9. 太陽の告白

 「僕はさ、君が思っているよりもずっと情けない男なんだよ。父は国王補佐官、母は医者。一人息子だったから大事に育てられた。僕は、両親が教えてくれる世界以外は知らなかった。無知で愚かな人間なんだ。実際、奴隷の制度も君が話してくれるまで知らなかった。

 父の本を読んで、世界が広がってさ。無知な自分に嫌気がさして、帝国騎士団に入ることを決意したんだ。両親は喜んでくれたけど、理由なんて『世界が知りたい』とか、子どもみたいだろう? でも、それだけで僕はここに来た。ここに来て、地獄を見てきた。

 可笑しな話だろう? 君の過去の話を聞いて思った。僕は、相変わらず無知なままだ。


 僕は二十二で団長になった。もちろん努力もしたけど、大きかったのは親のコネだよ。国王補佐官である父の推薦が大きかった。おかげで異例の出世を果たしたけど、僕が特別強いわけじゃなかった。僕の後ろにはいつもギルベルトさんとミロがいた。彼らがいなければきっと、僕は今頃戦死していただろうね。

 自覚はあった。誰かと組むことでしか、僕は力を発揮することはできない。自分だけで何かをやり遂げる力はないんだ。だからこそ、僕はいつでも逃げられた。僕の弱さが、逃げる選択を常に作っていた。最低だろう? 人のせいにしようとしていたんだ。

 でも、君と出会ってから僕は少し変わった。


 おかしいんだ。君のためなら、こんな僕でもなんだってできる気がして。君が望むのなら、苦手だった人殺しも簡単にできる。躊躇なく、僕は悪魔になれるんだ。

 始めは、君が相棒として、正しい道を示してくれているからだと思っていた。でも違った。君が消えてから、僕は腑抜けてしまったんだ。すがるように書類仕事に取り組んだ。戦う気力がなかった。つまり、僕は、自分の欲望のままに戦っていたんだよ。君の役に立ちたくて、君に好かれたくて、戦っていたんだ。

 気持ち悪いよね。君が望めば、僕はミロも、ルークも、ギルベルトさんも殺せる。それだけ僕は汚い人間だ。悪魔のような人間なんだ。


 辛い過去を持ち、それでも美しく生きようとした君とは釣り合わない。だけど、君を好きでいる気持ちは変わらない。


 僕は君が好きだ。狂おしいほどに。汚い男でごめん。でも離れたくない。離したくない」



 ソフィアは頭を下げるノアに一言、


「えっ、そんなことで悩んでいたのですか?」


あっけらかんと言った。ノアは赤面しながら


「は、はぁ〜!? そんなことって何だよ! ドン引き覚悟で話したんだけど?!」


幼い子どものように声を荒げた。


「恋なんてそんなものでしょう? 私だって、ノアのためだけに戦略を考えた時がありましたから」

「え?」

「あっ」


澄ました顔で言ったは良いが、その内容に気がついたソフィアは耳まで顔を赤く染めると


「……やり直しましょう。格好がつきません。お願いします。こんなつもりじゃなくて……」


消え入りそうな声で小さく『やり直し』を懇願した。自信を取り戻したのか、ノアは


「訂正はナシだよ」


ソフィアにひざまずくと


「初めて出会った時から、ソフィア、君のことが好きだ。君がどんな過去を持っていても、今がどんな現状だろうと、どんな未来が待ち受けていようと、僕は君と共に歩む覚悟がある。僕と付き合って欲しい」


彼女に手を差し伸べて微笑んだ。


「酷い過去を持っています。心も身体もボロボロです。この先の未来は深い闇ばかり。それでも、私の手を離さないと誓ってくれますか?」


ソフィアは、ノアの手と重ならない位置に手を差し出す。すると、ノアはしっかりとソフィアの手を掴み


「誓おう」


そのまま、彼女を強く、しかし壊さないように抱きしめた。あたたかい感触がソフィアを包み込む。ソフィアはほころんだ顔をノアの背に、一粒の涙を流した。

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