃあ、遠慮なく。そののようなものは、何だい? とてもいい色をしてる。まるでラピスラズリみたいだ】

「【あらソダーユさん、お目が高いわね! そうでしょう、でもこれ、水に弱いラピスラズリとは違って、濡れても破れたりはしないわよ。これは、下に着ている服が濡れたり汚れたりするのを防ぐためのものなの、の言葉で、『エプロン』っていうのよ】」

【はぁ、『エプロン』か。ぜーんぜん、馴染みのない言葉だなあ】

「【なら、ぜひ】」

【わかった、覚えておく。で、そのエプロンとやら、ラピスラズリよろしく、高く売れるんじゃないか? 本当に綺麗な青色をしているからなあ。売ればきっと、ありったけの酒と肉が買えるだろうなあ……】

「いや、売らないわ。【ここがちょっと、変色しちゃってるし……】」


「おーい、パトリシアさん、何を売らないんだ? さっきから日本語が聞こえてこないぞー? 真面目にやってくれないかー?」

 伊那久いなきゅうが、釘を刺す。


 が、パトリシアには、聞こえていないようだ。


【いやいや、そんなに気にするほどでもないって!】

「【いや、でもやっぱり、これは大事なものだから、やめておくわ。実を言うと、これを手放すくらいなら……死ぬ方がマシってくらい。それに私の住んでいる世界、と言うより……時代? そう、『時代』が正しいわ! 私のやってきた時代では、ラピスラズリはそれほど高価なものではなくなったことだし……ねぇ、そんなことより、そこの壁ににちょこっと見えてる、青色のやつが気になるんだけど。あれ、何かしら?】」


 パトリシアが、岩壁の中にほんのわずかに確認できる、青い輝きを指差す。


 するとソダーユは太鼓腹を揺らしながら、青色に近づき、

【ん? どれどれ……あっ! これは、ワジュ・ケペレルっ! これはひょっとすると……ワジュ・イーパに繋がっているかもしれないぞ……】

 と、わけのわからない単語を並べた。


「なんだ、太鼓腹。ワジュワジュうるさいぞ?」

 伊那久いなきゅうが、文句を垂れる。


「『ワジュ・ケペレル』は青い、フンコロガシスカラベよね? そして『ワジュ・イーパ』。直訳すれば……青盤脈あおばんみゃくってところかしら? 【ソダーユさん、青盤脈ワジュ・イーパっていうのは、どういうものなの?】」


 正確な意味は、パトリシアにも、わからないようだ。


【そうだなぁ……。見ててもらえば、わかる】

 ソダーユはそう言って、近くにあった鶴嘴つるはしを手に取る。


 そして一振り。


 \カーンッ!/


 岩が崩れ……


 コロっと、瑠璃色の玉が一つ、転がり落ちる。


 パトリシアが、それを拾い、

「【この玉っころは、なぁに?】」

 と、ソダーユに尋ねる。


【それが、青いスカラベワジュ・ケペレル。まだまだありそうだ……】


 パトリシアが、瑠璃色の玉をくるりひるがえすと……


 茶色い六本の脚が、折り畳まれるようにして、体に埋まっている。


Yuckヤック! うわー、キモっ!」

 思わず母国語が出る、マルチリンガルのパトリシア。


 裏側はともかく、表面の方は、美しい深い青色をした、ゴルフボール大の、丸い甲虫。


 ソダーユは、鶴嘴をせっせと振り、次々と瑠璃玉を掘り起こしていく。


\カーンッ!/\カーンッ!/

\カーンッ!/\カーンッ!/


 一つ、二つ、三つ、四つ……まだまだ出る。


 見えている青色は、転がり落ちてなくなるどころか、掘れば掘るほど、どんどん広がっていく。


「太鼓腹がこんなに真面目に働いてるの、初めて見たなぁ。こりゃ相当すごいのがあるってことだ」

 伊那久いなきゅうがソダーユを、褒めながらけなす。


「【こちらの男の人が、ソダーユさん、今までになく一生懸命働いてるって言ってるわ】」 

 パトリシアが、やんわりと訳してやる。


【へへへ、そりゃどうも。何たって、この金鉱山には、青いスカラベワジュ・ケペレルが集まってできたとっても珍しい岩盤、青盤脈ワジュ・イーパがあるとされているからね。で、この青いスカラベワジュ・ケペレル、実は黄金に引き寄せられるという習性があってね。これだけ青いスカラベワジュ・ケペレルが集まっているってことは……とんでもない大きさの、黄金の塊があるはず!】


