十字天騎士 ライム・ライク

ライム・ライク

 世界魔法使い序列。

 東西南北。中央、五つの大陸中に存在する全魔法使いの中から、戦闘能力、魔法の技術等を加味した上で魔導政府からされる格付け。


 コルト・ノーワード。アンドロメダ・ユート・ピーを含む最上位十名は魔導十傑まどうじゅっけつと呼ばれ、全世界の魔法使いの目標とされる。


 ただ、序列に入るのは一万人まで。

 それ以下の順位は存在せず、等しく圏外としてカウントもされない。


 中央大陸の魔法学校コールズ・マナの教師は全員が序列入りしているが、生徒の中で序列しているのはわずか十人に限られる。

 彼らは十字じゅうじ天騎士てんきしと呼ばれ、将来の魔導十傑。今の生徒達が目指し、目標とする人物として君臨していた。


 二学期早々、開かれた十字天騎士緊急会議。


「軍人学校からの編入生……まぁ、彼女と言うよりは付き人としてやって来た大先輩に対しての危惧でしたが、見事に当たりましたね。姫」


 学内序列一位。世界魔法使い序列九九八位。

 ウィカナ・フライングダッチ。


 泡沫うたかた乙女おとめの異名を持ち、学内で唯一、世界魔法使い序列三桁に入る魔法使い。

 ノイシュテッター家と並ぶ高貴な御家に生まれた貴族であり、イルミナとも因縁がないわけではないのだが、彼女自身に興味はない。

 彼女の興味は当然ながら、イルミナの付き人としてやって来たコルトへと向けられている。


 イルミナが突如発現させた無詠唱魔法。

 見た事も聞いた事もない上、汎用性も高く見られる。使用者によって個人差は生じるだろうが、与えられて三日と掛からず実戦レベルで使えるなんて、ただならぬ偉業。

 おそらく未完成だろうが、既に高い完成度。今でさえ不完全の状態で、これより精度が上がるのだと思ったら脅威でしかない。


 そして何より、コルトの開発した無詠唱魔法を三日と掛からず物にしたイルミナの存在も十分に脅威だ。

 持続時間は短いようだが、彼女の狙撃技術が未完の魔法を完成に近付けている。

 イルミナの存在も、一応は警戒しておかねばならないか。


 だが、やはり警戒すべきは――


「コルト先輩の同行は、今後も警戒するべきでしょう。ノイシュテッター家の令嬢が、我が校の平穏を乱すと言うのなら、我々で対応するだけの事ですが……あの人の齎す叡智が、我々にとっての脅威にならないとも限りませんので」

「では、如何致しましょうか」

「まだ暫くは様子見でいいでしょう。でも出来る事なら、私達の手が届く相手を一人、彼女の周囲に偵察として――」

「あぁ……それなんですがね、姫様」


 騎士の一人が、申し訳なさそうに挙手する。

 緊急だったので招集率の悪さは気にしていなかったのだが、目立つ空席の多さから察するべきだった事を、ウィカナは思い知らされることとなった。


「ライム・ライクの奴が……その……近々、ちょっかい掛けるって」

「そう、ですか……まぁ、彼はコールズ・マナで数少ない順位持ちとはいえ、九九九八位。いつ順位を奪われてもおかしくないのだから、気になる気持ちはわかりますが……」


 軽率に過ぎる。

 せめてコルト・ノーワードにだけは手出しをしないで欲しい。

 ちょっかいを掛けるにしても、せめて彼がいない時にして欲しい物だ――


「イルミナ・ノイシュテッター!!! 出て来ぉい!!! 俺の名前はライム・ライク! おまえと尋常に勝負しに来たぁ!!!」


 ウィカナの願いも虚しく、ライムはコルトの工房の戸を叩いていた。

 叩くと言ってもノック程度だが、言葉選びは戦う気満々。魔力も粗ぶり、秒で臨戦態勢に入れる状態にあった。


 が、出迎えたコルトは平常運転で。


(あの……ノイシュテッターさんはここにはおりませんが)

「何、そうなのか。てっきり授業以外はここに入り浸っているものだと」


 どちらかと言うと、彼女が入り浸っているのは喫煙所だ。なんて教えたら、片っ端に喫煙所を回って行きそうな気がしたので、とりあえず工房に上げる事にした。

 コルト特製、はちみつ入りシナモンティーにて、一先ず落ち着いて貰う。


「甘っ!」

(ごめんなさい。甘いのは苦手でしたか?)

「いやぁ、思ってたより甘いと感じただけで、全然不味くないですよ。ありがたく、頂きます!」


 悪い人間ではなさそうだ。


 魔法使いは向上心の塊。イルミナの“ライフル”の噂を聞いて、色々と確かめたくなった事はわからなくもない。

 コルト自身、同じような状況にあれば同じ事をしただろうなという自覚もあったから、ライムの行動力は素直に称賛すべきだ。


 彼が十字天騎士に選ばれるだけの実力を備えているのは、その行動力と、行動力を生み出す源となる探求心と好奇心の強さだろう。

 イルミナを怖がり、妬み、ひがみ、近付こうとしない同級生らとの明確な違いだ。

 積極的な行動力と知的好奇心が、魔法使いに必要な才能と言っても過言ではない。


 だが彼はそれらを差し引いても珍しい人間だ。

 詠唱魔法が使えなくなった魔法使いを前に、敬意を払って応対する人間など、理事長を含んだ教員を除いてはイルミナ以外で初めて会ったかもしれない。


 貴重な機会だ。


(失礼ですが、ライム・ライクさんは何年生なんですか?)

「二年生でさぁ」

(じゃあ二年生の間で、イルミナさんの事って話題になってたりします?)

「あぁあぁ、噂になってますよぉ。最初こそ貴族の裏口入学だぁって噂になってましたが、今じゃあ珍しい魔法を使う人だって噂でさぁ。あの……何だ? 腕を魔力で編んだ武装で包む魔法」

(“ライフル”。僕が名付けました)

「って言うか、先輩が作ったんでしょ? あれ、超話題になってますよ。“ボール”、“バレット”、“レーザー”。直線に放つ放出系の魔法と相性が良い上に、無詠唱だから隙を生まないって言うんで、同級生の中には研究してる奴もいます」

(直接聞きにくればいいのに)

「先輩が特許を申請するかしないかわかってない段階だから、様子見してるんですよ。特許を申請すれば術式を公開しないといけないですけど、申請しないと基本的に非公開ですし、最近に開発された魔法の大半は、特許申請しないのばっかりですからねぇ」

(なるほど)


 敵意を持たれていない事を良しとすべきか。

 魔法の観察対象としてしか見られていない事を嘆くべきか。

 いずれにせよ、脅威として排斥すべしとされていない事はまだマシと見るべきだろう。


 だが――


(君達十字天騎士は、彼女をどう見ているのですか?)

「さぁ。俺は個人的に興味があっただけだ。上からの指示で動いちゃいねぇ。ま、あの人達はあの子って言うより、バックにいる先輩を敵に回したくないから、そう軽率に動く事はないと思いますけどねぇ」

(そうですか……)


 これが上からの指示ならば、ライムを退ける事でイルミナの立場を安定させられると考えていたのだが、残念。

 イルミナ嬢、呑気に煙草なんて吸ってる場合ではないみたいです。

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