誰も知らない大魔女に弟子入り③

 大魔女ロスウェルの弟子になって四日目、二人は炊事洗濯をしていた。

 

 仕事を押し付けられているといえば言葉が悪いが、シエルとトリオンは嫌な顔一つ見せずにせっせとロスウェルの身の回りの世話をしていた。全て、ウィッチクラフトによる魔法の自動化修行なのだ。

 

 洗濯で言えば、水を出す魔法、渦を出す魔法、脱水する魔法。

 料理で言えば、食材を切る魔法、火を出す魔法、食材をかき混ぜる魔法。

 普段いつでも使える魔法だが、同時使用するというのはかなりの集中力と、細かい魔力調整が必要になる。大きな魔力、そしてそれらの調整機能がついているトリオンでも難しい物をシエルは持ち前の才能でなんとか扱っていた。厳しい修行は嫌だと意思表示した二人だったが、結果として好んでその状況に身を置いている。

 

 要するに、二人からしたらロスウェルの修行はくっそ楽しいのである。

 魔法学園では絶対に教えてくれない古代魔法の下組みを教わった。

 現存する魔女は使えても口外しないであろう魔法呪印も基礎的な物をシエル、トリオン共にロスウェルに刻んでもらった。

 魔法学園の卒業までの六年間学ぶより明らかに濃い時間を過ごしている。

 

「弟子たちよ! 疲れる前に魔力補給のポーションを飲んでおけよ? 魔力が空になるなんて、魔法使いとしては素質なしもいいところじゃからな?」

 

 ロスウェルの魔法の指導は効率が良かった。

 シエルは以前、別の遺跡のイレギュラーで魔法力が完全に空になった事がある。

 魔導士において魔法力が尽きるという事はほとんど死と同義である。とまでは今の時代では言い難いが、確かに恥ずべき事だ。

 

「しかし、ロスウェル。いえ、師匠の話を聞くと目から鱗でした。魔法使いは卑怯で、堂々とせず、隠れ、誰よりも狡猾で冷静であれと……それだけの力を持っているのに」

 

 トリオンはロスウェルを大魔導士、もとい大魔女として認めている。

 

「当たり前じゃろう? 一応トリオンの方は戦乱の時代を生きたんじゃろ? 魔法を使う者が戦場の主力になったなんて傲りは人間と魔物らしい愚かな考えじゃて、戦の本懐は個と個にある。魔法同士の撃ち合い中に、ナイフ一本持った暗殺者に大将級が討たれるなんてザラであったろう? だから魔法を使う者は前に出ないほうが良い」

 

 現在、世界は安定していて人同士の戦争は数百年起きていない。

 魔法学園がそこら中にある中で、兵士養成の学校は年々減っているとシエルも聞いた事があった。きっと世の中から無くなっていくと思われるそんな職業。しかし大魔女であるロスウェルは魔法中心の社会を否定している。

 それは、シエルの考えにも少しだけ通じるところがあった。

 

「ここで修行をしなければシエルがこんなに毎日魔法を使っているのを見る事もなかったでしょうね?」

 

 魔法による利便性にシエルは依存しない生活を心がけている。

 まぁ、魔法の利便性のみをシエルが突き詰めるタイプであれば、わざわざ休学して調べ尽くされたダンジョンや遺跡調査なんてしていないだろう。

 寄り道をしたからこそ、シエルがこんなにも魔法を使う日々がある。

 

「童は魔法の才は普通じゃが、器用じゃの」

「ありがと、師匠」

「トリオンは甘やかされすぎじゃ」

 

 明らかにシエルの時とは違い、褒められていないのでトリオンはムキになる。


「はぁああ? 師匠、なんですか今のは? 私が甘やかされているですって? シエルにですか? 意味がわかりません!」

 

 ふふんとロスウェルは怒るトリオンを見て話し出した。

 

「トリオン、貴様を作った者。あの魔王とかいう偉そうな娘であろう。そやつがじゃよ」

「はぁあああ? 師匠は魔王様の事を愚弄する気ですか? そういうつもりでしたら私も容赦しませんよ!」

「ふふん。貴様を作る魔法術式、一つの術式ごとに丁寧に、そして貴様の見てくれもじゃが、作り手の愛情を感じるんじゃ。本来不要な機能盛り沢山での」

 

