第25話『疑惑の女帝』

 ミサイルと原子力潜水艦三隻の獲得の目処めどが立ったアザレス・雨寺あまでらは、次に人工降雨の方法を探し始めた。


「へぇ、世界でも特に人工降雨の研究が盛んなのは……中国なのね。なんか、イメージ通りかも。えーっとどれどれ?」


 アザレスは、とあるネット記事を読み上げる。


——二〇〇八年の北京オリンピックでは、雲の種シーディング物質としてヨウ化銀を積んだロケット一〇〇〇発以上が発射された。雨雲は、北京市内に流れてくる前に霧消むしょうしたのか、真偽は定かでないが、とにかく開会式当日は、快晴だった——


「ほぉ、なるほど。で、中国が相手となると……国家主席の習近平さんに掛け合えってこと? うーん、どうだろう……」


 アザレスは、叔父アッシーシの力を借りて、接触を図ったが……


 ダメだった。


 国家主席ナンバーワン相手に、第一副首相ナンバーツーでは、力不足だったようだ。


 ネットサーフィンを続け……


「あ、この記事! ロシアも人工降雨、やってるじゃない!」


——二〇〇六年開催のG8ジーエイトで、プーチン首相はロシア空軍に命じて人工降雨を実施したと発表している。しかしその二年後の二〇〇八年の人工降雨実験では、雲の種シーディング物質としてセメントを使ったが、うまく粉状にならずかたまりになって、モスクワに、落ちた——


「なんだ、失敗してるじゃない! というか、この頃はまだ、G『8』だったのね……」


 その後もめげず、さらに情報収集を続け……



 の月日が経った。



「よし! やっとだわ! やっと見つけた! 何よ、日本にもあるじゃない! 東京に! 灯台もと暗しって、このことよね!」


 アザレスがやっとの思いで辿たどり着いたのは、『ダム』だった。


 奥多摩湖おくたまこにある小河内おごうちダム。そこには、ヨウ化銀を使った人口降雨施設、『小河内発煙所おごうちはつえんしょ』があると、判明したのだ。次なる課題は、どのようにしてそこへ入るか、ということだったのだが……


「でもって、こちらの都知事さん……私にとって、とんでもなく好条件の相手だわ!」

 アザレスは、「小池百合子」の経歴を見て、そう叫んだ。



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一九七六年 大学文学部社会学科卒業


一九八二年 単著『振り袖、を登る』


一九八三年 単著『3日でおぼえる語』


一九八八年 テレビ東京『ワールドビジネスサテライト』初代メインキャスター


一九九二年 参議院議員初当選


一九九三年 衆議院議員初当選


一九九九年 経済企画総括政務次官せいむじかん


二〇〇三年 大臣


二〇〇四年 環境相に加え、内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策)も兼任


二〇〇七年 大臣


二〇一〇年 自民党総務会長そうむかいちょう


二〇一三年 ルノー社外取締役


二〇一六年 東京都知事就任

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「キャスターに始まり、政治家に転身。国務大臣を歴任、党三役とうさんやくまで。へぇ、すごい経歴ね。同じ女性として尊敬するわ……。二〇〇三年には、毎日新聞実施の衆議院議員に対するアンケートで、日本の核武装について『国際情勢によっては検討すべきだ』と回答……ミサイルアレルギーでもなさそう! そして、中でも特に注目すべき点は…………エジプトカイロ大卒業! ふふふふふ……カイロ大を卒業したか否かが、定期的に疑われるですって? 今は五月末、もう少しで前回の東京都都知事選から四年が経つ。小池さんっ! 君に決めたっ!」



✴︎✴︎✴︎



__ꙮ二〇二〇年 六月 コロナ禍 ꙮ__


 東京都知事の小池百合子が、テレビ局のマイクに向かって……


「ノー、三密さんみつ! みなさん、三つの密を避けて行動を!」


 と、マスク越しではあるが、確かにハキハキと、語りかける。


「都知事! 三つの密について、改めて、ご説明をお願いいたします!」

 記者が、やけに仰々ぎょうぎょうしく問う。


「ええ、もちろんです。三密とは…………一つ! 換気の悪い『密』閉空間。二つ! 多くの人の『密』集する場所。そして三つ! 近距離での『密』接した会話。みなさま、これら三密の回避を徹底して、ウィズ・コロナ時代を、ともに乗り切りましょう!!!」

 

 カッコよく、決まった。


「小池さん、最後にもう一つ! 女帝小池百合子は、『来たる都知事選では再選を目指す』ということでよかったでしょうか?」

「えーっと、この後かありますので、申し訳ありませんが、これにて失礼します。では」

「ちょ、ちょっと! 小池さん! お答えください!」

「あ! 密です! 離れてください! すみません失礼しますー」


 小池百合子は、記者の制止を振り切り、東京都庁に向かった。



✴︎✴︎✴︎



__東京都庁 第一本庁 七階 都知事執務室__ 


 大きな本棚の前で、上等なソファに背筋をピンと伸ばして座る、都知事小池百合子。


 水晶クリスタルのようにピカピカに輝くアクリル板を挟んで……


 向かいのソファに座るのは、例の面会の相手、アザレス・雨寺。


「えーっと、アザレス・雨寺さん。今日は東京都庁にお越しいただきまして、ありがとうございます。あの、お言葉ですけども……感染拡大防止のために、マスクの着用にご協力を……」

