第20話

 人間にとって覚醒とは何か。

 多くの人間はそれをある特異点を過ぎ去った時に引き起こされる能力の爆発と認識している。

 そして、その認識は正しい。

 アスリートにも、勉学に励む学生にも、はたまたサラリーマンにも起こる現象である。

 例えば、ある日を境に急にやる気が起きた、などの多くの人間が経験する物も覚醒の一種であると言えるだろう。


 才能の開花、努力の結実、感情の転換。

 様々な要因が覚醒の原因として挙げられるが、どれも正しくどれも違う。

 覚醒とはパズルに似ているのだ。

 最後の1ピースを当てはめるまでは決してパズルは完成しない。

 それは、最初のゼロからの状態と根本的に同じだからだ。

 しかしながら、最後の1ピースを嵌め込んだ時、それが成す意味は大きく変わる。

 今までただのピースを嵌め込むだけの存在だったものが、ある点をして絵に変化するのだ。

 そして、それを特異点と人は呼ぶ。

 

 

 

 

 頭蓋をゴブリンロードにより割られた陰見理音は、確かに死んだ筈だった。

 鮮血は地面に満ち、決して生き返りなど有り得なかった。

 だが、この時をして陰見理音は特異点を迎える。


 

 ドクン・・・・・・



 止まったはずの心臓が鼓動を刻む。

 


 ドクン・・・・・・


 

 焼き切れたはずの魔力線が再生を始める。



 ドクン・・・・・・



 潰れたはずの脳が再生してゆく。


 

 陰見理音は呼吸を始めた。

 そう、彼女は死から生還したのだ。

 脳を潰せば人は死ぬ。例え脳を再生しようとも、自由意志が復活せねばそれは死であり、魂の消滅である。

 だが、この時をして彼女は神の御技をやってのけたのだ。

 自由意志を保ちつつ、脳を再生。

 決して人間が手を出してはならない領域の治癒を成し遂げた。



「ふふふ、はははははははははは!!!」


 

 狂った様に笑う少女。

 その顔は恍惚に満ちていた。

 莫大な魔力が辺りに満ち、妖艶に彼女は笑う。

 この場には誰も居ないが、それでも彼女は人の目を釘付けにする程美しかった。



「ははははははははは!なんだ、簡単な事じゃねえか!」


 

 その様を見て、ゴブリンロードは不気味に思う。

 なぜコイツは頭を潰してなお生きているのか、と。

 人間はひ弱で、脆弱な生き物である。

 その魔物は人間についてそう認識していた。

 だからこそ、思う。

 なぜ目の前の人間は生きているのか、と。



「見えた!見えたぞ!!!」


 

 先ほどの戦いで彼女の服はボロボロになり、彼女はほぼ裸であった。

 だが、その身から溢れる青白く輝く黄金の魔力がその身を包むことで恥部を隠している。



「さあ、もう一戦だ」


 

 すんと落ち着き、彼女は悠然と魔物を戦いに誘う。

 ゴブリンロードは目の前にいる化け物が危険な存在であることを本能で感じ取っていた。

 先ほどまで立っていた少女とは全く別の存在へ進化している。

 そう認識しているが、何故か全身の細胞が彼女と戦うことを望んでいる。

 曰く、目の前の少女を殺せと。


 咆哮し魔力を解放する。

 最早魔石のうち一つを潰された状況で出し惜しみなど出来ない。

 最初、この部屋にやってきた少女はまだ人間の域を脱していなかった。

 身体強化の重ね掛けも爪が甘く、突き詰められていなかった。

 久々の人間であったため痛ぶろうと思い好きにさせていたがまさか10層まで身体強化を重ね掛けすることで魔石のうちの一つを砕くとは意外であったが。

 だがそれでも依然優位性はあった。

 筋力、魔力操作、魔法。

 そのいずれもゴブリンロードの方が上回っていた。


 しかし、今を持ってその優位性は消え失せる。

 体内限定だが彼女の魔力操作は自身を凌駕している。

 さらには脳の自己治癒という、魔物でいう魔石の治癒という芸当もやってのけたのだ。すなわちライフの増殖という現実ではあり得ない技。

 それを目の前でやられたのだ。

 すでにゴブリンロードに彼女を痛ぶろうという思考は失せていた。

 


