第3話『灯台の立つ獅子ヶ鼻』

翌朝。


「アラン、今日もドローンを飛ばしに外に出るの?」

 と、パトリシア。我が子の予定把握は、良くも悪くも親のサガである。


「うん、すぐそこの、灯台のところ」

 と、スマホの画面に釘付けになりながら、アランは返事をする。


「昨日は西日本の方で豪雨の被害があったでしょう、今日はこの辺りは天気があまり良くないかもしれないわよ」


「そうなの? まぁ、よっぽど降るようなら帰ってくるし、心配しないで、もう高校生なんだから」


高校生なのよ。ほら、温かいお茶でも持って行ったら? 魔法瓶ここに置いとくから、自分で温めなさい。風邪ひかないようにしないと」

 と、パトリシアは息子を気遣う。


「ひかないよ、だって高校生だからね。子供は風邪ひかないもん」

 と、アランは母親の言葉を引用して返してみせた。


「もう、生意気な子ね。誰に似たのかしら」

 と、パトリシアはあきれた表情。


「そうだなぁ……今日も寒いよなぁ」

 と、あまり活気のないスバル。


「あなたも、送信所でだらしない生活しないようにね」

 と言って、パトリシアは夫への心配も欠かさない。

 

「あーあ、仕事嫌だなぁ。はぁ、泊まり込みかぁ。アラン、風邪引くなよ、しばらく母さんと二人なんだから」

 と、だるそうに大欠伸あくびをするスバル。


 彼は今日から、弥彦山やひこやまの送信所に電波の利用状況調査で泊まり込みだ。弥彦山送信所には、かなり大回りの迂回路うかいろを車で登って行くため、運転も面倒だそうだ。


「はいはーい」

 と、アランはスマホを片手に、お茶を耐熱容器に入れると、それを電子レンジに入れる。


「そんなの薬缶やかんで沸かせばいいじゃないの」


 パトリシアの手には、アルミ製の薬缶。今や彼女には、ボーンチャイナのティーポットよりも、こっちが似合うようになった。


「こっちの方が楽なの。よし、これで……」

 と、横着おうちゃく者のアラン。


 彼は、昨日からキノコ伝説をするのに夢中になっている。


「……よし、これで虹守護者ゲット!」


「なんだか強そうな名前ね。アラン、また課金してるんじゃないでしょうね?」

 と、息子のスマホをのぞき込む母。


「えっ? してないよ。お小遣い少ないし。お母さんは元貴族なのになー」

 と、息子は母の動きをひょいと交わし、一言余計なことを言う。


「高校生のうちにお金のありがたみを学ばないと、ろくでもない大人になるわよ。あと、言っておくけど、お金持ちほど、ケチよ。バイロン男爵家の金銭管理は、本当細かかったわ。もう、思い出すだけで嫌になっちゃう。私が趣味の裁縫をしようものなら、執事がね、『お嬢様、糸はどれくらい使われましたか?』て聞いてくるのよ」

 と、パトリシアは、貴族時代の話をする。


「へぇそっか、勉強になりました……あれ? おかしいな。ねぇ、誰か今Wi-F使ってる? 重いんだけど」

 と、アランはスマホの画面を何度も無駄にタップする。


「「いいや」」

 息ぴったりの夫妻。


「この家でWi-Fiを使うのは、お前くらいだからな。まぁ、父さんもこのあと仕事で、通信は嫌と言うほどするが」

 と、スバル。なんと皮肉屋の多い家だろうか。


「あーーーーっ! アプリ落ちちゃったよ」

 と、アラン。


「あら、この間新しいルーターに取り替えたばかりなのにね」


「はぁ。データ飛んでなきゃいいけど」

 と、アランはため息交じりに、アプリを再起動する。


「あああああーーーーーーっ! いなくなってる! 僕の虹守護者がぁ!」

 と、アランは大袈裟おおげさに落胆する。彼にとっては重大な事態らしい。

 

