ドラゴンを滅ぼす魔法④

 トリオンはかつて存在したドラゴンを殺す魔法をこの世界から無くした。

 その魔法があれば生きとし生ける者はドラゴンの脅威を感じずに済むはずなのに、それを失わせる程の理由があったのか? シエルにはそれが全く分からなかった。

 当時のトリオンは勇者を殺す為に作られた魔物だったはず。

 そんな彼女が勇者にも有用であろうドラゴンを殺す魔法を無い物とした。

 

「私の主のです」

 

 トリオンの主と言えば魔王だ。魔王のわがままとは一体なんだろう?

 

「そういうところだよトリオン。とても興味深いもん」

 

 相棒が神話の時代に何を見て、何を感じたのか?

 

「案外、聞くとつまらないかもですよ?」

「そういうのが面白いんだよ」

 

 長い夜を彩る時間潰しにはもってこいだった。


「経緯として、かつて私は勇者を屠る為に強力な攻撃魔法を集めていました。と言うのはご存じでしょう」

 

 古今東西、トリオンは新しい魔法の話を聞けばそこに向かったと言う。トリオンが人の姿をしている理由は人間の中にいても怪しまれないように、


「しかしながら当時の魔導士はとてつもなく質の良い連中が多かったですから、私の正体を見破られ、危険な目にも沢山遭いましたけどね」

 

 恐らく、今現在トリオンを倒せる魔導士は殆どいないだろう。が、当時は違ったらしい。


「今で言うところの魔導士協会に相当する町単位の魔導都市と呼ばれる場所が昔は点々とあったんですよ。そういう場所は基本的に魔王様の軍と戦う為に強力な魔法研究を行われていました。いずれにしても魔王様はもちろん、勇者を倒せる程の魔法はありませんでした。それでも上級魔族をただの人間が一撃で葬ることができる魔法が生み出されていたり、驚きは凄かったですよ。そんな中でも人間が生み出した魔法の中で私がことさら驚いた物はフレイム・ギアスですね」

 

 現在、準使用制限魔法、フレイム・ギアス。

 時間の敗北、知識の勝利とまで言われた魔法。

 

「その魔法を死に物狂いで習得したただの村人が魔王軍幹部を倒したんだっけ?」

 

 魔物達の大きな汚点であり、人間を最大の脅威と魔王軍が決定したという時代が動いた瞬間。

 

「えぇ、不意打ちだったとは言え一撃ですからね」

 

 魔王軍幹部が相手をみくびっていなければ対処はできただろう。

 

「でもそれは言い訳だよね。才能があったわけでもない。ただの名もなき一人にやられたのは事実だ」

 

 シエルはやられた魔王軍幹部に問題があるとサラッと言ってのけた。それにトリオンは思うところがあるわけでもなく、

 

「そうですね。魔物は驕っていました。生命力であれば人間よりも先にいるという愚かな自負が招いた事件です」

「トリオン、ドラゴンを殺す魔法の話は? 脱線してるけど」

「そうでしたね。すみません」


 月を眺めるトリオン、シエルも同じく闇夜を照らす月を見つめる。

 

「その流れで色々旅してる私は今まで数々のドラゴン種を見てきました。ワイバーンやドレイクなんて亜種も含めればそりゃもう数え切れない程にですね。ですが、人間や魔物の力じゃどうする事もできないような災害級の力を持ったドラゴンという者は実は殆ど見た事が無いのです。逆に言えば私が数多く見てきたドラゴン種達は手間だけど、討伐はできるだろうと私でも思える程です」

「じゃあ、見てきたドラゴンはドラゴンじゃ無いって言うの?」

「そういう風に聞こえていたらすみません。紛れもなくその他多数もドラゴンである事には違いないです」

「じゃあ、そのトリオンが認めるヤバいドラゴンってのが原因なんだ?」

 

 えぇ、と言葉を発さずにトリオンは頷いてみせた。


「シエルも、名前くらいは聞いた事があると思います。神が地上にいた時代と言われた頃、国造りの七頭のドラゴンがいたと言われています。エンペラード・セッテなんて言われている神竜達の事です。2000年前でもその存在は作り話だと言われていて、シエルも魔法学園でそう習ったでしょう。普通に考えれば国よりも巨大な体躯を持った巨龍が存在していれば、魔導士の誰かが観測してもおかしくはないですからね。私も同じく神龍なんて人間達の作ったお伽話の存在だと思っていたんです。ですが、私は神龍に会ってしまいました。それもエンペラード・セッテの中でもヘッドと言われた神龍ガルガンチア。それは、魔王様でもなく、勇者でもない。異次元の魔導士と交戦していました。その魔導士は……いえ。魔法を作った者。全ての魔法の母へ敬意を表してこう言いましょう。魔法を扱う者で知らぬ者はいない超魔導士ドロテアです」

「ちょっと待って……」

 

 シエルの記憶が正しければお伽話の登場人物が1匹と一人いる。

 

超魔導士ドロテア寓話の登場人物って存在……」

 

 したんだろう。トリオンを見れば分かる。

 