 シエルはそれに関しては納得いくものがあった。

 

「成る程、トリオンが僕的に見ても中々イケてるのは魔王のおかげだったわけか、これは師匠がいないと分からなかったな」

 

 人間に近い魔女であるロスウェルはトリオンを超える魔法解析の力を持っている。

 

「えっ! そうなんですか? 私がそんなに魔王様に愛情を持って作られたんでしょうか? でもでも、私は確かにワンオフですし、その辺の質の悪いゴーレムなんかとは天と地程、いえ、魔王様に失礼ですね! ふふふふふ」

 

 トリオン本人が凄い嬉しそうで、ロスウェルが満足そうにしている。

 最初こそ、眉唾と思っていたロスウェルが大魔女であるという事、今にして思うと、シエルともトリオンも認めているのだが、ならば何故大魔女ロスウェルという名前はこの世の中に広まっていないのか? 魔王や勇者ですら大魔女ロスウェルについて何一つ残していないのは不思議で仕方がない。トリオンもシエルも同じ事を考えていた。

 そもそも、彼女は何故この海底神殿にいるのか?

 

「師匠、修行に夢中すぎて聞くの忘れてたけどここで何してるの?」

 

 シエルは無邪気そうにそう質問した。トリオンが躊躇する事をシエルは自分の恵まれた容姿を盾に行った。

 さて、大魔女ロスウェルははぐらかすか、話すのか?

 

「なんじゃ、そんな事も知らずに貴様らはここに来ていたのか? 本当に事故に巻き込まれただけみたいだの。まぁ、つまらん話じゃ」

 

 ロスウェルは特に隠す様子もなく、話してくれるらしい。少し考えて、魔法でスプーンとフォークを取り出すと言う。

 

「まぁ、飯でも食いながらにしようかの?」


 海底神殿の台所にはいつも食材が尽きない。ロスウェルがここに来る前に集めて保管した食材を複製しているらしい。

 

「本日は魚介のスープとラザニアか、ふむ。とてもうまそうじゃな! では頂こうとするかの? どれ、たまには酒でも飲むか?」

「お酒は結構です。それより何故ここに?」

 

 トリオンは魚介のスープを上品に啜りながら、歴史に名前が残らない大魔女ロスウェルに関しての興味が尽きなかった。

 シエルは笑顔のまま、ラザニアを取り分けてタバスコをかけてから一口大に切った物を口に運ぶ。

 ロスウェルは別に話を先延ばしにするわけでもなくワインを一口。

 

「ワシはここで世界を滅ぼしかねない武器を見張っておるからの」

 

 その一言は笑顔のシエルですら固まった。

 要するに、ロスウェルは守り人なのだ。恐らくはシエルやトリオンが想像を絶する力を持った何かの。ロスウェルの力はそういう意味なら確かに納得がいく。

 

「世界を滅ぼしかねない武器って言うとあれじゃないの? もしかして、全ての魔法の母。ドロテア・ネバーエンドの作ったケイン。サクリファイス・オブ・ジアース?」

 

 魔導士の中ではそれ以上のビックネームを持つ武器はない。

 

「いんや、違うぞ」

「そりゃそうでしょうよ。だってアレはドロテアが持ってましたもん。しかし、あれでないとすると、魔王様の剣か勇者の剣あたりですか? 流石に世界は滅ぼせないでしょうけど」

 

 実際その辺りが無難なところだろう。

 

「全然違うわ! 馬鹿者」

 

 全然違ったらしい。それに怒られた。

 

「ば! 馬鹿って言いましたね? 師匠! 私の記録する限り、世界を滅ぼしかけない武器なんてそのあたりくらいですよ!」

 

 トリオンの記録上、世界を滅ぼせる武器なんてドロテアの杖くらいしかない。

 

「全く、見た方が早そうじゃの」

 

 陶器のグラスに入ったワインを飲み干すとロスウェルは立ち上がった。

 

「師匠、僕ら数日間ここで生活してたけど、そんな世界を滅ぼせるような武器があれば流石にトリオンが反応キャッチしてもおかしくないと思うんだけどな。でもそれが師匠が僕らに認知されていない理由なんじゃないかなって思ったけどそういう事?」

 

 利口なシエルは偉大な魔女ロスウェルを誰も知らない理由の仮説を唱えた。

 知られてはいけない物を守っているから、誰も知らないのだと。

 

