改正

三八

改正

男は刑務所から出ると父親の車に乗った。父はよく喋る人だったが、車を走らせてから十数分経っても三言ほどしか喋らなかった。当然である。自分の息子が窃盗で4年も刑務所に入れられたのだ。話などする気になどならないだろう。

 家に着くと母が出てきた。笑顔で迎えてくれて父も前のようなお喋りになった。だが、なんとなく家にいるのが気まずくなり、散歩に出かけた。よく、ドラマなどで刑務所に入っていた人が世の中の移り変わりに驚くシーンなんかがあるが、そのような驚きはなかった。子供の頃からさほど変わらぬ街並みがそこにはあった。全国的に報じられるような極悪犯でもないため、他人から後ろ指を指されることもない。

 しかし、しばらく歩いていると男は違和感を感じた。街がやけに静かだった。商店街に入っても同じだった。決して人通りが少ないわけではない。みんな黙っているわけでもない。喋っているし、歩く音やドアの開閉音はよく聞こえる。聞こえすぎるくらいに。街の様子を気持ち悪く感じた男は家に引き返すと父親に尋ねた。

「今日は街がやけに静かじゃないか」

「そうか、お前は知らないのか」

父親が思い出したように言った。

「お前が刑務所に入って一年目に著作権やら意匠権やらの法律が改正されて規制が厳しくなったんだ」

「どういうこと」

男はよく理解できなかった。

「例えば、曲を口ずさむとかキャッチコピーを言うとか、色々なものが規制されていったんだ。一種の言葉狩りみたいなものだな」

男ははじめて、世の中の移り変わりを実感した。試しにテレビをつけてみると、一見前とさほど変わりないように思えたが、見ているとやはり後で流れる音楽がない、それにタレントが言葉を選んで喋っているのがなんとなく伝わってくる。男はテレビをつまらなく感じ、現実から目を背けるようにして寝てしまった。

 翌朝、起きると、買っておいた本を数冊持ち喫茶店に向かった。途中、道で荷物を落としたお婆さんを見かけ、一緒に拾ってあげた。男は罪を犯した分、人に感謝されることでとても幸福感があった。気分良く口笛を吹きながら歩いていると、スーツの男がやってきた。

「お兄さん、ちょっといいですか」

「どなたですか」

「文化庁のものですけど」

スーツの男は当然のように答えた。

「今、口笛吹いていましたよね」

しまった。すっかり昨日聞いたことを忘れていた。

「はい、」

「規則ですので、2000円いただくことになります」

男はしぶしぶ、そのスーツの男に財布から2000円をだし渡した。

「嫌な世の中になったな」

男はつぶやいた。

 喫茶店につくと以前と変わらぬ落ち着いた雰囲気のある店内だった。しかし、メニューは変わっていた。メニューは何かしら捻りのある名前がついているものもいくつかあるのが普通だが、その店のメニューはいたってシンプルなものが多かった。男は下手に凝った名前を考えて他の店が似たようなものを考えた時揉めるのが嫌なのだろうと考えた。先ほど現代の洗礼を受けた男はそのメニューの意図がすぐにわかった。

 静かな店内は読書には最適と言えたが、少し寂しい気持ちもした。外がすっかり夕焼けに染まり、店を出たところ夕方のチャイムが鳴った。これは今も変わってないらしい。このことを知り、少しばかり安心した男は軽い足取りで家に帰ってきたが、男の不安の種は昨日知ったバカバカしい法律の改正だけではなかった。男には今仕事がない。いつまでも親の世話になるわけにもいかず、金をある程度稼いだらこの家を出るつもりでいた。しかし、仕事などそう簡単に見つかるはずもなく、どうしようかと悩んでいたところ携帯電話が鳴った。

「もしもし、こちら文化庁のものですが」

男は嫌な表情を浮かべた。

「はい、私何かしましたか」

「いえ、そのようなことではなくて、この間隣町で窃盗をおこなったものがおりまして。その手口があなたがおこなったものとそっくりですのでその犯人が払う罰金からあなたにいくらか入るので口座番号を教えていただきたくてですね•••」

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改正 三八 @mbshekkeb

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