魔導士を捕食する夢見る街 ⑦

 シエルが目覚めたのはそれから二日後、宿屋の硬いベットの上だった。シエルが起きるのを待つまでトリオンが同人誌みたいな魔導書を読んでいた。

 激しくつまらなさそうな顔をしている事から、本当に時間潰し以外の何ものでもないんだろう。

 

「起きましたかシエル」

 

 シエルは周囲を見渡してここがラーディンシティではなく元の時代、元の世界に戻ってきた事を理解した。

 

「僕の魔法だけじゃ脱出不可だったねありゃ」

「まぁ、そうですね」

「そもそもトリオンがいなければラーディンシティに入ろうとは思わなかったけどね」

 

 これに関してはトリオンは少しばかり疑っていた。

 

「シエルなら私がいなくても入りそうですけどね。貴方の好奇心はいつか自らを殺しますよ?」

「トリオンがいなかったらもっとしっかりと準備をして、数年越しで挑戦するだろうね。トリオンは僕を少し買い被りすぎだよ。まぁ、僕はトリオンをアテにしてるけどね」

 

 あーいえばこう言う、本当に食えない人間だなと思う。

 

「いつか私をアテにしてしくじりますよ」「それはそれで悪くないよ」

 

 魔法力がカラの為か、普段よりも弱々しく見えるシエル。

 

「もう少し寝てください」「話に付き合ってよ」

 

 もう眠たくはないとシエルは言う。

 シエルは風邪を引いた時も、睡眠よりトリオンとのお喋りを好む。

 

「貴方の魔力が戻るまでしばらくここに滞在ですよ」

「だね」

「全く、何が勇者や魔王様と関係があるかも! ですか」

 

 今回のラーディンシティは人間が招いた災害みたいな事故だった。

 

「限りなく関係ないとも言ったじゃん。魔王が討伐されてから1300年も経った後の事件だし、当たり外れはあるに決まってるじゃん。なんでも知ってたら旅なんて面白くないよ?」

「それはそうですけど……」

「はい論破ぁ!」

 

 たまにシエルがクソガキムーブを出してくる時がある。

 

「イラっ」

 

 そして、トリオンは意外とすぐムキになるタイプだったりする。

 

「シエル! いつ私が貴方に論破されましたか? 私が論破された事なんて魔王様くらいですよ! さぁ、答えてください!」

「それはそうって言ったじゃん」

 

 トリオンは自分が言った言葉を思い出して、確かに言ったなと頷く。

 

「まぁ言いましたね。論破された……という事もとりあえず認めましょう。これ以上シエルと口論しても無駄です」

「トリオンのそういう素直なところ僕は大好きだよ」

 

 シエルくらいの男の子が、女性に対して好意を示す言葉を言うのは恥ずかしがるのが相場のハズだが、シエルは平然と言ってのける。

 どこまでが本気なのか本当に分からない。

 

「シエル、もう普通に起き上がれるでしょう? なんか食べに行きますか?」

 

 トリオンがそう言ってみると、やっぱりベットから出て制服のブレザーに袖を通した。


「いいね。びっくりするくらいお腹が空いているから、具のないカレーでも食べに行こうよ!」

「私はウィンナーとかのってるカレー頼みますけどね。そこで次の目的地についてミーツ会議しましょ」

 

 魔法学園休学中のシエルと、かつて魔王の魔法書庫だったトリオンは並んで食堂に向かう。長年の友人のように笑い合いながら。

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