魔導士を捕食する夢見る街

魔導士を捕食する夢見る街 ①

「古代遺跡、700年程前になんらかの魔法実験で吹っ飛んだ町、ラーディーンシティ……ですか、私が封印された後に起きた事件ですね」

「うん、歴史上では魔王が討伐されてから千二百年以上後に起きている事故という事になる。故意かもしれないけどね」

 

 住居だったであろう場所や、教会? 領主などの屋敷だろうか? そんな大きな遺跡も見られる。シティーと名付けられているだけあって広い敷地。今回シエルはこの遺跡に至る元々の街を吹っ飛ばした魔法について調べに来ていた。

 

「シエル、ところでこの遺跡は魔王様や勇者の足取りと関係あるんですか?」

「うーん、限りなく関係ないかも」

「さぁ、道草くってないで次行きましょう!」

「まぁ、まてまてトリオンさんや、一応、小生は学生の身、論文だって書かにゃならんのですよ」

「なんですか? その喋り方」

「トリオン。意外な所に思いもよらないお宝が落ちてる事もあるんだから」

 

 面白そうにそう言うシエルを見つめるトリオン、シエルは何を考えているのかいまいち分からない少年、というか本当に考えていない時もあれば、トリオンの生みの親である魔王のように先まで考えを及ばせている時もある。かつては羽虫でも潰すように殺してきた人間が、こんなにも興味深い生き物だったなんてトリオンは思いもしなかった。

 

「分かりました。三日です。三日程度なら付き合いましょう」

「そぉこなくちゃ! やっぱり僕の相棒は話が分かるね! そこに痺れる憧れるぅ!」

「なんですかそれは? それと誰が相棒ですか……貴方と私はただ利害が一致しているだけですよ」

「そんな邪険に扱わないでよ。この前買った古い本に書いてたよ? 袖触り合うのも多少の縁てね」

 

 凛々しい見た目のトリオン。金髪の長い髪を後ろで纏め、海のような瞳。ドレスシャツにロングテールコート。姫騎士かあるいはどこぞのお抱えの執事かと言った雌型の魔造生命。魔王討伐と共に失われた過去の技術。まじまじと魔法に精通している人が隅から隅まで見て初めて人間ではないと判断ができるそれは今現在では再現不可能だろう。

 そんなトリオンと並ぶ同年代より少し背の低い少年シエルはヴァーテクス魔法学園の制服に身を包み、この前古本屋で買い叩いた自費出版らしい魔導書を手にラーディンシティー跡の探索を始めようとしていた。

 

「トリオン、この遺跡は何故できたと思う?」

「魔法の事故で吹っ飛んだからでしょう?」

「それはどんな魔法で? こんな広域を吹っ飛ばせる魔法って何?」

 

 学生の身分であるシエルだっていくつかの魔法の名前は思い浮かぶであろうに、あえてトリオンに聞くと言うのは何か意味があるんだろうと邪推してしまう。

 

「流石に時間が経ちすぎています。爆破系の魔法であればこんなに住居跡が残っているとは思えないですし、見るからに時間と共に風化した街並みに見えますが、それならそれでここを見つけた何者かに領土にされるなり、住居者を移住させるなりするハズですしね。強いて言えば呪いのようなものとか?」

「さすがは魔法の大図書館だ! 勉強になるな」

「バカにしてますか?」

「いやいや、僕は魔法学園のどんな教授達よりトリオンの方が素晴らしい先生だと思ってるよ」

「まぁ、そう言われると悪い気はしませんね」

 

 トリオンは案外チョロかった。

 とはいえ魔王の為、勇者を殺す為、学習し溜めに溜めまくった魔法知識、自分が封じられていた後に生み出された魔法に関しては明るくないが、魔法全盛期とも言える勇者と魔王の時代に生み出された強大な魔法知識の数々を保持するトリオンを魔導士と仮定するなら、現代の大魔導士と言っても過言ではない。

 

「この前、買ったこの本にさ、面白い記述があったんだよね。記憶を持って今なお夢を見る街。ラーディンシティーってさ」

「それ、汚れている! 落書きがある! とシエルが店主にゴネにゴネて値切って買った魔導書ですか? それって偽物なんじゃないんですか?」

「うん、つまらない魔法理論しか書いてない、就職先が見つからなかった魔導士が書いた同人誌か何かだと思うよ。でも僕はその記述が面白いと思ったんだよ。少なくともこの魔導書を書いた人物は魔導士である事には間違いない」

 

 魔導士という人物は少なからず自己評価が高く、承認欲求も強い傾向にある。歴史に名前が残ることのなかった魔導士が評価して欲しい事、読み取って欲しい事。そんな物がシエルの買い叩いた魔導書からは読み取れた。

 

「トリオン、!」

「……ラーディンシティは魔導士を招き、捕え、捕食する。今なお、ラーディンシティは夢の中で栄え続けている……これは呪いである。それは肥やしのように……ふむ、聞いた事ありませんね。街そのものが魔物化するだなんて、それにそれが本当なら、もっと厳重に管理されてませんか?」

 

 自由に入ることができるし、なんなら何組か魔導士ともすれ違った。男女のカップル学生なのか、トリオンを見て二人とも緊張していた。息を飲む美人という者がいるとすれば、それは魔造生命なんだなとシエルは一つ勉強にもなっていた。

 

「この魔導書の著者でもある名が残らなかった魔導士。リクサーさんは、このラーディンシティ跡の本当の姿を知って、この遺跡になんらかの枷をしたんだとすれば? トリオンでも知らないような現象。そうなればきっと勇者様や魔王が絡んでる案件、ともいえなくないんじゃないのかな? 魔導士だけを狩殺す。魔導士捕食都市なんて」

