コルト・ノーワードーⅡ
東西南北に分かれた四つの大陸に囲まれるようにして存在する中央の小さな島国全土が、魔法学校コールズ・マナの全域だ。
南大陸のコルトの住む小さな湖の家から、馬車で半日。
アンドロメダの馬車に乗って、コルトは母校コールズ・マナへと辿り着いた。
飛び級に飛び級を重ねて、普通の生徒より短い期間しかいなかったが、母校である事には違いない。
久方振りに校門を潜り、懐かしき庭を見つめる。
理事長の馬車が通っている事に気付いて周囲を歩く生徒達が深々と頭を下げて来るが、誰もコルトの存在に気付く人はいなかった。
その様を見て、アンドロメダは困った様子で吐息を漏らす。
「馬車だけを見て中身を見ないとは……世界序列二位の魔法使いが乗っていると言うのに……ごめんなさいね、コルトさん」
(構いません。注目されるのは、苦手なので)
「魔王を倒した日から、散々注目を浴びていたのにですか?」
(だからですよ。あの時のように注目されるのは、もう烏滸がましいと言いますか……面目ないと申しますか……世界二位の魔法使いが、もう詠唱出来ないだなんて頼りないでしょう?)
本当に頼りないと思っていたら、あなたに頼み事などしませんよ。
そう言ってあげたかったが、呑み込んだ。
コルトから声が失われた事で、勝手に抱かれていた期待を裏切られたと感じて、彼から離れていく人達がいた事も、また事実であるからだ。
慰めで適当な事を言って、その場凌ぎするだなんて愚行は出来なかった。
「お疲れ様です、理事長」
「お疲れ様です」
「お疲れ様です、理事長」
皆、アンドロメダにばかり頭を下げる。
後ろを歩くコルトには、挨拶すらしない。
魔王を倒した魔法使い、コルト・ノーワードなど存在していないかのように、悉く無視される。
言うまでもなく、彼がもう魔法使いとして認められていない証だ。
言葉を失い声を失い、詠唱が出来なくなった事で魔法が使えなくなった魔法使いなど、多くの人が認めない。今の序列だって、お情けで入っているんだろうという同情の意見が、世間で多い事もコルト自身知っていた。
アンドロメダも、ここまでコルトに対しての態度が悪いとは思わず、吐息が漏れる。
「ごめんなさい、コルトさん。まさかここまで歓迎されないなんて……あなたの実力を知れば、皆がきっと認めて下さるでしょう」
(魔法は言葉に籠めた言霊と魔力で発現するもの。無詠唱魔法は、詠唱魔法に対して著しく効力は落ちる。だから、詠唱が出来なくなった魔法使いが下に見られるのは当然です。それに――)
周囲の冷たい視線が、痛いほど刺さる。
生徒達はコルトの顔さえ知らず、教師らはコルトが誰で、何をした人間なのか教えようともしない。
(認めると言っても、所詮は表向き。周囲と敵を作らないために引っ繰り返せる掌を持っていないと、魔法使いは生きにくいですから)
アンドロメダは返す言葉に困り、詰まる。
タイミングが良いのか悪いのか。令嬢を待たせている部屋へと到着し、ノックの後に扉を開けた。
真っ先に迎えるのは、甘ったるくも煙たい煙草の臭い。
理事長室であるにも関わらず、遠慮なく煙を吸いては吐くを繰り返す青年は、とても貴族の、それも貴族の中でも最高階級である公爵の令嬢だとは思えなかった。
ソファに片膝を立てて煙草を吸い、両肩を晒す形で上着を着た青年は、コルトを見て敬うなんて素振りは全く無く、誰だそのガキはとでも言わんばかりの眼光で睨み付けて来た。
隣に座っていた父親と見られる男性は、アンドロメダの姿を見てすぐさま娘から煙草を奪い取り、灰皿に押し付けて煙草を消す。
コルトとはまた別の、汚物を見るような目で父親を睨む眼光には、憤怒とはまた種類の違う苛立ちの籠った、反抗期の子供によく見られる目だと思った。
「も、申し訳ございません、アンドロメダ様……! 娘はこの歳でヘビースモーカーでして……親の言う事も聞かず……」
「構いませんよ。この学園に来る生徒は、皆揃って反抗期ですから」
理事長であるアンドロメダは自分の席ではなく、真向いのソファに座る。
隣にコルトが座った事で、令嬢は隠す素振りも一切なく舌打ちした。
「そいつ何? 学園長の隠し子?」
「イルミナ! すみません、すみません!」
「あら、仮にも魔法使いを目指すあなたが、彼の顔を知らないのですか? 魔王ゾディアクを倒した英雄にして、世界魔法使い序列二位の魔法使い。コルト・ノーワードさんです」
「こんなガキが? 冗談だろ?」
「フフ。面白い事を言いますね。コルトさんは、あなたと同い歳ですよ、イルミナさん」
「は?!」
コルトももしかしてと思っていたが、相当年下に思われていたらしい。
確かに幼い顔立ち故、実年齢よりも若く見られがちではあるものの、目を疑われ、言葉を疑われて凝視されると、さすがに困ってしまった。
ただ魔法使いを目指す者ならば、魔王に止めの一撃を放った天才魔法使い、コルト・ノーワードの噂は嫌でも聞くはずだと思うのだが。年齢までは興味がなかったか。
「……で、その第二位の魔法使い様が、何でこんなところに来た訳?」
「あなたの実力を計るため、わざわざご足労願った次第です。自身を天才と称するイルミナ嬢の魔法が、本物の天才にどれだけ通用するのかを見たくて」
「へぇ……」
立ち上がったイルミナは、テーブルに足を乗せてコルトに顔を近付ける。
ノイシュテッター公爵は慌てていたが、彼が止めるより先に理事長が大丈夫、と無言で制した。
「思い出した。おまえ、周囲の同情で二位をキープしてるんだろ? だって、魔法が使えないんだものな。魔法が使えない魔法使いが、何で全世界魔法使い序列の二位をキープしてるんだって話だよ。それとも今ここでおまえを倒せば、あたしが二位になるのかな? あ?」
新しく取り出した煙草に火を点けたイルミナは、白煙をコルトに吹き付ける。
コルトは一切動かず、煙たさに咳を返す事もなく、ずっとイルミナを見つめていた。
そうして一切動じないどころか、無視さえされているように感じたイルミナは苛立ち、拳を固める。
「『我が力、極まれり』、“フルブースト”。『我が魔力、極まれり』、“マナブースト”。『我が速力、極まれり』、“スピードブースト”」
三つの強化魔法を目の前で使われても、コルトは一切動かない。
警戒どころか構えもしないコルト目掛けて、イルミナは拳を叩き付けた。
壁と言う壁をぶち破り、外まで飛んで行ったコルトを追い掛け、イルミナも外に出る。
「いいよ! あたしがおまえに、引導を渡してやるよ!」
ふと、コルトの姿を見失う。
気配も魔力も感じられず、何処に行ったのかと周囲を見回すイルミナの背後から肩を叩いたコルトは、振り返ったイルミナの顔に垂直跳びからの回し蹴りで学園を囲う池に叩き落した。
コルト・ノーワード。
五年ぶりの実戦。
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