第19話
普通に考えるならば私がゴブリンロードに勝つのは難しい。
私の全力を持って放った一撃は弾かれた。
さらには魔力を含んだ蹴りで回復を阻害までされた。
そりゃそうだ。
奴は魔物で私は人間。
筋肉による基礎能力が全く違う。
さらには、私は女で小柄で、筋肉量なぞ奴の4分の1程度しかないだろう。
基礎能力を増幅させる身体強化を、同じ量を掛けて勝てるわけがないのだ。
それに、私は魔法が壊滅的に苦手であったので身体強化を使用する様になったというだけあって、体外の魔力操作は文字通り赤子にも劣る。故に、奴と同じ様に魔力を持って相手の回復阻害なんて芸当なぞできないのである。
だからこそ、自覚する。
私は弱い、と。
だからこそ、手段は選ばない。
「身体強化10層同時発動!」
青色に発光していた魔力が黄金を孕み、紫電が走る。
目立たない黒髪は、まるで全てが抜け切ったかのような白色に変色し、私が人間の域を超えたことを表す。
身体強化の5層同時発動は人間の限界に至り、7層同時発動は脳を破壊し、10層同時発動は人を死に至らしめる。
それは明らかな未来で、神の領域に脚を踏み入れた人間の末路であった。
なんとなく、元から私は10層同時発動できると感じていた。
人間の肉体としての限界がそれを許さなかったのだが。
ただ、同時にそれは全ての生物がそれを為し得ないという事でもある。
すなわち奴の限界は私と同じく7層同時発動であろうという事にもなる。
だが、奴には出来ないと言っても、それを行えば戻って来れなくなってしまう事には変わりない。
まあ、私は死ぬ気なんてさらさらないのだが。
じゃあどうするか?
こうするのだ。
腰下のカートリッジから回復ポーションを取り出し、飲みこむ。
自己治癒+ポーションの回復能力で持って相殺しようという算段だ。
「ガアアアアア!!!」
しかし、それでも激痛は相殺できない様で、脳が文字通り震えた。
恐らくだが、ポーションによる相殺の限界は10秒だ。
それを超えれば死ぬ。
痛みは我慢できるが、絶対に越えれない限界はどうこうできない。
だから、ここで決着を着けるのだ。
猶予は8瓶分の80秒。
1分ちょいの間でヤツを殺す。
「ふん!」
先ほどと同じように奴に接近し、巨槌を振り上げた。
「グギャ!」
それに対して奴は先ほどと全く同じように振り下ろしで対応してきた。
ガアアアアアアアン!!!
凄まじい音が響き、奴の巨槌を押し切る。
よし、力で押し勝った。
これなら勝てる!
「4瓶目!」
手は使えないので口に咥えたまま瓶を砕き、飲み込む。
ガラスが食道を流れる不快な感覚を覚えるが、この頭痛に比べればなんて事はない。
「はぁッ!」
巨槌が弾かれたことにより生まれた隙に、その横腹に蹴りを加える。
「硬ってえええ!!!」
流石はA-1のボスだけあって、今の私の力を持ってしても奴を吹っ飛ばすに留まる。さっきの私と同じようにバウンドしながら飛ばされているが、あまりダメージを受けている様には見えない。
「そこお!」
しかしながら、今のを何度も喰らえば例え奴でもただでは居られないだろう。
吹き飛んだ先まで縮地により接近。
受け身を取り起き上がったゴブリンロードの顔面に渾身の一撃を喰らわす。
「5瓶目!」
5瓶目を砕き飲み、何度も何度も巨槌を奴の顔面にめり込ませる。
魔力による紫電が迸り、蒼金色の筋が奴を捉える。
「6瓶目!」
ダメだ、これじゃまだ足りない。
もっと、もっとだ!
ガン!
片手を上げ、奴は巨槌を止めた。
その顔面は血だらけになり、骨格は既に粉々になってなおその瞳には怒気と勝利への渇望が宿っていた。
「化け物め!」
全く、そんな言葉が相応しい奴である。
7瓶目の回復ポーションを消費しながら、そんな感想を抱く。
「ガアアアアアアアアア!!!」
起き上がり、バックステップで奴は距離を取った。
どうやらまだやる気のようだ。
ガガガガガガアアアアン!!!
両者はその巨槌を高速で振り、ぶつけ合った。
赤色の魔力と蒼金色の魔力の筋が空に浮かび上がる。
「ああああああああああ!!!」
隙間隙間で8瓶目、9瓶目のポーションを消費し、遂には10瓶目のポーションを消費。
あと、一撃、あと一撃さえ加えれば奴に勝てる!
その時だった、ゴブリンロードの体がブレたのは。
「なんだよ、とっくに限界じゃねえか」
どうやらゴブリンロードは既に立っていられない体だったようだ。
そりゃそうだ。
さっきの連撃を喰らって立っていられる生物などいる筈がない。
それでも、なお立って私と戦っているゴブリンロードは異常としか言いようがないが。
ともかく、私の勝ちだ。
「死ねえええええ!!!」
全力を持って巨槌を振り下ろし、奴の頭蓋もろとも魔物にとっての心臓である魔石を砕いた。
「は?」
奴の砕けた頭蓋が、逆再生かのように戻ってゆく。
「魔石は砕いた、砕いたのに。なんで?なんで?」
奴の魔石は砕いた筈だ。
魔物は人間にとっての心臓、脳のその両方の役割を担う魔石を砕けば死ぬ。
それは当たり前の事で、絶対の事実であった。
だが、奴は再生している。
そして、気づく。
「2個目の魔石?」
ああ、なんで見落としていたのだろうか。
きちんと観察していれば分かったはずだ。
奴は2個の魔石を持ってして身体強化を7層同時発動したのだろう。
4層+3層の同時発動によりそれを為していたのだ。
だから、10層の同時付与をしていた私にも喰らいつけたのだ。
分かった筈だ。
ちゃんと見ていれば分かった筈。
もう体は動かない。
ポーションは全て消費しきった。
マナ回復ポーションは道中で使いきった。
打つてはもう・・・・・・ない。
「グゴゴ・・・・・・」
こちらへゴブリンロードが近づいてくる。
そうか、私は死ぬのか。
私は、負けたのか。
なんでだろう、なんでこんなに涙が溢れてくるのだろう。
「死にたくない・・・・・・」
そうか、私、死にたくないんだな。
こんな状況になってなお、まだ生きたいと願っている。
でも無駄だ。
こうなった以上もうどうしようもない。
「みんな、ごめん・・・・・・配信切りますね」
:おい!
:は?
:は?
:え?
:死ぬ?
:主が?
:あああああ!
:やめろ!
:やめてくれよ!
:生きろよおおおおお!
:やめてくれええええ!!!
配信が終了しました。
……ドクン
心臓が鼓動を刻む。
陰見理音はそこで死ぬ筈だった。
ゴブリンロードにその頭蓋を割られ、確かに死んだ筈だった。
しかし、影見理音は世界を揺るがす特異点を迎えつつあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます