第5話 二乗

 やはり異世界。しっかりと敵役もいるというわけか。かと言って今できることは無い。下手に死ぬのもごめんだ。一定以上の能力はあるらしいが、自分でもどの程度なのか分かっていないならば逃げるしかない。


「どこか安全な所は?」


「この国の中なら安全だ。兵が守ってくれるはずだ! とりあえずアタシの家に来い! ナイフとかはあるから!」


 クエイの家に急ぐ。来る時とは違い人道りも少なくなり不穏な空気が漂っている。この世界では魔物の存在が大きいようだ。


「そんなに魔物は強いのか?」


「当たり前だろ? 魔女の手下どもだったら尚更だ! 魔女の力を分けて貰ってるかもしれない。そんな奴らにどう勝てって言うんだよ!? 英雄とかそのぐらいの実力者じゃなきゃ無理だ!」


 ――魔女。確かあの時魔女って聞こえたような……


 色々と繋がりそうで結びつかない。この襲撃もあのヒロイン、多分魔女であろう者が引き起こしたものなのか、それとも偶然か。


「これ持っとけ! よく手入れはしてあるからよく切れるぞ!」


 これがクエイの家か。耐久力がなさそうだが魔物が来たら大丈夫なのか?


「まぁ、安心しな。ここらの貧民街は門からも離れてる。そう来ないから」


 安心もつかの間だった。眩しい太陽の光が一瞬だけ途切れた。上空を見上げれば何かが通っている。影を目で追うとそこには一人の女性がほうきに腰掛け空を飛んでいた。こちらに気づいたのか近くに降り立つ。音もなく静かに降り立ち不気味な笑みを浮かべながらニヤリと笑う。


「――こんなちんけな場所に強欲の使徒がいるとは、驚きだよ」


 強欲……やっぱり俺をこの世界に連れてきたのは――そんな事よりコイツは兵士どもを突破してきたのか? つまりは強いやつじゃねーかよ!


 脳内で色々なものが結び付き始める。絡まった糸が解けるように情報が頭に馴染む。


「私、強欲の野郎嫌いだから、アイツに嫌がらせできるなんて最高ね。しかもクソ雑魚の人間だなんて楽勝すぎてつまらないわ」


「おい……強欲の使徒ってどういうことだよ? お前は強欲と関係があるのか?」


 クエイの表情が一変する。あの明るい感じからは予想ができないほど暗く、憎しみを感じ取れる声で問いただしてくる。


「俺は何も分からない! 何のことかさっぱり分からない! それより、アイツは何なんだよ!?」


 何も知らない事は無い。大体は把握した。あの神殿で聞こえた声、今俺が探している人は……


 この重い空気の中場を乱すような声で横やりが入る。


「私は魔女。あんたの少し長く生きてる老いぼれの強欲の魔女に比べたら、少し劣るところもあるかもだけど、とっても強い『二乗の魔女』だよ」


「マコト……もしアイツが本当に魔女ならアタシらは何もできない。諦めるしかない」


 唐突の詰みの宣告。間違っても勝てる相手ではないと察しはついている。だがしかしここで諦めたくはない。焦り、冷静さを失い、貰ったナイフを構え突撃する――


「呆れた……強欲のお気に入りだから少しは出来る奴かと思えば……期待外れのクソ雑魚だったわ」


 あっさりと避けられ、がら空きになった背中を突っつかれる。ただ突かれただけだが、大きく倒れこむ。この世界で初めて味わう痛みは元の世界の痛覚とあまり変わらない。ただ元の世界ではこんな状況はあり得ない。


「弱小ね。ただ突っついただけなのにこんなに吹っ飛んじゃって魔女の所に逃げ隠れなさいよ雑魚」


 こいつ……! 絶対ただ突っついただけじゃないだろ!? めちゃくちゃ痛い!


「何をしやがったんだよ……」


「何って、これが私の魔女の力よ。いったでしょ? 『二乗の魔女』だって。今のは攻撃の威力を二乗して吹っ飛ばしただけ。何度自己紹介すれば分かるの? 馬鹿には難しいかな?」


 何だよそれ! 強すぎるだろうが!? 普通に殴られただけで死ぬじゃねーかよ!!


 この世界の魔女の立ち位置は分かった。敵の中で一番強い存在が魔女だろう。序盤で出て来る敵ですら『二乗』とか言うまともに食らえば即、お陀仏だ。


「……クエイお前は逃げろ。時間はあんま稼げないだろうが、これでも一応力はあるから、任せろ」

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