誰も知らない大魔女に弟子入り④
波打ち際にシエルとトリオンは倒れていた。
「さて、シエル。不思議な事もあるものですね。荷物は全て揃っていて、私達は陸地に流されたようです」
シエルはイカダで作った魚の干物をリュックに入れながら答える。
「こんなの都合いいとか奇跡としか言いようがないよね」
二人はシーサーペントに襲われてイカダで漂流中、次はクジラ、海獣の大きな口の中に吸い込まれた。
本来であれば多分、死ぬようなそんな惨事に見舞われながらも、何故か生存し、本来の目的の灯台がある島に流れ着いた。
「なんだか体が軽いですね」
トリオンがそう言う、そしてそれはシエルも同じく感じていた。海を漂っていたにしては身体の具合がすこぶるいいのだ。
「あのクジラの口の中が魔力増強や増幅する性質があったとか?」
そんな事絶対にあり得ないのだが、シエルの言う事も分からなくない程に身体の調子がいい。
トリオンは身体の各部位のチェックがてらストレッチを繰り返す。それを見たシエルも体に異常がないか同じようにストレッチ。
そして二人とも、自分の腕に身に覚えのない、魔法刻印がされている事を見つける。
「なんだこれ?」
寓話なんかに登場する魔法呪印という物であるとシエルもトリオンも知っているわけだが、実物がまさか自分の腕に刻まれているとは思いもしなかった。
自分の身体の心地よさの一つはこの魔法呪印の影響。
魔力が身体を無駄なく、ムラなく巡っている。
シエルでも感じるのだから、魔力量がとてつもないトリオンはより感じているのだろう。
「これは好意的な物ですね」
害意ある呪いのようなものではない事は間違いない。
「でも僕らはこの魔法呪印に心当たりがないね」
「えぇ」
「僕らは、遭難していた間に何処かで誰かに助けられたのかもしれないね。それでこれをギフトとしてもらった?」
遭難して、気を失っている間の出来事と仮説。
「それは少しおかしいですよ」
シエルの仮説をトリオンは真っ向から否定する。
「私の身体に何かを勝手に行おうとすると、防衛機構が発動します。なのでこれは私が自ら受け入れたという事になる筈です」
「トリオンの身体をいじったのがドロテアみたいな魔導士なら?」
「もしそうなら可能かもしれませんが、私たちにギフトを与える意味が分かりませんよ?」
気まぐれで二人に魔法呪印という加護を与える意味が分からない。
そもそも、魔法呪印という物が実在している事すら今の今まで知らなかったのに、シエルは自分の腕に刻まれた魔法呪印を眺める。
自分の魔法を発動する力にフルマッチしているそれ。
キメラでなければ不可能と思われていた二重詠唱を魔法呪印という方法で人間であるシエルも扱う事ができる。全く記憶にはないが、この呪印は同時発動する為にシエルに合わせて調整されている事に気づいた。
「うーん」
シエルはこの謎の状況をどうにかして解明したかった。
「どうしましたシエル?」
何故シエルもトリオンも何も覚えていないのか?
「記憶消されてるなこれ」
今までの状況を鑑みて、シエルとトリオンは明らかに誰かに出会い、その後になんらかの理由で記憶が消されていると結論づけた。
「私たちの記憶が消されているですと? どうやって?」
そんな事はシエルには分からない。
「それが分かったら僕は学生じゃなくて、歴史に名を残す偉大な大魔導士だよ。そして僕らはきっと歴史に名を残す偉大な大魔導士に出会ったんだ!」
シエルの仮説は他者が聞けば笑い話と思われるかもしれない。しかし、施された魔法、さらに言えばトリオンはかつて全ての魔法の母に出会った事がある。
「もし、それが本当で私が」
「ボェエエエ! ってなってない」
「えぇ、という事は」
「トリオンが何か記録しているんじゃないかなって?」
「一理あります」
トリオンには魔法を自動で記録しようとする機能がある。そしてそれはその時の状況も深層域に格納している。魔法で記憶を二人は消されたけれど、記憶ではなく、記録として消されていなければ。
記憶が消されていた時に何があったのか知れるかもしれない。
少しばかり、気の進まない表情でトリオンは言う。
「セーフモードの私ならシエルに何かお伝えできるかもしれません」
「しっかりとトリオンの記録を僕が伝えてあげるから、お願いだよ。誰かがいたんだよ。僕らに魔法を伝えてくれた誰かがさ」
珍しくシエルが懇願するようにトリオンに強請った。
「………魔法呪印を施した記録の再生を開始します。トリオン・エクス・マギアとシエルは……大魔女ロスウェルに出会った」
「へぇ、全然記憶にないけど、そんな事があったんだ」
「測定不能なレベルの空間阻害魔法内にあった為、脱出時、副作用として記憶を持っていかれたと予測される」
シエルは再生されるトリオンの記録、全く身に覚えも記憶にもないけど、静かにトリオンの記録の再生が終わるのを待った。
「……シエル? 何か分かりましたか?」
記録の再生が終わるとともにトリオンの意識が戻ってくる。
シエルは記憶にない自分の経験、顔も分からない大魔女を想いながら。
「トリオン、僕らはとっても大事な人に出会ったらしいよ。凄い魔導士なのに、トリオンに出会うまで絶対に語り継がれる事がなかった僕と君の、世界一運がない師匠の話をしようと思う。多分、トリオンびっくりすると思うよ?」
シエルは身振り手振り、二人が出会った大魔女の話を夕食を食べるのも忘れて語った。
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