1-3


〈途中経過〉

上級生チーム 40-0 一年生チーム



 手加減してくれているんだろうか。力の差がありすぎてよくわからない。

 味方はかなりへばってきている。残りは2分。

「最後まで気を抜くなー」

 声を出しているのは、龍田監督だ。背が高く、切れ長の目と長い黒髪が特徴的女性である。三年生の国語を主に担当しているらしい。一見場違いだけど、元々女子ラグビーの選手だったらしい。

 昨年までは、鹿沢先生という監督がいた。テレビでも見たことがあるのだが、若くて真面目そうな人だ。非常勤だったか、今年から新口高校に常勤として招かれたという。まあつまり、「引き抜き」だ。

 この試合は、龍田先生にとっても初戦である。上級生チームをどこで率いることができるか、信頼されるか。

 中学生の僕らには、まともな監督なんていなかった。便宜上の顧問はいたけれど、ラグビーのことなんて何も知らなかった。

 まあ、宮理と梅坂学院にはコーチもいるようだし、ここが「最高の環境」というわけではないようだ。

「ぬああ!」

 善導が大きく手を広げて、ボールをチャージした。そして、僕の前に楕円球が弾んでくる。

 ここしかない。

 ボールを手にして、走る。当然一人で突破できるような力はない。先輩たちが迫ってくる。沐阳ムウヤンの方をちらりと見る。大型新人、うちの学校に入ったのが奇跡と呼ばれる逸材。実力で突破できるとしたら、彼しかいない。

 善導の姿が見える。こっちだ。先輩たちだって、沐阳をマークしている。だからこそ「僕らで」突破したい。

 善導に、パスを出す。でも、ボールが手を離れた瞬間に、わかってしまった。思ったよりも善導の足が速かったのだ。

 笛が鳴る。レフェリーの右手が斜めに流れた。

「スローフォワード! スクラム」

 ラグビーでは、ボールを前に投げてはいけない。反則で、相手ボールである。



「俺もちょっと出る!」

 スクラムの前に大きな声を出して出てきたのは、監督代理のテイラーさんだった。これまでスクラムハーフを務めていた美禅は少しだけラグビーの経験があるらしく、球を出すことはできていた。ただ、それ以上は全く駄目といってよく、一年生チームは最初から攻撃を組み立てられていなかったのである。

 そこに、三年生のレギュラーが入ってくる。残りはあと少し。チャンスがあるとしたら、テイラーさんからの展開がピタッとはまったときだ。

 スクラムは、だいぶ手加減されているのがわかる。力の差がある場合、本気で押すのは危険なのである。フランカーの神灘かみなだなどは、組む準備をするだけで泣きそうだった。これまでスポーツをしたことがないらしく、筋肉を付けたくてラグビー部に入ったらしい。

 組み合うと、それだけで圧力を感じた。押されていないのに下がりそうになる。

「負けーん!」

 善導が最後方から叫ぶ。残念ながら、皆鼓舞はされていないようだ。疲労がピークを越えている。

「いいぞ、その意気だ!」

 テイラーさんの声も聞こえてきた。こちらは入ってきたばかりなので元気満杯である。

 ボールがスクラムの中に入る。素早く転がされて、外に出される。

「ああっ」

 それは、スクラムハーフ、里さんの声だった。

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