第26話『黄金の青盤脈』
アザレス・雨寺の壮大な語りに、一区切りがついた。
「——そういうわけで私は、叔父様から原子力潜水艦を、
アザレスは、大きな目で、
「なるほど……。ほらチーフ、アズさんは、孤独に頑張ってたんだよ、日本の平和のために!」
アランが、隣に座る新川の両肩を掴み、グイングインと揺り動かす。
新川は、アザレスの長話を聞いてはいたようだが、どこか
「そうかい。
と、目も合わさず、そっけなく返すのみ。
「そっか……
アザレスは、グスリ、と鼻水を
すると
「もう一度……呼んでくれないか?」
新川はやっとアザレスと目を合わせ、そう言った。
「えっ……
アザレスは、やや戸惑いつつも、言われた通り、新川の名を呼ぶ。
「うん、いい! そうだ、僕は新川元気! やっぱり、名前を呼んでもらえるのは、いいなぁ!」
新川は、やけに叫ぶ。
何かが、新川に
「何? チーフ、なんだか急に
アランは、大の大人の情緒の不安定に、少々
そこで新川は、
なんと、アランに初めて会った時にもらった
「一応、念のために、君が本当にアザレスさんなのか、証明できる何かがほしい。この金塊の、ジェニュイン・ゴールドの印のようにね」
「まぁ、まだ疑っているのね……。あっ! それなら!」
アザレスは、左耳の耳飾りを外す。
砂金の、粒だ。
「私も、『も・と・き』さんと同じで、アランくんに金をもらったのよ。ね、アランくん?」
それを聞いた新川は、とんでもない早口で、
「なっ、何ぃ!? アランくん、それは確かに君がアザレスさんに渡したものかい?」
と、今度は打って変わって、新川がアランの肩を激しく揺さぶる。
「うん、そう! 間違いなく! そうだね! 僕からのアズさんへの、純金のアクセサリーのプレゼントっ!!」
嫌味っぽいアランに対し……
「くっ……。わかった、それなら信じよう」
と、新川は、どこか悔しそうである。
「じゃあこれで……味方は二人増えたことだし、そろそろ私、行くわね?」
アザレスは、立ち上がり、パトリシアのダボダボの服で、去ろうとする。
すると新川も立ち上がって、
「えっ、ちょっとちょっと、どうしてだい? ここを隠れ家にすれば、いいんじゃないのか? アランくん、いいよね?」
と、大慌てで制止を試みる。
一方アランは、どうやら一足先にアザレスの決心を受け入れているようで、彼女が出ていくのを止める素ぶりは見せない。
「これ以上ここにいたら、二人に迷惑かけちゃうから。自分からここに来ておいてこんなこと言うのも変だけど、私を
と、アザレスに、迷いはないようだ。
「わ、わかったよ。でも、この先行くあてはあるのかい?」
「心配しないで。私には、そう多くはないけれど、心強い仲間がいる。なんとかするわ」
「なんとかするって、正気かい?」
「ええ、正気よ、『も・と・き』さん」
「そ、そうか。ならせめて、幸運を、祈るよ」
「ありがとう。じゃあ、行くわ。アランくんも、ありがとうね?」
アザレスは、アランに向かってウインクする。
「うん、アズさん気をつけてね。もしもの時は、チーフと一緒に、駆けつけるから!」
「あら、どこかの誰かさんよりもかっこいいこと、言ってくれるのね」
「えへへ」
「じゃあ、ね」
アザレスはついに、行ってしまった。
「アランくん……まさか僕の知らないうちに、アザレスさんにプレゼントをしていたとはね……やるなぁ」
新川は、ボソボソとそう
「うん。そだよー。
と、アランは、口元にニヤつきが止まらない。
「嫉妬なんてする…………するさぁああああ!!!! 去年の夏ぅ!? けしからん!」
△△△
__
パピルスの手帳を偽造し、神官たちを
ムチっとした青エプロンの英国人主婦、同じくムチっとした太鼓腹の鉱山労働者、酷く現代的な
「えーっと、お三方は、どちら様? 服装からして……お巡りさんの
パトリシアは、やや困惑しつつ、尋ねる。
「ああ、俺たち、海上保安官なんです。俺は次長の
「なるほど、海上保安官! 確かに言われてみれば、
「雨寺? 今、雨寺って言いました? もしかして……あいつのことか!」
「ええ。雨寺さんがどうかしたの? 海上保安庁で佐官を務めてらっしゃるエジプトハーフ女性のアザレス・雨寺さん。前に彼女がうちに来た時は、非常に好印象でしたけど?」
