誰も知らない大魔女に弟子入り②

 シエルが目を覚ますとそこは石らしい材質の白い遺跡、あるいは神殿の中にいた。やけに心地よく感じるのは恐らく魔力が増幅しているからだろう。

 

「ようやく目を覚ましよったか? 人の身と魔造生命の身でなんの加護も無しにここに辿り着いたにしてはひ弱そうじゃな」

「僕は分かるとしても、トリオンもひ弱そうって、貴女は何者? きっと名のある魔導士だよね?」

「ふふん、聞いて驚くな!」

「僕の生き別れの母とか言われない限りは」

「童、母がおらぬのか? まぁいい。ワシの名は大魔女ロスウェル!」

 

 シエルの前にいるのはまさに今では見る事がないくらい、私は魔女ですよ! と言わんばかりの魔女ローブに魔女の帽子を被った十歳前後の幼女。

 彼女は子供、だとはシエルは思わない。

 魔女の魔法体系は特殊な物が多い、さすればこのロリババァは本物だろう。

 

「残念ながら知らないなぁ」

「なんじゃと!」

 

 シエルの前で見た事もない魔術書と魔法の杖を取り出して見せる。

 

「これでも知らぬか?」

「うん、知らないね。ごめんね大魔女ロスウェル」

「いや、よい。隠居の身じゃ……しかし、知らぬか……」

 

 上目遣いにシエルを見つめ、どうにか知って欲しいアピールをする。


「記憶の片隅にもないや、ごめんね大魔女ロスウェル」

「いや、よいのじゃ! かつての伝説などいずれは薄れゆくもの、しかし……知らぬか……」

「それ、永久に続けるつもりですか? 私の記憶にも記録にも大魔女ロスウェルなんて存在しませんよ」

 

 シエルとロスウェルのやり取りに水を差したのは呆れ顔のトリオン。


「なんじゃ、魔造生命の方か、何か見つかったか?」

「いえ」

「トリオン、何処行ってたの?」

「この場所、入り口と出口が全くないんです。私達、閉じ込められてます」

「成程、いつも通りだね」

 

 ダンジョンや遺跡調査をするとたまにこんな事がなくもない。


「いつも通りではありませんよ。ごく稀に起きるイレギュラーです。今回、この遺跡は歴史的建造物ですが、出口が見つからずここから脱出ができないと確定した時点で、破壊してでも出る事をシエル、ご理解くださいね」

「無理じゃて」

 

 次に水を差したのは自称、大魔女ロスウェルだった。


「ここは海底神殿ぞ? 破壊できぬように魔法耐性はあるし、もし破壊できたとしたら水圧で魔造生命の貴様も終わりじゃ」

「海底神殿!」

「そうじゃ、貴様ら力を求めた求道者か何かかと思ったが、この場所を知らずして来たのか?」

 

 自称大魔女ロスウェルはシエルとトリオンを中々に過大評価していたらしい。求道者も何も、知的好奇心を満たす為の旅で事故に遭ってここに至る。

 シエルは現在語られる歴史が本当に正しかったのかその足取りを追って、トリオンは本当に魔王が討伐されたのか? その真偽を確かめる為。

 偶然出会った二人の目的が同じ道のりにあるからと言うだけ。

 

「てゆーか、ここ海底神殿なんだ」

 

 シエルとトリオンが船を借りて向かおうとしていたのは、海底神殿伝説にゆかりのある海域と灯台。

 実在したかどうか分からない海底神殿、勇者も魔王もそこで別々の力を得たという。

 

「ちょっと待ってください! 本当にここが、海底神殿ですと? 魔王様が打倒勇者にと破滅の剣を生み出したアイデアになったと聞きましたが、その海底神殿なんですか? でも、大魔女ロスウェルなんて名前残ってませんよ?」

 

 シエルも海底神殿で勇者が対魔王用の剣、アークエッジを手に入れたと聞いた事がある。

 

「あー、あれかの? 魔王というのは魔物の配下を連れた偉そうな娘。言われてみれば魔造生命の制作の癖にあの娘の力を感じるの。それ以外に勇者と呼ばれたえらく元気な男も来たぞ。童と同じ髪と瞳の色をしておったな」

 

 この大魔女ロスウェルの話が嘘か本当かは分からないが、これが事実なら歴史的な大発見になる。勇者は異国の地より出し者とされ、出身がぼかされていたが、シエルと同じ髪や瞳の色なら、西方人種である。

 当初は中央、王族の灰色の瞳に栗色の髪をしていたと伝わっていた。

 だが、その資料が後に貴族優先思考で書かれた信憑性に欠けると結論が出た。

 