「あ、生意気言うから、バチが当たったのよ」

 と、ニヤリと笑みを浮かべて、嬉しそうなパトリシア。


「おいアラン、もしかして、電子レンジつけてたか?」

 と、スバルは妙な質問をする。


「え? あぁ、そうだけど。だから何?」


 アランは慣れた手つきでスマホを操作し、少しイライラしている様子。


「お前も勉強が足りないなぁ、高校の物理でやらないのか? 電磁波同士は干渉し合うんだ。電子レンジなんか使いながら大事な操作をするなんて、バカだなぁ。やっぱりまだお子ちゃまだ。はっはっは!」

 と、大笑いするスバル。


「そうなの? お父さん、先言ってよ!」

 と、アランは、深刻そうな顔でそう言った。


 隣のパトリシアも、首を傾げており、夫の説明にピンときていない。


「ま、また頑張ればゲットできるんだろう、その虹色光線とやらは」

 と、スバルは聞き間違える。職業病なのか、電磁波に引っ張られている。


「無理だよ。虹守護者だよ? LRエルアールだよ? あーもう朝から最悪だ! いやだ! 二五六〇円も課金したのにー!」


「え! 待って、そんなにしたの? さっきしてないって言ったのは嘘?」

 と、耳を疑うパトリシア。


「いいじゃん別に、僕が頑張って貯めたお小遣いなんだから」


「はいはいそうね」

 パトリシアは軽くあしらう。


「もういいや、済んだことだし。ドローン触ってたら忘れるし、そんなの」

 そう言って強がるアランは、そそくさと玄関へ向かった。


「気をつけて行ってらっしゃ……あ! ちょっと、お茶、レンジに入れっぱなしよ!」


 母の気遣いも虚しく、アランは、温かいお茶を持たずに出て行ってしまった。


 

 ***



 砂浜を、海へ向かって歩くアランの背中。

 

 その先に見えるのは、広大な日本海の、島一つ浮かばない水平線。


 パトリシアが天気の心配をしていたが、空は青く澄み渡り、雨の気配は微塵みじんも感じられない。


「なーんだ、やっぱり晴れじゃん。でも、沖の方は雨雲がすごいみたい」

 と、アランは電子レンジのマイクロ波から解放されたスマホを使って、雨雲レーダーを確認する。


 アランは海岸の波打ち際までへ走り、小さな灯台の立つ獅子ヶ鼻ししがはなの先端から、海を眺める。


 そこに、一人の男が歩いてくる。


 男は、大人一人ががすっぽり収まりそうなほど大きなボストンバッグを、両手に一つずつ下げている。その一方は、膨らみがなく、空っぽに見えた。


 今は真冬なので、海水浴客ということもない。


 アランは見かけない男の存在に少々警戒したが、目が合ったので、一応会釈した。


「こんにちは!」

 と、男は意外にも、アランにさわやかな挨拶をする。

 

「あ、こんにちは。おじさん、何してるの?」

 と、アランは男に、職務質問を仕掛ける。

 

間瀬まぜ漁港に用があってね」


「へぇ。そのバッグは?」

 と、怪しむアラン。


「ああ、これかい? 漁師さんたちに、最近魚群探知機の調子がおかしいんだって声が大量に届いてね。こちらの落ち度なら回収しなきゃならないんだ」

 と、最もそうな主張をする男。


「魚群探知機?」


「そう。間瀬の漁師さんたちは、うちの会社の魚群探知機、ソナーや、レーダー、無線通信装置、オートパイロット、GPSプロッタなんかを気に入ってくれて、ずっと使ってくれてるんだよ」


「じゃあ、それを直しにきたってこと?」


「そうだよ。何せ、弊社古野電気ふるのでんき(所在地:兵庫県西宮にしのみや芦原あしわら町)の製品は、世界一だからね。魚群探知機なんかは、半世紀異常前に、おじさんのいる会社が、世界で初めて実用化に成功したんだ」


