イルミナ・ノイシュテッター―Ⅴ

 本日分の授業が終わり、コルトは一人研究棟に戻る。


 しかしその途中にアルマ・シーザと、今日の授業でイルミナに一方的にやられた男子生徒が数人やって来て、コルトを囲って来た。

 本来なら構える場面なのだろうが、コルトは一切構えない。止まらない。

 彼らを無視して行こうとすると、目の前にアルマが立ちはだかり、無理矢理にコルトの行く手を遮った。


(何か?)

「あの女に、何を教えた。あんな魔法、見た事が無い」

(うん……あなたの知る魔法の総数は知りませんが、あなたの知る魔法がこの世の全てではない。また、新たな魔法は常に生まれ続けています。あなたが知らない魔法を彼女が体得しても、何もおかしい事はないのでは?)

「屁理屈を並べてとぼけるな! あんただろ! あの女にあの魔法を教えたのは!」

(えぇ。それが何か?)


 惚ける気などさらさらない。

 隠すつもりもさらさらない。

 教えたけれど何か文句でもあるのかと開き直るコルトへと詰め寄るアルマの魔力は、彼と共にコルトを囲っていた同級生らを怯えさせた。


「卑怯な真似しやがって……! てめぇは引っ込んでろ!」

(卑怯? 戦いに行き詰っていた彼女が、自ら教えを乞うたから教えたまで。魔法を学ぶ学校で、新たな魔法を学ぶ事を卑怯と罵るのなら、あなた方は何故、学校ここに来たのですか?)


 限界まで膨れ上がった腕の筋肉が硬くなり、黒く変色。アルマの全魔力を投じて振り下ろした拳を躱したコルトはアルマの脚を払う形で潜り込みながら進み、後ろに回り込む。


 腕を振り下ろしたアルマは鈍重な自身の腕に重心を傾けられ、前のめりに倒れそうになりながら辛うじて耐えたアルマだったが、背後から膝カックンを受けて両膝を突かされた。


「てめぇっ……!」


 振り返った時、顔面に小さな手が突き付けられる。

 それ以降何も起こらなかったが、双方動かず、動けなかった。


 魔法使い同士の戦いにとって、杖の先や掌を突き付けられる事は銃口、刃の切っ先を向けられる事と同じ。

 動かば撃つ。

 無言の脅迫が、アルマを含めた全員の動きを制止させる。


(ここは学び舎。魔法を学ぶ場所。それを卑怯と罵るのなら、あなた方も、同じ手段を取ればいい。同じ結果を得られるかどうかは、あなた方次第ですが)


 コルトから学ぶのは癪なのか、誰も残る事なくその場から立ち去っていく。

 囲うだけ囲んで何もしなかったひ弱な後輩達に掛ける言葉は無く、掛けてやる恩情も慈悲もなかった。


「戻ったか」

(……まぁ、別に構いませんが。研究棟ここに来る度喫煙するのは勘弁して下さいね)


 先に来客していたイルミナの噴く煙草で、研究室一階は煙で満たされていた。

 窓を開けてすぐさま換気。風の魔法を使い、煙を外に追い出した。


(どうでした? 本日は)

「一四三戦、八四勝。他は皆、棄権した。実質の不戦勝だ」

(お見事です。戦わずして勝つとは、最も素晴らしい戦績と言えましょう)

「まぁ、あんたのお陰……助かった」

(二日で自分の物にされた、お嬢様の努力の賜物です)

「これからも……」


 いや、それは甘え過ぎかと口を閉ざす。


 開発途中とはいえ、無詠唱魔法を伝授して貰えただけでも充分過ぎる。これ以上は高望みというものだろう。

 彼はあくまで、自分の付き人。

 世界第二位の魔法使いとはいえ、教員ではないのだから。


(何か改善点が見つかったら、修正させて頂きます。お嬢様も何か気付きがありましたら、遠慮なくお申し付けください)


 だから、そう言ってくれたのは嬉しかった。

 例え彼の開発のためだとしても、自分が関われる事が。

 また魔法で繋がれる事が、何となくだが嬉しかった。


「ん。任された」

(えぇ、任せました)


 一方、アルマは苛立ちを寮の壁にぶつけていた。

 荒れるアルマを止められる者は誰もおらず、自動修復される寮が壊されるんじゃないかと、見ていた全員が心配していた。


「イルミナぁぁぁ……イルミナ・ノイシュテッタァァァ!!!」

「よぉよぉ、荒れてるなぁ。アルマ・シーザ。俺と学内十位の座を争う男とは思えない荒れっぷり。一体何があったって言うんだ?」


 わざとらしく全身を揺らし、首を何度も傾げて来る男。

 眠たいのか、半分しか開いていない目でアルマを見つめる彼の登場に、周囲は戦慄した。


「ライム・ライク……」

「イルミナ・ノイシュテッターってあれだろ? 今学期に編入してきたっていう軍人上がりの公爵令嬢だろ? まさかおまえ、そいつに負けたのか?」


 膨張した腕が振り払われる。

 リンボーダンスさながらに体を反らして躱したライムと呼ばれた男は、アルマの眉間に魔力の塊をぶつけて尻もちを突かせた。


「そんな様子じゃあ、世界魔法使い序列にまた名前が刻まれるのは、当分先だなぁ。アルマ。でもそっか……その子はそんなに強いのかぁ」

「……次は勝つ! だからてめぇは黙ってろ!」

「まぁ落ち着けって。十字天騎士の間でも、おまえの敗北は話題になってな? 元とはいえ、学内十位の魔法使いが負けたって言うんだからなぁ……だから、俺が直々に実力を見る事になった」

「んだと……?!」

「って訳で、黙るのはおまえの方だ、アルマ・シーザ。どっちみち、今のおまえじゃあ俺どころか、イルミナ・ノイシュテッターも黙らせられねぇよ?」

「……! ライム・ライクゥゥゥッッッ!!!」


 魔力を纏った掌打に下顎を打ち上げられ、卒倒。

 背中から倒されたアルマは脳震盪を起こし、立ち上がれなかった。

 周囲で戦いを見ていたアルマの取り巻きは、ライムが視線を送ると半歩後退る。


「ってな訳で、おまえ達もしゃしゃり出ないように。こっから先は、十字天騎士の管轄だからさぁ」

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