第9話 事件
少し離れたところから地響きが聞こえてくる。一回ではなく何回も聞こえてくる。これの犯人は紛れもなくアセナだろう。何回か狩りについて行ったことがあるが、加減が出来ないのだろう。一撃で大体倒していく。そのおかげもあってかここら辺には大きな魔物は見当たらない。良い点はそこだけだろう。
狩りが終わったのか音が聞こえなくなる。森に静けさが戻る。鳥も次第に木々に集まり始める。生態系を思いっきり壊しているに違いない。
「そろそろ戻るか――」
家に戻るが六時間ほど立っても帰って来ない。迷子になる事は無い。魔物に殺られたのかと思い、音が聞こえた方向へ足を進める。森の生活は過酷だからか昔よりも体力や力が上がった気がする。森を駆け、倒れた大木を悠々と飛び越える。もしかすると一刻を争う事態かもしれない。
この辺りだと思われる場所に来ると少し開けた場所があった。周りの木は折れている。ここで戦闘があったのは間違いない。少し探索すると、大量の血とアセナと同じ色の毛が落ちている。さらに見回すと人間の使う物がいくつか落ちている。
「――アセナは攫われた……」
人間に攫われた。最悪の場合もう殺されているかもしれない。いろいろな憶測が脳内をめぐる。なぜ狙われたのか、強欲の配下だからか、自分と接触をしたからか。出会ってからはまだ二週間ぐらいだが、もうアセナは仲間だ。同じ強欲に振り回されている同士。それを傷つけられたのだ、心の奥底から怒りが込み上げてくる。許せない思いが脳を埋め尽くす。怒りが露わとなっているのか森が騒めいているような雰囲気。鳥がバサバサと逃げていく。身体が燃えるような血が滾るような感覚。生前も、二乗と戦った時のも無かった感覚。
「何処のどいつだよ……アセナを攫ったのは……」
無意識に言い放ったその言葉はその思いに呼応するかのように告げる。
『条件を満たしました。強欲のスキルが発動。
「アセナを攫ったヤツらは何処にいる。」
目の前に赤い線が現れる。直感でそれが表すものが何かを理解する。復讐する目標が定まった。それを辿り歩いていく。日は暮れ森の中は鬱蒼とした世界になり始める。日が昇っている時より魔物は活発だ。しかし一匹にも出会わない。ガサゴソと音を立てながら道を開けてくれる。ただ一直線に赤い線をたどり歩き続ける。出ていったばかりの城壁が薄っすらと確認できるほど帰ってきてしまった。線が消え赤い点が浮かび上がる。
――数は六個。六人か、無理な数ではないがアセナを倒せるとなると一人一人はとても強いだろう。小屋の中だ、狭い中六人と戦うのは分が悪いとは思えない……やるしかない。
クエイから貰ったナイフを持ちゆっくりと扉の前まで接近扉に耳を当て談笑してすっかり気が抜けているのを確認するとナイフを強く握る。一度大きく深呼吸をする。人にナイフを突き立てるのは初めてだ。魔女との対峙の時のように自分の命が危ないわけでもない。助けたい、アセナを取り戻したい一心でここまで来た。大きく深呼吸をし覚悟を決め一気に扉を開け突撃する。奇襲は完全に成功し、武器を取らせる前にドア付近にいた奴を一人殺す。
「誰だ……!?」
大柄の男が武器を取る。しかし家内など狭い場所では動きづらい。そして周りには仲間もいる。大剣を振り回しては当たりけがをさせてしまう。躊躇する隙をすかさず一撃で掻っ切る。
弱い……全く簡単に殺せてしまう。あと四人――
***
壁、天井、至る所に飛び散る赤い血が滴り、天井から落ちる雫の跳ねる音がする。この静かな空間に荒い呼吸音が響く。
《復習者》の影響か人を殺す事に躊躇が無かった。脳をハックされているかのように無心で人を殺すようになってしまった。この世界に馴染んできたのか強欲の魔女に似てきてしまったのか分からないがそのことに対する焦りもあまり感じられないことから後者であるかもしれない。
「――アセナをどこにやった?黒い狼と出会っだろ。生きてるんだろうな?」
「王都の……奴隷商の馬車に乗っけた……生きてる! から、もう良いだろ……?」
どうにか生き延びようと必死だが遅い。
「生きているんだな……」
心からの安堵。アセナは生きている。まだ希望が見える。
「アセナを監禁している、奴隷商は何処にある。」
また、赤い線が現れる。
「こっちか。……お前はもう要らない。楽に殺してやる。」
「嫌だ! もうしないって約束するからッ――」
最初からやるなよ……
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