「並の生物が生存する事叶わない、標高10000メートルを超える霊山。そこに魔導書が存在すると眉唾な噂を聞いた私は、魔造生命である私であれば難なく到達できるとたかを括っていましたが、生息する魔物達の凶暴性は半端じゃなかったんです。準備不足を感じた私は下山とルート変更を決断した時、雪山の雪と霧が一瞬晴れたんです。そしてそれは現れました。山をも超える漆黒のドラゴン。神龍ガルガンチア、それに遭遇した瞬間、私は生存する事を諦めました。嗚呼、これがドラゴンというものなんだなと、そして美しいと、これが命という者を体現した存在なのだと。しかしそんなガルガンチアが悲鳴をあげたんです。地鳴りにもにた声で、遅れて雪崩の中を一人の魔導士が逆走するように飛び、神龍ガルガンチアと対峙、そして見た事のない魔法を放ち始めました」

「マジで言ってるの?」「マジで言ってます」


 暇つぶしに聞くような話ではないし続きが聞きたいのでシエルは黙る。

 

「とはいえ、さすがは神龍ガルガンチアでした。最初一方的にやられるかに思っていましたが、ドロテアの規格外の魔法に対抗する為にガルガンチアは姿を変えたんです。小さく、小さく、その巨大な体躯を3メートル程の大きさに。そこで私は全体像を見ました。三対の透明な翼を持ち、純度の高い魔素に包まれた宝石のような皮膚。そして何者をもひれ伏せさせる福音のような咆哮。神龍を観測できない理由。あれらは恐らく質量という物が存在しないんだと思います。どこか私はドラゴンという生物を知的生命以下だと思っていた驕りがありました。あれは……あれを見た後で言えば本当のドラゴンという存在は完全に上位生命と言わざるおえません。そのドロテアと対峙する為の姿になってからは凄まじかったです。ドロテアは笑い。ガルガンチアと魔法攻撃の応酬が始まりました。私の記録機能が追いつかない程に……何か一つ、何か一つだけでも記録しようと私の全ての機能をフルに開きましたとも」

「トリオンですら?」

 

 トリオンの魔法観測能力の凄さと異次元さはシエルがよく知っている。

 

「私を買ってくれるのは嬉しいですが、当然私も私のスペックを超える存在への観測干渉には限界があります。魔王様や勇者、会った事はないですが神々や邪神等の類も同様に難しいでしょう。ですから、私が活動していた時間においてこのお話での私は過去トップクラスに頑張りましたとも」

「へぇ、じゃあそれで記録できたんだ?」

 

 ドラゴンを殺す魔法を習得できたのかという核心の話。

 

「シエル、狙っていた魚よりも大物の魚がかかってしまった時の気持ちって貴方には分かりますか? まぁ、貴方の事ですからそうならないように対処するんでしょうけど、私が当時感じた気持ちはまさにそれでしたね。竿も釣り針も釣り糸も全て壊れる限界の状態で続いていました。私は知らない魔法が発動されたらそれをオートで記憶しようとする癖があるんですが、神龍ガルガンチアと超魔導士ドロテアの攻防は小手先に至るまで未知の魔法のオンパレードです。さらにそれらの魔法理論の解読も難解で、行使する為の条件も不明な物ばかりでした。なので、私はたった一つに的を絞る事にしたんです。この際、どっちでもいい。神龍ガルガンチアでも超魔導士ドロテアでも、どちらかの必殺の魔法が発動した時の一回に賭けました」

 

 そもそも「どうして二人は戦っていたの?」というシエルの質問。

 

「分かりません。お互いが敵対しているのかも知らないそれらですが、明らかに攻撃を仕掛けているのは超魔導士のドロテアであったと覚えています。超魔導士ドロテアは神すら超越したところに到達した存在ですから、もしかしたら新しい魔法の開発に神龍ガルガンチアを素材として使う為だったのか、あるいは世界を気まぐれで滅ぼそうとしたドロテアを止めに神龍ガルガンチアが出現したのかあの場にいる二人に聞いたわけでもないので、それらの理由に関しては永遠に分からないでしょうね。ただし、世界はいまだ健在であるので、世界の崩壊は免れたという事は確実です。収縮したサイズのガルガンチアはドロテアに届く魔法をこれでもかと発射し、ドロテアもそれに応えるように様々な属性の魔法を放っていました。無限に続くかと思えたその戦いにもついに終わりがやってきます」

「どっちにも負けてほしくないけど、あと魔導士の方、なんでドロテアだと思ったわけ?」

「えぇ、私もそう思いました。ドロテアの件は後で話しますね? 続きですが、確実に被弾が増えていたのは神龍ガルガンチアの方でした。超魔導士ドロテアの魔法をいくらでも受けるタフネスはまさにガルガンチアも神域を超えた存在であると言っていいでしょう。ですが、被弾が多くなるにつれて、ガルガンチアの手数が少なくなってきました。それを勝機と思ったのか、ドロテアは高く浮かび上がります」

 

 その時のことを思い出すようにトリオンもまた椅子から腰を上げて語る。

 

