ライム・ライクーⅡ

 イルミナ・ノイシュテッター、対、アルマ・シーザ。


 もう幾度となるかもわからない再戦。

 最早意地となっているアルマに対し、ニコチンを充分に摂取したイルミナは冷静に対処する。


 “ライフル”による狙撃を警戒し、距離を詰めるアルマ。

 だが、肉弾戦は軍人学校で体術を学んで来たイルミナの土俵。


 跳び込んで来たアルマの顔面に足刀が入る。

 狙われた目を守るため、瞑ってしまったのが運の尽き。

 軽く入った足刀をすぐに引き、足を払って片膝を突かせて低くなった首に腕を掛ける。


 同じ身体能力強化の魔法を掛けているがために膂力の差は大して無く、ましてや首に腕を絡められれば、膂力の差など関係ない。

 女の細腕に搭載された細くも強靭な筋肉がアルマの首を絞め、ロック。完全に抜け出せない状態に固定してから絞め落とす。


 “ライフル”という手札を手に入れただけなのに、イルミナの戦績と勝率は安定していた。

 持久戦に持ち込まれ、魔力切れを狙われるとキツい事は多かったが、それでも近距離に持ち込めば得意の肉弾戦で沈め、距離を取れば“ライフル”による狙撃で仕留めるスタイルは、イルミナ・ノイシュテッターという魔法使いの勝率を盤石なものとしつつしていた。


 だが突然やって来て、瞬く間に勝利を搔っ攫って行く彼女の事をよく思わない生徒は多い。

 コールズ・マナに来るより前から魔法に携わっていた生徒は猶更、ぽっと出の彼女に対して嫌悪感を抱き、話しかけようともしない。


 だがとうのイルミナ本人は、全く気にしていなかった。

 異論あれば掛かってくればいい。気に喰わないのなら戦ってやる。

 最早、コルトに対して涙を潤ませ、頭を下げていた女の影はない。ただコルトとしては、彼女が天狗になりつつあるなと危惧していたが、自身の魔法の開発を優先し、敢えて口を出さなかった。


 そこへやって来た十字天騎士――コールズ・マナの全生徒、四三〇人の頂点たる十人の一人、ライム・ライク。

 手を出されるのは都合が悪いと、当初は考えていたが。逆に、都合がいいのかもしれない。

 クラスで最強だったアルマ・シーザが敵で無くなってしまった以上、彼女には更なる戦闘経験値が必要だ。

 ついでに、今のコールズ・マナの戦力がどれほどの物か。後輩達がどれほどのレベルにまで達しているのか、見極めたい。


 と、言う訳でだ。


(お嬢様。今晩、ライム・ライク君と戦って頂けますか?)


 工房で煙草を噴かす彼女に、コルトはライム・ライクから預かった果たし状を届ける。

 果たし状に深々と煙草を押し付けて焼いたイルミナは、白煙を吐きながら笑みを浮かべ。


「構わない。十字天騎士直々の果たし状、受けようじゃないか」


 一切迷いなし。

 その心構えは立派だが、やはり少し図に乗っている節が見受けられる。


 見せて貰おう。

 コールズ・マナで頂点を張る後輩らの実力と、イルミナがどれだけ噛み付けるかを。


 深夜。第二体育館。

 理事長から使用許可を貰って解放された空間にいるのは、コルトとイルミナ。たった今やって来たライムのみ――と、イルミナは思っているのだろうが、実際は何処からか情報はなしを聞きつけた学内の実力者らがあちこちで見学していた。


 人数と魔力からして、十字天騎士ではない者も数名見られる。

 教員では無さそうだ。十字天騎士に届かざるも、彼らに次ぐ実力者達と言ったところか。いつかは彼らも自分に接触して来るのかな、などと考えていたコルトの想像を裏切らず、早速来た人物がいた。


「コルト・ノーワードさんですね。お初にお目にかかります。十字天騎士筆頭、ウィカナ・フライングダッチと申します」


 理事長から貰った四三〇人分の資料の中で、立場上無視出来なかった存在。

 ノイシュテッター家と同じ公爵の地位にあり、魔法使いとしてはイルミナより遥か格上。貴族間の交流や諍いに関してイルミナは興味なさげだったが、彼女がどう出るかはわからなかった。

 様子を見に来るのは当然。

 問題は、彼女がイルミナに対して敵意を持つか否か。


「イルミナ・ノイシュテッターに、無詠唱魔法を授けたのだとか」

(ズルい。あなたもそう仰られますか?)

「いいえ。ただ、あなたほどの魔法使いが施しを与えるだけの存在なのか否か、彼女に興味を持ったまでの話です。同じ公爵家の令嬢として、いずれは交流を持たねばならない相手ですから」

(そうですか)


 敵意は無いものの、興味はあり。

 しかし、友好的とも言い難そうだ。

 彼女の顔は笑っていたが、目の奥が笑っていない。


 イルミナの立ち位置は、未だにかなり厳しそうだ。


「待たせたなぁ」

「構わないので、さっさと始めましょう。焦らされるのは好きじゃないの」

「確かに。焦らされるのは、俺も好きじゃあねぇ。始めるか」


 取り出したのは一枚の銅貨。

 指と指の間を転げ回り、親指の上に乗った銅貨は、血管が浮き出るほど強く握り締められた拳から解放された親指に上へと弾き飛ばされる。


「コインが床に落ちたら、開戦の合図なぁ」

「わかった」


 ライムはイルミナから距離を取る。

 彼が取った距離が、ライムの戦闘スタイルをイルミナに察せさせた。


 距離を見るからに中、遠距離タイプ。ならば発現から射撃までのタイムラグがほとんどないイルミナの“ライフル”の方が分がある。

 開幕速攻。

 眉間と両脚を撃ち抜いて決める。


 イルミナが初手を決めてからコンマ五秒。天井スレスレまで飛んだコインが弧を描き、重力に従って落下。床に落ちて、高音を響かせた。


「『――』!!! “ファイアバレット”! “アクアバレット”! “ブラックバレット”! “ウインドバレット”! “ライトニングバレット”! “ストームウインド”!!!」


 両手の十指と掌から、散弾のように放たれる魔法の応酬。

 “ライフル”を展開したイルミナは射撃体勢をすぐさま解除し、回避。走って回避し続けるが、吹き荒れる風に自由を奪われ、徐々に動きが鈍っていく。

 まともに動けない状態でも風に攫われる事なく真っ直ぐに襲い来る散弾から逃げる術はなく、イルミナにあらゆる属性の魔法が撃ち込まれた。


(高速詠唱……しかも、六つの魔法を同時に、ですか。学生でそのレベルに達しているのはなかなかいないでしょう)

「事実、高速詠唱は学内でも彼を含めて出来るのは五人もいません。そして、六つ同時に違う魔法を詠唱するなんて芸当が出来るのは、ライムさんだけです」

(なるほど。この早撃ち勝負……お嬢様の完敗ですね)


 試合時間一分。

 勝者、ライム・ライク。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る