8. 月の告白

 ギルベルトの退出後、ソフィアは、首を傾げながらノアを見つめていた。


(何を話したんだろう。顔、真っ赤だけど)


林檎のように顔を耳まで赤く染めるノアを心配するソフィア。ノアは「なんでもないよ」と繰り返しながら、首を小刻みに振っていた。


「ギルベルトから、どこまで聞きましたか?」


少し重くなってしまうが、今後に響く、大事なことだ。ソフィアはなるべく平静を装いながらノアに聞いた。


「……拷問を受けたことだけ、だよ。僕は自分が思っている以上に、君のことを知らなかったみたいだ」

「なら、そのままで構いません。知らない方が良いこともあります」

「それでも知りたい、と言ったら。君は教えてくれるのかい?」


意外にも食いついてくるノアに、ソフィアは目を丸くする。


「後悔しますよ。きっと、私の相棒であることが恥に思えて来ます」

「それでも、僕は知りたい。君さえ良ければ」


食い気味のノアの目を見る限り、本気のようであった。ソフィアは少し考えてから、やはり、隠し続けることは難しいと思い、わかりましたと答えた。いや、それだけじゃない。心の奥で自分の過去を話したいと思っていた。知りたいと思ってくれるのなら、打ち明けたいと。

 こうして、ソフィアは、静かに自分の過去を話し始めた。



 幼少期のこと、奴隷時代の話、ギルベルトと出会った時のこと、ノアと出会った時のこと、拷問を受けていた時のこと、最近のことなど、全て。

 両親が死んで悲しかったこと、深い悲しみを忘れるくらい苦しい環境にいたこと、そこから救われたこと、久しぶりに光を見たこと、その光を失う決意をしたこと、光を失ってから死にたいと思ってしまったこと。

 決して綺麗な話ではなかった。生々しい血の記憶と、薄汚れた心の話。最後までソフィアはノアの目を見て話すことはなかった。

 話し終えた後も、気まずそうに下を向いて、微かに自分をあざけるようにして笑っていた。



 ソフィアは、失望されることを恐れていた。身分の高いノアと、元・奴隷である自分が釣り合うはずがない。それでも隣にいることを望むだけでなく、一度でも、恋愛感情を抱いていた自分自身を恥ずかしく思っていた。一生、隠し通すつもりだった。だが、ノアに見つめられ、真実を話してしまった。それが今後に影響すると知りながら、二人をわかつような真実を話してしまったのだ。

 しかし、近い未来に訪れる悲しみを覚悟するソフィアに対し、ノアは少し安心したような顔で彼女を見ていた。ノアにとっては、なんでも抱え込むソフィアが、自分に過去を打ち明けてくれたことが嬉しく思えた。ノアは相棒の全てを聞くと


「あの、さ」


まるで初めて会った時のような口ぶりで、下を向くソフィアに声をかけた。自分よりも数倍もぎこちない声色に思わず緊張が解け、ソフィアはノアを見る。今のノアの表情は、何かを覚悟した時と似ていた。


「何です?」


子どもの告白を見守る母ような、優しい声色でソフィアは問う。するとノアは、拳を握り


「僕の昔の話も、聞いてもらえないだろうか」


震える声で言った。ソフィアは、一瞬だけ目を丸くしたが、静かに微笑んで頷くと、彼の話に耳を傾けるのであった。

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