魔導士を捕食する夢見る街 ②
ラーディンシティ。
太陽の日差しが強い砂と岩の街、恐らくは交易都市。
700年前に実在した街をシエルとトリオンは見ている、というよりそこの登場人物、いや異邦人としてここにやって来た事になる。未だあの魔導書が鍵だとは信じ難いが、事実目の前に広がる活気ある街の風景。
美味しい物に目がないトリオンは食べ物の市を見渡して果物のジュースのような物に興味津々だった。そしてシエルは立ち飲み屋みたいなところでお酒を飲んでいるほろ酔いの客とお店に興味を持った。
現在では流通していない貨幣で経済が回っているらしい、そして酒より水の方が高いようだ。
当時の通貨なんてシエルもトリオンを持ってはいない。そうなると、まずはお金を作るところから始めなければならないわけだ。
こういう時の頭の回転は悔しいがシエルの方が一枚も二枚も上手なのだ。トリオンは水でも魔法で出して売ればいいと思ったが、高いという事には意味があるんだろうとシエルはその考えを止めてシエルがその辺の露天で騙されて買ったオークの牙を使ったドラゴンの爪と言って売られていたネックレスを取り出した。
まさか、ドラゴンの爪と言ってシエルが転売するのかと思いきや、シエルはそのアクセサリーをナイフで加工して、魔石の粒をはめ込めるように器用に魔改造した。そして魔法で水を生み出すと、香料の薬草を絞りっていく。
使い終えて何かの役に立つかとシエルが残していたポーションの小瓶にそれらを詰めていく、香料の薬草はどこかの山で採取し、水は魔法で出した。仕入れ価格0円でシエルは香水もどきと、目玉商品のオークの魔石ネックレスを用意すると、露天の場所も確保せずに香水をお試しで道ゆく女性に試してもらっては破格の値段で販売する。
そもそも、お金の価値がイマイチ分からないが、マルゴ硬貨という物を使っているようで、赤色、黒色、銀色の三種類がよく見られる。
最初に販売した女性が赤色の硬貨を3枚で! というので、シエルは5枚と言った。それに値切るように女性が4枚! というので、困った顔をしたシエルは4枚で販売した。
当然、サービスしたつもりも悔しいわけでもない。売れればいくらでもいいのだが、勝手に現地の人が最初に提示した金額より少し高く売るためのブラフであった。
シエルは割と可愛い見た目をしている。さらにこういう商売がやたら上手い。なんなら、野草で作ったお茶を配っても完売させれるんじゃないかとトリオンは呆然とその様子を見ていた。シエルの目的は香水もどきを売る事じゃないくて、目玉商品のオークの牙のアクセサリーを売る事にある。
香水もどきを売りながら、シエルは他の露天でどのくらいのお金のやり取りがされているのか調べていた。
どうも赤い硬貨は5枚でパンや果物と交換ができるらしい。黒い効果は1枚で酒瓶と交換していた。銀の硬貨は馬車に乗る程の大量の肉と交換。
「貴方のしているネックレスはおいくら程?」
あっ! 釣れたとトリオンは思う。赤の通貨のおおよそ十倍の価格が黒い通貨、そしての黒い通貨の百倍くらいの価格が銀の硬貨の価値であるとトリオンも理解した。
「これは一点物だから銀のマルゴ硬貨一枚だよ」
うわー! 凄いボッタなとトリオンは思う。そして絶対売れないと。
トリオンの予想通り、買えそうなら買おうとした女性は手を振って断る。
売買不成立! という風にはさせないのがシエルの手腕。
「でもこれ、お姉さんにつけてもらいたがってるね」
シエルはしっかりと女性を立てる。雌型のトリオンですら食事の際は最初に食べるのを待ってくれるくらいだ。
よく言えばシエルは品があり、悪く言えばシエルはどこか心がこもっていない。それでも愛らしいシエルにそう言われれば、購買意欲が無くなった女性も足を止めて、ふふふと微笑む。トリオンはこれから起こる事をいくつか予測していた。
シエルはもしかしたらこのネックレスをマルゴ銀貨一枚で売ってしまうのか?
「僕ら泊まる所がないんだ。四日! いや、三日の宿を貸してくれれば差し上げますよ! 美人のおねーさん!」
甘い声を出してそう言うシエル。
「えぇ! 宿ぉ?」
獲物は再び針に食いついた。このラーディンシティに入る時の魔導書並にゴミみたいなアイテムにである。
ただし、シエルが加工を施したので、その技術料としては価値が上がったか?