「言い忘れていましたが、超魔導士ドロテアは見た事のない材質できたローブに身を包んではいましたが、丸腰でした。なんの魔力増幅アイテムも使わずに神龍ガルガンチアと戦っていたのです。ですが、トドメを刺そうというドロテアは浮かび上がり、自分の部屋のクローゼットでも開くように何もないところから一本のケインを取り出しました。浮かび上がった理由を私はこの時よく覚えています。ドロテアの取り出したケインの大きさはドロテアの身長を超えていたのです。魔導士なら誰しも聞いた事のある究極を冠する魔法のケイン。超魔導士ドロテアが作ったいく度も世界を滅ぼして鍛えたというあの、サクリファイス・オブ・ジ・アースであろうと思われます。これを見て私は彼女が超魔導士ドロテアであると確信したんです。なんらかの木製のケインに本来魔石がはまってそうな場所に滅ぼした世界の残滓を纏い。それは丸い球体、青く澄んでいて美しかった事を覚えています。究極の超魔導士であるドロテアが究極の魔法兵器であるサクリファイス・オブ・ジ・アースを構えるという状況。いくら相手が神龍ガルガンチアであろうともひとたまりもないと私は思いました。そして、私はこの魔法こそ私が記憶し、魔王様にお伝えすべき物だと判断し、学習と解読と行使条件の解析に入ったんです。私には到底使用不可能な魔法ですが、理論さえ手に入れる事ができればあとは魔王様が必ず使えると、私が生まれてきた理由はこの魔法を習得する事だと思いました。かき集められる魔素。本来魔法を使うのに集めるのは魔素だけの筈なのに、それでは足りないからか、霊山に眠る魔石なども全て魔力に変換し、超魔導士ドロテアは頭上に小型の竜巻のような魔法の力を練り込んでいきます。魔法効果は恐らく、回転による貫通と規格外の爆縮エネルギーを濃縮したそれによる完全破壊でしょう。この世界に落とせば言葉通り、世界が崩壊するような代物です。私はその詠唱から発射まで記録しようとして…………ボェエエエエエエ! ってなりました」

「えっ? なんだって?」

「いえ、ですから、ボェエエエエエエエってなっちゃったんですよ。オーバーヒートで」

「ボェエエエエエ! ってなっちゃったんだ」

 

 そのボェエエエエエ! という時のトリオンの真顔の顔が面白くてシエルは少し吹いた。


「気がついた時は、私は帰巣本能が働いて、というか私の機能が停止した時に魔王様が私の中に組み込んでくださった撤退行動によってそこからどうやら離脱して魔王城へと戻る事ができたわけなんですが、魔王城で魔王様に再起動していただくまでボェエエエエエエ! って言ってたので、魔王城内にいる幹部から一般兵、下僕に至るまで殆どの魔物に見られたわけで、そりゃもうしばらくの間笑いのネタにされましたよね。私自身はその姿を見た事もないんですが、みんながみんな、私の真似をしてボェエエエエエエ! って言うわけですよ。だから、私はそんな感じだったんだろうと記憶しています。結果として超魔導士ドロテアの魔法、シエルの言うドラゴンを殺す魔法は記録しようとすると脳を破壊する罠が張られていたようですね。超魔導士の魔法を掠め取ろうとした私に落ち度がありました。私の場合は魔造生命故、助かりましたけどね」

「結局覚えられなかったんだ?」

 

 シエルの残念そうな表情に対してトリオンは自信満々な表情で笑う。

 

「いえ、言ったじゃないですか! ドラゴンを殺す魔法は私の主のわがままで失われたと! 私はあの時あの魔法を記録する事に私の全存在を賭けました。結果として私は持ち帰ったんですよ。ドラゴンを殺す魔法……と言うか、世界を滅ぼす魔法? 魔王様に献上し、魔王様がその魔法を調べて使用可能なところまで落とし込んだところで魔王様が私にお尋ねされたんです」

 

 魔王の話をしている時のトリオンは中々に嬉しそうだ。そしてペットは飼い主に似るというが、シエルは見た事のない魔王に親近感が湧いていた。

 さて、ドラゴンを殺す魔法をこの世から無くした話の結末に至る。

 

「魔王様は私にドラゴンはカッコいいか? と」

 

 ドラゴンはカッコいいか? そんな質問、聞く必要もないだろうとシエルは思った。

 

「ドラゴンはカッコいいに決まっていますとお答えしました。すると魔王様は頷き私が記録してきた魔法を消去する事にしたんです。恐らくドロテアの魔法は破壊力だけでいえば現存する魔法で最強だろうと仰っていました。ですが、伝説の存在を一撃で滅ぼせるような魔法は魔法にあらず。力強く、美しいドラゴンを一撃で殺せる魔法なんてエレガントさの欠片がないと」

 

 魔王の考えは分からなくはない。最強の生物であるドラゴンは最強であって欲しいと思う。だが、当時の魔王は勇者と、いや人間と生存競争をしていたのに、自分の理に反するからと最強の魔法を無かった事にしたらしい。

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