第19話『原潜と誘導弾と反逆者』

__二〇二四年一月二十三日 新潟県 獅子ヶ鼻ししがはな__


 パトリシアとスバルの失踪後。


 アランと新川は、誰もいない前国家に帰宅した。


 アランはドアを開けるや否や、

「ただいまー、って、えっ?」

 一時、思考停止して、

「部屋がぐっちゃぐちゃ」

 とボソリ。


「ああ、そうそう、先生の仕業。アランくんを迎えに行こうと思ったら、先生が一回帰ってきて、部屋中を荒らして、手紙を僕に押し付けて、また出ていったんだ。追いかけようとしたけど……」

「したけど?」


「こう言われたよ。『一生のお願いだ、追わないでくれ、追ったらお前がさんに好意を抱いてることをアランにバラすぞ』ってね」


 アランはニヤついて、

「へぇ。じゃあ、追えばよかったね」

 と、皮肉る。


 新川はケロッとしてしていたが、


「うん……え!? 最悪だ……」

 と、ボロが出たことに気づく。

 

 アランは新川の肩をポン、と叩き、先に部屋に入る。


 ダイニングの棚の引き出しは全部開けっぱなし。

 家中のシーリングライトのカバーが外されている。

 まるで泥棒にあったようなぐちゃぐちゃの室内。


 アランは、散らかった部屋を見て回りながら、

「ダイニングの棚と、部屋のライトと言えば……もしやお父さん、手帳を探してた?」

 と、推理する。


 そこで、


 テレビが勝手に点く。


〈——提供された映像によると、沖合四十キロメートルの日本海上で謎の飛翔物が……〉

 と、キャスターの声。


「なんだ、僕はリモコンを触っていないぞ? 電波異常か?」

 ボロが出た余韻もあって、やや取り乱す新川。


 テレビの画面には、海から飛び出る飛翔体が、爆発する映像。

 

「え! 待って、これ僕がドローンで撮った映像だ! なんでテレビで流れてるの? まさか、チーフ?」

 アランは反射的に、新川の方を睨みつける。


「おい違うぞ? 僕は映像を売ったりしてない! 神様仏様に誓うよ!」

 激しく否認する新川。


「じゃあチーフ、お父さんが小金こがね欲しさに、テレビ局に映像を売ったとでも言うの?」

「そういうわけじゃないって。他に映像にアクセスで来そうな人が、いるはずだよ」


「誰?」

「そうだ、弥彦山やひこやまの送信所にいる、先生の同僚とかが怪しいんじゃないのか? 先生のお仲間を悪く言うのは気が進まないけど」


「仲間ってわけでもないと思う。お父さんは政府の案件で臨時的に送信所で働いているだけだから、同僚とは所詮仕事の付き合いと考えれば……」

「それもそうか、きっとその人たちから、映像が流出したんだろうよ。先生研究の腕は良いのに、セキュリティとかには疎いからなぁ」


〈——海上保安庁の第九管区海上保安本部海洋情報部海洋調査課課長、兼次長代理の、アザレス・雨寺さんにお越しいただいております〉


 アランがテレビの音声に反応して、

「あ! アズさんだ!」

 と、画面を指差しながら叫ぶ。


 テレビには、いつもの金髪、いつもの青いカチューシャ、いつもの耳飾りをしたアザレスが映る。

 前国家で会った時よりも、ずっと真剣で、引き締まった顔をしているように見える。


「なんだって!?」

 新川は、部屋のあちこちをキョロキョロと見渡す。


「違うって、テレビに映ってるんだって」

「あぁ、そっちか。って、生中継!?」


 アランと新川は二人して、テレビに近づき、釘付けになる。

 テレビの画面の向こう側のスタジオでは、ヨーロッパ系だろうか、ハーフ風の男とアザレスが、一対一で問答をしている。


——————————————————————————— 

「——あれは、海上保安庁、海上自衛隊、気象庁共同の気象調整用の人工降雨ロケットの試験運転です。極秘任務につき、公への発表はありませんでしたが、事件性はありませんよ?」