「うちに来ただぁ!? あの、雨寺がですか?」
「ええ、訪ねてきたわよ? 異常現象の調査だとか何かで」
「異常現象!? それは聞き捨てならないな。やっぱりあいつ、どこか胡散臭いんだ。実は俺、岸田首相からあいつの本性を暴くように命を受けて——」
「ちょちょちょちょっーと、次長!? それは内密にって話じゃ……」
和多島が、慌てて制止する。
「おーっと、そうだったな。今のは聞かなかったことにしてください、ご婦人」
「岸田首相? 何のことかしら? まぁ、いいわ。そういえば私、名乗っていなかったわね、失礼。私は、
「パトリシアさん、か。英語圏の方?」
「ええ。
海上保安官と英国人女性のアイスブレークが展開される中……
【あのー、俺っちも……】
と、太鼓腹の男が、申し訳なさそうに話に割って入る。
「なんだ、太鼓腹。何を言っているかわからんが、何が言いたい?」
【えっと、俺っちも自己紹介してもいいかな? 俺っちの名前はソダーユだ。みんなは俺っちのこと、『太鼓腹』って呼んでるみたいだけど……】
「おい、
「次長、私にもわからないです」
「同じく。
二人の部下は、両手のひらを仰向けにくっと上げ、さっぱりだ、という表情。
「ああ、わからないの? 自己紹介してるわ、この人。『ソダーユ』さんというらしいわ。名前で呼ばれず、太鼓腹って呼ばれることを
パトリシアは、三人のために、太鼓腹の男の言葉を見事に通訳してやった。
「え!? パトリシアさん、あなたその太鼓腹の言ってることが、わかるんですか?」
「ええ、もちろん、私、こう見えても元女男爵ですから! 古代エジプト語も、教養のうちです」
パトリシアは腰に手を当てそう言い放ち、誇らしげである。
「それは、とんでもない朗報だ! おいお前ら、俺たち、ここから出られるかもしれないぞ? 観光ガイド、いや、救世主を見つけたぞっ!!!」
「本当!? ついに、この汗臭い鉱山とおさらばできる!? 日本に戻ったら、そうだなぁ……これでもかってほど大きなケーキを食べたいわ! ケーキの中を、モグラみたいにかき分けるようにして穴を掘って、スポンジとクリームをたらふく頬張るの!」
「
「パトリシアさん、このわけのわからん黄金の島のことを教えてくれ! 頼む! 俺たち、見ての通り、帰りたくて仕方ないんだ! 半年前、俺たちの乗っていたヘリ、スーパーピューマは突如墜落。他にも仲間はいたんだが、俺たち三人以外は、どういうわけか、この島が見えないとか言っていた。だから仕方なく三人だけで、ここに上陸した。みんながどうなったかは……考えたくもない! お願いだ、助けてくれ!!!」
「えっと、でも私もまだ、ここに来たばっかりだから、右み左もわからなくて……」
困ったパトリシア。
「だから! そこの
本人は、きょとんとしている。
「あーっ、そういうことね。【じゃあ、太鼓腹のソダーユさん、元女男爵の私に、ここのこと、色々と教えてもらえるかしら?】」
【もちろん、俺っちに任せて!】
パトリシアによる、日本語ー古代エジプト後の同時通訳が始まった。
「ありがとう。じゃあまず……一番気になるところから。【この島は……一体、何なの?】」
【現世と冥界の
「現世と冥界の、狭間? 【『狭間』って、どういう意味かしら?】」
【えーっと、まず大前提なんだけど、俺っちたちエジプトの民は、現世で亡くなると、死後の世界、冥界で復活して、永遠の生を受けると信じている。そのことは知ってる?】
「【ええ、もちろん】古代エジプト人は、現世、この世で亡くなると、冥界、あの世で復活する。そして、冥界では永遠の生命を受ける。【でも、私は自分で自分のことをエジプトに詳しいほうだと自負しているけれど、『狭間』っていうのは、初めて聞いたわ】」
【うんうん、そうだよね。狭間っていうのは…………現世で『耐え難い辛さ』を経験した人たちが、迷い込むところなんだ】
「【ふむふむ】現世と冥界の狭間の世界っていうのは、現世で『耐え難い辛さ』を経験した人たちが迷い込むところなのね。【狭間、かぁ。でもそれって、冥界と何か違いがあるわけ? 死後の世界ってことには変わりない気もするけれど……」
