第24話『ソマリアの海賊』
【注意】本作は、実際の出来事に少なくない妄想を加えた、フィクションです。
__二〇一三年 七月二七日 北朝鮮
見渡す限りの、人。
数千人からなる
アザレス・雨寺がいるのは、
「いやぁ、フセインさんとお友達になれなかったら、私は今、絶対にここにいなかったと思います。本当に助かりました。まさかこんなに簡単に、訪朝が叶うなんて……」
アザレスは両手を使って、フセイン氏の大きな右手を
「いやいや、これくらいは礼には及ばない。それにしても……アンタのその
フセイン氏は、アザレスの金色のミディアムヘアを指して、そう言った。
「私なんかがフセインさんのような方に姿を重ねてもらえるなんて、光栄です」
「ダァーッはっはっは! なんだ、堅苦しいなぁ、もっと馬鹿になれ! ま、俺もアンタも、北朝鮮を正しく理解しようとする、という意味では仲間なわけだ。そう
フセイン氏は豪快に笑い、アザレスの背中をかなり強めに叩く。かなり強いのだが、アザレスは痛がることもなく、むしろ、嬉しそうにさえ見える。
「はい、仲間、ですね! それで、あの……ずっと聞きたかったんですけど、フセインさんは、どうして何度も北朝鮮を訪問するんですか? 政府からは、反対の声も少なくないって聞きましたけど……」
アザレスの歯に
「彼らは、核の脅威に
「北朝鮮の周辺国よりむしろ、北朝鮮自身こそが、核の脅威に晒されている、というメッセージなんでしょうか」
「ああ、おそらく、そうだろう。日本人の多くは、悲しいことに、彼らを大きく誤解している。もちろん、無実の人間の
「やっぱり、そうですよね。九年前に
「人っていうのは、実際に会って話してみないと、わからないものだ。特に、自分が敵だと
「はい。フセインさんの言葉には、本当に、共感しかありません。今日だって、
「ところで、そのお願いとやらは、いったい何なんだ? さっき、アンタら若いのたちがコソコソ話しているのを、つい気になって、ずっと遠くから見ていたが……」
「それは、秘密です」
「そうか、秘密か。うむ、いいだろう。人間、秘密の一つや二つ、いや三つくらい、あったっていい。その方が、スリルもあって、人生が一段と楽しくなる。何を企んでいるのか知らないが……まぁ、この先何があっても、
༄༄༄
訪朝から数日後。アザレスはなんと……
インド洋の真っ只中にいた。
金兄妹らにミサイル提供の確約を取り付けたアザレスは、次はミサイル打ち上げのための原子力潜水艦を手配するべく、
「皆さん! 頑張って! こっちまで泳いで!」
アザレスが、叫ぶ。
彼女は、海を漂う乗客たちを鼓舞し、決死の救助に励んでいた。
絶海の遭難者たちが、一人、また一人と、着実にビニールボートに引き揚げられていく。
幸い、皆無事のようだった。
そしてそこに……
「見ろ! 船だ!」
「本当だ! 漁船か? 俺たち、助かるぞ!」
「不幸中の幸いっていうのは、このことを言うのね!」
ずぶ濡れの遭難者たちは、歓喜する。
彼らの視線の先には確かに、一隻の、そこそこの大きさの船が見える。
船の
「待って、あの船に乗っている人たち…………
アザレスは、もはや海水か汗かわからない塩辛い液体を額に垂らしながら、そう叫んだ。
「なんだって?