「ガアアアアアアアアア!!!」


 

 この時、初めてゴブリンロードは魔法を使用した。

 紅い魔力が渦を成し、収縮する。

 やがて炎となり全てを焼き尽くす焔となる。

 限界までその温度を上げた炎は、青色へ変色し、さらには黒色まで変化する。


 それは総ての生命を焼き尽くすさんとする炎。

 地獄の業火をこの世に顕現させる魔法。

 獄蓮ラ・カースと呼ばれる魔法はその魔物の奥の手であった。


 少女に渦を巻く炎が迫る。


 それに対し少女は一笑。

 手を突き出してそれを握り潰した。



「身体強化20層同時発動」


 

 特異点を迎えたことで、陰見理音は自身の脳を治癒する術を手に入れた。

 正しく述べるならば、賭けに出た結果、勝利したという方が正確であろうが。

 死の直前、彼女は生きる事を願い、脳の治癒を試みた。

 賭けに勝利し彼女は治癒に成功する。

 結果、脳の常時治癒という荒技により身体強化の脳への負荷、魔力線の限界という問題を解決したのだ。

 過負荷による脳のショートを、無理やりの治癒により無かったことにしたのだ。

 彼女を制限する一切は無くなったのである。



「さて、そろそろ終わらそうか。宣言通り丁寧に殺してやるよ」



 彼女の姿がブレた。

 次の瞬間、ゴブリンロードが吹っ飛ぶ。

 

 何をされた!?

 ダンジョンの壁に衝突し、激痛に呻きながら思考する。

 そして、彼女が高速でこちらに接近しその巨槌を振るったことを理解する。


 一切見えなかった。

 どういう事だ!?

 敗北を知らない、ゴブリンロードにとってそれはあまりにも非現実的で、理解の範疇の外の出来事だった。

 


「あーあ、壊れちゃった」



 ブツブツと呟きながら、少女は先ほどゴブリンロードを殴った拍子で粉々に粉砕したその巨槌を眺める。

 残念な表情はしているが、己の武器が破損したことに対して不味いという感情は見られない。


「まあ、素手でいいか・・・・・・」


 無邪気に笑いながらそう言うと、再び彼女の姿がブレる。

 不味い!

 咄嗟に地面を転がり回避する。

 だが、


 ビャンッッ!


 右腕が吹っ飛んだ。

 血が吹き出す。

 鮮血が華を描き、恐怖に身が震える。

 その時、初めてその魔物は恐怖という感情を覚えた。

 何故、人間の、それも今まで戦った何よりも弱かった少女が!?

 何故、何故!?

 考えても分からない。

 

 だが、ここで抗わねば殺される!

 その一心で己の腕を再生し、少女に飛び掛かった。


「はははははは!いいよ!来いよ!!!」


 出し惜しみはゼロ。

 己の持てる総ての魔力をその拳に集中させ殴る。

 

 両者の拳が空中で衝突。

 凄まじい衝撃波が辺りに吹き荒れる。


 それだけでは終わらず、両者の拳戟は加速する。

 総ての生物を寄せ付けぬ速度で両者の拳は何度も何度も衝突する。

 

 

「──今度こそ私の勝ちだ」



 加速する両者の攻防。

 彼女はそう呟くと、ゴブリンロードの拳をいなし、その顔面を殴る。


 ゴギャン!


 胴体と首が分かれ、飛んでゆく。

 

 そして、ゴブリンロードは動かなくなった。

 最後の魔石は砕かれた。



「私の、勝ち──」


 その様を見てそう言い放ち、少女は安堵の表情を浮かべながら気を失った。

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