第24話『ソマリアの海賊』

【注意】本作は、実際の出来事に少なくない妄想を加えた、フィクションです。




__二〇一三年 七月二七日 北朝鮮平壌ピョンヤン__


 おびただしい数の赤い星の旗が掲揚けいようされた金日成キム イルソン広場では、朝鮮戦争休戦六〇周年記念行事が開催されていた。

 

 見渡す限りの、人。


 数千人からなる集団体操マスゲームの演舞は、巨大な一枚絵となって、その姿を目まぐるしく変幻させていく。

 

 アザレス・雨寺がいるのは、主賓しゅひん席。彼女は、キム兄妹と科学者朴東発パク ドンパチにミサイルを提供してもらうために、北朝鮮を訪れた。隣には、身長一九〇センチメートル越えの大男。彼の名は、モハメド・フセイン。日本では参議院議員を務めている大物政治家だが、アザレスは彼と、イスラム教徒ムスリムの同胞のよしみで、親交を深めたのだった。


「いやぁ、フセインさんとお友達になれなかったら、私は今、絶対にここにいなかったと思います。本当に助かりました。まさかこんなに簡単に、訪朝が叶うなんて……」

 アザレスは両手を使って、フセイン氏の大きな右手を包み込んで、感謝の握手をする。


「いやいや、これくらいは礼には及ばない。それにしても……アンタのその金獅子きんじしのような風貌ふうぼうを見ていると、若い時の自分を思い出す」

 フセイン氏は、アザレスの金色のミディアムヘアを指して、そう言った。


「私なんかがフセインさんのような方に姿を重ねてもらえるなんて、光栄です」

「ダァーッはっはっは! なんだ、堅苦しいなぁ、もっと馬鹿になれ! ま、俺もアンタも、北朝鮮を正しく理解しようとする、という意味では仲間なわけだ。そう謙遜けんそんしなくても、いい」

 

 フセイン氏は豪快に笑い、アザレスの背中をかなり強めに叩く。かなり強いのだが、アザレスは痛がることもなく、むしろ、嬉しそうにさえ見える。


「はい、仲間、ですね! それで、あの……ずっと聞きたかったんですけど、フセインさんは、どうして何度も北朝鮮を訪問するんですか? 政府からは、反対の声も少なくないって聞きましたけど……」


 アザレスの歯にきぬ着せぬ問いに、フセイン氏は、すっと大笑いをやめて、難しそうな顔をする。


「彼らは、核の脅威にさらされている、からだ。さっきのパレードで、兵士たちが身につけていたベストに、放射能標識がかかげられていたのを見たろう? あれは、放射能汚染地域に派遣される除染部隊だろうが、その意味するところは……」

「北朝鮮の周辺国よりむしろ、北朝鮮自身こそが、核の脅威に晒されている、というメッセージなんでしょうか」

「ああ、おそらく、そうだろう。日本人の多くは、悲しいことに、彼らを大きく誤解している。もちろん、無実の人間の拉致らちなど、看過できない行動をとることがあるのも確かだが……そんな時は、私たちのような人間の出番だ」

「やっぱり、そうですよね。九年前に与正ヨジョンちゃんと正恩ジョンウン、それに東発ドンパチさんに会っていなかったら、今頃私も、偏見にまみれていたのかもしれません」

「人っていうのは、実際に会って話してみないと、わからないものだ。特に、自分が敵だと見做みなしている相手に対してこそ、深く知ろうとする姿勢が、必要だ」

「はい。フセインさんの言葉には、本当に、共感しかありません。今日だって、与正ヨジョンちゃんたち、私の無理なお願いを、快く引き受けてくれましたし……」

「ところで、そのお願いとやらは、いったい何なんだ? さっき、アンタら若いのたちがコソコソ話しているのを、つい気になって、ずっと遠くから見ていたが……」

「それは、秘密です」

「そうか、秘密か。うむ、いいだろう。人間、秘密の一つや二つ、いや三つくらい、あったっていい。その方が、スリルもあって、人生が一段と楽しくなる。何を企んでいるのか知らないが……まぁ、この先何があっても、