 ソダーユがそう解説すると……


「えーっと、『この金鉱山には、青いスカラベワジュ・ケペレルが集まってできたとても珍しい岩盤、青盤脈ワジュ・イーパがあるとされている。そして青いスカラベワジュ・ケペレルには、黄金に引き寄せられるという習性がある。つまりこれだけ青いスカラベワジュ・ケペレルが集まっているということは、とんでもない大きさの黄金の塊があるはずだ』と言っているわ!」


 パトリシアが、完璧に通訳してみせる。


「ケッ、なるほどねぇ。黄金がたくさん取れたら、大好物の酒や肉も手に入るってわけだ。太鼓腹らしいよ。でも、黄金の塊はいつになったら出てくるんだ」

 伊那久いなきゅうは、やはりソダーユに対して、少し当たりが強い。


 だがソダーユには聞こえていないので、構わず鶴嘴を振るい続ける。


\カーンッ!/

\カーンッ!/


 それまで、鶴嘴が弾かれる音は甲高かったのだが……


\ギャーン!/


 突如、鈍い音に、変わった。


 それに……


\ポコポコポコ……/


 また別な、奇妙な音もする。


【あっ、これは…………まずい!】

 ソダーユが、鶴嘴を振る手を止める。


「おっ? ついに黄金ザクザクが見れるのか?」

 伊那久いなきゅうが、期待して、青盤脈ワジュ・イーパに、顔を近づける。


「ねぇ、折茂おりもさん、何だか……嫌な予感がしない?」

「ああ、希江きえちゃん。実は僕もそう思ってた」

 そう言って部下二人が、静かに後退あとずさりする。


 ソダーユは、鶴嘴をその場に落とす。


 パトリシアも、青色から、そっと距離をとり始める。


【俺っち、青いスカラベワジュ・ケペレルが、黄金以外の、ある別のものに集まる習性を忘れてた。今回の場合、黄金の塊なんて、ない。これは…………だぁああああ!!!!】


 ソダーユがそう叫ぶと、

 ソダーユの言葉を理解していない者も含めて全て、

 野生の勘で危険を察知し、

 全速力で走り出した!!

 


\\\ギャオース! ポコポコポン!///



 という、非常にヘンテコな鳴き声の後、


 巨大な青い背中がくるりと一八〇度回転し……


 体長ゾウさん並み、大顎おおあごをムシャムシャと動かす青い巨大甲虫が、姿を現した!!!


 スカラベ女王は、六本足で坑道こうどうを、耕運機トラクターのように耕しながら、彼らを追う!


 小さいスカラベも、女王に追随して、羽を広げてブンブン飛んでくる!


【まさか女王がいるなんて!】

【あ、言い忘れてたけど】

【気をつけて!】

【小さい方の】

青いスカラベワジュ・ケペレルは】

【穴があったら】

【どこへでも】

【飛び込む習性があるから!】

【口をぽかっと】

【開けていると】

【入ってきちゃう!】

 息を切らし、細切れにしか話せないソダーユ。

 相変わらず太鼓腹を揺らすが……

 走りは、意外と速い。


「え! それも通訳、しろってことぉ? ぽっちゃり中年、おばさんに、走らせながら、喋らせないでよ、息切れが、酷いんだからっ! ソダーユさんは、『小さいスカラベは穴という穴に突っ込む習性があるから口を開けっぱなしにすると危ない』…………ゼェ、ゼェ、と言ってるわ! って今……通訳してる! 私が! 一番口を! 開けてるじゃないのぉー! 来ないでスカラベちゃああん!!!」


 真面目なパトリシアは、必死に逃げながら、通訳も忘れない。


「ねぇ、ソダーユさん、というか、パトリシアさん、あのポコポコポコっていうヘンテコな音は何?」

 和多島わたしまが、容赦なく、さらなる通訳をパトリシアに求める。


「|You take the biscuit!《あなたサイテーよ?》 【あのポコポコいってる音は何なの?】」


【ああ、あのポコポコ】

【言ってるのは】

【女王スカラベの】

【鳴き声!】

【助けを呼ぶ時に使う!】

【あの音に】

【スカラベたちは】

【集まるんだよ!】


「女王の、鳴き声だって! スカラベの、おチビちゃんは、あの音に、寄っていくんだって!! アンタいつまで追ってくるのよぉおおお!!!」


 パトリシアの嘆きが響く中……

 

「ああ! パトリシア! 愛しのパトリシアよ! どぉこへ行ってしまったんだーっ!!!」


 聞き覚えのある声がした。


 そう……


 スバルだった。


〈第27話『或る手記③モロッコの青い町』に続く〉

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