「適当な事書いてるだけでしょう。にしても無理矢理関連性を持たせましたね。まぁいいでしょう。で? どうやって調べるんですか?」

「ここに活きのいい魔導士の学生がいるじゃん」

 

 自分を餌にしてラーディンシティの真の姿を炙り出そうというのだ。自分の身を危険に晒す事になるというのに呑気に遺跡の周りをウロウロしているシエルにトリオンは、人間でいうところのため息を吐いてシエルの後ろをついていく。

 

「この時代の魔導士の中ではシエルは中々筋がいい方じゃないんですか?」

「かもしれないね」

「ならどうしてこんな旅を?」

「今、トリオンが言ったじゃん。僕はこの時代ではそこそこの魔導士でしょ? なら、魔法全盛期の時代の魔導士と比べたらどう? 優れてる? それとも凡才、なんなら才能なし? おためごかし無しで教えてよ」

 

 シエルからすればトリオンは存在する伝説だ。そんなトリオンの言葉をワクワクしながら待っているシエル。トリオンはシエルの質問に対して瞬時に答えは出ていた。シエルはこの時代では優秀な魔導士だ。

 もし、あの魔法で人間と魔物が殺し合っていた全盛期の時代にいたとしたら……

 

「魔王軍にとって脅威になったかもしれませんね」

「どういう事それ? どう考えても僕なんて当時水準ならみそっカスでしょ?」


 シエルの思っていた答えと大きく外れた。

 魔法力、使える魔法の種類。魔導士の資質等、そういう話で言えばシエルの言う通りなのだが、シエルの強みはそういうところじゃない。まだ十四歳の少年のハズなのに、恐怖という感情を何処かに置き忘れてしまっている。

 その癖、興味を持った事には盲信的で、よく笑う。

 にそっくりなのだ。

 

「なんでもありません」

「くくっ、なんだよそれ。僕は英雄にはなれない。だから歴史を調べて英雄達の気持ちを追想したいのさ」


 調子が狂う。

 そんな自分を律する為に、トリオンはこのラーディンシティに仕組まれた枷とやらを探す。本当にそんな物が存在しているのか、周囲数キロに渡って魔力を一切感じない。恐らくシエルが買った同人誌的な魔導書は書いている事も適当なのではと。

 

「シエル、その魔導書もどき、著者の自慰的な事をつらつらと書いているだけなんじゃないですか? シエルも聞いた事のない魔導士なんでしょう?」

「うん、全然知らない。というか自慰とか言わないでよ。これはねー! 名前が残らなかった魔導士の承認欲求の粋を集めた代物なんだ!」

「だからオナニーじゃないですか!」

 

 そう言って愛おしそうに同人誌もとい魔導書を抱きしめながらシエルは笑う。なのにシエルはこの魔導書に書かれている事を信じている。トリオンには理解できなかった。シエルは聡明な魔導士だ。自分のできる事、できない事を年齢の割にはよく理解している。そんなシエルが興味を持ったラーディンシティ。

 

「シエル。貴方はどのくらいそのラーディンシティの夢とやらが存在すると思っていますか?」

「分かってるくせに! ほぼ間違いなく存在するよ」

「その根拠はなんですか? まさかと思いますか?」

「そのまさか! この魔導書が鍵に決まってるじゃん!」

 

 つまらない魔法理論、自分よがりな下手くそな説明文。魔導書としては何もかもがお粗末なその二束三文のゴミみたいな値段でシエルが購入した同様に燃えるゴミが鍵だという。

 

「多分さ。僕みたいなこういう物に興味を持った奴がこの魔導書を持って来ると開くんじゃないかな? この魔導書を書いた人ってさ? 魔導士を捕食している奴か、あるいはラーディンシティに存在した魔導士かだと思うんだよね」

「そんな魔法聞いた事ありませんよ? そもそもそその魔導書が鍵ならもっと流通しててもおかしくないでしょう?」

 

 トリオンの言葉はシエルにとって大正解だったらしい。嬉しそうに笑う。年相応の子供らしく。この笑顔はずるい。無限の魔法図書館と言われたトリオンの知らない魔法。そんな物を見つけた時のシエルの表情だ。

 

「一つ面白い魔法を覚えれたね。さぁ、この魔導書の著者は僕を食べようとする捕食者プレデターなのか、古代に栄えたラーディンシティの魔導士が残したなんらかのメッセージなのか、探しに行こうよ!」

 

 シエルはこの遺跡の仕組みを最初から知っていたかのように魔導書を掲げた。魔導書がトリガーとなる魔法はトリオンの持つ情報にもいくつか存在するが、既に存在しない時間と今の時間を結びつけるような魔法なんて聞いた事がない。もし、それが可能だとすると、

 

「その同人誌の著者、本当に凄い魔導士だったのかもしれませんね?」

「そりゃそうだよ。なんせリクサーさんなんだから」

「だから誰なんですか?」

 

 夕陽色の瞳を輝かせながらシエルはトリオンの言葉をこれまた待ってましたと、言わんばかりに、胸に手を当てて、そして周囲を見るように大袈裟なリアクションでこう返した。

 

「それをトリオンと探しに行こうじゃないか! この700年前から当時の夢を見ているラーディンシティでさ」

 

 そこには朽ち果てた遺跡ではなく、人々が行き交い、綺麗な建物が並び、活気溢れる恐らくは当時のラーディンシティの姿がそこにあった。そんな意味不明な状況にトリオンは、こう呟いた。

 

「マジですか!」

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