༄༄༄




 訪朝から数日後。アザレスはなんと……


 インド洋の真っ只中にいた。


 金兄妹らにミサイル提供の確約を取り付けたアザレスは、次はミサイル打ち上げのための原子力潜水艦を手配するべく、叔父おじアブドル・ファッターフ・アッシーシに会いに、エジプトへと向かった。しかし、アザレス他乗客数百名を乗せた飛行機は、原因不明のエンジンからの出火により、経由地ドバイの手前の、インド洋で制御不能におちいった。機長の手腕のおかげで、なんとか海に不時着水したが……


「皆さん! 頑張って! こっちまで泳いで!」

 アザレスが、叫ぶ。 

 

 彼女は、海を漂う乗客たちを鼓舞し、決死の救助に励んでいた。


 絶海の遭難者たちが、一人、また一人と、着実にビニールボートに引き揚げられていく。


 幸い、皆無事のようだった。


 そしてそこに……


「見ろ! 船だ!」

「本当だ! 漁船か? 俺たち、助かるぞ!」

「不幸中の幸いっていうのは、このことを言うのね!」


 ずぶ濡れの遭難者たちは、歓喜する。


 彼らの視線の先には確かに、一隻の、そこそこの大きさの船が見える。


 船の輪郭シルエットはだんだん大きくなるのだが……


「待って、あの船に乗っている人たち…………AK-47カラシニコフを持っているわ!」

 アザレスは、もはや海水か汗かわからない塩辛い液体を額に垂らしながら、そう叫んだ。


「なんだって? ?」

 老人が、聞き間違えて、そう言った。


「違うわよ、カラシニコフ! あの赤茶色の銃身のアサルトライフルが、目に入らないわけ!?!? あっ! 構えた!! 皆さん、伏せて!!」


 皆が、訳もわからず、アザレスに言われた通りに身をかがめた途端……


\ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!/

 と、自動小銃の銃声。


「おい! なんで撃ってくるんだ? 漁船が助けに来てくれたんじゃないのか!?」

「わっ! ボートをかすめたぞ! 穴が空いたら、海の藻屑もくずだぞ!!」

「くーっ! 一難去ってまた一難っていうのは、このことを言うのね!」


 絶体絶命、である。


「漁船が遭難者を銃で撃つ訳ないじゃない! あれは……海賊よ!! ソマリアの海賊! 聞いたことあるでしょう?」

 アザレスは、皆に、そう知らしめる。


 すぐそばまで来た、ソマリアの海賊たちは……


 笑っている。


 海に漂う人間を的にして、ゲーム感覚で楽しんでいるのだ。


「おい誰か! 奴らにやめるよう説得できる人はいないのかよ!!」

「もう、おしまいだ!」

「あーっ! 猫ちゃんがいれば! もはや猫ちゃんの手も借りたいくらいだわ!」


 少しばかりクセつよ混じりの、阿鼻叫喚あびきょうかん


「猫はいないけど……だったら、ここにいるわ」

 アザレスが、そう言いながら再び、不安定なビニールボートの上で、立ち上がる。


「はぁっ!? こんな時に冗談言ってる場合……いや待て、あんた……よく見るとまるで、金獅子ライオンのような風貌をしているじゃないか!!」

「おーっ!? か!?」

「猫! やった! それも、強い猫!!」


 皆、せわしくも、再び歓喜に湧く。


「ええ、そうよ! この金獅子きんじしことアザレス・雨寺に、任せなさいっ!! 私は、アラビア語ができるの。ソマリアの人も、アラビア語を公用語にしているもの、楽勝よ!」


 アザレスは、グニョグニョとうねる足場をものともせず、直立し、胸元の青い石をきらめかせる。


「おい! そこの金獅子きんじしみてぇなアマァ! おちょくってんのか? このカラシニコフとRPGロケットランチャーが見えないのか?」

 ソマリアの海賊の船長らしき男が、下品な言葉遣いで、アザレスに話しかける。その肩には、カモメのような鳥が、ちょこんと乗っている。


「鼻につく言い方するのね……あなたたち! どうしてこんなことをするわけ!? 遭難者狩りなんかして、楽しいわけ?」

 アザレスは負けじと、威勢よく言葉を投げる。


「俺たちは、復讐してるんだよ!」

「復讐!? 誰に? どうして?」

「復讐ってのはそりゃあ…………」


 船長はややうつむき、言葉に詰まる。


「えーっ? なになに? 聞こえなーい! 海賊ならもっと堂々とハキハキ喋りなさいよっ!」

 アザレスが、まくし立てる。

 

「ヨーロッパのクソ企業どもだよ! 女房も、息子も、村のみーんなが、奴らに殺されちまったんだよ! どうせお前らも、西の野蛮人の仲間だろう!? だから殺してやるのさ!!」

「ど、どういうわけ!? 殺された? 訳ありなら……ぜひ事情を聞かせてちょうだい!」

「奴らは、俺たちの土地を最終処分場か何かと勘違いしている。核廃棄物を、俺たちの漁村に、故郷に、大量に埋めやがったんだ! それで……何百何千、いや何万人と、放射性障害とか、白血病とか、よくわかんねぇ病気で、苦しんで……苦しんで……亡くなっちまった…………」


 船長はこうべを垂れ、涙ぐんでいる。


「そうだったのね……。事情はわかったけど、罪のない人まで襲うのはいけないわ」

「そう、だな」


「あ! いいこと思いついた! それならあなたたち、こんな海賊行為よりも、しない?」

「なんだ? いいことってのは。儲かる話か? 漁村のみんなの病気を治すのには、カネがいるんだ」

「ええ、お金なら、たんまり出すわ! を、やってくれたらね! えーっと、お金のことは……たぶん叔父様がなんとかしてくれる……」

「ん? 何か言ったか?」

「いや、何にも!」

「そうか。いかにも嘘っぽいが……金が手に入るなら、一応聞いてやらんでもない。金獅子の女メスライオンよ! 泳いでこっちに来い! もちろん一人でな!」

「泳いで……なのね。わかったわ! 今行くから、待ってなさい!!」


 アザレスは、決して穏やかとは言えない海に、飛び込んだ。


 なんとか、ソマリアの海賊の船に、辿たどり着く。


 すると船長が、意外にも、アザレスに手を貸して、引っ張り上げてやった。


「金獅子よ、お前、根性のあるやつだな。本当は的にして撃ち殺してやろうかと思ったが、少しくらいなら……話を聞いてやったっていいんだからな!?」

「何それ、日本の漫画やアニメでありそうなセリフ……」

「ん? 何か文句でもあるか?」

「いえ、ないわ。ありがとう、感謝するわ」

「で、ってのは、何だ? 早く言え!」


「ミサイルよ」

 アザレスはそう言うと、ニッと口角を上げ、腕組みする。


「み、ミサイル、だと!?」

「ええ。あなたたち、ミサイルの打ち上げに興味ない? そこのあなたが抱えているちっぽけなロケットランチャーの先っちょよりも、遥かに大きな弾頭を備えた、ミサイル」

「お前……ミサイルを、持っているのか?」

「ええ、近々、手に入るの」

「ま、まさか……。おい! 野郎ども! 聞いたか? この金獅子は、ミサイルを持っているらしいぞ! だが、そんなものを、どうして?」

「実は私、北朝鮮のキム一族と、それはそれは深い関係にあるのよ。つい先日は、式典にも参加したわ。しかも主賓しゅひんで」

「主賓で北朝鮮の式典に出席!?!? なるほど……それはもっともらしい理由だな。ミサイルの話、俄然がぜん興味が湧いてきた、もっと詳しく聞かせてくれ!」

「ええ、もちろん。まず、正恩ジョンウンが定期的に、日本海にミサイルを落と。私は事前に着水点ちゃくすいてんを知らされているから、あなたたちには、そこにミサイルの残骸を回収しに行ってもらう。積荷ペイロード部分にはミサイルの設計図とか、各種パーツとか、残骸を再利用するための諸々もろもろが入っている。それを日本の新潟、河渡新町こうどしんまちってところにある私の秘密基地へ運んで、組み立てる……どう?」

「ほうほう。日本へ、行くんだな! 俺たち、日本の素晴らしい車を使っているぞ! トヨタだ! トヨタの車の荷台に、それはそれはでっけぇガトリングを積んでいるんだ。イカすぜ? おい野郎ども! 日本もトヨタも、大好きだよな??」


 すると船員たちは一斉に、

「「「「はい船長! トヨタ! サイコー! ニホン! アイシテル!!!!」」」」

 と、カタコトの、だがハキハキとした日本語混じりに、叫んだ。


「で、金獅子よ。肝心の打ち上げは????」

「打ち上げには、高性能の潜水艦が必要なんだけど、それは今、ちょうど、あなたたちが邪魔してくれているたった今、エジプト・アラブ共和国国防大臣兼エジプト軍総司令官を務めている私の叔父様に、手配してもらおうと向かっていた道中なのよねー。あ、潜水艦の方は、ちょーっと時間がかかりそうな予感がしてるけど……」


