イルミナ・ノイシュテッター―Ⅱ

「ではこれから、実戦の授業を行う!」


 実戦授業担当、アイリス・エスパーダ。

 世界魔法使い序列、二九九一位。


 場所は学校敷地内第一体育館。

 第二、第三と三つある体育館の中で最も大きな室内闘技場。


 ボタン一つで起動する術式によって顕現するのは、円形の実践授業用リング。リングを覆う様に展開されるドーム状の防壁魔法。

 そこで行われる一対一の対人戦に、イルミナは挑んでいた。


 相手は自分と似た体格の女子だ。


「『息吹け』、“ブラスト”!!!」


 吹き付ける突風を躱し、肉薄。

 繰り出した拳で彼女の下顎を打ち抜き、脳震盪を起こした彼女の腹部に掌底を当てて倒す。


 “フルブースト”と“マナブースト”、“スピードブースト”の三つを駆使して繰り出される軍人仕込みの体術は、瞬く間に対戦相手の意識を遥か彼方へと持って行く。


 だがしかし、そうして一方的だったのは最初だけ。

 三戦目に戦った相手は防御が成立し始め、五戦目に戦った相手には、負けた。

 それから一年生のクラスメイト全員と一戦ずつ戦ったが、六戦目以降は全戦全敗。動きは完全に見切られ、イルミナの戦いは一切通用しなくなっていた。


 撃たれ、叩き付けられ、沈まされた。

 全一四三試合。四勝一三〇敗九分け。


 自己紹介で砲台を顕現させた強気の姿勢は何処へやら。

 化けの皮を剝がされたイルミナを恐れる生徒は一人もなく、コルトが途中で間から入って来る事はないと知った同級生らは、彼女を容赦なく叩きのめした。


 意地になればなるほどに、彼女の戦績は低迷の一途を辿って、遂に一番下まで陥落。

 編入から十日もすれば、誰も彼女に怯える事なく、口だけの見栄っ張りとして彼女を嘲ていたりした。


 積もる苛立ちが、煙草の減りを早くする。

 次の実戦の授業での結果はもう見えているがために、誰も彼女を警戒していなかった。


(お嬢様)

「うるさい黙れ」

(では、本日の戦績もわかっているようなものですね)

「うるさいと言っている」

(教室での喫煙は――)

「うるさい!」


 扉を蹴り、教室を飛び出して行くイルミナを追いかけるコルトは、その日何も言わなかった。

 イルミナが負けて、負けて、幾度も負けて、負け続けて遂に戦意を失いつつある中でも、彼は何も言わなかった。テレパスも送らなかった。


 一四三戦、一四三敗。

 遂に一度も勝てなくなっても、彼女に言葉も掛けず、遂には一番最初に彼女を見限った。


『そうですか……娘は苦労しているのですね』


 夜。

 テレパスを応用して作られた長距離通話機にて、ノイシュテッター公爵にここ二週間の娘の様子を報告する。

 公爵は通話機の向こうで深く溜息して、困り果てて顔を覆っている姿さえ想像出来た。


『せめてあなたの言葉を素直に聞けると良いのですが……聞いた限り、難しいのでしょうね』

(彼女から頼まれない限り、僕は一切手を貸しません。無詠唱魔法の開発の方を優先させて頂きます)

『仕方ありません。元々そういうお約束です。ですがもし、娘が助けを求めたならその時は……』

(善処する事だけは、約束させて頂きます)


 学校内敷地の際に建てられた、コルト専用研究棟。

 一階は客間になっており、二階は過去にコルトが収集した貴重な物が集められた倉庫兼書斎。地下は実際に魔法を発現、実験するための広大な空間が広がっていた。


 運動用の服に着替え、コルトは地下へ。

 すると既に先客がおり、煙草を噴きながら待っていた。


 が、コルトは語り掛けない。


 準備運動とストレッチをして、構築した魔法式を起動。

 地下空間を滑る様に駆け回るコルトを見るイルミナの目には到底追えない速度にまで加速して、時折姿を現しては消える様は、まるで森の中を歩く旅人をからかって遊ぶ妖精の様であった。


 風と戯れ、遊び、共に走る。

 開発中の魔法の改善点と改良点を頭の中で纏めながら、縦横無尽に駆け巡るコルトの頭の中は大量の数式に満たされ、体は風に溶けて、世界と一体となっていく。

 完成と呼ぶにはまだ遠い、ただのおもちゃで遊ぶ子供が如くはしゃぎ回るコルトの姿が朧気にも見えなくなった時、片膝を立てて座っていたイルミナが煙草を消して立ち上がった。


「……コルト・ノーワード!」


 遊びの時間は終わり。

 計算式を海馬に刻み、共に遊んでいた風と暫しの別れを告げる。

 高速の世界から離脱してイルミナの目の前に現れたコルトは、いつもと変わらぬ微笑を湛えて深々と頭を下げた。


(お呼びでしょうか。お嬢様)

「……あたしは、どうしたらいい。どうしたら、勝てる」

(勝つ……何にでしょう。それとも、誰にでしょう)

「この学園にいる、全員に! あいつらに魔法使いとして勝つには、どうしたらいい!?」

(お嬢様……それは――)

「難しい事はわかってる! この短い期間だけでも、嫌と言うほど思い知らされた! だけど……けど、勝ちたい! どうすればいい?! どうすれば……」

(では、考えてみましょう。お嬢様が今後、勝てる方法を)

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