魔導士を捕食する夢見る街 ⑤
「バスタード・ミーティアといえば、魔王様の軍団の一つを砂漠と共に焼土と化した凶悪な魔法じゃないですか。人間が使える魔法の中だと、当時でも結構殲滅戦なんかに使われると大変困った物です。そしてシエルの時代では確か使用禁止はもちろん、習得もなんらかの理由がなければできない筈では? というか、こういう危険な魔法は厳密に管理されているハズですしね。シエル、貴方が嘘をつくとは思えないので、どんな裏技を使って、バスタード・ミーティアなんて使用禁止魔法覚えたんですか?」
「僕は魔法学園の史学科だよ? 一度、魔導書整理の授業で特別に見せてもらったんだ」
それはシエルだけじゃなく、他多数の生徒もいた事だろう。じっくりと! ではなく、その時に少しだけ閲覧したという。
「覚えたんですか?」
そんな一瞬の閲覧時間で? 人類の切り札みたいな魔法を?
「覚えたよ。もちろん全部が全部読めたわけじゃないから、あとは魔法理論の応用と、今まで学んできた授業を思い出して、穴埋めしていく感じかな? 魔法って実際、いくつかベースになっている理論があるでしょ? それらが巧みに細かく、混ざり合って、難しい魔法になっているとしても、よほどの秘伝の魔法でもない限り、それら基本設計は変わらないようになってんじゃん。それも、当時魔王軍と戦っていた頃に生み出された魔法なら尚更、誰でも使える事を念頭に開発されたでしょ?」
「それはそうですが」
「何も全部、頭から尻尾まで読み取る必要はないよ」
それに少しばかり、トリオンはムッとする。
「あー! それって私に対しての当てつけですか? 全て正確に記録する必要なんて本来ないと言いたいわけですね? 私はですね! 私の為ではなく魔王様の為にあらゆる魔法を収集していたんです。ですから、一語一句正しく記録してるんですよ」
「トリオンって単純だよね」
「はー! シエル! 貴方、言って良い事と悪い事がありますよ! 私が単純ですって? 今の時代に私を再現できる魔導士がいるとでも思ってるんですか? 私は魔王様によって生み出されたワンオフですよ! 博物館に飾られてる類似品と一緒にしないでください!」
トリオンは、魔王に生み出されたという事に誇りを持っている。
「誰もトリオンの事を馬鹿にしたりしてないよ。むしろ、君みたいな事ができないから人間は省略するの! ところで、なんで僕の使用できる魔法を聞いたの?」
唐突にトリオンがシエルの攻撃魔法を聞いてきて、今のくだりとなっている。
「そうでした。瞬間大きな魔力反応を感知しましたので、交戦の可能性をと」
シエルには何も感じない。だけど、トリオンにはそれを感じたんだろう。
「へー、だからって戦う必要ないかもしれないじゃん。で? 何処?」
魔力感知をしたのは何処から?
「それが分かりません」
「へぇ、トリオンが分からないんだ? すご」
「私の勘違いとか言わないあたり、私もシエルのそういうところ凄いと思います」
シエルはトリオンの言う事をもれなく信じる。トリオンは人間とはこんなにも相手の事疑わなかったっけ? と思う程に。
「まずトリオンが勘違いで魔力を検知しないでしょ? トリオンが特定できない場所、あるいは術者がいるなんて脅威を感じると共に僕の時代では中々お目にかかれない魔導士や魔物に遭遇できるかもしれない。最悪トリオンがいればなんとかなるしね」
「シエル、700年前ですよ? 私を超える術者や魔物だって当然現代より遥かに存在しています。目測甘くないですか?」
シエルの目測は間違っていない。トリオンを超えるような脅威が出てきたら諦めるし、700年前でも2000年前でもトリオンを超える脅威は稀だ。
「アレだよトリオン。歩いていて偶然穴に落っこちて死ぬ人の確率って接触禁忌の魔物に出会って死ぬ確率より高いってどっかの魔術書に書いてあったよ。で、僕は接触禁忌の魔物。君に既に出会っている。と言う事はだよ。ここの術者、あるいは魔物が君以上の脅威である確率は低いよ」
「シエルはたまに確率論を掲げた博打をよく打ちますよね?」
とはいえ、トリオンも魔王に直々に生み出してもらったし、並の魔物ではない。自分以上の魔物が中々存在しないと言う自負ももちろんある。
「それにさ、魔力を検知した相手が、必ずしも悪意を持ってるか分からないじゃん」
「楽観的な」
ここには魔導士が一人もいない。どう考えてもこのラーディンシティの燃料は魔導士だろう。
「まぁあれだよトリオン。この街にいても魔力が吸われている形跡もない、となると僕から魔力を奪う際、なんらかの兆しはあると思うんだよね。きっとそれは僕らに、あるいは僕に接触してくるハズさ。そしてそれはそろそろ姿を現すよ」
魔力をトリオンが検知したというのが合図だったんのだろう。
没頭して魔導書を読んでいたのは知的好奇心を満たす為と、何者かの接触してくるまでの時間潰し。