「ワシはここに来た者に記憶をけす魔法等はかけておらぬがの」

「師匠は魔法をかけてないと」

 

 ロスウェルはここの存在を隠そうとはしていない。だが、世間一般では海底神殿は存在するかどうか不明な場所であるという事。

 しかし存在している事が確定、要するに隠蔽された場所。


「ワシはここから数千年出ておらぬからな。外のことはいっちょんも分からんが、では見るといい、これが終焉の剣、ルシフェリオンじゃ」

 

 食事をしていた場所に座っていたままのハズなのに、ロスウェルが指を鳴らすと祭壇のような場所に景色が変わった。

 そこら中に構文魔法が記載されている禍々しい部屋。

 高い天井から降りてくる真っ赤な剣、ありとあらゆる術式で縛られているそれはシエルとトリオンが見ても冷や汗が出る剣の形をした何かだった。

 こんな物を片手間に守っている魔女ロスウェルとは……

 

「つくづく、僕が普通の魔導士だって分からされるよね。こういうの見せられると」

 

 シエルは両手をあげてお手上げ白旗ポーズをトリオンとロスウェルに見せる。

 

「いえ、シエル。貴方は人の身でいながらこれのヤバさを理解できているだけ十分大したものですよ。私ですらこれ相手には何もできる手がありません」

 

 シエルと同じくトリオンも両手を上げて降参ポーズを取った。ここは確かに魔王や勇者、英雄級の者が来るべきところだ。

 

「師匠、この剣は一体なんなのですか?」

「終焉の剣ルシフェリオンも知らんのか? 究極の魔法殺しと言われており、お前らのよく知る全ての魔法の母、ドロテア・ネバーエンドを殺す為に神々が鍛え、研ぎ澄まし、生み出した剣の形をした怪物じゃて、要するに生まれてきてはならん物だの」

 

 さらっとロスウェルがそう言うが、ここは人が足を踏み入れてはいけない場所である事は言い逃れが出来なさそうだった。そんな超危険な武器を守り、見張っているロスウェルは一体何者なのか?

 

「師匠は何故ここにいるの?」

 

 それもシエルは素直に疑問を覚えて尋ねてみた。

 

「ワシがそのドロテアの遠い血縁者じゃからよ」

 

 だろうと思った。というのがトリオンとシエルの二人の感想だった。本来こんなところで、こんな剣を見張る役目なんて気が狂う。

 それを平然とやってのけるロスウェルの精神は人の域にいない。

 ドロテアの祖先だと名乗る人物はいつの時代も一定数存在する。今のところその全てが売名目的か詐欺師でしかない。

 そんな中でこのロスウェルの言葉の確証の高さは異常。

 そして、シエルもトリオンもこんな場所に、こんな優秀な大魔女ロスウェルを一人にしているのは世界的に進歩の機会損失が大きすぎる。今すぐにでも魔導士協会の総元締めになるべき存在と言える。


「師匠さ」

 

 シエルが話しかけようとした時、ロスウェルは丁度、この場所を訪れたついでくらいに終焉の剣・ルシフェリオンに封印を重ね掛けしていた。

 定期的なメンテナンスくらいの感覚で魔法を発動しているが、トリオンが全機能を持ってその魔法を習得しようとしているくらいには高度なそれ。

 海底神殿はたどり着いた者に強力な力を与えてくれる場所じゃない。

 神々が生み出してしまった怪物の牢獄だったのだ。

 

「してなんじゃ童?」

 

 ロスウェルが魔法封印を施してシエルの話を聞くのでシエルは言う。

 

「師匠さ、僕たちと一緒にここから出て、外の世界の人達に魔法を教えてあげてよ。この剣、こんな場所にあるから誰も持って行けないでしょ?」

 

 最悪封印が解けようとも海の底だ。正直、こんな物の守り人をロスウェルにさせておく必要はないだろう。

 トリオンも同じ考えなので頷く。

 

「まぁ、それも良いかもしれんな。ワシは逆に貴様らにずっとここにいないかと提案しようと思っておったが、貴様らの瞳を見ておればよく分かる。貴様らは一つのところに留まっておるタイプじゃないものな? あの魔王とかいう娘や勇者という男みたいにの」

 

 ロスウェルはシエルの一緒に外に行かないか? という誘いに対してやんわりと断りを入れた。

 

