11. ソフィアという女(余談)

 「ちょっとぉ! 言ってよぉ!!」


半泣き状態で帰ってきた妹を見て、カミーユは目を丸くした。


「何を……?」

「ソフィアさんのこと!」

「あぁ、それか」


カミーユは読んでいた本を閉じて、


「極秘の任務だったんだ。許してくれ」


シャルロットの頭を撫でながら言った。そんなことを言われれば、流石のシャルロットでも、責めることはできない。極秘の任務を話せば、多くの首が飛ぶ。それくらいは理解していた。


「ところで、シャルロットは彼女とどんな関係だったんだい?」


唐突なカミーユからの問いに、シャルロットは少し困惑した。しかし、素直に


「専属医であり、友人である……って言いたいところだけど、友人と呼べるほど、あの人の力になれたことはないわ。本当は、もっとあの人の力になりたいのに」


椅子に座りながら、ため息混じりに答えた。


「ソフィアさんの力になる、か。難しいねぇ」


カミーユはコーヒーを一口、口に含むと、その中の黒を見つめて苦笑する。


「彼女は全ての苦しみを抱えたまま笑える強い人だ。きっと、『助けて』と声を上げることもないだろうね」

「じゃあ、私はどうすれば良いの?」


シャルロットの問いに、カミーユはカップを机に置くと、


「ギルベルトさんは、いろいろな方向から彼女を救おうとした。ノアさんは現状打破のため、ルークさんは感情解放のため、ミロさんは気分転換のために、ソフィアさんの近くに置いた。彼女の周りには、彼女を救うための人間が厳選されて置かれていたんだよ」


微笑みながら、そう話した。


「私は何もできていない。医者ならお兄ちゃんだけでも良かったんじゃないの?」

「良くなかったから、私たちはソフィアさんと出会ったんだよ。シャルロットは彼女の理解者として、私は見守る者として、役割を果たしている」

「理解者と、見守る者?」

「そう。君は共感力が高いからね。彼女の想いを理解する者として、近くに置かれたのだろうと見た。女の子同士だし、ね」

「お兄ちゃんは?」

「……私は何もできない。口出しできないからこそ、ただ『治す』ためだけの人間だよ。口を出すことなく、黙って避難できる場所として、扱われているんだろうね」

「えぇ……」


顔をしかめるシャルロットに、カミーユは笑う。悔しいが、ギルベルトの判断は間違っていると思わない。流石は偵察部隊と言うべきか、人をよく見ている。


「つまり、気に病むことはないということだ。そうだ。力になりたいのなら、結婚式の準備を手伝ったらどうだい? 喜んでくれるはずさ」


シャルロットに目線を向ければ、彼女は大きく目を見開いて


「そうだ! 演出!! トリシャさんとクレアさんに相談しなきゃっ!!」


慌ただしく席を立ち、部屋を出て行った。


「……え?」


突然、妹の口から放たれた二人の有名人の名前に、「いや、まさかな」とカミーユはカップを持つ。しかし、妹のコミュニケーション能力であれば、あり得る話である。動揺はカップの音からよく伝わる。次に飲んだコーヒーの味は、覚えていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る