7. 動く太陽

 「ふぁ……あ……? あっ……」


大きな欠伸あくびの後、ノアはバタバタと身だしなみを整え、ギルベルトに頭を下げた。


「やめろ、鬱陶しい。叩き起こさなかったのが答えだ」

「いや、しかし……上司の前で寝るなど……」

「『寝ろ』という命令を実行した奴に怒るほど最低な上司じゃない」


誰かを思い浮かべながら言うギルベルトに苦笑するノア。


「それは良いとして。お前に確認したいことがある」


ギルベルトの言葉に、ノアは改めて姿勢を正す。ギルベルトは一呼吸置くと


「お前、ソフィアのことはどう思っている」


早速、本題に入った。一方で、想定外の問いにノアは目を丸める。


「……大切な相棒、だと思っていますけど」

「違う」

「えぇ……?」


苛立ちを含んだ否定に、ノアは困惑する。


「好きなのか? ソフィアのこと」

「好ましく思っていますよ。相棒ですから」

「違う」


ギルベルトは机を指でトントンと繰り返し叩きながら、舌打ちをする。


「抱けるのか、抱けないのか。どっちだ」

「セクハラですか?」

「黙れ、答えろ」

「ヒッ……」


その目に殺されるのではないか、と本気で思うほどの目つきと、怒りの低音ボイスにノアの身が小さくなっていく。しかし、流石は軍人だと言うべきか


「その二択なら、前者です。むしろ、良いのなら喜んで抱きますが」


すぐに切り替え、答えを出した。


「へぇ〜? ふーん、なるほどねぇ〜」


パッと表情を変え、ニヤニヤと笑うギルベルトを見てハッとする。しまった、と思った時にはもう遅い。一瞬だけ顔を青くするノアだったが、すぐに切り替えなければギルベルトの策略にまる一方だ。深呼吸をして、まずは調子を整え直す。


「何のための質問ですか、これ。もしかして僕殺されます?」

「じゃあ、次の質問な」

「あ、僕の質問は無視される感じですね」

「ソフィアのどこが好きなんだ?」

「全て話すと一日かかりますが」

「簡潔に頼む」

「強くて、美しいところですかね。そこに至るまでの努力は、底知れない。人間の理想の姿だと思います」

「……なるほど。では、弱くて醜いソフィアは愛してやれない、と」

「いやっ、そんなこと……」

「あいつの現状を教えてやろうか」


ギルベルトは足を組み直し、ノアに言う。ノアは嫌な予感がしたものの、知る必要があるものだと思い、こくりと頷いた。真剣な眼差しで、ギルベルトは話す。


「右腕・右足・左目の損傷。車椅子で動けるかどうか。拷問の痕が消えない。お世辞にも、『美しい』とは言えない姿だ」

「拷、問……?」

「あぁ。お前たち攻撃部隊が有利に戦うための時間稼ぎに、その身を敵に差し出した」

「聞いていません、そんなこと……」

「言っていないからな。ソフィアの命令で攻撃部隊にだけは伝えていない」

「何故、そんな……」

「平和より個人を優先されたら困る、ってさ。お前は優しいから、誰かが傷ついているなんて知れば駆けつけるだろう? それが、ソフィアなら尚更だ」


ノアの拳に力が入る。何も知らずに戦っていた自分が憎い。


「あんなに近くにいても気がつけない。僕は、相棒失格じゃないですか……ッ!」


悔しそうに嘆くノアを目の前に、ギルベルトは少し目線を逸らした。そして、口角を上げると


「美しくて強いソフィアは死んだ。殺された。さて、お前はどうする?」


畳み掛けるようにノアに問う。まるで、復讐を促すかのような口ぶりだった。しかしながら、ギルベルトは確信していた。ノアが復讐を望むことはない。彼の答えは、絶対に……


「……今は、ただ、彼女に会いたい。会って、謝りたい。無知で愚かな僕のことを恨んでいるかもしれない。けど、僕は……願わくば、もう一度、彼女の隣に立ちたい。失った腕として、足として、目として」


予想通りの答えに、ギルベルトは目を閉じる。穏やかな笑顔を見せながら、


「だってよ、


開いていない扉に向かって声をかけた。

 すると、ゆっくりと扉が開かれて、車椅子に乗ったソフィアが姿を現す。右目からは、溜めていた涙が頬を伝っていた。


「ソフィア!」


その姿を見るや否や、ノアはソフィアの元へと駆け寄る。ハンカチを胸ポケットから取り出し涙を拭い、彼女を部屋の中へと入れた。


「ごめん、ソフィア。苦しい時に側にいることができなかった。一人に背負わせてごめん。君をこんな姿にしてごめん。ごめんな、ソフィア」


ソフィアの前に跪き、謝り続けるノアに


「こちらこそ、申し訳ありませんでした」


ソフィアもまた、ノアに謝る。


「作戦とはいえ、相棒にすら何も言わずに行動したのです。何も言わずに消えて、すみません」


重くなる空気を感じ取り、ギルベルトは横から口を挟む。


「それで? これからどうしたいんだ」


未来のことを聞かれると、ソフィアは黙った。一方で、ノアは


「僕が君の相棒でいることを、君さえ良ければ許してくれないか」


ソフィアの手を取り、そっと聞いた。微かに、ノアの手が震えているのがわかる。ソフィアは少し寂しそうに


「こちらこそ、こんな私で良いのなら」


ノアの手を握って言った。

 これで『日常』は取り戻せた。ギルベルトは安心したようにため息をつくと、退出のために席を立った。去り際、ノアの耳元で


「ノア。男見せろよ」


そんな言葉を残して。

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