5. 眠る太陽

 「ノアはいるか?」


ギルベルトが扉を叩くと、


「ギルベルトさん?」

「カミーユ? 何故、貴方がここに?」


出てきたのはノアではなく、カミーユだった。


「妹に頼まれて、薬の補充のついでに診察を」

「何だ、倒れたのか?」

「突然、倒れたそうですよ。まぁ、栄養失調と睡眠不足ですね」

「シャルロットはどうした」

「養成所の方で怪我人が出たようで、そちらの対応へ」

「そうか」


ノアの腕には点滴が打たれている。苦しそうな顔で、ソファーに横になっているノアの姿を、ギルベルトはしかめっつらで見つめていた。


「ノアさんに、何か用事がありましたか?」


カミーユが申し訳なさそうに聞く。


「いや、急ぎではない。起きたら確認する」

「お仕事ですか?」

「ソフィアのことだ」


興奮して立ち上がろうとするカミーユを、片手で止めるギルベルト。カミーユは一度、深呼吸をして


「あの体に無理をさせないでください。精神的にも疲弊しているんです。下手をすれば死に至ります。考え直すことをお勧めします」


冷静に、医師としての意見を述べた。しかし、ギルベルトは鼻で笑うと


「俺たちは軍人。死ぬまで平和の奴隷だ。個人の都合なんてお構いなし。それがここでの生き方だ」


カミーユに言い放った。


「何のためにあいつをと思っている? 国で十億も出したんだぞ? 相応の仕事はしてもらわなければ困る」


ギルベルトの口から出た言葉に、カミーユは、目を大きく見開いた。


「買った……? 十億……?」

「俺の所有物だ。本人にもその自覚はある」

「奴隷制度は廃止されたはずでは……」

「そんなの表向きだろ。犯罪者にルールは通用しない」

「この国も、犯罪に手を染めていると?」

「他人を殺めている時点で犯罪者の集団だろ。何を今更」

「ソフィアさんが表に出られなかった理由ってまさか……!」

「まぁ、奴隷を表には出せないよな。正式に、俺の元から離れない限り」

「だいたい彼女はあなたの玩具じゃ……って、えっ?」


怒りをぶつけようとして思い止まる。カミーユは気づいてしまった。ギルベルトの思惑を。


「……彼女を買ったのは、国ではなく、貴方ということですか?」

「あぁ。与えられた予算の中で、何に使うかは主導者の自由だろ?」

「彼女を買ったのは何年前ですか?」

「九年前だな」

「彼女の存在が明らかになったのは?」

「三年前だな」

「ソフィアさんの面会を許された人物って、誰でしたっけ?」

「俺、ノア、ルーク、ミロ、シャルロット、お前だな」


カミーユは、全て理解してため息をついた。


「我々は始めから、貴方の掌の上で踊らされていたわけですか」


カミーユがギッと睨めば、ギルベルトは不敵な笑みを浮かべながら、「何のことだ?」としらを切る。


「変だと思ったんですよ。偵察部隊の人の方が秘密主義なのに、彼女の存在を明かした人間が我々四人って」

「なんだ、自覚あったのか。まぁ、自覚がない方が腹は立つか」

「やめてくださいよ、貴方に勝てるわけないんですから。そもそも、貴方が彼女と婚約して、彼女を解放する手段もあったでしょう?」

「俺がソフィアと結婚? 無理無理、年齢差と関係性を考えろよ。最悪すぎる」

「万が一、私がソフィアさんに惚れていたら、貴方、一体どうするつもりだったんですか」

「いやぁ、誤算だったなぁ! 俺はお前とソフィアが恋に落ちて、ソフィアを攫ってくれるのでは? と思ったんだが……」

「小説の読みすぎです。彼女は患者ですよ」

「頭も良い、運動神経も良い、性格も良い、命を落とす心配もない。お前は優良物件だったんだが」

「逆に、その男に揺らがなかったのですから。お二人が愛し合っている証拠です。浮気の心配もなくて良かったじゃないですか」

「あいつら、付き合ってないぞ」

「え゛っ!?」


聞いたことのないカミーユの声に、ギルベルトは吹き出す。


「わかる。付き合っている雰囲気だよな。だがキスはおろか、手を繋ぐことすら経験がない」

「あんなに一緒にいても、ですか?」

「そうだ」


カミーユは頭を抱えながら、「あり得ません」と繰り返した。


「ピュアなのか、漢気がないのか……」

「まったくだ。すぐに押し倒せば良いものを」

「それはそれで問題ですけど……キスの一つ、スマートにできないとは……彼も、まだ子どもですね……」


いつのまにか深い眠りについたのか、ぐっすりと安らかに寝ているノアの前髪に、カミーユはそっと触れて退かす。とても噂に聞く『太陽』の面影のない幼い寝顔に、二人は安心したように微笑んだ。

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