 アザレスが、嫌味っぽく、淡々とそう告げると……


「「「「エジプト軍総司令官!?!?!?!?!?」」」」

 と、船長含め、海賊たちは皆、おったまげた。


「ええそうよ。ついこの間、七月の頭だったかしら、第一副首相にもなったわ。私の叔父様は、次期大統領候補なのよ!」


「なんと……。金獅子よ、それはそれはそれはそれは……災難だったな! よかったら、エジプトまで……とはさすがにいかないが、俺たちが行けるところまで、届けるぜ!」

「ほんとう? それは助かるわ! ちなみに……他のみんなも、乗せてもらって、いいかしら?」

「いいとも!! もちろんだ! なんたって、ミサイルを打ち上げるには、エジプトにいるハイクラスな叔父様とやらのところへ行って、潜水艦を調達しないといけないんだろう? 俺たちだって、ミサイルを打ちたい金が必要なんだ、できる限りの協力は、して当然だ! あぁ! ワクワクしてきたぜ! そうだよなぁ!? 野郎どもっ!!!!」


「「「「はいっ! 船長!」」」」

 海賊たちは、よほどミサイルにお熱のようだ。


「わぁ、やったぁ! なら決まりね。じゃあ、ビニールボートの方まで、この船を寄せてもらえるかしら? みんなが乗り込めるように!」



 その後、アザレスら海の遭難者たちの身柄は、ソマリアの海賊たちによって、紅海こうかいに停泊していたエジプト海軍の軍艦に、無事、引き渡された。この事件はのちに、『ソマリアの奇跡』として、世界中のメディアで大々的に取り上げられ、ソマリアの海賊たちの境遇が広く知れ渡るきっかけにもなった。




⚓︎⚓︎⚓︎




__エジプト 大統領府アブディーン・パラス アッシーシ第一副首相の執務室__


 ソマリアの海賊との思わぬ出会いの翌日。

 

 アザレスはエジプトに着くや否や、叔父アッシーシに、潜水艦のに勤しんでいた。


「じゃあ叔父様、そういうわけで……潜水艦を用意して欲しいの!!!」

 

 豪奢な一人がけソファ。

 そこに腰掛けるアッシーシ。

 目の前で、

 膝をつき、

 両手を握って、

 上目遣いで、

 今だけは獅子ではなく、

 子猫のような目をして、

 訴えかけるめいっ子は……


 強い。


 とても、強い。


「あーっ! 無理だ……とは言えまい! むぅ……我が弟カートバークの無念を晴らすためにも……」


「そうよね? そうよね!!! お父様のためにも! なら、とっておきの潜水艦を、お願いね!!!」


「とっておき、となると……やはり原潜になるか。長期の潜伏を見据えるなら、航続距離は半永久的な長い方がいい……」


「まぁ! 原子力潜水艦を用意してくれるの!?!?!? 日本の自衛隊も持っていない代物しろものね!!! 私、それがいいわ!!! うん!!! それがいい!!!」


「なら、原潜を一つ手配……」


「だめよ、叔父様」


「なぜだ? 気が変わったか?」


「三つ」


「へ?」


「三つよ。三つ、用意して?」


「え!? アザレスよ、いくら可愛い姪っ子のためと言えど、原潜三つはさすがに……」


「ねぇ叔父様、偉大なる角州、豊穣ほうじょうなるナイルデルタΔは何角形? ギザの大ピラミッドの側面は……何角形だったかしら?」


「くっ……わかっ、た。そうしよう。約束しよう。これは、ますます大統領になる意義が生まれたというものだ……」


「おじさま!!! 愛しているわ!!! 三つの原潜のことは、しっかり秘にしておくから、安心して調達してね??? よーし!!! そうと決まったら、あとは……人工降雨あまごいの手段ね。けてやるんだから!!!」


 叔父は、可愛げのないおねだりをする可愛い姪に、屈した。

 

 アザレスは、口元に横倒しの三日月を浮かべた。


〈第25話『疑惑の女帝』に続く〉

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