 小池百合子は、ノーマスクのアザレスに、そう注意する。


「え? 必要ですか? 小池さんの方こそ、そんなに顔を隠して……まるで、厳格なイスラム教信者ムスリムのようなことをおっしゃるんですね」

 と、答える、ムスリムであるはずのアザレスなのだが、彼女はノーマスクな上に、薄手の黄色いワンピースからは浅黒い肌がのぞき見えており、肌を覆うものヒジャブまとっていない。頭には、フードの代わりにいつもの青いカチューシャ、である。


「は、はぁ……。まぁ、努力義務ですから、強制はしませんが……」

「そうですよねー」


 気まずい空気が流れる……


 ……のは、アクリル板がへだてる空間のうち、小池百合子のいる側だけのようだ。


 アザレスは、ガンガン攻める。

 

「あっ、小池さん、その海を越えし青ウルトラマリンのジャケット、素敵ですね。私のカチューシャと、お揃いの色です!」

 と、アザレスはまず、小池百合子のお召し物を褒めてみせる。


「それはどうもありがとうございます。綺麗な瑠璃色フェルメール・ブルーだと、自負しています。えー、これはですね、ちょうど二十年ほど前だったかしら、当時の総理、森喜朗よしろうさんと一緒に、ロシアのプーチンさんにお会いした時に着て以来、長い間お気に入りの一着なのよねぇ。あれ、もうあれから二十年経つの? 懐かしいわぁ」

 小池百合子はそう言って、思い出にひたる。


「お気に入りになったって言うと、何か、特別な思い入れでもあったんですか?」

「だってこれは、あのプーチンさんと会った日に着ていた服ですよ? そりゃあ特別です。プーチンさんが出席する会合では、誰だって気合が入ります。あのお方の横でリラックスしてドンと構えていられるのは……今ならトランプさんか、習近平さんか、イーロン・マスクか、スティーブン・セガールくらいじゃないですか?」

「その錚々そうそうたるメンバーには、モハメド・フセインさんも加えるべきですね」

「はぁ、モハメド・フセインさん? どなたかしら?」

「やだ、小池さん、あのモハメド・フセインさんをご存知でないんですか?」

「え、ええ、知らないわ。少なくとも、アラブ系の方だろうってことだけは、名前の響きからわかりますけど」

「じゃあ、後で調べておいてくださいね」

「別にいいですけど……今、教えてくれないんですか?」

「はい、一旦、秘です!」


 アザレスの小ボケに、やや不穏な空気が流れるが……


「……えっと、ちょっと、雨寺さん、もしかして、私のこと、イジってます???」

「はい!!! もちろんです!!! 小池さんと、親になりたいので!!!」

「ふふ、雨寺さんあなた、面白い人なのね。じゃあせっかくなら……『密ですゲーム』、一緒にやりますか?」

「え! いいんですか!? ぜひぜひ、やりましょう! まさか、小池さんご本人と一緒に『密ですゲーム』ができるなんて、夢にも思っていませんでした! 意を決して来た甲斐がありました!」

「うふふ、大袈裟おおげさねぇ」




 なんとアザレス・雨寺は、他愛もない会話と『密ですゲーム』を通して、東京都知事小池百合子と月関係を築くことに成功した。


 LINEも交換した。


 インスタ(本垢)も。


 そしてアクリル板は、小池百合子の指示で、部下によって撤去された。


 まさに……



 \\\密です!!!///



「ねぇ、小池さん……あなたのこと、ユッティーって呼んでいい?」

 アザレスは、やぶから棒にそう提案した。


「ゆ、ユッティー!? この歳にもなって、そんな可愛いらしいニックネームは……」

 小池百合子は、やや困惑している。


「似合いますって! ユッティー! ぴったしです!」

「わ、わかったわ。雨寺さんがそんなに言うなら……」

「あ! せっかくならその『雨寺さん』もやめましょう! 私のこと、何かもっと、親しみやすいあだ名で呼んでください!」

「雨寺さんのあだ名、かぁ。んー、そうねぇ…………あ! 『アズちゃん』なんてどうかしら?」

「アズちゃん! いい響きですね! ぜひそれで、お願いします!! で、早速呼びますけど……ユッティー、それよりも本題です!」

「ああ、人工降雨装置の件ですね。でも、あれがどうしたって言うんです? 今や東京都の公式ホームページにも載っているくらいの情報ですから、それこそ秘なんてありませんし、私に聞いても、何か出てくる訳でもありません」

