3. 荒れ狂う太陽

 「ノアさん、そろそろ昼食にしませんか?」


黙々と、資料を探しては書類にまとめてを繰り返す上司に、ルークは声をかける。かなり集中しているのだろう。返事はない。


「……体、壊しますよ」


何を言われても、ノアは作業をやめない。


「いい加減、休んだらどうです? 酷い顔していますよ。まったく、英雄がこんな……」


言い終わる前に押し倒され、首を絞められる。怒りで力が加減できていない。ルークは苦しみに喘ぎながらも、状況を変えるため、ノアの腕に爪を立てた。


「あ」


ルークの抵抗により、正気に戻ったノアがふと手を離す。


「ちがっ……こ、れは……」


正気に戻り、自分のしたことを理解した。床に伏せて呼吸を乱す部下を見て、後退りする。


「ノア、さ……?」


膝をつき、自分に手を伸ばすルーク。その姿が死んでいった仲間と重なる。


 目の前に飛び散る赤。消えることのない血の臭い。響き渡る悲鳴。


 「あ゛あああああああああぁぁぁぁぁ!!」


突然、発狂し始めるノアに困惑する。しかし、ノアを止められるほど、ルークには力がない。朦朧とした意識の中なら、尚更だ。

 幸い、ノアはトラウマに苦しんでいるだけで暴れることはない。ルークは、近くに人が通ることを祈りながら、そっと扉を開く。すると、少し遠くからバタバタと走る音が聞こえた。


「良い判断だ、ルーク」


聞き馴染みのある低い声と共に、男性が部屋に入り、扉を閉める。


「ギルベルト教官……!」


彼はノアの口を大きな手で塞ぎ、


わめくな。状況をよく見ろ」


冷たい視線をノアに向けた。


「ギ、ルベルト隊長……」

「階級を落とすな。団長だ」

「あ」


状況が整理できたのか、恥ずかしそうに辺りを見渡す。


「部下を守ることが、お前の仕事だろう。殺しかけてどうする」


ルークの首に残された失態の跡を見て、ノアは顔を青ざめる。


「ごめん……」


頭を下げるノアに、ルークは首を振る。


「いや、俺が余計なことを言いました。こちらこそ、すみません」


どんよりと表情を曇らせる二人にギルベルトは呆れてため息をつく。


「お前がそんな様子だから、ソフィアは会いに来ないんじゃねぇの?」


ギルベルトの言葉に、ノアは下を向く。


「おかしいな。俺の知る『ノア』は、優しくて勇敢な騎士だった。お前は誰だ?」


返す言葉もない。ノアも自覚していた。昔の、国に忠誠を誓っていた時代の自分は、あの戦争で死んだらしい。ソフィアを失ってから、全てを失ったかのようだ。英雄の面影はない。完全に腑抜けていた。


「相方を失って、切ない気持ちはわかる。だが為すべき事は為せ。ソフィアが帰ってきた時、お前がだらしなかったら? あいつは何を思うだろうな。相方を変えたいと思うかもな」


ハッと顔を上げれば、ギルベルトは冷ややかな視線をノアに向けていた。まるで、心から軽蔑するように。ルークは、久しぶりに見た教官の怒りに少し震えた。


「わかったら、とっとと飯食って寝ろ。そして鍛錬に励め。だらしないぞ」


ノアの頭を撫でると、ギルベルトは部屋を出て行こうとする。


「あ、でもノアさん書類が……」


ルークはノアの机をチラッと見ると、現状報告をする。「これでは鍛錬の時間が取れない」と言おうとして


「そんなもの、お前がやればいいだろう。無理ならこちらに回せ。はぁ。まったく……お前ら攻撃部隊は人を頼るのが下手くそで困るな」


ギルベルトは食い気味かつ、呆れたように言うと、さっさと部屋を出て行ってしまった。

 ルークはノアに手を差し伸べると、そのまま食堂へ、ノアの手を引く。

 誰もいなくなった部屋には、あたたかい風がしきりに吹いていた。

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