エピローグ

 あれから数日が経った。春の陽光が、庭を優しく照らしている。澄夫は花の種を片手に、墓場の周りを歩いていた。


 「ミミ、君もみんなも喜ぶよね」


 そう呟きながら、彼は土を掘り、一粒一粒の種を蒔いていく。ひまわり、コスモス、ガーベラ。色とりどりの花々が、いつかここを覆うのだろう。


 種を蒔き終えると、澄夫はミミの墓石へと歩み寄った。ポケットからハンカチを取り出し、丁寧に拭き始める。


 「よし、これできれいになったね」


 光り輝く墓石に、澄夫は満足げに頷く。かつてのような重苦しさはもうない。彼の心は、不思議な解放感に満たされていた。


 「ミミ、君との思い出は一生忘れないよ。でも、きっと新しい出会いも待っているんだ」


 そう呟くと、ミミの遺影に視線を向ける。愛おしそうに指で撫でる。幸せな日々の記憶が、走馬灯のように脳裏をよぎっていく。


 「君がいてくれたから、僕は詩を書き続けられたんだ。だから、これからも君に捧げる詩を綴るよ」


 そう誓うと、澄夫はふと風に吹かれた。まるでミミが、彼の言葉に答えてくれたかのようだ。


 立ち上がり、深呼吸をする。心の中に、新たなインスピレーションが芽生え始めていた。まるで、長い眠りから目覚めたかのように。


 「さてと、久しぶりに詩でも書くかな」


 生まれ変わった心を胸に、澄夫は家路につく。彼の背中を、暖かな春風が優しく後押ししていた。


◇◇◇


 夜、いつものように机に向かう澄夫。ペンを走らせ、言葉を紡ごうとするが、どうにも思うように書けない。


 「何だか、違う気がするなぁ…」


 呟きながら、ペンを置く。ミミがいなくなってから初めての作品だ。

 

 彼女なしで本当に詩が書けるのだろうか。


 ふと、窓の外に目をやる。すると、かすかに聞き覚えのある音が聞こえてきた。


 「ニャーオ、ニャーオ」


 「これは、猫の鳴き声…?」


 興味を引かれ、窓辺に近寄る。見れば、月明かりの下で一匹の猫が鳴いている。まるで、彼を呼んでいるかのように。


 「ニャーオ、ニャオ」


 鳴き声は、まるで優しいメロディーのようだ。聞いているうちに、不思議な心地よさが澄夫の体を包み込む。


 閉じた瞼の裏で、ミミの姿が浮かび上がる。愛おしそうに微笑み、彼を見守っている。そして、他の猫たちの姿も。みな穏やかな表情で、澄夫に語りかけているようだ。


 目を開けると、詩のイメージが脳裏に浮かんでくる。まるで誰かが、そっと言葉を紡いでくれているかのように。


 「ああ、わかったよ。君たちが教えてくれているんだね」


 そう呟くと、再びペンを取る。するすると言葉が溢れ出し、ページを埋めていく。まるで、ミミと猫たちが、彼の手を添えて導いてくれているかのようだ。


 「ありがとう、ミミ。君たちのおかげだ」


 窓の外には、まだ猫の鳴き声が響いている。けれどもそれは、もう不気味な音ではない。澄夫の心を癒やす、優しい子守唄へと変わっていた。


◇◇◇


 「愛しき君へ 永遠の言葉を」


 そう口ずさみ、ペンを走らせ始める。言葉は溢れるように紙の上に並んでいく。まるで、長い眠りについていた詩の泉が、再び湧き出したかのようだ。


「闇を照らす 月の光

君の面影 そこにある

せせらぎに 風に 花に

君は生きている 今も」


 詠みながら、澄夫は微笑む。ミミとの思い出が、一つ一つ言葉となって現れる。生前のミミを想うと同時に、今は亡き魂ともつながっている。そんな感覚がした。


「とらわれの魂 解き放ち

永遠の安らぎ 与えん

君のために 捧ぐ詩よ

天へと響け 祈りとともに」


 最後の言葉を綴り、ペンを置く。詩が完成した瞬間、不思議な光景が広がった。


 ミミの墓の周りに、無数の猫たちの霊が集まってくる。彼らはみな澄夫の詩に耳を傾け、穏やかな表情を浮かべている。


 その中心に、ミミの姿があった。艶やかな毛並み、愛くるしい瞳。まるで生前のように、澄夫を見つめている。


「ミミ…みんな…」


 震える声で呼びかける。するとミミの霊は、すうっと澄夫の元へと近づいてきた。


「ありがとう、澄夫さん。あなたの詩で、私たちはあの世に行くことができるわ」


 ミミの言葉が、風に乗って澄夫の耳に響く。それは彼の心の奥底に、まっすぐに届いた。


「君の声が、聞こえる…」


 涙ながらに呟く澄夫。ミミは優しく微笑み、また仲間たちの下へと戻っていく。


 猫たちの霊が、一斉に光り輝き始める。それはまるで、天へと昇る無数の星のようだ。澄夫の詩が、彼らを現世とあの世の狭間から解き放ったのだ。


「行ってらっしゃい、ミミ。みんな」


 手を振る澄夫。猫たちもまた、彼に感謝の眼差しを向けている。やがてその光は空高く昇っていき、夜明けの光の中へと溶けていった。


「さあ、今日も詩を紡ごう」


 私の詩が、現世とあの世をつなぐ架け橋となる。


 そう確信しながら。


(完)


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