「人工降雨ロケット? 雨寺さん、お尋ねしますが、そのような危険そうな響きのものを、不戦、平和を謳う日本が?」

「やだなぁ、ロケットはともかく、人工降雨なんて、日本も世界各国も半世紀以上前から、その研究に取り組んでますよ?」

「えっ、そうなんですか? へぇ、そうなのかぁ。私、無知なもので、詳しく教えていただけますか?」

「ええ。北京オリンピックを思い出してくださいよ。中国は、開会式当日を快晴で迎えるために、一千発以上のヨウ化銀搭載ロケットを、空に打ち込みました、ニュースにもなっていたと思いますけど?」

「あぁ……そんなこともありましたっけ? ですが、問題なのは、米軍の最新式のレーダーによると、その打ち上がったロケットの発射元は、日本の通常潜水艦でなく、エジプトの原子力潜水艦だという噂、なんですけども……えーっと、潜水艦の名前はなんでしたっけ? プルトニウム? プロレタリアート? いや、プレトリアンでしたっけ?」

「えっと、何をおっしゃっているんでしょうか。エジプトは、原潜げんせんなんて持っていませんよ? そもそも、米、英、露、仏、中、印以外に、原潜保有国はありません。海事に関わる者の中では、常識です」

「あー、そうでしたっけぇ? エジプトは、原潜を持っていないんですね」

「持っていないです」


 探り合いの会話が繰り広げられる中……


「ちょっと誰か! その人止めて!」

 と、叫ぶ声。

 番組関係者だろうか。


 そして画面内に、屈強な、浅黒い肌の黒スーツの男が乱入する。


「ちょっとあなた、勝手に入ってきて、何なんですか!?」

 ハーフ男は、黒スーツに抗議する。


 が、黒スーツは無視して、

 黙ってアザレスに手を差し伸べ、連れて行く。


「おいちょっと、聞いてるのか!? なんだ、お前もエジプト人——」

——————————————————————————— 


 そこで映像が途切れた。


 画面は、

〈ただいま映像に乱れがございました。申し訳ございません。復旧中につき、しばらくお待ちください〉

 とだけ書かれた画像に切り替わり、それと同じ文言が、無機質な女性の声の音声で、告げられる。


 アランは首を傾げ、

「何、今の……で、エジプトの原子力潜水艦? なんでそんなのが日本海に来るわけ? アズさんが言ってることに、僕、ついていけないや」

 と、混乱している。


 一方新川は、

「とにかくアザレスさんは、只者じゃなさそうだな……でもそのミステリアスなところも!」

 と、興味の対象がずれている。


「はいはい、ゾッコンだね」

 アランは、大の大人の生々しい感情に、辟易する。



***



 __数十分後__

 

 散らかったままのダイニングで、


 スマホをいじるアランと、落ち着きなく、家の中をウロウロする新川。


 新川が痺れを切らして、

「ああ! 居ても立っても居られない!」

 と、叫ぶと……


\ピンポーン/

 と、玄関のチャイムが鳴る。


「わっ! 僕の声に反応した?」

 まだ、様子がおかしい新川。


 アランは、

「そんなわけないじゃん。はいはい、出るからちょっとそこどいて」

 と、遥か年上の男をあしらい、ドアへ向かうが、


 新川が、団体スポーツのディフェンスのように、とおせんぼしようとする。

「おいおいアランくん、そんな簡単に出ていいのかい? 僕は保護者だからね、アランくんに何があったらいけないし、今は何事も慎重にいかないと」

「もう予期せぬ訪問は慣れっこだよ。チーフも、アズさんも、急に来るんだから」


 正論に、新川は小さくなって黙る。


「はーい、どちら様ですか?」


 アランが、ドアを開けると、


 一人の女性が、素早くマイクをアランに向け、

「あっ! 夕飯どきに失礼しますっ! 我々、日新にっしんテレビの者です。間瀬まぜ周辺で起きている超常現象について、聞き取りして回っているのですが、どうかご協力していただけませんでしょうか?」