「僕の予想が正しければそろそろかな」
シエルの言葉は勘じゃない、魔法の構成、仕組み上、この街が魔法で出来ている限り、仕組みが存在する。
「成る程、このラーディンシティを一つの魔法の仕組みと捉えると、街に招き入れる事を魔法の詠唱としてそろそろ魔導士から魔力を取り込む魔法の発動されると」
「うん、さすがトリオン。説明不要だ」
「しかし、詠唱が長い魔法は強力な効果があると2000年前から言われてますよ。ある程度自動詠唱や、無詠唱で発動自体楽になった物もシエルの時代にはありますけどね。このラーディンシティの魔法詠唱は丸一日かかっている事を考えると、かなり強力な魔法ですよ?」
「覚えた?」
「……覚えれるわけないでしょう。どんな術式なのかも、属性も不明。というかこれは恐らく貴方達人間が生み出した特殊魔法です」
トリオンが解析できない程の巧みな魔法だと彼女は言う。
「へぇ、リクサーさんすげぇじゃん」
「これはかなりすげぇ魔法ですよ。冗談抜きで」
「マジか、ガチじゃん」
多くの魔法を収集したトリオンが魔法を評価すると言う事は魔術書のレビュワーなんかよりアテになる。
「えぇ、この魔法。大魔導士クラスです」
「大魔導士ではない。これは700年に渡る魔導士達の知恵と、力の積み立ての結果だ」
それは突如現れた。背中に純白の翼を持った少女? 少年、それを曰く天使という造形の何か。
「出た! 成る程ね。人間が信仰する神の使いの姿をして出てくるんだ。君は術者? それともこの街? この街の成り立ちから知りたい事を教えてよ」
「魔王の討伐後、増える人口に対して足りない土地、作物と水。戦争の魔法だったマギア・コミュニティを改良し、魔力による拡大、村や街一つを取り込む事ができれば戦争も飢えや病の苦しみもない理想郷が作れる。職を失った魔導士達は喜んでマギア・コミュニティへの魔力提供を買って出てくれた。だが、魔導士達は街の根幹となる事と街での身分を勘違いし始めた。マギア・コミュニティに争いはいらない。魔導士に意思はいらないと判断。魔導士は魔力供給の装置にする事とした。取り込んだ魔導士の知識を元にこの姿を生成。しばらくすると魔導士がここに送られてこなくなり、しばらく休止状態にもなったが、この地に村や街を作った人間も現れたので、魔導士を根こそぎ取り込んだ。そして今回も魔導士と魔力を帯びた魔造の魔物がこの地にやってきた。ラーディンシティ維持の為、その身を捧げてほしい。この通りだ」
「お断りだよ」
「えぇ、私たちになんのメリットもないじゃないですか」
シエルは片目を瞑ってトリオンにウィンクする。
「恐らくその回答が帰ってくると分かっていた。だが、この街を守るのが私のつとめである。すまないが取り込ませてもらう」
“”ファイアー・ボール!“”
現代魔法において、最も使われる汎用攻撃魔法。無詠唱ファイアーボールを二人は同時に放った。
「信じられない。ファイアー・ボールを詠唱無しで発動させるとは、魔導士としての質が高いと見受ける。さらにそちらの魔物の魔力量は測定できない程、とはいえこの程度の攻撃系魔法ではこの街には傷ひとつつけられはしない」
「人類の叡智、無詠唱ファイアーボールじゃやっつけられないね。お手上げだ」
「いくら、魔法全盛期ではないゆとり世代のシエルとはいえ、それはいくらなんでも諦めが早いですよ」
「私はこのマギア・コミュニティの意志を具現化したに過ぎない。そして今の魔法はマギア・コミュニティの力にした」
成程、と二人は理解。今までも抵抗した魔導士は数多くいただろう。
「中には相当な魔導士もいたでしょうに、大したものですね」
「そうだね。というか、進行形で魔力吸われてるよね?」
「交渉決裂した為、強制魔力吸収を開始している」
それに驚くわけでもなく、シエルは魔力補助のポーションをリュックから取り出すとキュッと飲み干す。
「結構強引なやり方するんだ? 魔物よりタチ悪くない?」
「私の第一優先命令はこの街の営みを永続的に続ける事。その為、多少の非人道的な行為は許可とした。王都からの魔導士の派遣及び、停止命令が入るまで人類の未来の為にこの実験都市は存続させなければならない」
「シエル、人類とは時に驚くべき怪物を生み出しますね?」
このラーディンシティの魔法を行使した者は当然もういない。
その王都とやらももうないし、魔導士の派遣は永劫に行われないし、停止命令なんでできるわけがない。
「元々の魔法仕様を誰かが書き換えたのか、魔導士を取り込んだ時に何処か壊れたのか分からないけど、この街はマギア・コミュニティの実験をした時点で滅んだんだよ。トリオン」
シエルはポーションの効果が身体に出てきた事を感じると空き瓶をリュックにしまってそう言った。
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