「へぇ、そうですか。あ、ちなみにそれ、ホームページのどこで見れます?」

「都政レポートの『渇水への備え 人工降雨装置ってどんなもの?』というタイトルの記事です。よければ、URLでも送っておきましょうか? LINEで」


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『渇水への備え 人工降雨装置ってどんなもの? 東京都』

https://www.koho.metro.tokyo.lg.jp/diary/report/2022/12/19/01.html

ꙮꙮꙮꙮꙮꙮꙮꙮꙮꙮꙮꙮꙮꙮꙮꙮꙮꙮꙮꙮ


「で、私が今日きた理由なんですけど、単に人工降雨装置の情報が知りたいってだけじゃなくて……」

「じゃなくて、何? アズちゃん?」

、来たんです!!!」

「やっぱり、そうよね。そんなことだろうと思っていたわ」

「え、バレてたんですか?」

「ええ、もちろん。アズちゃんのことは、面会するにあたって、事前に色々と調べさせてもらいましたからね」

「げっ! さすがユッティー! で、何を調べたんです!?」

「あなたの家族について、よ。なんでもアズちゃんのお母様、雨寺瑠神あまてらるかさんは、雨乞いの巫女みこというのをやっているらしいわね。その娘であるアズちゃんが、『人工降雨装置を使って科学的に、実際に雨を降らそう』と考えるのは、なくはない話です」

「なるほど、そうでしたか」

「ええ。そして……それだけじゃありません。あなたの叔父様のことだって、調べたんですからね?」


 それを聞いたアザレスは、「食いついた!」と言わんばかりの日月型の笑みを、ニヤリと浮かべる。


「なんてこったー! まさか叔父様のことまで!?!?!?」

 アザレスの、大袈裟な、反応。


「はい。次期エジプト大統領候補のアッシーシさんのことは、よぉく調べさせていただきましたよ? そこで!!! 取引といきましょう」

「取引? というと?」

「うふふ、もう演技はいいですよ、アズちゃん。せっかくこれだけ、親になったんですから」

「あ、そうですね。全てお見通しかぁ、あはは……」

「で、人工降雨装置の技術提供の条件ですが……六月一八日に、東京都知事選の告示が出ます。二期目突入に向けて、それまでにあらぬ疑いは払拭ふっしょくしておきたい、というわけです。この言葉の意味は、もうおわかりですよね?」

「ああ、カイロ大卒業の……」

「そーう!!! もー、選挙前になったらいっつもいっつも、私のカイロ大卒業を疑う報道があっちこっちで流れるの! 本当にイヤになっちゃうわ!!!」

「大変ですよ、ね……」

「本当大変よ! 何度も卒業証書を見せてるのに! 押入れの奥にしまってあったのが、今ではすっかり自宅のオブジェになっているんですからね! 飾りたくもないのに!!!」

「ユッティー都知事閣下……心中お察しします」

「で、今回という今回は、今後同じ面倒ごとが起きないように、大きく出ようと思うんです!」

「大きく出る? あ、まさか……」


「そう、そのまさかです。アズちゃんの叔父様の伝手つてで、カイロ大から直接、声明文を出すようにお願いしてもらえないかしら?」

 小池百合子ユッティーの顔は、真剣そのものである。


「そう来ましたか……。わかりました、お安いご用です!!!」



🌙🌙🌙



 小池百合子との面会の直後。


 アザレスは、すぐさま叔父アッシーシに電話で連絡した。


「叔父様、そういうわけで、ユッティー……じゃなくて、ミズ・コイケの名誉のために、カイロ大に掛け合ってもらえないかしら?」

 アザレスは、子猫のような声で、叔父に懇願する。


「……わかった。お前の言う通りに、しよう。それくらいは、お安いご用だ。くれぐれもこの件は、他には内で頼むぞ?」

 アッシーシは、快諾する。


「うんわかってる、もちろん秘よ! ありがとう叔父様! 愛しているわ!!!」



 こうしてエジプト・カイロ大学は、二〇二〇年六月八日、学長モハメド・オスマンエルコシト教授の名で、「小池百合子氏が一九七六年十月にカイロ大学文学部社会学科を卒業したことを証明する」並びに「卒業証書はカイロ大の正式な手続きにより発行された」という二つの声明文を出した。駐日エジプト大使も非公式にではあるものの、カイロ大の声明文を、翻訳して公開し、支持する運びとなった。そしてやはり小池百合子自身も、毎度のごとく、卒業証書の原本を公開した。


 投開票日の七月五日、小池百合子は、東京都知事選にて無事再選し、二期目に突入。


 そしてアザレスは……


 人工降雨の技術を、小河内発煙所おごうちはつえんしょを設計した科学者、奥珠子おくたまこから、提供してもらえることとなった。


〈第26話『黄金の青盤脈あおばんみゃく』に続く〉

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