「へぇ、それはすごいけど……本当?」

 アランは、おもむろにスマホを取り出した。


「ああ、本当さ」

 バッグを持ったまま腰に手を当て、誇らしげな男。

 

 すると、パシャリ、とスマホのカメラのシャッター音がした。

 

「おいおい、勝手に撮るのなんてびっくりするなぁ」


「じゃあ、名刺もらえる? 嘘ついてたら、その古野電気さん、とやらに、写真を送るからさ」

 と、拉致らち被害対策はバッチリのアラン。パトリシアの教育が行き届いているようだ。


「ほぉ、最近の子供は油断ならないなぁ……」

 と、男はズボンの後ろポケットを探り始める。


「はい、早く出して?」

 

 アランは、警察も顔負けの手際の良さである。


「急かさないでくれよぉ……はい、これが僕の名刺。古野電気株式会社の、新川元気あらかわもときです」


 新川は名刺を、両手で丁寧に、差し出した。


「じゃあ僕はまだ高校生で、学生証は一枚しかないから、代わりにこれをあげるよ」

 と言って、アランは手をポケットに突っ込んでまさぐる。


 アランは、金ピカの板を取り出し、それを新川の名刺の遥か上を、茶色く汚れた左手で差し出した。


「あはは、斬新ざんしんなやり方だね」


 アランの人生で初めての名刺交換は、とんでもなく上から目線だった。


「はいこれ、さっきそこの浅瀬で拾った金塊だよ」

 と、彼は大したことがないかのように言う。


「え、これ、本物…………だね。そこで拾ったのかい? 噂には聞いていたが、本当だったなんて……」


「うん、最近は、どんどん金が流れてくる量が増えてるみたい」

 淡々と語るアラン。

 

 アランは、冬休み中はほぼ毎日、ここに来てドローンを飛ばしているので、黄金の漂流の噂についてはかなり詳しいのだ。


「へぇ、不思議なこともあるもんだね。そうだ、君の方こそ、砂浜へ一人で来て、何をしてるんだい?」


「ドローンを飛ばんすんだ」

 アランはそう言って、手に持っている小さなドローンを新川に見せた。


「操縦できるんだ、すごいね! というか、それ、結構いい機体じゃないのかい? 小さいけど、精巧な作りだ」

 と、新川はアランのドローンに触れようとする。


「あ、これから飛ばすから」


「あぁ、ごめんよ」


 アランは、ドローンを砂浜の上に置く。


 次にポケットから、今度は金ではなくリモコンを取り出し、ドローンを上昇させる。


 ドローンは、ブーンと音を立てて、とてつもないスピードで、大海原へと飛んでゆく。


 あっという間に、豆粒ほどのサイズになり、見えなくなってしまった。


「おいおい、そんなに飛ばして大丈夫なのかい?」

 と、騒ぐ新川。


「うん、一海里カイリ離れたら、自動操縦に変わるから。安心して」

 と、アランは落ち着き払っている。


「へぇ。あんなに小型で、そんな高性能なものがあるんだね」


「僕が作ったんだよ。今日は初めての自動操縦飛行試験なんだ、うまく行くといいけど」


「君が……組み立てたのかい? すごいな、きっと将来すごい開発者になれるぞ、大きくなったら、ぜひ古野電気に……」


「あ」


「えーっと、どうしたんだい?」


「落ちたみたい」


「落ちたって、海に?」


「うん」


「そうか……青年よ、気を落とすんじゃないぞ。君なら必ず、自動操縦を成功できると思う」

 と、新川は馴れ馴れしくアランの肩に手を置く。


「まぁ、これも想定内だけどね」


「そうなのかい?」


「うん。僕は、沖の様子を、映像に収めたかっただけだし。もう四十キロくらい飛んで、映像は受信済みだから」


「はぁ。何のために?」


「実は……」


 〈四話へ続く〉

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