 と、藪から棒に、質問。


 女性記者の後ろには、大人が十人前後。

 大きなカメラを肩に乗せる者や、長く大きなガンマイクを構える者もいる。

 さらにその後ろには、中継車もスタンバイしている。


「えっと……超常現象っていうのは、きんの漂流とか、電波障害のことですか?」

 アランは、丁寧に応対する。


 新川は、それを後ろから不安そうに見守る。


「そうですそうです! それとさっきテレビで流れたミサイルのようなもの、についてもね! 一番海から近い民家はこちらですよね? ご存知のことがあれば、些細なことでも、教えていただきたいのですが!」

 女性記者の、しんどいほどの勢い。 


 後ろに控える大人たちの圧力も、とんでもない。


 アランは後ろを振り向き、

「えっと……チーフ、どうすればいい?」

 と、新川に助けを求める。


 女性記者は、新たな獲物を見つけたかのように、

「あっ、そんなところにもう一人! あなたたちの関係は? 家族ですか? お父さん、お子さんの関係ですか?」

 と、新川にも質問を浴びせる。


 新川は一呼吸置いて、冷静に、

「いいえ、違います。えーっと、この子のお父さんは大学教授なんですけど、僕はその教え子なんです。つまりは教授の弟子と、教授の息子という関係性です。それもあって、僕はこの子のお母さんとも懇意にさせてもらってます」

 と、完璧な説明をして見せる。


「そのお父さんと、お母さんは今、どちらに?」

「ええっと、お二人とも今は忙しくって、外出してます。僕はその、子守というか、そんな感じです」


「子守りですか? ねぇぼく、この男性が言っていることは確かですか?」


 『ぼく』と呼ばれたところに、少し眉を顰めるアラン。


 新川はアランに向けて、声に出さずに顔だけをくしゃくしゃと動かして、おそらく「はい、と言っておけ」と伝えようとしている。


「はい……そうです」

 と、アランは新川の言う通りにする。

 新川は、親指を立てて、アランの返事に対し高評価する。

 

「では、ご両親はいつ頃戻ってこられます?」

「それは……」

 アランは、言葉に詰まる。


 新川は、またもや顔芸のごとく、首を横に振り、「余計なこと話すなよ」と伝えようとする。


「わかりません」

 アランは、言葉を濁す。


「わからない? ご両親は、いつ帰宅するかを息子に伝えずに、こんな辺鄙な場所に放置というんです? 待ってください、こちらの男性が本当にあなたの知り合いかどうかも怪しく思えてきた! なんだか事件の香りが……」

 女性記者は、新川をじっと観察すると、続けて、

「わかったぞ! この人、誘拐犯じゃないの!? 子供を拐って、このオンボロ小屋に監禁してたとか!」

 と、指差して非難する。


「おい、どこがオンボロ小屋だ! 僕が育った大切なうちだぞ!」

 珍しく、感情的に声をあげるアラン。


「おーっとこれは失礼。訂正しましょう。どうやら誘拐の線はなさそうです。ですが、ご両親がいない、いつ戻ってくるかもわからない、という状況の異常性は変わりありません。事情をお伺いしても?」

 女性記者は、高校生後ときには、怯まないようだ。


「なぁ、君たち……」

 新川は、詰問する取材班に苛立ちを抑えきれず、


 アランの前に割りいって、 


\ドンッ!/

 開いたドアを思い切り叩き、


「いつまでここに居座る気だぁぁあ!!」

 

 と、アランに倣って、感情的に声をあげる。

 まさに超人ハルクへの変身である。


 女性記者はわざとらしく怯えるふりをして、

「あらぁ、こわぁい、暴力的な男だこと。やっぱり立てこもり誘拐犯かしら? 超常現象の件は一旦置いてお尋ねしたいのですが、このお家では、何かとんでもないことが起こっていますよね?」

