誰も知らない大魔女に弟子入り

誰も知らない大魔女に弟子入り ①

 イカダに揺られながら黙々と魔法で魚を捕らえる作業をする仕事があったとしたら、果たしてそれはどのくらいの稼ぎになるんだろう?

 魔法で捕らえた魚の内臓を取り出して、塩漬けに、身の方は海水で洗って開いて乾かしていく。

 

 現在、人間と魔造人間の二人は進行形で遭難中である。

 

 人間の方はヴァーテクス魔法学園の校章が入った男子用のブレザーを着た愛らしい少年、西方の人間らしい夕焼け色の髪と瞳が特徴的だ。

 魔造人間の方は専門的な魔導知識がない者が見れば人間にしか見えない。

 金髪の長い髪を後ろで纏め、海のような瞳。ドレスシャツにロングテールコート。姫騎士か、あるいはどこぞのお抱えの執事かと言った雌型の風貌。


 少年の方は楽しそうに、逆に魔造人間の方は遠い目をして、延々と同じ作業を繰り返していた。

 海の上で遭難するという危機的状況において、少年は水を魔法で出すと金属のコップに入れて定期的に水分補給。

 ぬるかったのか? 一口サイズの氷を魔法で出してコップに落とした。

 

「十分魚は獲れたね」

 

 その一言は作業終了を意味するのだが、据わった目で魔造人間は言う。


「シエル、あれほど海の旅はちゃんとした船に乗りましょうって私言いましたよね?」

 

 そう、二人は船でとある目的地へ移動中にシーサーペントに襲われて船は大破。現在に至るというわけである。

 

「そうだね。確かに今回は完全に僕に非があるよ。船代ケチれば残りのバイト代でご馳走食べられるよね? とか僕が言わなければトリオンが羅針盤なんてなくても自分がその代わりくらいできる! なんて言わせなかったかも、反省してるよ」

「うっ! それは……」

 

 確かに船を選ぶ際、トリオンはシエルにしっかりとした船を選ぶようにと伝えたはした。それは間違いない。

 だが、シエルの返しで、美味しい物をたらふく食べる事と天秤にかけて、当初の考えをやめて、シエルと同じく最も安い船を選んだわけで、今回の件はシエルだけに問題があるといえばそうでもない。


 マウントを取ろうとしたトリオンだったが、ゆっくりと座って、塩水で錆びないようにナイフを洗ってさらに錆よけの魔法をかける。

 

 今、二人はどこにいるのかも分からない海の上。

 食料は十分に確保したし、飲水だって魔法があるからなんとかなる。

 シエルに至ってはイカダに日差し避けをつけて、昼寝でもできそうなスペースを確保している。

 無駄に慌てても体力を奪うだけだし、疲れる前に食事の準備を済ませた。

 実に合理的な行動を取るシエル、彼は普段魔法を無闇矢鱈に使わないのだが、遭難してからは率先して魔法で各種作業を時短している。必要な時に必要な魔法を使っているわけで、今まさに魔法を使う状況という事だろう。


 そして、彼はどうしょうもなくなれば慌てるし覚悟すると言っている。

 その心は、今は別にまだ慌てる状況じゃないという事なんだろう。

 リュックの中には携帯食料も少しあるし、船をケチった分お金もまだ余分に持っている。

 それを渡せば偶然通りがかった船乗りが助けてくれるだろう。

 

「シエル、先ほどはアレです。私にも少し非があります」

 

 多分、半分くらい責任はあるはずなんだが、少しというトリオンにシエルは笑う。

 彼女はどこか人間臭い部分がある。本来、勇者を討伐する為に強力な魔法を収集装置として魔王に作られた魔造人間だとトリオンは語るが、それにしてはいらない機能が多すぎる。

 

「まぁ、高いお金を払っていい船に乗ったとしてもあのシーサーペントに襲われていたらいい船だって今ごろ海の藻屑だよ。それこそ何も残らずに今よりも少し困った状況になってたんじゃない?」

「えぇ」

「でしょ」

 

 とはいえ、シーサーペントに襲われたのは偶然でしかない。シエルが元々この未来を知っていたなんて事はまずないだろう。

 シエルは物事をいい方に考える癖がある。

 それは楽観的主義者というわけではなく、人生を心から楽しんでいるからだ。世の中の何故? 何? にいつも興味を持ち、今その瞬間を楽しめる。

 今は遭難したから見知らぬの海のどこか、イカダの上で昼寝。

 仕方がないので、トリオンもシエルの隣に横になる。

 

 シエルの寝息が聞こえる、スゥー、スゥーと。

 本当にこんな状況で昼寝してしまったシエルにトリオンは呆れる。

 

「貴方の長所は大した物ですけど、ずっと海の上で生活していくなんてできるわけないでしょ?」

 

 それはトリオンの独り言でしかなかった。

 

「でも案外快適かもよ?」

 

 そんなハズない事をシエルは平然と言ってのける。

 

「そんなわけないでしょう! ここは海の上で、ケーキもチョコレートもアイスクリームもないんですよ?」

「でも具のないカレーならできるよ」

 

 そう言って、シエルのお気に入りのカレー粉の袋を見せる。

 

「いやいやいや、作れますけど! カレーなら水とそれがあればできますけど! そんなの人間の生活じゃないでしょう? ここ海ですよ? 家、イカダですか?」

「住めば都って前に買った本に」

 

 シエルの買った変な蘊蓄の乗った本の話をしている中、トリオンは魔法防御を張る。

 

「シエル、その話はまた後で! 大きな魔力反応です。さっきのシーサーペントかも」

「じゃあ、蒲焼にしちゃう?」

「私はどちらかといえば白焼の方が好きですけどね。来ますよ! シエル!」

 

 海から顔を出したのはシーサーペントではなかった。

 

「トリオンこれヤバくない? なんだっけ? 海獣とかいう生き物だったっけ?1000年以上前に絶滅したとかいう」

「クジラです」

「なんとなくだけだけどさ? この真っ黒いクジラだっけ? なんか凄い魔力を感じるけど、僕の気のせいじゃないよね? というかでかいなー! 一体どのくらいあるんだ? 島みたい」

「冗談抜きで凄まじい魔力量ですよ。倒しますか?」

「この質量、倒せたとしても僕らも巻き込まれて圧死するかこいつの血で溺死しちゃうのが関の山だよ。要するに海のさ」

「海の藻屑ですよシエル」

「知ってる! もずく食べたくなってさ」


 そのシエルの言葉を最後に、二人は島より大きなクジラにトリオンの魔法防御ごと飲み込まれた。

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