「じゃあウチ来る?」
この年にしてシエルは女性を惑わす才能でもあるのかとトリオンは驚愕。
「よろしくお願いしまーす! はい、これアクセサリー!」
「本当にそれでいいの? そんなおもてなしとかもできないわよ?」
シエルは無価値な物に価値を持たせた。トリオンにはできない荒技。
「全然、屋根と寝床があれば! 僕はシエル、こっちは連れのトリオン」
「ソフィアよ!」
ソフィアは近くのパン屋で働いているらしい。
「僕らはこの街に魔導士を探しにやってきたんだけど、有名な魔導士っているのかな?」
「どうかしら? 人の入りが多いから探せば魔導士もいるかもしれないけど……最近はあまり聞かないわね」
シエルはトリオンの表情を見て、トリオンが考えている事が手に取るように分かる。シエルの生きている時代より魔導士が多い上に珍しくもない……のに魔導士がいない。
「レディ、この街に魔導士の協会などはございますか?」
「中央広場の正面に大きな施設がラーディン魔導士協会よ」
「ふーん、じゃあ後でそこに行ってみようか?」
「二人は魔導士なの?」
とりあえず魔導士の師匠トリオンと弟子シエルという事にした。
「先生とお弟子さんの関係なのに、ずいぶんフランクなのね? でもだから信頼関係が生まれるのかしら? 最初仲良しの姉弟に見えたもの」
仲良しかと言われればどうなんだろうかと真面目に悩んでしまう。
お互い興味深い間柄だと思っているが、それがそうならそうなんだろう。
「えぇ、仲良しです」
と、トリオンが平然と適当な事を言った。ソフィアがそう思ったのであればそう思わせておけばいいだろうという安直な理由であるとシエルは知っている。
「私の家は少し離れたところにあるからこっちよ」
街の中心は生業関係の施設が多く、住居エリアじゃないのだろう。
「改めて古代都市にいるというのは少し感動するね」
トリオンからしてもそれは同意だった。自分が眠っていた間の世界。
「しかし、これほどの質量を存在させている魔法。私の持つ魔法知識の中に該当するものは残念ながら存在しません」
トリオンの知らない魔法の中にいるという状況に身を置かれた二人。
本来であれば何が起きるか分からない今の状況は極めて危険だというのに、シエルはソフィアの横に並んで、目に見える知らない物を尋ねては感嘆の声をあげていた。トリオンがシエルを一つ表現する言葉があるとすれば、知的好奇心の怪物だと思っている。
本来魔導士という者は警戒心が強く、この場所にやってきた際も帰る方法をまず考えるハズなのに、シエルにはそれがない。
彼はどうしょうもない状況になった時、初めて決断や覚悟をするというような話を以前に聞いた事があった。要するにまだ慌てる状況じゃないんだろう。
「建物の面影がないな」
シエルのその言葉はトリオンも言われて気になった。ラーディンシティ跡の遺跡の建物とこの街に建っている建物と全く違うのだ。
「ここは魔法でできた偽物?」
トリオンの仮説は先程まで見ていた遺跡の建造物との違いを証明する。
「僕はそうじゃないと思うんだけどな」
「根拠は?」
「二人とも何の話をしてるの?」
根拠はこれから数日宿を借りるつもりのソフィア。知らない事は知らないし、果物等知っている事は語ってくれる。少なくともここは今、実在している。
「ソフィアさんは元々この街に住んでいるんですか?」
「ううん、随分前にパン職人を目指して有名なこの街のパン屋さんで修行する為にきたのよ」
「それはいい夢だね」
今のところ、不審な点は見当たらない。住まう人々、全てが実に自然で、どう考えても彼らは自律している。
「仮に本物だとしてもここは」
「過去の情報だとしてもこれはあまりにも変だよね」
難しい話をしているシエルとトリオンの話にソフィアはついていけず部屋まで淡々と歩く。
そして、時折、「この角を曲がるから」とナビをしてくれる。
もし、術者が全てを操っているのであれば相当な拘りを感じる。それともあるいは……
「僕らが見た遺跡がラーディンシテイじゃないか」
それはトリオンの斜め上のシエルの言葉だった。
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