老人が、聞き間違えて、そう言った。
「違うわよ、カラシニコフ! あの赤茶色の銃身のアサルトライフルが、目に入らないわけ!?!? あっ! 構えた!! 皆さん、伏せて!!」
皆が、訳もわからず、アザレスに言われた通りに身を
\ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!/
と、自動小銃の銃声。
「おい! なんで撃ってくるんだ? 漁船が助けに来てくれたんじゃないのか!?」
「わっ! ボートを
「くーっ! 一難去ってまた一難っていうのは、このことを言うのね!」
絶体絶命、である。
「漁船が遭難者を銃で撃つ訳ないじゃない! あれは……海賊よ!! ソマリアの海賊! 聞いたことあるでしょう?」
アザレスは、皆に、そう知らしめる。
すぐそばまで来た、ソマリアの海賊たちは……
笑っている。
海に漂う人間を的にして、ゲーム感覚で楽しんでいるのだ。
「おい誰か! 奴らにやめるよう説得できる人はいないのかよ!!」
「もう、おしまいだ!」
「あーっ! 猫ちゃんがいれば! もはや猫ちゃんの手も借りたいくらいだわ!」
少しばかりクセ
「猫はいないけど……
アザレスが、そう言いながら再び、不安定なビニールボートの上で、立ち上がる。
「はぁっ!? こんな時に冗談言ってる場合……いや待て、あんた……よく見るとまるで、
「おーっ!?
「猫! やった! それも、強い猫!!」
皆、
「ええ、そうよ! この
アザレスは、グニョグニョとうねる足場をものともせず、直立し、胸元の青い石を
「おい! そこの
ソマリアの海賊の船長らしき男が、下品な言葉遣いで、アザレスに話しかける。その肩には、カモメのような鳥が、ちょこんと乗っている。
「鼻につく言い方するのね……あなたたち! どうしてこんなことをするわけ!? 遭難者狩りなんかして、楽しいわけ?」
アザレスは負けじと、威勢よく言葉を投げる。
「俺たちは、復讐してるんだよ!」
「復讐!? 誰に? どうして?」
「復讐ってのはそりゃあ…………」
船長はやや
「えーっ? なになに? 聞こえなーい! 海賊ならもっと堂々とハキハキ喋りなさいよっ!」
アザレスが、
「ヨーロッパのクソ企業どもだよ! 女房も、息子も、
「ど、どういうわけ!? 殺された? 訳ありなら……ぜひ事情を聞かせてちょうだい!」
「奴らは、俺たちの土地を最終処分場か何かと勘違いしている。核廃棄物を、俺たちの漁村に、故郷に、大量に埋めやがったんだ! それで……何百何千、いや何万人と、放射性障害とか、白血病とか、よくわかんねぇ病気で、苦しんで……苦しんで……亡くなっちまった…………」
船長は
「そうだったのね……。事情はわかったけど、罪のない人まで襲うのはいけないわ」
「そう、だな」
「あ! いいこと思いついた! それならあなたたち、こんな海賊行為よりも、
「なんだ? いいことってのは。儲かる話か? 漁村のみんなの病気を治すのには、
「ええ、お金なら、たんまり出すわ!
「ん? 何か言ったか?」
「いや、何にも!」
「そうか。いかにも嘘っぽいが……金が手に入るなら、一応聞いてやらんでもない。
「泳いで……なのね。わかったわ! 今行くから、待ってなさい!!」
アザレスは、決して穏やかとは言えない海に、飛び込んだ。
なんとか、ソマリアの海賊の船に、
すると船長が、意外にも、アザレスに手を貸して、引っ張り上げてやった。
「金獅子よ、お前、根性のあるやつだな。本当は的にして撃ち殺してやろうかと思ったが、少しくらいなら……話を聞いてやったっていいんだからな!?」
「何それ、日本の漫画やアニメでありそうなセリフ……」
「ん? 何か文句でもあるか?」
「いえ、ないわ。ありがとう、感謝するわ」
「で、
「ミサイルよ」
アザレスはそう言うと、ニッと口角を上げ、腕組みする。
「み、ミサイル、だと!?」
「ええ。あなたたち、ミサイルの打ち上げに興味ない? そこのあなたが抱えているちっぽけなロケットランチャーの先っちょよりも、遥かに大きな弾頭を備えた、ミサイル」
