イルミナ・ノイシュテッター―Ⅲ
コルトとイルミナが向き合う。
コルトが取り出した硬貨が落ちると同時、イルミナが仕掛けた。
膂力と速力、魔力を強化したイルミナの正拳突きが躱される。
一度距離を取り、仕切り直し。
今度は回し蹴りで側頭部を狙うが、また躱される。
仕切り直して繰り出す拳。仕切り直して繰り出す手刀。仕切り直して繰り出す足刀。仕切り直して繰り出す蹴り。
全て躱され、躱され、躱され、躱された。
そんなやり取りを十度繰り返したところで、コルトがイルミナを止める。
イルミナは魔法を解除し、疲れた様子でその場に座り込み、煙草に火を点ける。
(ワンパターン過ぎます。最初に繰り出す一手が違うだけで、最高速で接近し、打撃を繰り出すという一手しか初手が無い。拳であれ蹴りであれ、近付いて来るとわかっているのなら躱すのは容易。そしてお嬢様の性格上、追撃して来るのもまた容易に想像出来ましょう。だから次の手まで躱され、焦燥に駆られたところを魔法で打たれ、ダメージを負ってしまう)
指摘されて、初めて気付かされる。
イルミナ自身はそこまで視野の狭い人間ではなく、視野を狭めている要因がある事は明白。
それは彼女が、元軍人学校の人間だったからにほかならない。
(お嬢様は元々軍人学校に通われていたお方です。対人戦闘で、肉弾戦が基盤となるのは当然の事。距離がゼロに近しい間で銃を取るはずもなく、ナイフ等の刃物は奪われれば逆に不利になる。そう言った戦い方が体に沁み込んでいるから、あなたの初手は絞られてしまう)
「じゃあ、どうすればいい。あたしの魔法は遠距離特化。至近距離で撃てば、あたしまでダメージを受ける。それもあって、初手はどうしても接近戦で、って考えちゃう……」
(接近戦が悪いのではありません。接近戦に限られているのが悪いのです。しかし、そうとわかれば手札を増やせばいいだけの事。ここは魔法学校なのですから、魔法を使えばいいだけの事です)
「だけど、今のあたしが覚えられる魔法なんて……」
(お嬢様。今のお嬢様に必要なのは、強力な魔法ではありません。一枚しかない手札を、複数に増やす事です)
翌々日。
実戦授業の日がやって来た。
皆が仲間達にライバル意識を向ける中、イルミナにだけ嘲りを向ける。
ワンパターンしかない戦闘スタイル。
魔法は強力過ぎて対人戦には不向き。
戦闘スタイルを見切れた今、恐れる事は何もない。
だがその日、イルミナは真っ直ぐ体育館に向かわず、コルトの下へ向かった。
テレパスをイルミナだけに固定しており、コルトが何を言っているのか周囲にはわからない。
が、何かしらアドバイスを施しているのだろう事は容易に想像出来る。
すると生徒の一人が、二人へと歩み寄って来た。
アルマ・シーザ。
同じクラスの中では最も実力が高く、世界魔法使い序列に入る可能性が近いとされる生徒。
ちなみにコールズ・マナで序列入りしている生徒は十人しかおらず、十字天騎士などという大層な名前で呼ばれているのだが、今は置いておくとして。
「おいおい、ノイシュテッター家のお嬢さんよ。とうとう泣きついたのか? 哀れだなぁ。そんな奴に泣きついて、どうなるってんだよ」
イルミナは言い返そうとしたが、それより先にコルトが肩を揺らした。
呪いで声さえ出ていなかったが、表情からして笑っていた事。しかも、嘲け笑っていた事がわかって、アルマはイルミナを無視し、コルトへと詰め寄った。
「おい、何笑ってんだてめぇ……」
(今まさに、まさに今まで嘲り笑っていた人が、助言を貰った程度で怖気づくだなんて……なんて器が小さいんだろうと思いまして)
「は? 誰がビビるかよ、こんな奴」
(なら、僕が助言しようと文句はないはず。あなた達が軽んじていた、詠唱魔法の使えない魔法使いの助言だなんて、痛くも痒くもないでしょう? なら黙って構えていればいい。わざわざ喧嘩を吹っかけて来るだなんて、怯えている様に見えてしまって実に憐れだ)
アルマ含め、その場にいた全員がコルトへと敵意を向ける。
だがコルトはそれらを一瞥で一蹴し、嘲笑を止めなかった。
コルトの言う通り、本当に怖くも何ともなく、気にも留めないと言うのなら無視すればいいだけの話。
その言葉に反論すればするほど、自分が惨めに見えるだけだと悟った彼らは、静かに体育館へと向かって行く。
アルマはそれでも何か言いたそうだったが、大きく舌打ちしてから皆に続いて行った。
「あんたがあんなに言うなんて、思わなかった」
(彼らは、ここが何処かを忘れておいでなのです。そういう意味では、あなたは正しかった。助言を求める事。助力を求める事は恥ずべき行為ではありません。セヴンス教諭然り、アイリス教諭然り、それこそアンドロメダ理事長然り、躓いたなら助けを求めていいのです。学校とは、そもそういう場所なのですよ)
「なら、ちゃんと結果で示さないとね。助言までして貰って変わらないなんて、それこそ愚か者のする事だ……じゃ、行って来る……こ、コルト」
(行ってらっしゃいませ、お嬢様)
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