 続けて、姿勢を低くして、新川の大きな体の隙間から家の中を覗いて、アランを捕捉し、

「ぼくの家族、何か隠していません? そしてあなた、おじさん、本当は何者ですか?」

 と、正体を暴こうとする。


「はぁ……」

 新川は、ため息とも、深呼吸の前兆とも取れる呼気を発し、

 ダイニングの壁にかかった真珠の耳飾りの少女をチラリと見て、

 こう続けた。


「まだ疑うのか! ちゃんと名刺もあるし、会社に連絡してもらったら身分は明らかですよ。ほらこれ、どうぞ!!(名刺を女性記者に押し付ける)怪しいものじゃありません。僕がここにいる理由は他にもあります。そこの間瀬漁港の漁師さんから、自社製品の魚群探知機やらソナーの点検整備依頼があったから来たんです。その後は、能登半島に出張だったけど、先日の地震で出張がなくなって、手持ち無沙汰してるところで、この子に会って、そしてその父が偶然、僕の大学時代の恩師だとわかって、その恩師と奥さん諸共消えてしまって、子守をすることになり、おまけに砂浜には金が漂流して、電波はおかしいわ、飛翔体が飛ぶわ、鬱陶しい取材が来るわで、大変なんですっ!!!!」


 新川は、アザレスと会ったこと以外、ほとんど正直に話した。


 女性記者は、目を大きく見開いて、

「ご両親が失踪! 聞きましたか? やっぱり! 失踪ですって!」

 と、うるさい。


 新川は拳をグッと握り、手が出そうなのを抑えながら、

「おい、本当にいい加減、帰ってくれません?」

 と、キレ気味にお願いする。


「いいえ、帰りませんよ? それで、金の漂流や、電波障害や、怪しいミサイルについてご存知のことは? 教えてください?」

 女性記者は、まだ居座る気だ。

 新川も折れず、

「テレビを見てわかる程度のことしか、我々は知らないので! これ以上話すことはない!」

 と、押し問答である。 


 開いた扉から、


\ヒュウゥゥゥ/

 睦月の風。


「ねぇ、チーフ、寒くない?」

 アランは、自身の全身を手で擦る。


 女性記者は、聞き逃さず、

「ええ、寒いですよね! じゃあ、外で話すのも何なので……中に入りましょう! お邪魔しまぁぁああす!!!!」

 と、ドアを押さえる新川の腕の下をくぐり、

 図々しく、土足のまま侵入する。

 

 取材班全員も、彼女に続いてなだれこむ。


「おおい! 他人の家に勝手に入るなっ!」

 