「お前……ミサイルを、持っているのか?」
「ええ、近々、手に入るの」
「ま、まさか……。おい! 野郎ども! 聞いたか? この金獅子は、ミサイルを持っているらしいぞ! だが、そんなものを、どうして?」
「実は私、北朝鮮の
「主賓で北朝鮮の式典に出席!?!? なるほど……それはもっともらしい理由だな。ミサイルの話、
「ええ、もちろん。まず、
「ほうほう。日本へ、行くんだな! 俺たち、日本の素晴らしい車を使っているぞ! トヨタだ! トヨタの車の荷台に、それはそれはでっけぇガトリングを積んでいるんだ。イカすぜ? おい野郎ども! 日本もトヨタも、大好きだよな??」
すると船員たちは一斉に、
「「「「はい船長! トヨタ! サイコー! ニホン! アイシテル!!!!」」」」
と、カタコトの、だがハキハキとした日本語混じりに、叫んだ。
「で、金獅子よ。肝心の打ち上げは????」
「打ち上げには、高性能の潜水艦が必要なんだけど、それは今、ちょうど、あなたたちが邪魔してくれているたった今、エジプト・アラブ共和国国防大臣兼エジプト軍総司令官を務めている私の叔父様に、手配してもらおうと向かっていた道中なのよねー。あ、潜水艦の方は、ちょーっと時間がかかりそうな予感がしてるけど……」
アザレスが、嫌味っぽく、淡々とそう告げると……
「「「「エジプト軍総司令官!?!?!?!?!?」」」」
と、船長含め、海賊たちは皆、おったまげた。
「ええそうよ。ついこの間、七月の頭だったかしら、第一副首相にもなったわ。私の叔父様は、次期大統領候補なのよ!」
「なんと……。金獅子よ、それはそれはそれはそれは……災難だったな! よかったら、エジプトまで……とはさすがにいかないが、俺たちが行けるところまで、届けるぜ!」
「ほんとう? それは助かるわ! ちなみに……他のみんなも、乗せてもらって、いいかしら?」
「いいとも!! もちろんだ! なんたって、ミサイルを打ち上げるには、エジプトにいるハイクラスな叔父様とやらのところへ行って、潜水艦を調達しないといけないんだろう? 俺たちだって、
「「「「はいっ! 船長!」」」」
海賊たちは、よほどミサイルにお熱のようだ。
「わぁ、やったぁ! なら決まりね。じゃあ、ビニールボートの方まで、この船を寄せてもらえるかしら? みんなが乗り込めるように!」
その後、アザレスら海の遭難者たちの身柄は、ソマリアの海賊たちによって、
⚓︎⚓︎⚓︎
__エジプト
ソマリアの海賊との思わぬ出会いの翌日。
アザレスはエジプトに着くや否や、叔父アッシーシに、潜水艦の
「じゃあ叔父様、そういうわけで……潜水艦を用意して欲しいの!!!」
豪奢な一人がけソファ。
そこに腰掛けるアッシーシ。
目の前で、
膝をつき、
両手を握って、
上目遣いで、
今だけは獅子ではなく、
子猫のような目をして、
訴えかける
強い。
とても、強い。
「あーっ! 無理だ……とは言えまい! むぅ……我が弟カートバークの無念を晴らすためにも……」
「そうよね? そうよね!!! お父様のためにも! なら、とっておきの潜水艦を、お願いね!!!」
「とっておき、となると……やはり原潜になるか。長期の潜伏を見据えるなら、航続距離は
「まぁ! 原子力潜水艦を用意してくれるの!?!?!? 日本の自衛隊も持っていない
「なら、原潜を一つ手配……」
「だめよ、叔父様」
「なぜだ? 気が変わったか?」
「三つ」
「へ?」
「三つよ。三つ、用意して?」
「え!? アザレスよ、いくら可愛い姪っ子のためと言えど、原潜三つはさすがに……」
「ねぇ叔父様、偉大なる
「くっ……わかっ、た。そうしよう。約束しよう。これは、ますます大統領になる意義が生まれたというものだ……」
「おじさま!!! 愛しているわ!!! 三つの原潜のことは、しっかり秘
叔父は、可愛げのないおねだりをする可愛い姪に、屈した。
アザレスは、口元に横倒しの三日月を浮かべた。
〈第25話『疑惑の女帝』に続く〉
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