「ま、魔王様の事をもっと教えてください!」

「そうだね。僕も勇者様がここに来た時の話を聞かせて欲しいな。どんな人物で、どんな仲間といたのか」

 

 伝説の大魔女・ロスウェルには全く興味を示さない二人が、勇者、魔王というビックネームには興味津々な様子にロスウェルはそっぽを向く。


「そんな新参の奴らの事なんかより、ワシの話をしてやろうて! 神話の時代を生きたワシぞ? それに、見たところ貴様らはまだまだ魔法を使う者としては未熟の極み、よし! 弟子は取らぬ身だが、喜べ! わしの弟子にしてやろう」

 

 とか大魔女ロスウェルが言い出してきたわけである。


「結構ですよ! 私に弟子が必要だと思いますか? 貴女以上に古今東西の魔法を習得しています」

「僕も一応、国公立の魔法学園の生徒だし、トリオンがいるから間に合ってるかな」

「3食寝床付きじゃ」

「魅力的だね。だってさ? どうする? トリオン」

 

 弟子になるかは別として、この神殿は確かに興味深い。

 

「結構ですよシエル!」

 

 トリオンはあまり乗り気じゃない為、断ろうとしたのだが。

 

「あの魔王という小娘も、勇者とかいう男もここでワシの弟子になったんだからの!」

「嘘でしょ?」

「嘘なわけあると思うのか? 魔王とかいう娘は、強敵に打ち勝つ為の神々すらも滅する事ができる武器の生成する材料の提供と、それに伴う魔法の伝授じゃな。勇者の方は五大精霊の加護と、朽ちた聖剣の復活の魔法をかけてやったわ。いずれもワシからすれば造作もない」

「へぇ、師匠凄い人じゃん」

 

 即行で、シエルが自称大魔女ロスウェルの弟子になる意思表示。

 それを見てずるい! という表情を見せるトリオン、本当に勇者や魔王の師匠をしていたかさだかではないが、ロスウェルの話は事実っぽい。

 何故なら、それぞれ伝説の武器を手に入れた程度の逸話しか残っていないのだ。

 

「ま、まぁ。ウィッチクラフトなんて古い魔法ですが、一応、なってあげますよ。弟子」

 

 と、ツンデレムーブをかまして自称大魔女ロスウェルにそう答える。

 

「クリエイトウォーター」

 

 ロスウェルは生意気なトリオンに三方向から水を出す魔法をぶっかけた。

 

「なっ! 何をするんですか! びしょびしょじゃないですか!」

 

 当然、トリオンじゃなくても怒るようないきなりの水掛けなのだが、シエルは開いた口が塞がらなかった。

 

「師匠、今のどうやったの?」

「は? ただの水生成……確かに、どうやったんです?」

 

 トリオンも気づいた。一度の詠唱で同じ魔法を同時に三発放った。

 

「ウィッチクラフトは古い魔法じゃ。故に、貴様らの知らぬ魔法も無数に存在しておる」

 

 自称ではなく本当にロスウェルが大魔女だったという事、そしてロスウェルは再びさっきの魔法を見せてくれた。

 詠唱による、一般魔法。そして宙にテキストを書くトリオンが古いと言った魔女の構文魔法ウィッチクラフト、そして、伝説の中で語られる腕に魔法呪印を刻み込む呪印魔法。

 基本魔法以外もこれらで同時発動ができるのだろう。

 

「魔物が同時詠唱しようとすれば、キメラでも作らねばならぬだろう? じゃがワシなら最大同時に八発は発動できる。で? ウィッチクラフト構文魔法はどうかの?」

 

 構文魔法は遅い、それはそれ単独で使った時の話なのだ。

 

「まさか……今現在、ウィッチクラフトと言っている連中は、時短できる魔法をわざわざ構文使って発動しているだけでしたか」

 

 他の魔法と同時発動する物だと初めて知った。

 

「まぁ、同時発動以外にも意味はあるのじゃがな」

「師匠、教えてよ!」

「えぇ、みくびっていました。ロスウェル、貴女の事を私も師匠と認めますよ」

「うん、師匠凄いよね」

「そうじゃろう! そうじゃろう! ワシは凄いのじゃよ。ワシの修行は厳しい故覚悟せよ!」

 

 かつてはそういうスパルタな修行というものは当然だったらしいが、今現在を生きるシエルと、現状を知っているトリオンは嫌そうな顔をする。

 そして、何かを察したロスウェルはため息をついた。


「まぁ、あれじゃ、程よくの」

 

 その言葉を聞いて安堵するシエルとトリオン。

 そして二人の大魔女への修行生活が始まった。

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