 女性記者の髪を掴もうとする新川だったが、

 ひょいと避けられる。 


「あんたの家でもないでしょう? ほら、家中をくまなく探りなさい! カメラと音響、生中継、繋いでっ! 生中継特番でこれを流せば、とんでもない視聴率をゲットよ!」

「了解しました!」

「おいっ! くまなく捜索しろ!」

「突撃ぃ!」


 押し入る取材班らの挙動は、もはや強盗である。


 スバルの部屋には、テレビで流れた映像のオリジナルのデータや、暗号解読の装置と資料の山がある。


 そのせいだろうか、アランと新川は家の中に押し込まれると、反射的に、スバルの部屋に通じる廊下前に位置どりする。


「隠しても無駄! 絶対何かあるはずよ! このオンボロ小屋から、怪しい機械が出入りしてたってタレコミがあったんだから!」

 女性記者は、スバルが散らかした後の残り物の引き出しを、引いては投げ捨てる。


「お前ら、本当にテレビ局の人間か!? 不法侵入で訴えるぞ!」

 新川の叫び。

「オンボロ小屋じゃない!」

 アランの叫び。


 女性記者は、

「だーかーら、あんたはこの家の人間じゃないから訴えられない! 両親もいない! 子供は中学生! やはり訴えられない!」

 と、魔女のような声で言う。


「違う、高校生だもん!」

「アランくん、落ち着いて聞いてくれ。今あの女は、『生中継』と言っていたよな?」

「うん、そうだけど」

「じゃあ、電子レンジを起動してくれ! 最大出力、最大時間だ!」

「なんで?」

「君ならわかるだろう?」

「あ、そういうことか! 了解ですチーフ!」

「よし、じゃあ僕は、ちょっと外を確認してくる!」

「外? なんで?」

「いいから! 後からわかるから!」

「りょうかい!」


 二人は、廊下の封鎖を解除し、


 大勢の大人が狂喜乱舞する前国家で、

 アランは、ダイニングの電子レンジのダイヤルを回し、一二〇〇ワット、七分三十秒で空焚き。

 新川は靴も履かずに、外へ駆ける。


 程なくして、大きなカメラを持った男が、

「あれ、通信状態が悪いぞ?」

 と、言うと、続いて、

 長いガンマイクを持つ男も、

「ん? 接続が切れたか?」

 と、機材をいじくり始める。


\ぶーーーーーーーん/

 低く唸る、電子レンジ。

 その隣で、ニヤリと笑うアラン。


 家の奥、廊下の先、スバルの部屋からは、

「おっ! なんだかすごいものを見つけたかもよぉ〜!!」

 女性記者の声。


 ついに、見つかってしまったようだ。


「片っ端から持って帰るわよ! ほら皆こっちに……って、あのおっさんとクソガキ、やけに大人しいわね?」

 と、女性記者が不思議に思っていると……


「おい! 日新テレビさんよぉ!!!!」

 玄関の方から、新川の、大きな大きな叫び声。


「何騒いでるの、あのおっさん?」

 女性記者は、家を荒らす手を止める。


 その耳元で、

「おっさんじゃないよ、チーフだよ。の方こそ、こっちに来た方がいいかも」

 煽るアラン。


「キィ! このクソガキっ! 何よ、強がって。呪い殺すわよっ!」

 もはや魔女そのものになった女性記者。

「いいから、来なって」

 アランは、女性記者を、ダイニングの方へ連れて行く。


 周りの他の取材班も捜索の手を止める。

 カメラとガンマイクは、相変わらず無力化されている。


 玄関ドアをバックに、腕を組み、仁王立ちの新川元気あらかわもときは、

「日新テレビさん、中継車の通信機、うちのをご利用いただいているじゃないですか。あ、お渡しした名刺、見てもらえました?」

 と、女性記者に問いかける。


「名刺?」

 女性記者は、ポケットをまさぐり、クシャクシャになった最高技術責任者CTOの名刺を取り出し、

「あんた……そんな偉い人だったの?」

 と、声を震わせる。


「まぁ、決定権はそこそこありますよ」

 新川の自信に満ちた声。


「だから何よ、だとしても日新テレビは客で、そっちは所詮、メーカーでしょ? 他にも通信機器メーカーなんていくらでも——」

「本当にそう思います? うちの機材、多分全社的にご利用いただいてますよね? もしものことがあったら、総替えできますか? そんなに安くありませんよ、うちは最先端高性能が売りですから」


 新川の方が、上手うわてのようだ。


\ちーーーーーん/

 電子レンジの止まる音。


「くっ……あんたたち、全部置いて、撤収するわよ」

 女性記者は、敵わないと察し、帰ろうとするが、

「おっと、ご理解が早いのはありがたいですが、まだ誤解が解けていませんよね? 一応、真っ当な言い訳をさせてくださいよ」

 最高技術責任者の詰めは、甘くない。


 スバルの部屋の怪しい物品について、事細かに説明がされた。アランがドローンでたまたま撮った飛翔物の映像から、父の趣味と母の類まれなる外国語能力を用いて、それらしい考察をして遊んでいただけだと伝え、前国一家と新川元気が、何らかの陰謀に関わっていないことを、日新テレビの取材班たちは理解した。また、荒れた部屋を、スバルが散らかした分も含めて、片付けてもらった。



***



__翌朝__


 ダイニングには、アランと新川。


 相変わらず、前国夫妻は戻らない。

 