「そっか、僕らみたいに来ちゃう人もいるもんね」

 

 ここに悪意を持ってやって来る人間がいないと言い切れない。

 ロスウェル程の力を持った魔女であれば、今の魔導士が何人来ようと敵にすらなりえないだろう。

 誰に語られるわけでもない伝説の大魔女ロスウェルは陰ながら世界の滅びを守っているということになる。何千年もたった一人で、稀にここにやってくる者を弟子にしたがるのは話し相手が欲しいからなのかもしれない。

 神という存在をシエルもトリオンを見た事はない。


 案外、ロスウェルはそれに近い事をしているのかもしれない。いるかも分からない神よりも確実にそこにいる大魔女の方が間違いなく何かが返ってくる。

 

「ですが、本当に師匠をここに残すのは惜しいですね」

 

 トリオンが名残惜しいという表情をする。


「うん」


 シエルも同意する。


「全く、褒めても保存食くらいしかでんぞ?」

 

 保存食は持たせてくれるあたりがロスウェルらしい。

 

「でもさ? どうやって僕たちここから外に出て行けばいいんだろう。師匠ならできるの?」

 

 ここには偶然、クジラに飲み込まれてやってきた。

 やってきた方法と同じ方法で戻るんだろうかと予想するシエル。

 

「ワシの使い魔にどこかの浜辺にでも送らせてやろう」

 

 使い魔というのはあの巨大なクジラのことだろうか?

 

「もしかして私たちを飲み込んだあのクジラですか?」

「そうじゃな」

 

 やっぱりあのクジラはロスウェルの使い魔だった。

 

「今なら疑う余地なしですね」

だね」

 

 あんな馬鹿でかい質量の生物の使い魔なんて聞いた事がない。

 はじめにロスウェル言われていたら信じられなかっただろうが、今となってはロスウェルであればそれが可能なんだろうと微塵も疑わない。

 

「全く、貴様らは疑い深く、それでいて今までのワシの弟子達の中では最も出来が悪い弟子であったが、そういう弟子の方が可愛くも見えるものじゃの。こやつの口の中に入ると良い」

 

 やっぱりその方法になるのかと二人は苦笑する。

 このクジラの口の中はお世辞にも居心地がいいとは言えない。そもそも生物に飲み込まれるわけなので、中々強烈な匂いの中に身を起き、外に出た時は全身魔法で洗わないと匂いが取れない。

 

「師匠、汚れないようにできない?」

 

 シエルが後で洗濯するのがクソ面倒だとロスウェルに媚びてみると、ロスウェルは少し考えて、シエルとトリオンに向けて魔法を使った。シエルとトリオンを薄く覆う膜のような魔法。

 

「その中におれば汚れんじゃろうて、これで良いか?」

 

 シエルのワガママに対して、ロスウェルは完全にシエルの思い通りに魔法を使ってくれたのだが、これもまた見た事がない魔法。

 シエルはトリオンを見るが、トリオンは首を横に振る。

 あまりにも唐突に使われた事と、ロスウェルが魔法をかなり短縮して使った為、覚える暇がなかったのだ。

 旅において汚れないというのはとても効率がいい。

 とはいえ、今から完全にここから帰るフェイズになったというのに、今の魔法を教えて欲しいと言えばロスウェルは喜んで、長いことシエルとトリオンを修行という名の話し相手を所望するだろう。

 

「まぁ、この魔法は諦めましょうか」

 

 それがいいだろうとシエルも頷く。

 

「ワシからすればここに来た時も今から去る時も対して貴様らが成長したようには思えん。修行をしたかったらいつでもワシのところに来るといいぞ! 弟子ども」

 

 またまたぁ! 本当は寂しいんでしょう? とかシエルは調子のいい事は言わない。今までの人生で、もしかしたらこれからの人生でロスウェルよりも優れた魔女や魔導士に出会う事はないかもしれない。

 それだけ優れたロスウェルの言葉に茶々を入れるのは少しばかり子供がすぎるとシエルはロスウェルの言葉に頷く。

 頭を少し掻いて、トリオンは長い人生において初めての師匠に手を振る。

 シエルも満面の笑みで、大きく手を振った。

 そんな二人に大魔女ロスウェルは微笑し、小さく手を振り返してくれた。

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