イルミナ・ノイシュテッター―Ⅳ
理事長アンドロメダが、第一体育館に顔を出す。
一人の生徒を特別扱いする事は立場的に許されない身ではあるが、クラスにもなじめておらず、実戦の授業にも一人置いてけぼりを喰らっているという報告を聞いては心配せずにはいられなかった。
(アンドロメダ様。御身が軽々と表に姿を現すのは、あまりよろしくないかと存じます)
「コルトさん……ですが、ノイシュテッター嬢は――」
(少なくとも、孤立する事はあっても孤独になる事はありません。僕がいますから。それに、実戦面についても御心配には及びません。彼女は魔法使いとしては三流ですが、戦士としては、どうやら二流以上の様ですので)
決着。
決着。
決着。
次々と勝負がついて行く。
なるほど改めて見ると確かに、魔法使いの戦いと言うのには様々な結末があるのだと、イルミナは思い知らされる。
軍人学校に通っていた頃の対人戦闘では、相手を行動不能にする手段など限られていた。
急所を打って意識を奪うか、首を絞めて落とすか、腕または脚を折って戦闘不能に追い込むか。凶器を使わなければ、後は相手が戦闘続行不可能になるまで打ちのめすしかなく、戦いに美学を持っている者から倒れていった。
だが、魔法とはまるで戦いの美学そのものだ。
扱う物の美学が魔法となって、敵を打ちのめす武器となる。
そう考えれば、イルミナにとって魔法とは特別な奇跡などではなく、相手を仕留めるための手段だと落ち着いた。魔法を特別に考えすぎて、ハードルを高く設定してしまっていた。
よく見れば、皆の決着は等しく怪我による戦闘不能。
拳で打つのと、足で蹴るのと、何が違う。
要は魔法を使って意識を奪い、魔法を使って落とし、魔法を使って戦闘不能に追い込み、戦場ならば、魔法を使って殺すだけの事。短剣、槍、ボウ、銃、砲。それらと違って対応範囲が広いだけの、いわば武器。
ならば、軍人として二年戦場に立つ訓練をして来た自分が、出遅れる事はあっても、追い付けない事などなかったのだ。
「次! アルマ・シーザ! イルミナ・ノイシュテッター!」
「へぇい」
「はい」
やる前から見え透いた結末。
皆が未来視を獲得しているが如く、戦いの結末を見切っている。
だが彼らは本当に未来を見た訳ではない。未来を見られる魔法はあれど、体得している者はない。ならば結末を変える力は、魔法はまだこの手に在る。
「どんな助言をして貰ったのか知らねぇが、魔法を習って数日そこらのてめぇと、幼い頃から英才教育を受けて来た俺達の差っていうのを教えてやるぜ」
イルミナは返さない。
臆した訳ではなさそうだが、ただ強がっているだけだと判断したアルマは嘲り、両拳に魔力を纏わせた。
「いざ尋常に! 一本勝負! ……始め!」
「『我が力、極まれり』、“フルブースト”。『我が魔力、極まれり』、“マナ・ブースト”。『我が速力、極まれり』、“スピードブースト”」
「芸がねぇなぁ」
決まってこの三つの強化魔法。
そこから真っ直ぐに来て、拳か蹴りの二択。
戦術はもうわかっている。こちらはそれに合わせ、脳天に強化した拳を叩き込めば終わる。
「『我が腕は鈍重なり』、“アームハンマー”。さぁ、
「『黒弾装填』、“ブラックバレット”!!!」
「何?!」
カウンターを狙っていたアルマの右肩と左太ももが、鉛の塊に撃たれる。
貫けはしなかったし弾も小型だったが、銃撃と大差ないダメージを体に受けて直立でいられるはずもなく、クラス最強のアルマが片膝を突く瞬間をクラスメイトは初めて見せられる。
同時、彼らが見たのはイルミナの右腕。
肘の先から搭載された、魔力で編まれた鉄塊が創り出した、銀白の銃身。その場の誰も名前を知らない魔法だった。
「あれは……」
(僕が開発途中だった無詠唱魔法。足が動けない状態でも正確に敵を狙撃出来る武装魔法、“ライフル”です。ただ、標的を自動固定する魔法がまだ完成していなくて、狙撃には技術が必要だったのですが……)
「あの子は、その技術を持っていた、と」
(指先、もしくは杖から射出する系統の魔法なら、よりスムーズに撃てるでしょう。更に彼女の狙撃技術が加われば、そう容易く負けはしません)
本当は、まだ未完成の魔法を世に出すのは魔法使いとしてあまり良くないのだが、彼女のためならばと仕方なく折れた。
何より、彼女が現状で誰よりも使いこなせるのだから、文句などつけようがない。
無論、欠陥だらけの今の状態で、他の魔法使いにまで使わせる訳にはいかないが。
「何だその魔法……それにおまえ、まさか詠唱を……!」
「悪い。この魔法はあまり維持出来ないんだ――『火球装填』、“ファイアバレット”!!!」
腹部、右太もも、左腕、そして眉間。
現役軍人や魔法使いでも見切れるかわからない四連続射撃。
正確無比な魔法に撃たれながら辛うじて意識を保ち、まだ戦おうとするアルマへと“ライフル”を解除したイルミナが肉薄。弧を描くように繰り出された回し蹴りで下顎を蹴り、脳を揺らして遥か彼方へと意識を追いやった彼女が魔力の限界を迎えた時には、アルマは完全に沈黙していた。
誰もが予測していた、予想していた結果を、イルミナが初めて裏切った瞬間だった。
「そこまで! 勝者、イルミナ・ノイシュテッター!」
周囲を見回し、二階の席にコルトの姿を見つける。
コルトが笑顔で拍手を送ると、両踵を合わせたイルミナは軍人学校時代に身に着けたのだろう美しい敬礼にて返したのだった。
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