【それが、全然違うみたいなんだ。現世と冥界では、同じように、辛いことが起きる。でも、この狭間の世界には、辛いことは、一切ないんだ。現世で辛いことをたくさん経験した人々が、冥界で復活してもまた同じ辛い思いをするのかと、怖くなって全てを拒絶したら……現世で亡くなって冥界へ向かう途中、道を外れて、ここに辿り着く。他のみんなにも聞いたらわかるけど、みんな同じような気持ちで、ここに来ているよ】
「現世でも冥界でも、生きることには辛さが伴う。でも狭間の世界では、それが一切ない。そして死後、望めば狭間の世界に来られる、という仕組み。そんな抜け道のような選択肢があったなんて……知らなかったわ。【狭間の世界は特別ってことね。ちなみに、どうしてここでは辛いことがないと言い切れるのかしら?】」
【何せここは特別な場所。ここではただ、のほほんと気楽に過ごせばいい。衣食住も保証されているし、運動がてら金鉱山の仕事を適当にやっていれば、リッチー様にも、冥界の王オシリスにも、怒られる心配はない。この上なく、自由なんだ】
「狭間の世界には仕事もたくさんあるし、衣食住には困らない、か。【神官様も、オシリス神も、たいそう
【そりゃあもう、寛大も寛大だよ。だって、そういうあんたも、大胆にも身分を偽って、ここに連れてこられたんだろう? 高級神官のフリをするなんて
「確かに、身分を偽った割には好待遇、ね。【ちなみに、ちょっと気になったんだけど……この世界では、命は永遠なの?】」
【それが実は……わからないんだ。でも少なくとも俺っちの知ってる限りでは、ここにきた人はみんな老けることもなく、何千年も生き続けてるよ。ついでに言うと、ここでは新しい命は、生まれない】
「へぇ現状、ここで暮らす人たちは、不老不死なのね。【えっと、それだといずれ……土地が足りなくなりそうだけど、大丈夫なのかしら?】」
【ちょっと人口密度は上がってきた感じはするけれど、まぁ、
「そっか。【まぁ、不自由してないのなら、いいんじゃないかしら? この世界のこと、まだまだ謎も多いけど……かなり理解できたわ。そうだ、ソダーユさん、あなたからも私に聞きたいことがあったら、何でも聞いてちょうだいね?】」
【あぁ、じゃあ、遠慮なく。その
「【あらソダーユさん、お目が高いわね! そうでしょう、でもこれ、水に弱いラピスラズリとは違って、濡れても破れたりはしないわよ。これは、下に着ている服が濡れたり汚れたりするのを防ぐためのものなの、
【はぁ、『エプロン』か。ぜーんぜん、馴染みのない言葉だなあ】
「【なら、ぜひ
【わかった、覚えておく。で、そのエプロンとやら、ラピスラズリよろしく、高く売れるんじゃないか? 本当に綺麗な青色をしているからなあ。売ればきっと、ありったけの酒と肉が買えるだろうなあ……】
「いや、売らないわ。【ここがちょっと、変色しちゃってるし……】」
「おーい、パトリシアさん、何を売らないんだ? さっきから日本語が聞こえてこないぞー? 真面目にやってくれないかー?」
が、パトリシアには、聞こえていないようだ。
【いやいや、そんなに気にするほどでもないって!】
「【いや、でもやっぱり、これは大事なものだから、やめておくわ。実を言うと、これを手放すくらいなら……死ぬ方がマシってくらい。それに私の住んでいる世界、と言うより……時代? そう、『時代』が正しいわ! 私のやってきた時代では、ラピスラズリはそれほど高価なものではなくなったことだし……ねぇ、そんなことより、そこの壁ににちょこっと見えてる、青色のやつが気になるんだけど。あれ、何かしら?】」
パトリシアが、岩壁の中にほんのわずかに確認できる、青い輝きを指差す。
するとソダーユは太鼓腹を揺らしながら、青色に近づき、
【ん? どれどれ……あっ! これは、ワジュ・ケペレルっ! これはひょっとすると……ワジュ・イーパに繋がっているかもしれないぞ……】
と、わけのわからない単語を並べた。
「なんだ、太鼓腹。ワジュワジュうるさいぞ?」
「『ワジュ・ケペレル』は青い、
正確な意味は、パトリシアにも、わからないようだ。
【そうだなぁ……。見ててもらえば、わかる】
ソダーユはそう言って、近くにあった
そして一振り。
\カーンッ!/
岩が崩れ……
コロっと、瑠璃色の玉が一つ、転がり落ちる。
