10. ノアという男(余談)

 「まったく、人騒がせな奴だよ」


ミロはペンをクルクルと回しながら不満を溢す。


「意外でした。ノアさんもソフィアさんも、『完璧』ってイメージだったので」


ルークが山になった書類をミロの前に置くと、ミロは大きなため息を吐きながら


「まさか。あいつは割と始めから不器用で世間知らずで気持ち悪い奴だったよ」


ノアへの愚痴を溢した。


「すごい言われようですね」


親友からの酷評に、ルークは苦々しく笑うしかない。


「あいつを『太陽』って言った奴、皮肉だろ。まぁ、ピッタリだけどな。自分の持つ力で身を焦がすところとか」

「自分の持つ力で、身を焦がす?」

「見たことあるだろう? 力の制御ができなくなって、俺かギルベルトさんに気絶させられているところ」

「あー……」

「ソフィアと組んでから、確かに強くなった。けど、同時に狂ってしまった。難しいよなぁ、人間って」


ミロの言葉に、ルークは


「なんだか、『月と太陽』というより『月と狼』みたいですね」


純粋な感想を述べた。ミロはそれを聞くと手を叩き、「違いない!」と腹を抱えて笑った。


「そうか、そうか。月に狂わされた狼ねぇ……ふふっ、お似合いだな。そうだ、それくらいで良い。それくらい未熟な奴だよ、ノアは」

「あはは、さっきから厳しいですね……。何か恨みでもあるんですか?」

「まさか! 俺とノアは大親友だ」

「じゃあ、なんで……」


疑問を浮かべるルークに、ミロは、書き終えた書類を渡しながら


「あいつに『英雄』の称号は荷が重い。ノアは自分の未熟さを理解している。自分自身の無知を知っているんだ。だからこそ、弱いあいつを認めてやれる存在が必要ってこと。あと……」

「……あと?」

「単純に気に食わねぇ。モテるだろ、アイツ」

「……モテますね」

「なんで気持ち悪い狂人のアイツだけがモテて俺はモテないんだー!!」


これには苦笑するしかない。呆れるルークに、ミロは「愛だよ、愛」と口角を上げて訂正し、書類を渡す。ルークはそれを受け取ると、


「そういえば、最近は『英雄』に反応して気を失っていましたね」


先日のことを思い出しながら呟いた。


「あいつの中で『英雄』はソフィアがいないと成り立たない。ソフィア抜きのノアは、ただの人殺しだと思っているらしい。事実は同じでも条件があるみたいだな。ソフィアがいれば美談になる、ってさ」


ミロは首を回しながら、呆れたようにノアから聞いた本音を話した。


「……結局、俺たちがやっていることは人殺しですからね」


ルークが暗い声色で言うと、ミロは少し困ったような顔を見せた。「失言だったか」と、焦るルークだったが


「何かを得るためには、必ず、代償が必要だ」


立ち上がり、真面目に言った後


「なーんてね! ギルベルトさんからの教え。ちょっと似てない?」


場をなごませるために、いつもの調子で言った。ルークの顔がほころぶ。ミロは大切な親友の大切な部下の笑顔を見ると、安心したように微笑みを浮かべていた。

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