 朝からスマホに釘付けなアランが、

「ねぇ、チーフ、X見てたら、こんな投稿が流れてきたんだけど、本当かな? 見てよ」

 と、画面を新川に見せる。

「どれどれ?」

 新川が見たのは……


——————————————————————————————

● Dr.Ren Nicholas @sekaiowariyogen・23分

【拡散希望】

 世界の皆さん、核戦争の危機です。今すぐ田舎に避難しましょう。


 ①日本時間の二〇二四年一月二十四日午前四時四十四分、ジブチに常駐の米・仏・伊・西及び、日本の自衛隊の合同軍は、紅海の海上保安巡回をしている際、潜水艦を探知したと発表。そしてその潜水艦はあろうことか、シナイ半島よりもはるか南、エジプト東海岸から、陸地を突き破るようにして、突如として現れたと言う。その直後、米・仏はこれを原潜数隻で三十時間に渡って追跡。非原潜、つまり通常動力潜水艦であれば、どれだけ性能が良くても、三十時間も航行すれば、浮上してバッテリーを充電しなければならないのが普通だ。しかし、三十時間経っても、潜水艦は浮上しなかった。それどころか、速力を上げて、米・仏の原潜を撒いてしまった。原潜は、理論上、半永久的な航行が可能である。つまり、エジプトが原潜を保有している可能性が極めて高い。


 ②現在話題になっている、日本海上での謎の飛翔物の映像。これには海上保安庁第九管区海上保安本部海洋情報部海洋調査課課長兼次長代理を務めるアザレス・雨寺が関わっていると見ていいだろう。雨寺は、飛翔体は人工降雨のロケットであり爆弾ではなく、全ては海上保安庁、海上自衛隊、気象庁合同の人工降雨実験の一環だと言い張るも、気象庁長官の森隆志もりたかしは、そんなものは出鱈目だと、今日未明の会見で否定した。つまり、雨寺は、自前の潜水艦を用いて、日本海で飛翔体を打ち上げていると見られる。その潜水艦は、①の紅海で確認された原子力潜水艦と同一の可能性あり。


 ③雨寺と瓜二つの人間が、核によるテロ攻撃を予告している。証拠は以下動画にあり。


⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎▷⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

——————————————————————————————


「これは、デマじゃない、のか?」

 新川は、アザレスを信じようとする。


「わからないけど……とにかく動画、見てみてよ」

 と、アランは動画の再生ボタンを押す。


——————————————————————————————

 ブレの気になる縦長の動画。


 カメラが捉えるのは、渋谷109前の交差点から見える、大型ビジョン。


 その中央にいるのは、


 アザレスと瓜二つの女性。


 どう見ても、そうだ。


 いかにもエジプト、という見た目の、真っ黒なヒジャブに身を包んでいるが、やはり彼女らしく着崩されており、金髪と、白い耳飾りとがちらりと垣間見える。青いカチューシャは、しているかどうか、判断できない。


 体格に合わない大きな椅子に座る彼女の後ろは、ガラス張りで、雲と青い空とが見える。 


 他に映るものは、特にない。


 彼女は、声の抑揚もなく、表情の移ろいもなく、淡々とこう言った。

「私は、長間院雷電おさまいんらいでんだ。私は核弾頭を所持している。悲しきこの世界に終止符を打つ。そのために、核を使用する」


 動画はその一言きりで、終わった。

——————————————————————————————


「なんだこれは……信じられない」

 新川は、動画を見始めてから、一度も瞬きしていない。


 アランは、タイムラインをスクロールして見せ、

「見て、これと同じ動画が、いろんなアカウントから流れてくるんだ。日本各地で、大型ビジョンとか、デジタル広告のディスプレイをハッキングして——」


\テレレレ テレレレ/

 新川のポケットから、着信音。


 新川はそっとスマホを取り出し、画面を見て、瞬きしていない目をさらに大きく見開いて、『応答』ボタンを押す。

「はい、新川です……」


 動揺しているのか、これまでしなかった瞬きを、取り返すようにして何度も重ねる。


「元気さん、色々知った後かもしれないけど……この後会えないかしら?」


 それはなんと、


 アザレスの声だ。


「あっ、アザレスさん? 一体全体、どうなってるんです? 詳しく事情を!」


「会って話すつもり。今、獅子ヶ鼻の灯台前から、そっちに向かって歩いているから」


\ピロン/


 通話は向こうから切られた。


〈第20話『言い訳』に続く〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

瑠璃色の地球【毎週金曜21時更新】 加賀倉 創作(かがくら そうさく) @sousakukagakura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