第4話 二乗

 やはり異世界。しっかりと敵役もいるというわけか。


 かと言って今できることは無い。下手に死ぬのもごめんだ。一定以上の能力はあるらしいが、自分でもどの程度なのか分かっていないならば逃げるしかない。


「どこか安全な所は?」


「この国の中なら安全だ。兵が守ってくれるはずだ! とりあえずアタシの家に来い! ナイフとかはあるから!」


 クエイの家に急ぐ。来る時とは違い人道りも少なくなり不穏な空気が漂っている。この世界では魔物の存在が大きいようだ。


「そんなに魔物は強いのか?」


「当たり前だろ? 魔女の手下どもだったら尚更だ! 魔女の力を分けてもらってるかもしれない。そんな奴らにどう勝てって言うんだよ!? 英雄とかそのぐらいの実力者じゃなきゃ無理だ!」


 ──魔女。確かあの時魔女って聞こえたような……


「これ持っとけ! よく手入れはしてあるからよく切れるぞ!」


 これがクエイの家か。耐久力がなさそうだが魔物が来たら大丈夫なのか?


「まぁ、安心しな。ここらの貧民街は門からも離れてる。そう来ないから」


 安心もつかの間、上空を何かが通る。影を目で追い上を見るとそこには一人の女性がほうきに腰掛け空を飛んでいた。こちらに気づいたのか近くに降り立ち、


「こんな街中に強欲の使徒がいるとはね、驚きだよ。」


 強欲?  何の話だ?  それにこいつ兵士どもを突破してきたのか? てことは、強いやつじゃねーかよ!


「私、強欲の野郎嫌いだから、アイツに嫌がらせできるなんて、わざわざ見つからないように高い所飛んで前線突破して正解だね。」


「おい……強欲の使徒ってどういうことだよ? お前は強欲と関係があるのか?」


 クエイの表情が一変する。あの明るい感じからは予想ができないほど暗く、憎しみを感じ取れる声で問いただしてくる。


「俺は何も知らない! 何のことかさっぱり分からない! それより、あいつは何なんだよ!?」


 何も知らない事は無い。あの神殿で聞こえた声。今俺が探している人……


 この重い空気の中場を乱すような声で横やりが入る。


「私は魔女。あんたの強欲の魔女に比べたら、まだまだだけど、とっても強い『二乗の魔女』だよ。」


「マコト……もしアイツが本当に魔女ならアタシらは何もできない。諦めるしかない。」


 唐突の詰みの宣告。間違っても勝てる相手ではないと察しはついている。だがしかしここで諦めたくはない。焦り、冷静さを失い、貰ったナイフを構え突撃する──


「呆れたな。強欲に気に入られるほどだからどんなものかと思えば……期待外れだな。」


 あっさりと避けられ、がら空きになった背中を突っつかれる。ただ突かれただけだが、大きく倒れこむ。


「弱いね。ただ突っついただけなのにこんなに吹っ飛んじゃって」


 こいつ……!  絶対ただ突っついただけじゃないだろ!? めっちゃ痛い!


「何をしやがったんだよ……」


「何って、これが私の魔女の力だよ。いったでしょ?『二乗の魔女』だって。今のは攻撃の威力を二乗して吹っ飛ばしただけ」


 何だよそれ!  強すぎるだろうが!?  普通に殴られただけで死ぬじゃねーかよ!!


「……クエイお前は逃げろ。時間はあんま稼げないだろうが、これでも一応力はあるから、任せろって」


「……あんたが頑張っても10秒ももたないでしょうね。だったらアタシもも殺ってやろうじゃない!」


「カッコつけたかったんだけどな、まぁ、ありがとな」


 一斉に走り出し、殺しにかかる。能力の差は明らかだ。が、どちらもこんなところで死ぬ気はさらさらない。挟み撃ちにして攻撃をけしかけるが、


「当たらないよ? 本気でこの私を倒そうとか考えてるんじゃないんでしょうね?笑わせないでよね、これでどう勝つって言うの?」


 やすやすとかわされ、当たる気がしない。宙をただ切り裂く音しか聞こえない。


「もう遊びは終りね。」


 振り上げた拳は、殺しにかかるように固くは握られていないが、二乗……どうなるかは分からない。


 クエイが死を察知したのか、苦笑いを浮かべる。

 死なせない──


 とっさに動いた体に鈍い音と共に痛みが駆け巡る。反動により吹っ飛ばされ、地面に伏す。口の中に広がる血の味、覚えのある味。


 ──また、死ぬんだろうか。


 少しでも動こうとすると痛みで死んでしまいそうになる。


「マコト!!  生きてるんだろ?死んでも生き返られるんだろ?」


 ──生き返るか……これはコンテニューできそうにないな。一回殺させて、また殺されて、一日に何回死ねばいいんだよ? せっかく異世界来たのに、まだ何も成せてないじゃん。


「──まだ死にたくない……こんなところで……!!」

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