パトリシアが、それを拾い、
「【この玉っころは、なぁに?】」
と、ソダーユに尋ねる。
【それが、
パトリシアが、瑠璃色の玉をくるり
茶色い六本の脚が、折り畳まれるようにして、体に埋まっている。
「
思わず母国語が出る、マルチリンガルのパトリシア。
裏側はともかく、表面の方は、美しい深い青色をした、ゴルフボール大の、丸い甲虫。
ソダーユは、鶴嘴をせっせと振り、次々と瑠璃玉を掘り起こしていく。
\カーンッ!/\カーンッ!/
\カーンッ!/\カーンッ!/
一つ、二つ、三つ、四つ……まだまだ出る。
見えている青色は、転がり落ちてなくなるどころか、掘れば掘るほど、どんどん広がっていく。
「太鼓腹がこんなに真面目に働いてるの、初めて見たなぁ。こりゃ相当すごいのがあるってことだ」
「【こちらの男の人が、ソダーユさん、今までになく一生懸命働いてるって言ってるわ】」
パトリシアが、やんわりと訳してやる。
【へへへ、そりゃどうも。何たって、この金鉱山には、
ソダーユがそう解説すると……
「えーっと、『この金鉱山には、
パトリシアが、完璧に通訳してみせる。
「ケッ、なるほどねぇ。黄金がたくさん取れたら、大好物の酒や肉も手に入るってわけだ。太鼓腹らしいよ。でも、黄金の塊はいつになったら出てくるんだ」
だがソダーユには聞こえていないので、構わず鶴嘴を振るい続ける。
\カーンッ!/
\カーンッ!/
それまで、鶴嘴が弾かれる音は甲高かったのだが……
\ギャーン!/
突如、鈍い音に、変わった。
それに……
\ポコポコポコ……/
また別な、奇妙な音もする。
【あっ、これは…………まずい!】
ソダーユが、鶴嘴を振る手を止める。
「おっ? ついに黄金ザクザクが見れるのか?」
「ねぇ、
「ああ、
そう言って部下二人が、静かに
ソダーユは、鶴嘴をその場に落とす。
パトリシアも、青色から、そっと距離をとり始める。
【俺っち、
ソダーユがそう叫ぶと、
ソダーユの言葉を理解していない者も含めて全て、
野生の勘で危険を察知し、
全速力で走り出した!!
\\\ギャオース! ポコポコポン!///
という、非常にヘンテコな鳴き声の後、
巨大な青い背中がくるりと一八〇度回転し……
体長ゾウさん並み、
スカラベ女王は、六本足で
小さいスカラベも、女王に追随して、羽を広げてブンブン飛んでくる!
【まさか女王がいるなんて!】
【あ、言い忘れてたけど】
【気をつけて!】
【小さい方の】
【
【穴があったら】
【どこへでも】
【飛び込む習性があるから!】
【口をぽかっと】
【開けていると】
【入ってきちゃう!】
息を切らし、細切れにしか話せないソダーユ。
相変わらず太鼓腹を揺らすが……
走りは、意外と速い。
「え! それも通訳、しろってことぉ? ぽっちゃり中年、おばさんに、走らせながら、喋らせないでよ、息切れが、酷いんだからっ! ソダーユさんは、『小さいスカラベは穴という穴に突っ込む習性があるから口を開けっぱなしにすると危ない』…………ゼェ、ゼェ、と言ってるわ! って今……通訳してる! 私が! 一番口を! 開けてるじゃないのぉー! 来ないでスカラベちゃああん!!!」
真面目なパトリシアは、必死に逃げながら、通訳も忘れない。
「ねぇ、ソダーユさん、というか、パトリシアさん、あのポコポコポコっていうヘンテコな音は何?」
「|You take the biscuit!《あなたサイテーよ?》 【あのポコポコいってる音は何なの?】」
【ああ、あのポコポコ】
【言ってるのは】
【女王スカラベの】
【鳴き声!】
【助けを呼ぶ時に使う!】
【あの音に】
【スカラベたちは】
【集まるんだよ!】
「女王の、鳴き声だって! スカラベの、おチビちゃんは、あの音に、寄っていくんだって!! アンタいつまで追ってくるのよぉおおお!!!」
パトリシアの嘆きが響く中……
「ああ! パトリシア! 愛しのパトリシアよ! どぉこへ行ってしまったんだーっ!!!」
聞き覚えのある声がした。
そう……
スバルだった。
〈第27話『或る手記③モロッコの青い町』に続く〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます